ゴールは新事業を作ること。研究開発投資の3%をスタートアップへ
―まず旭化成がCVCを立ち上げた具体的な経緯を聞かせてください。
CVC自体は日本で立ち上げて、2011年からアメリカへ移って活動しています。アメリカにおける事業化プロセスは3つのステージに分かれます。
1つ目は「探索ステージ」。政府の補助金などで大学や独立した研究所が技術の開発を行います。
2つ目は「開発ステージ」。探索ステージで技術が実証されたものが、このステージに移ります。ここでの主力はスタートアップでVCから資金を得て、技術の事業性検討、プロトタイプの製作、ビジネスモデルの検証を行います。ここでほとんどのスタートアップが淘汰されていきます。
3つ目は「事業ステージ」。開発ステージで生き残ったスタートアップを大企業が買収して、グローバルにビジネスの展開を行います。アメリカではこの3つのステージがはっきり分業化されています。
Image: AsahiKASEI
この3つのステージをすべて行うのは自社開発と呼ばれ、日本企業に多く見られる方法です。一方、事業ステージからスタートする方法がM&Aです。
我々は2つ目の開発ステージからスタートするアプローチで、事業を作っていくというねらいを持って始めました。現在、旭化成は年間800億円程度の研究開発投資を行っていますが、その研究開発費の数%をこのような異なるアプローチで投資することを経営陣に提案しました。
―森下さん自身は2001年に初めてシリコンバレーへ赴任したそうですね。
それ以前に、旭化成のエレクトロニクス部門とサンディエゴのスタートアップとのジョイントプロジェクトに関わっていて、それが初めてのスタートアップとの仕事でした。
そして2001年にCVCを作るためにこちらへ来ました。当時はITバブルの時代で、日本の電機メーカーも同じくこちらでファンドを立ち上げては損金を出してやめていくのを見て、CVCは簡単ではないなと思っていました。その後、日本へ戻ってR&Dのマネジメントをしていましたが、どうしてもCVCをやりたくて組織を作ったのです。
―なぜ森下さんはCVCという事業をやりたかったのでしょうか?
以前にロサンジェルスへ留学していましたし、アメリカへの興味もありましたが、最初のサンディエゴのスタートアップとの仕事でスタートアップは面白いと思いました。スタートアップが持つ技術を事業に変えていく、日本企業が苦手な事業開発の進め方に魅力を感じていました。日本に戻って7年ぐらいいましたが、ずっとやりたいと思っていました。簡単ではありませんでしたが、たまたまその機会が巡ってきてということです。
―CVCの設立当初、事業部を動かすことは難しくなかったですか?
大変でしたが、わりと早いタイミングで投資先のスタートアップの買収ができて実績を残せたので良かったと思っています。
難しいのは日本側がどうこの活動を理解してくれるか。新しい事業を生み出すのにこういったやり方、800億円の3%でR&Dとは異なるやり方もあるということを実証しなくてはいけません。それがスタートアップの買収によって早いタイミングで証明でき、経営陣や事業部から一定の理解を得ることができたのです。
―CVCとしてフォーカスしているビジネス領域はどういったところでしょうか?
テクノロジーは既存技術よりも新技術の方がリスクは高く、マーケットも既存市場より新しい成長市場の方がリスクは高くあります。我々が狙っているのはその新技術と、成長マーケットが重なる最も事業化の可能性が低いエリアで、大企業が自己資金で行うとリスクが高い領域です。
このエリアは我々のような外部のCVCが、小さく出資を行い、スタートアップの中に入ることで彼らが目指すマーケットの理解を深め、事業進捗を見ながら、タイミングを見て自社の事業部門と買収、提携を議論していくことがベストの選択です。このような形で、自社の内部資金ではなく外部資金でやろうというのがCVCを始めた理由です。
Image: AsahiKASEI
我々のゴールは技術スカウト、事業スカウトになります。それを実現するベストの方法は買収だと考えています。提携やライセンスといったやり方もありますが、明確なアウトプットとしてインパクトが大きいのは買収でしょう。ですからそこにかなりフォーカスした活動をしています。
CVCは新事業創出のためのインフラ。事業部門に利用してもらう
―旭化成コーポレートベンチャーキャピタルとして、これまでどういった活動をしてきましたか?
会社としては具体的には、旭化成と親和性のあるスタートアップを発掘するための情報ネットワークをつくっています。VCには7社出資しており、彼らから情報を得ています。
ただし、親和性があるスタートアップにあまりこだわって、シナジー効果を考えすぎると、できることが限定されてしまうので、旭化成にとって価値があるスタートアップ領域を探していく形にしています。VCはサンフランシスコ2社、ボストン、バンクーバー、ロンドン、あと在米ですが中国に知見のあるところなど世界中の網羅するネットワークです。
Image: AsahiKASEI
VCからは情報をもらうことがひとつですが、情報の事実確認の意味もあります。あるスタートアップを紹介してくるVCがあると、その企業への投資を断っているVCもあるので、良い面ばかりではないネガティブな情報も得ることができます。そういった点においてVCとの関係性は重要だと思います。またVC側からは、協業のパートナーとしてや実際の事業化への知見など、我々、旭化成側への期待感もあると思います。
当初はここで集めた情報を日本側の事業部門、関連部署に発信していましたが、日本の事業部門は日常の業務で忙しいので、興味を持ってもらっても、面白いですねで終わってしまうことが多く、あまり機能していませんでした。
ですからあまりそこに時間を割いてもアウトプットが期待できなかったので、現在ではスタートアップの情報を、社内のイントラネットにデータベースとして4000社程度上げています。検索もできる形になっており、見たい人が見たい時に見られます。情報量としてはA4サイズ1枚程度で、スタートアップの技術、事業内容、ファイナンスステータスといったものをまとめています。
Image: AsahiKASEI
CVCとは新しい事業をつくるためのインフラ、ツールだと考えています。ここには情報が集められるネットワークがあり、さらにスタートアップを発掘し、デューデリジェンス、投資を行ったあと、我々は最低でもオブザーバーの権利は持つようにしてモニタリングを行っています。それと企業買収、IPO、会社の精算、売却など投資業務にかかわる実務は一通りできる形になっています。
ですからこのインフラを利用して、新しい事業を作りたい人に各事業部からここへ来てもらい、一緒にスタートアップを探して、投資も含めて新事業を作っていく形に変えています。現在でも5名程度の人がここへ派遣されています。必ずしもすべての事業部にCVCが合うわけでもないので、来たい方が来られるシステムにしています。
決裁権をアメリカに委譲し、意思決定スピードを迅速に
―現在のCVCの予算規模、投資ポートフォリオはどうなっていますか?
2016年からの3年間で5000万ドルの投資予算で、2019年からの3年間では7500万ドルの予算を得ています。
この3年間では14社に投資して、IoT、デジタルヘルス、ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)に特化しています。先ほど話したような事業組織からの派遣者との協業、連携で投資した案件もあります。
Image: AsahiKASEI
現在は20社中、2社は自社買収し、1社はナスダック上場、1社は競合会社に買収されました。競合会社への売却は賛否両論ありましたが、私はCVCの成功例と考えています。我々がスタートアップの中に入って、誰よりも早く買収のチャンスがあるということは、事業部門には提供できました。事業部門が買収しないのであれば他企業に売却することで、キャッシュを回収し次の案件に投資をすることができます。
―フィナンシャルリターンはどこまで求めているんでしょうか?
ファイナンシャルリターンは少なからず意識しています。少なくとも損金は出さないよう心がけています。というのも、CVCは戦略的リターンが目的と言いながら損益が悪くなってやめてしまうケースが多いからです。直接投資とVCを介しての間接投資がありますが、すべてを合わせるとほぼ元本回収はできていると思います。
―CVCは投資意思決定が思うように進まないケースも起こりがちです。投資の意思決定はどう進めているのでしょうか。
実は、2016年から投資の意思決定の仕組みを大きく変えました。我々にとっては大きなブレイクスルーでしたが、以前は日本側で投資決裁をしていました。しかし意思決定プロセスに時間がかかっていたこと、一件一件の投資評価でなくポートフォリオでの投資評価で判断するために、現在は権限を委譲してもらい投資委員会で決定しています。
委員会は3名で構成されていて、私と部長レベルの方とこちらのアメリカ人で構成しています。これで1社あたり500万ドルまで決裁できるストラクチャーになっています。投資契約の締結など実務の決裁権もこちらへ委譲したので、ものすごくスピードは上がりました。こちらのスタートアップ業界の商習慣に合った意思決定ができるようになりました。後編はこちら。