※本記事は2024年11月にTECHBLITZが主催した「NEW JAPAN SUMMIT 2024 TOKYO」の対談「未来をデザインする:JALの社内ベンチャーとCVCの可能性」の内容を基に構成しました。
目次
・入社翌年に経営破綻、稲盛氏の言葉が活動の原点に
・JALのCVCが担う重要な役割とは
・テクノロジーではなく「ワクワク」で攻める
・上層部を味方につける「初速」と「巻き込む力」
・イノベーションとは「発明×ビジネス価値」だ
入社翌年に経営破綻、稲盛氏の言葉が活動の原点に
松崎:最初に、私がJALで携わっている2つの取り組みを紹介したいと思います。一つは社内ベンチャーの「W-PIT」。これは「ワクワク・プラットフォーム・イノベーション・チーム」の略称です。もう一つはシリコンバレー駐在員として推進するCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)です。
まずはW-PITですが、これは2016年、異業種パートナーとの共創を通じて「JALをベンチャーに。」をミッションとして立ち上げました。当時、社員からアイデアを募集し、イノベーションに取り組もうという全社横断的な動きを仕掛け、運営チームだった私も自分のアイデアを応募したのです。
今思い返すと、それ以前の私は、会社の愚痴ばかり言う行動力のない社員だったと思います。私がJALに入社したのは2009年。ところが、翌年の2010年1月に経営破綻。その際、経営再建のためJALの会長(当時)に就任した、京セラ創業者の稲盛和夫さんが、「JALには商売人の感覚を持った人があまりにも少ない」とテレビから流れる記者会見でおっしゃっている場面に遭遇しました。ビジネスパーソン(商売人)の道を選んで入社した私は、この言葉に相当ショックを受けました。さらに、再建プロセスのなかで外部の人材アセスメント会社がJAL社員の特性を調査した結果、「JALの人間は非常に真面目に、オペレーティブな仕事を高い品質で行える良い面がある一方、イノベーターないしはベンチャー気質に欠ける」といった定量的な評価を示しました。
正直、私が活躍できる環境ではないと、転職も考えた時期もありました。でも、会社の文句ばかり口にしていたある時、父親に「気持ちは分かるけど、お前はJALや社会のために何をやったんだ」と問い返されたんです。それで、「確かにまだ、何もやっていない」と気付かされ、一念発起しました。「せっかくやるんだったら楽しい方がいいし長続きする。ベンチャー気質がJAL内にないのであれば、私が植え付けるきっかけになればいいのだ」と、社内ベンチャー立ち上げに挑んだのです。
JALの社内ベンチャーの取り組みを紹介する松崎氏(TECHBLITZ編集部撮影)
では、W-PITはどんな活動をしているのか。「JALをベンチャーに。」というチームのミッションを体現する、模範解答のような事例を1つ紹介しましょう。
1人の若い客室乗務員が立ち上げたプロジェクトで、使えなくなった飛行機のエンジンブレードに絵を描いてアート作品化し、それを羽田空港の一角で展示する「廃材ART展」を実施しました。エンジンブレードは傷がつくと取り外して捨てなくてはいけないのですが、非常に高額なパーツです。これに「もったいない」と、問題意識を持ったのが彼女でした。このブレードに絵を描いてくれたのは、障がいのあるアーティストの方。ヘラルボニーという会社が、そうしたアーティストとライセンス契約を結び、「新しい文化を作って、広めていく」ビジネスを展開しています。この会社と共創したいと言ってゼロからムーブメントを起こし、企画を実行に移したのがこの若手客室乗務員です。
使わなくなったエンジンブレードに色鮮やかなデザインを施した作品(JAL提供)
羽田での展示以外にも、同社とJALとのコラボレーションで青森・三沢空港の施設の階段や展望デッキをアート作品で飾ったり、革製カバーにヘラルボニーのデザインを施したバゲージタグをターミナルビルで販売したり。慈善活動ではなく、しっかりと収益を出すことに成功しています。W-PITにジョインした時、彼女が熱弁したのが、「自分自身がワクワクすることを事業化して、お客さまをハッピーにしたい」という想いでした。その強い想いを客室乗務職という主務を持ちながらも困難を乗り越えて実現してくれました。今ではその想いを受け継いだ本社部門がヘラルボニーと様々な新しい企画を展開しています。
私は「ワクワク」という言葉を個人が持つ「意志」という意味で使っています。決して単に「楽しい」という意味ではなく、彼女のような、こういう企画を実現したいという強い意志を原動力に新しい価値創造を実現する。そんな社員を1人でも多く社内から育成して、輩出していきたいと思っています。W-PITには現在、約230名が参画していて、大小100件近くのプロジェクトが動いています。様々な参画形態がありますが、業務の枠内で参画するメンバーは、所属部署での仕事と並行して、社内外に仲間作りをしながら、「JALをベンチャーにしていくぞ」という想いで、共創ビジネスや社内向け企画に次々にチャレンジしています。
JALのCVCが担う重要な役割とは
松崎:次に、私の主務であるCVCのJapan Airline Venturesについてお話しします。私は、2022年に駐在員としてシリコンバレーに赴任後、戦略投資マネジャーの業務を担っています。では、なぜJALがCVCをやっているのでしょうか。背景には今、JALが分岐点に立っていることがあります。一つは、航空会社として「A地点とB地点を結ぶ」という航空ビジネスの軸をしっかり太く伸ばしていくという選択肢。もう一つは、航空ビジネスを中枢に据えながらも、モビリティやサステナビリティなど航空ビジネスの周りに広がっているものをつなぐ。その広がり部分も含めた「モビリティ・エコシステム」を意識しながらJALグループの「ビジネスの多角化を図る」という選択肢です。
CVCは、後者を追求していくための打ち手だと捉えています。ボラティリティリスクが高い航空業界において、事業の主軸が1本しかなければ、その市場環境が急変した時にレジリエンス力が弱くなります。実際、新型コロナウイルスのパンデミックで旅客需要が激減した際、私は経営破綻の再来が頭に浮かびました。先の読めない時代に、再び危機に陥らないためには、CVCによって世界の有望なスタートアップ企業への投資を行い、さらには共に事業開発をしていく。ビジネスの多角化を実現することは「未来に生き残るJAL」を創ることにつながる、そのように考えて取り組んでいます。
JALがCVCを始めたのは2019年。出資総額7,000万ドル(約100億円)、運用期間10年で、世界中のスタートアップを対象に「モビリティ」「デジタル」「サステナビリティ」の領域で投資活動を行っています。現在までに14社に投資し、3社がエグジットして、11社がアクティブなポートフォリオとなっています。
「ビジネスの多角化を図っていきたい」と語る松崎氏(TECHBLITZ編集部撮影)
我々のポートフォリオの中からみなさんがワクワクするような会社を3つ紹介させてください。1つ目は電動シーグライダーを開発するアメリカのスタートアップ、REGENT Craftです。電動シーグライダーは水上で離着陸でき、海面5~10mの高さを飛びます。この高さだと、法律的に飛行機とは見なされないので、いわば「空飛ぶ船」です。例えばですが、これなら島国である日本で飛行機が飛んでいない港と港を繋ぐ路線をフェリーより高速でつなぐことができます。自動車のように、迂回して橋を渡る必要もなくなれば、人々の生活が良くなるでしょう。100%電動なので環境にも優しく、人流や物流の創出に伴う経済効果も期待できます。
2つ目はパワーエックスです。日本のスタートアップで、再生可能エネルギーによる電力で充電するバッテリーや、海の風力・潮力・波力などの自然エネルギーを運ぶ「電気運搬船」を開発しています。3つ目のCapturaは、海水からCO2を除去するカーボンリムーバブル、「ダイレクト・オーシャン・キャプチャ」技術を開発するロサンゼルス発のスタートアップです。海水から回収したCO2を水素と反応させて作る合成燃料を使うことで、よりクリーンなフライトが実現していくことが考えられますし、カーボンクレジットとしても期待されます。これらは、いずれも社会のペインポイントを解決するための取り組みです。私たちは、こういったことを戦略的に考えながら、投資活動を行っています。
※パワーエックス、REGENT Craft、Capturaへの投資実績が認められ、JALは2024年12月、企業のオープンイノベーションの取り組みを評価するグローバルアワード「Corporate Startup Stars 2024」において「Top 100」の1社に選出された。社内ベンチャー「W-PIT」も特別賞を受賞し、ダブル受賞となった。
REGENTの「空飛ぶ船」のイメージ図(JAL提供)
テクノロジーではなく「ワクワク」で攻める
櫛田:とてもワクワクさせられるお話を、ありがとうございました。W-PITは、どういうタイミングで「ワクワク」をキーワードにしようと思ったんですか?
松崎:チームを立ち上げた時なので2016年です。それまでの私は、ただ任された仕事を淡々とやっているだけの状態でした。でも、「このまま定年まで働いてもつまらない。せっかく働くなら楽しもう」と思い直したんです。そこで浮かんだのが「ワクワク」という言葉でした。当時の上司に「意志」の大切さを学んだタイミングでもあったので、「ワクワク=個人の意志」と定義し、これこそがすべての行動の起点となり、ワクワクによってこそ未来に生き残るJALを創ろうと思ったのです。いや、思い込んだのです。
当時、周囲の仲間は「VRで何かやろう」「AIで何か企画しよう」といったアイデアが多かったのですが、私は「何か違う」という直感的な違和感を持っていました。そこで「すみませんが、私はVRやAIなどのテクノロジー軸ではなく、社員を中心に置いたワクワク軸でいきます」と役員(当時)に説明し押し切りました。理解されず、多くの方から心配されましたが、当時の社長にプレゼンした結果、「訳分からないけど、やってみなさい」と言っていただいたという感じです。
JALの取り組みのキーワード「ワクワク」について深掘りするモデレーターの櫛田氏㊨(TECHBLITZ編集部撮影)
櫛田:なるほど。松崎さんの「ワクワク」というワードによって、トップにW-PITにかける熱量が伝わったんですね。W-PITでは、想定内でうまくいったり、逆に、想定外にうまくいったりと、いろいろあると思います。いかがでしょうか?
松崎:想定内でうまくいったことは、「異業種と組む」というところです。W-PITでは航空業界から脱したところにいる異業種パートナーと組むこと、要は「異の結合」によるイノベーションを決まりごとにしました。なぜなら、イノベーションを起こすにあたり、航空業界で閉じていても、絶対に起こせないと思ったからです。
そこで、私が最初(2017年)に取りかかったのは、クラフトビールメーカーのヤッホーブルーイングと組んで、お酒を飲むために飛行機に乗って日帰りで地方に飲み会に行くイベント「呑みにマイル」でした。これは当時のチームメンバーの「ワクワク」が起点です。企画を社内で説明したところ、「JALや航空会社の人間だけでは思いつかないアイデアだ」と、良い意味で驚かれました。
櫛田:業界内の人は気付かなかったものでも、外から見たら、「航空業界は実はここがすごい」と映ることは意外とたくさんあるかもしれませんね。
上層部を味方につける「初速」と「巻き込む力」
櫛田:さて、JALのCVCの規模は約100億円なので、それほど大きくないですよね。いくら良くても、会社のバランスシートが根本的に変わるほどのファイナンシャルリターンにはならない。でも、CVCの活用で、いろいろな事業にJALが携わるようになり、それまでの「我々は飛行機を飛ばす会社です」というアイデンティティから離れて、社会課題の解決のために「日本の島間を空飛ぶ船でつなぐ」といったアイデアが生まれたりしたわけです。その際、松崎さんは、トップのサポートをどう取り付けたんですか?
松崎:アイデアをすぐトップに上げる「初速」がポイントになると思います。たとえばREGENT Craftの案件では、当時の担当者のもとに、REGENT Craftの社長から、LinkedInのメッセージで100ページ以上のピッチデックが届いたそうなんです。届いても、普通はすぐにアクションを起こしたりしないと思うんですけど、その先輩がパッとファイルを開いたときに「これは面白そうだ」と、すぐにJALの社長に転送したんです。普通だったら、まず1つ上の上司に話をして、続いてその上の上司に話をして、場合によっては「関連部門に話をして」みたいになって、社長にたどり着くまでに数カ月かかることも珍しくないと思うんですけど(笑)、彼はパッと見てすぐ社長に送ったのです。これによってチャンスを逃さず実現につながった部分もあったと思います。
こうした成功例があったので、私もそこから学び、私がリードしたCapturaへの投資案件では、すぐ上層部や関係者に話を持っていき、スピーディな意思決定の重要性を訴えました。こうすることで熱量が直接伝わりますし、「なぜこれをやったらいいのか」という目的を役員や意思決定者にしっかり伝えることができる。このように、社内の人を「巻き込む」というスタンスは大事だと思っています。
櫛田:なるほど、「巻き込み力」もキーワードになりそうですね。ところで、電気運搬船のパワーエックスについてですが、「船に大きな電池を載せよう」と考えたときに、船を動かすノウハウがある日本郵船と組みましたよね。船も作れませんので、今治造船と組みました。これって日本のスタートアップの一つの大事な姿なんじゃないかと思います。JALのCVCでは、今は各社との出資関係にとどまっていますが、今後、もっと深く組むビジョンはありますか?
松崎:あります。先ほど紹介したREGENT Craftのほか、投資ポートフォリオにある電動キックボードや電動の垂直離着陸機などはすべて電気で動きます。パワーエックスが供給する電気で、このモビリティ・エコシステム上にある乗り物すべてが動くようになったら、「投資ポートフォリオ内の連携を通じた社会問題の解決」という動きにつながり非常にいいなと思います。また、日本は自然災害が多いので、もし、電気を運搬する「空飛ぶ船」が活躍するようになったら、「被災地に飛んで電気を供給する」といった新たな価値を作れるかもしれません。今はアイデアの域に留まっている部分もありますが、このようにさらに連携を深めることは今後考えていく必要はあると思います。
松崎氏㊧は「社内の人を巻き込むスタンスはとても大事」と語る(同上)
イノベーションとは「発明×ビジネス価値」だ
櫛田:「防災」という観点を出していただきました。これは実は日本の大きな強みになり得る領域で、国としてのアイデンティティの一つですよね。日本には震災後の復興や防災という面でものすごく経験とノウハウがあります。まず、外交の面から入って、他国の災害レジリエンス向上やそのための準備を「日本が手伝います」となれば、こういった分野の民間ビジネスも伸びるかもしれないですね。こうした一連の、ものすごく熱量が高い、エキサイティングな案件はどうやって見つけているんですか?
松崎:いろいろなやり方があります。パートナーによるディールの紹介もあれば、自分たちの足を使って見に行くなど「現地・現物・現人の三現主義」を大切にしています。あとは、先ほどの話のように、LinkedInに来るメッセージなど、そうした機会も大事にしていますね。
あと実は今、隔週を目安に飛行機でアメリカの西海岸と東海岸を往復しています。MBAを取得するため、ボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)に通っています。これはシリコンバレーに赴任した直後、CVCを通じて現地のファウンダーやCEOと話をする中で、彼らの「エンジニア的思考回路」を理解する必要性を感じたのがきっかけです。そのMITで学んだことの一つが、イノベーションとは「インベンション(発明)×コマーシャライゼーション(ビジネス価値)」ということ。アイデアや発明だけでは駄目で、しっかりコマーシャライズして初めて「イノベーション」と言えるということです。そういったことを念頭に置きながら、今後もCVCを推進していきたいと思っています。
櫛田:MITに通うため、2週間に1度、アメリカ大陸を横断するのも相当体力が必要ですよね。「足で稼ぐ」というのは、こういうことでもあると思います。最後に一つ。『W-PIT』では、『W-DIF』(アイデア創出・具現化プラットフォーム)というAI基盤を導入したそうですが、これは対外的に展開しているんですか。
松崎:『W-DIF』は「Wakuwaku-Driven Innovation Platform」の略称で、MITの仲間が開発したIdeaMentorというAIツールを活用したアイデアを実行に移すための枠組みです。まだ日本では展開していないツールなんですが、日本にいる運営チームに紹介し、今はメンバーがアイデアを投稿しやすく、さらに投稿したアイデアの「壁打ち相手」をAIがやってくれるツールとしてW-PITでトライアルをしているところです。もしご興味あれば、デモも含めてお見せできますので、気軽に私に声をかけてください。
櫛田:MIT仲間による開発なんですね。日本人がシリコンバレーで活躍しようと思っても、会社派遣だと人脈作りの機会が圧倒的に足りないですよね。自らMITに志願して、松崎さんのように人脈を広げながらスキルアップしていくのも素晴らしいと思います。今日はどうもありがとうございました。