なぜ日本のスタートアップ市場からは、シリコンバレーのように社会的インパクトの大きなスタートアップが生まれにくいのか。それは「大企業志向」や「過剰なリスク回避志向」といった日本に根付く「病」とも言える慣習がエコシステムに必要な好循環の連鎖の流れを阻んでいるからだと、アニマルスピリッツ代表の朝倉祐介氏は指摘する。ミクシィの社長兼CEOとして業績のV字回復を牽引し、現在はVC代表という立場で活動する朝倉氏と一緒に、未来世代のための社会変革に必要な「処方箋」について考えよう。

目次
日本のスタートアップ創出、何が足りない?
スタートアップ施策、政府も大企業も「政策色が強すぎる」
日本のスタートアップ市場の好転に必要なこと

日本のスタートアップ創出、何が足りない?

―日本でもオープンイノベーションの考え方が浸透し、スタートアップと大企業の協業も多くの事例が生まれています。こうした現状を、朝倉さんはどのように見ていますか。

「オープンイノベーション」について語られる際、日本の大企業とスタートアップが連携することが無条件にポジティブな文脈でとらえられている節があるように感じます。もちろん、大企業とスタートアップがコラボレーションすることで、新しい価値が生み出されることもあるでしょうし。

 ただ、本質的な価値の創出を目指すうえで、スタートアップと大企業の連携を単純に手放しで礼賛するだけではなく、さまざまな論点があることを認識する必要があると思います。そうした思いから、今回は耳のイタイ、辛めの話をしたいと思います。

―では、早速本題に入ります。日本からより大きな影響力を持つスタートアップを、より多く輩出するためには何が必要でしょうか。

 スタートアップをよりよい社会を構築する原動力として機能させるために、日本のスタートアップエコシステムの中で好循環を連鎖させていく必要があります。その根本にあるのは「アニマルスピリッツ」と「(適切な)インセンティブ構造」だと私は考えています。私なりの仮説をモデル化した図がこちらです(下図)。

「アニマルスピリッツ」とは私の造語ではなく、経済学者ケインズの言葉であり、「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」を意味します。ケインズは「世の中の経済活動・資本主義を機能させる上での原動力はアニマルスピリッツだ」と説きました。理路整然と合理的な説を唱えるケインズでも、「野心」のようなものが原動力だと言っているわけです。私もそう思います。

 私なりのアニマルスピリッツの解釈は、少し長くなりますが「誰からも頼まれてもいないのに、成し遂げなければならないと固く信じることの実現に向けて率先した行動に駆り立てる動機」のことです。こうしたアニマルスピリッツを発露して活動される方が「アントレプレナー(起業家)」ないしは、「イントレプレナー(社内起業家)」であると解釈しています。

 一番大切なのは「誰からも頼まれていない」という部分です。例えば、スティーブ・ジョブズは大手通信会社から発注を受けてiPhoneを作ったわけではないじゃないですか。「『携帯電話のようなパーソナルコンピューター』が人々に広く行き渡れば世の中が一変する」という確信を持ち、内的な動機に基づいてiPhoneを作ったわけです。実際、世の中が変わりましたよね。アニマルスピリッツこそが、起業家には何よりも大事なのです。

 ただ、日本のスタートアップエコシステムの現状はアニマルスピリッツとインセンティブ構造、いずれも上手に機能しているとは言えません。

朝倉 祐介
代表パートナー
競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て、東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業(現任)。同社ではグロースキャピタル「THE FUND」を通じて、レイターステージのスタートアップに対する投資活動に従事。その後、アニマルスピリッツを創業し「未来世代のための社会変革」をテーマにシード・アーリーステージのベンチャー投資を行う。主な著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』『ゼロからわかるファイナンス思考』。一般社団法人スタートアップエコシステム協会理事。Tokyo Founders Fundパートナー。シニフィアン共同代表。みずほグロースパートナーズアドバイザー。

スタートアップ施策、政府も大企業も「政策色が強すぎる」

―日本の現状についてはどう思われていますか?

 日本人は、変化の兆しが見えているとはいえ、未だに「大企業志向」「過剰なリスク回避志向」が根底にあります。ゆえに開業率も低く、スタートアップもまだまだ少ない。絶対数が少ないので、成功事例も当然少ないですよね。上場時が時価総額の最大となる「上場ゴール」と呼ばれる状況が多いですし、M&A件数も少ないため、社会にインパクトを及ぼすスタートアップが限定的となっています。

 現状は、次のモデル図のような「負の連鎖」にあるのはないでしょうか(下図)。

 この図の中で私が最も問題視しているのは、「官民ともに非常に政策色が強く、経済合理性の欠けたスタートアップへの直接投資が多い」という部分です。実際に大企業でCVC運営をされる方やVCへのLP出資をされている方とお話しすると、「損はしたくないけど、金融的なリターンを求めているわけではない」と、投資リターンを追求しないことがあたかも美徳であり、かっこいいことであるかのような物言いをされるケースが非常に多いです。

 結果、スタートアップのバリュエーション(企業価値の評価)が歪み、資本政策につまずいて頓挫したり、上場がゴールとなったりする事例を量産する惨状へつながっているのではないでしょうか。結果、「ベンチャー投資が金融商品として成立しがたい状況」になっていると私は捉えています。

 大企業がシナジーや戦略性を追求することは、もちろん悪いことではありません。私自身もミクシィ時代はそのような思いでLP出資をしていましたし、CVCもつくりました。そうした活動は、個々の企業のミクロの視点で見た時には正しいのですが、マクロで考えた時には非合理な状態となる「合成の誤謬*」が起きます。それが、現在の日本のスタートアップ市場の問題点だと思うのです。

*ミクロの視点では合理的と思えることが、マクロ経済ではマイナスの効果につながること

日本のスタートアップ市場の好転に必要なこと

―こうした状況を好転させるには、どのような取り組みが必要でしょうか?

 本質的には、「アニマルスピリッツと適切なインセンティブ構造」を根付かせること。そのために、初等教育にまで遡った抜本的な対応が本来は必要だと考えます。そのうえで、投資の質・量を向上させるという文脈では、まずもって「より投資リターン目的の投資を増やす」ことが必要でしょう。その一方で、スタートアップの質・量を向上させるために「一定程度の雇用の流動性を生み出すこと」も大事であり、そのためには年功序列や終身雇用といった日本的な雇用慣行から外れた世界でやっていく気概を持つ人を多く生み出さなければいけません。

 全てに共通するキーワードですが、「価値観のアップデート」も不可欠です。例えば、日本ではM&Aをネガティブに捉えがちです。メディアでも会社売却を「身売り」と、まるで人身売買かのような表現をすることもあります。そういった社会で、M&Aは増えていくでしょうか?つまり、スタートアップの創出に本気で取り組むのであれば、小手先の資金供給を増やす、場当たり的にスタートアップのみについて対策を講じるといった近視眼的な取り組みではなく、社会の価値観や成り立ちそのものを見直す必要があるのです。

スタートアップ市場を蝕む「日本病」の正体とは アニマルスピリッツ代表・朝倉氏に聞く【後編】
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