DXするには、既存のビジネスモデルをある程度捨てよ
現在は、2つの産業革命が連続して起こっている状況だといえます。産業革命とは「1700~1800年代、イギリスから始まったもの」と習ったと思いますが、当時も2つの産業革命が連続して起こっていました。各産業の機械化が第1段階、それから機械によって大量生産が可能となり、世界が製造中心の時代へ移行していったのが第2段階というわけです。単純に、前者を第1次産業革命、後者を第2次産業革命とする認識も広まっています。
現在の2つの産業革命、すなわち第3次産業革命とは「デジタル情報技術が普及した時代」であり、第4次産業革命は「デジタル情報技術の利用によって、新しい価値を創造する時代」と言えます。
第3次産業革命の進行度合いは、データ創造量で計れます。そこで使われるのが、「ゼタバイト(ZB)」という単位です。1GBが1つのレンガだとすると、1ZBは万里の長城と、まさに桁違いです。世界で創造されるデータ量は、2010年に1ZB前後だったのが、2018年に33ZBに、2025年には175ZBになると予測されています。
Image: Richard B. Dasher
膨大なデータを扱うための新しい道具もいろいろと開発されており、その1つが人工知能(AI)です。たとえば、自動車産業では76%の企業が何らかのかたちで人工知能を利用しており、年11%の成長率を見せています。テレコム産業や旅行産業でも、AIの導入が進んでいます。
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、第3・4次産業革命への対応と考えられます。
AIなどのデジタル技術を採用することはDXの大前提ですが、トランスフォーメーションとは「会社の根本的な要素を転換すること」です。古いビジネスモデルやプロセスをある程度捨てて、新しいものを導入することで転換は行われます。
たとえば、広告・マーケティング業界では、デジタルトランスフォーメーションがすでに大きく進んでいます。それはグーグル以来、デジタル広告が従来の新聞やテレビの広告市場に大きな影響を与えたからです。グーグルやその後のフェイスブックなど、デジタル広告は多くの人にリーチできるだけでなく、広告の効果測定を可能にし、その後、ターゲティング(パーソナライズド)広告やインフルエンサー・マーケティングなどの新しいビジネス手法を生み出しました。広告主は、これらの新しいビジネス手法や新技術を取り入れるために、従来のアプローチを変えなければならなかったのです。
これらはまさにビジネスモデルの根本的な転換といえるでしょう。繰り返しますが、転換とは古いものに新しい何かを付け加えることではなく、古いものをある程度捨てることが大事なのです。
クラウド上でのデータ保存やビッグデータ分析などは昨今のホットトピックスですが、現状は採用・導入すること自体が目的となっています。今後は新たな顧客体験を提供したり、社員の評価方法を変えたりなど、これらを用いてビジネスのやり方を転換させる必要があります。
すでに、デジタル広告産業ではリアルタイムで広告価格の決定・変更が行われるようになっていますし、先述のように多くの人に見せる方法から、ターゲットとなる人に確実に見せる方法へとシフトしています。
新しいビジネスのやり方は、古いやり方とは違います。技術の問題ではなく、ビジネスの問題だととらえてください。
世界と比べた日本のクラウド、AI、ECの採用状況は
日本の状況を見てみましょう。たとえば、クラウド技術の導入スピードは他国と比べて遅く、韓国やオーストラリアよりも導入率が低い。少し前まで日本と同じくらいのレベルだった中国も、今では大きく導入が進みました。
Image: Richard B. Dasher
AI活用においては、非常に遅れています。民間企業のAI投資額における世界1位はアメリカで、250億ドルに迫るほど。中国も100億ドルで2位につけており、この2国が大きくリードしています。一方、日本の投資額は10億ドル以下です。
Image: Richard B. Dasher
さらに細かく見ていきましょう。アジアで最もEコマース(EC)の導入が進んでいるのは中国です。小売業の売上総額におけるECの売上比率は41.2%です。日本もだいぶ導入が進んでいる方で、同比率は10.1%です。
Image: Richard B. Dasher
ただ、日本のECで最も使われている支払い方法は、従来のままクレジットカードであり、57.6%を占めています。一方、インドのEC比率は4.2%ですが、最も多い支払い方法はPaytm(モバイル決済サービス)で20.3%です。次に19.0%でGoogle Payが続き、クレジットカードはわずか10.0%。つまり、インドのほうが新しいビジネスが進んでいるのです。
Image: Richard B. Dasher
インドのような新興国と比べると、日本ではすでに大きなビジネス基盤ができ上がってしまっているために、仕組みを変えることが難しいという事情もあります。ただし、クラウドやAIの導入スピードを見ても時間がかかりすぎており、このままではインドのような国にすぐに追いつかれてしまうでしょう。
スマート工場の移行スピードについて、日本は中国・韓国・インド・アメリカなどと並び世界水準にあります。ただし、これらは技術採用段階の話です。技術転換に向け、サプライチェーンの自動化や予測分析による生産量の自動調整など、工場のOTオペレーショナルテクノロジーをビジネスの情報テクノロジーと合わせて、新しいビジネスのやり方を構築することが必要です。それらの実現なくして、トランスフォーメーションとはいえません。
Image: Richard B. Dasher
マッキンゼーのレポートでは日本のデジタル競争力は、世界で27位です。遠隔医療の日本での普及率は5%ですが、サウジアラビアでは31%に達しています。日本ではモバイルバンキングを6.9%の人が使っていますが、中国ではすでに35.2%の人が使っています。スマートシティランキングで東京は、世界79位です。
情報技術の専門家、オープンイノベーションが必要だ
日本は技術採用を加速させながら、ビジネスのトランスフォーメーションのスピードを上げていく必要があります。日本がトランスフォーメーションに遅れている原因は、大きく2つあります。
最たるものが、情報技術の専門家不足。労働者1万人のうちソフトウェア開発に関わる人材の比率を見てみると、アメリカの156人に対し日本は62人と、アメリカの3分の1ほどです。システムセキュリティや情報技術のトレーニングができる人材に至っては、アメリカの10分の1ほどです。早急な専門家の育成が必要でしょう。
Image: Richard B. Dasher
さらに、DX時代では、すべての人に「分析」「グローバルオペレーティング」「イノベーション」「リーダーシップ」というスキルが求められます。当然、自ら学んでいく力も必要です。
また、会社内で新しいアイデアが生まれないという原因もあります。DXをスピードアップするために、オープンイノベーションを行うべきです。時間があればいかなる企業も自身でDXできますが、我々はコロナ禍で「時間は待ってはくれない」という教訓を得ました。
スタートアップ企業のエネルギーや新たなアイデアを利用し、彼らのベストなアイデアを自社に取り組み、効率良くインキュベーションしてください。スタートアップ企業と大手企業は文化の違いもあり、協業は難しいものです。ですが、そこを乗り越えることこそが、オープンイノベーションの概念そのものなのです。
日本企業は「DXを早く進めよう」「他の国に追いつこう」とするのではなく、「世界でリードを取る」という意識を持たないといけません。それぐらいの気持ちを持って初めて、他国と肩を並べられるレベルに達するのです。