ダイキン工業のR&Dのコア拠点、テクノロジー・イノベーションセンター(以下、TIC)はさまざまな企業や大学、研究機関との「協創」(Co-Creation)を技術開発の中心に据え、世界ナンバーワンの技術力構築と新たな商品・価値の創出に取り組んでいる。空調機メーカーとして世界トップクラスのシェアを誇るダイキン工業だが、TICでは「失敗」ももちろんあったという。「技術」を「価値」に変えるにはどのような力が必要なのか。新型コロナウイルス流行、脱炭素社会への加速を踏まえ、ダイキン工業はどんな世界戦略を描いているのか。同社常務執行役員でTICセンター長の米田裕二氏に聞いた。

※前編はこちらから。

※日本の研究開発(R&D)において課題に挙げられる「自前主義」や、事業化・市場投入で直面する「死の谷」を越えて、イノベーションのエコシステムを創出するには何が必要か。企業や大学VCの取り組み、政策などを通してヒントを探り、「進化するR&D」の姿を紹介する。

【進化するR&D】ダイキン工業TICの目指すもの(前編) 技術開発の中心に「協創」を据えた理由 
関連記事
【進化するR&D】ダイキン工業TICの目指すもの(前編) 技術開発の中心に「協創」を据えた理由 
「【進化するR&D】ダイキン工業TICの目指すもの(前編) 技術開発の中心に「協創」を据えた理由 」の詳細を見る

抽象的な思考や「PoC死」 失敗や反省から見えたこと

 自身も技術畑を歩んできた経験から、米田氏は「失敗には枚挙にいとまがありません。むしろ私自身はあまり成功したことがないので、次は絶対、成功させようと思ってやることが多いんです」と話す。

 TICの「失敗例」として挙げたのが、大学との初期段階での包括連携の取り組みだ。「おいしい空気とは」「空気を価値に変える」といった抽象的なコンセプトやアイデア止まりに陥ってしまい、具体的な技術開発テーマ創出に至らなかったという。

米田裕二
ダイキン工業
常務執行役員・テクノロジー・イノベーションセンター長
1963年兵庫県生まれ。1987年ダイキン工業入社。家庭用・業務用エアコン、HP給湯機などの住宅設備商品等、全商品の開発経験を持つ開発技術者として、「現地・現物・現実」にこだわった品質重視の商品開発を推進してきた。2014年より執行役員。空調生産本部などを経て、2015年11月にテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)設立とともにセンター長に就任し、全社のR&Dを牽引する。

「抽象的なコンセプト思考に慣れてしまい、具体的に現実的に考え、大学の持つ知見をこんなふうに生かしたいというもう一歩突っ込んだ議論が足りませんでした。当時の研究部門は頑張っていましたが、自分たちだけでテーマづくりに走ってしまったことも含め、もっと多くの先生方や社内の事業部門の知恵を借りるという『巻き込む力』が不足していました」

 巻き込み力不足、連携不足の反省を踏まえ、「テーマ創りの段階から、私をはじめとする技術幹部が技術力と人間力を活かしたコーディネート力を上手に発揮できなければ、成果につながりません」と再確認することができたという。

 もう1つ、事例として挙げたのが、都内での会員型コワーキングスペースの取り組みだ。ダイキン工業だけでなく、さまざまな企業が集まったシェアオフィスで空間づくりや空気環境のデータを集めて、健康で快適に働けるオフィス空間づくりなど新たな価値やサービスにつなげていこうと始まった取り組みだが、「成果にはなかなかたどり着けていない」と米田氏は厳しく指摘する。

「TICを設立して、何か新しいことをやらないといけない、というところからスタートしたのですが、どんな成果を出して事業に貢献するかというのが曖昧なまま、『やることが目的化』してしまっている印象です」という。空気環境や空間から得られるデータを各社がシェアして、そこからさまざまなビジネスにつなげていくというスキームで始まったが、「シェアオフィスを運用することの方が目的になっていないか」と苦言を呈する。

 実はこれまでも社内では、さまざまなアイデアを試したものの、最終的に事業やサービス、商品につながらなかったことは多々あったと指摘する米田氏。「よくありがちですが、結局途中で『PoC死』してしまうんですね」

 「PoC死」は、無意味な概念実証(PoC)を行ってしまい、時間やコストを無駄にしてしまう行為の造語だが、「そもそもの目的は何だったのか、そこが明確にないままに『やることが目的化』するのは失敗だと思います」と米田氏は言う。これまで無謀なチャレンジによる失敗もあれば、既に「できること」に取り組んで小さな成果にとどまってしまい、当初の目的や目標を達しないこともあったという。

成功に必要な「3つのこと」 そして「死の谷」をどう越えるか

 これまでの失敗や反省を踏まえ、米田氏は新たな価値やイノベーションを生み出すために必要とされる3つのことを挙げた。

「1つめとして抽象的なアイデアやコンセプトではなく、『卓越したアイデア』が必要です。2つめに、その卓越したアイデアを『価値に変える力』が要ります。3つめはその価値をシンプルで魅力あるストーリーにして、どう経営者を説得し、納得させるかということです。この3つがそろわないと、なかなかうまくいかないと思います」

 大企業や大学、スタートアップも含め、卓越したアイデアを持っていても、それをすぐに商品やサービスに組み込んでビジネスになるということはなかなかない。「結局はその卓越したアイデアを何度もピボットしつつブラッシュアップしていかないと駄目だと思うんですね。世に問うて、駄目だったら方向転換して、という繰り返しによって初めて、良い商品、良いサービス、良い事業になっていくのではないかと私は思っています」

 では、卓越したアイデアや技術はいかにして価値に転換できるのか。「死の谷」をどう乗り越えていくべきか。米田氏は「私自身は『死の谷』とよく言われるのは結局、受け取り側の余力、体力がないこと、引受先がないところで生じる場合が多いと思っています」と指摘する。

 米田氏はその本質をこう語る。「バトンタッチ方式でいくと、必ずバトンは落ちます。ある地点まで研究開発でやり、そこから先は事業部門が引き継ぐとなると、必ずバトンは落ちるんです。ですから、最初から事業部門を巻き込むことが大事ですし、アイデアを持った人、技術を持った人が最後まで執念と情熱を持って事業化し、業績化するところまでやるという行動力、実行力が大事だと思っています」

「最初にアイデアや技術を考えてこれをやろうと決めた人が、商品化や事業化に向けてその先は誰かに引き取ってもらう、ということではなく、開発者自身が最後までやる、その商品やサービスを売る、というところまでやり切ると大きく変わると思います」

Image:ダイキン工業

 一点突破が難しいときは押したり引いたりしてみる。それでもうまくいかないならピボットする勇気が必要だという。そして、始めたら最後までやり切ることの重要性を挙げる。

「よくR&Dで語られるのは『How』の部分です。決めたことを『どのように』実現するかは重要であり、それに長けた人はたくさんいます。しかし、本当に重要なのは『何をやるか』『どうしてそれをやるか』という課題意識と、アイデアや技術、テーマを価値に変える力、そしてその重要性を物語る力です。つまり『What』と『Why』が大事だと思います」

 何をやるか、なぜそれをやるのかという課題設定能力と、それをどう価値に変え、顧客や社会に対して説得力を持って語れるかどうか。これらの力が技術開発や新たなビジネスの創出に必要だと米田氏は強調する。

「技術者は、技術を完成することに喜びを感じますし、私自身もそうですが物を創ることに喜びを感じます。テーマを完成させることはもちろん大事ですが、それ以上に重要なのが良い課題を設定してテーマを創造することであり、それを顧客価値としてどのように伝え、物語っていくか、ストーリーテリングの能力が要ると思います」

 R&D部門が殻にこもって「研究のための研究」「内向き志向」に陥るのではなく、問いを極めながら横とつながる人間力、突破力、推進力を磨いて事業に貢献していくことが求められているという。

「良い技術を作ったから売れるなんていう時代では当然ありません。お客様が望むものは何か、間違ってもいいので仮説を立てて取り組めば、新たなニーズを見つけ、別の市場を創り出すことにもつながります」

 だからこそ、R&Dにはダイバーシティが必要だと米田氏は説明する。「顧客ニーズは多様化していますし、日本単一の視点で世界の市場を考えると、見誤ります。多様な価値観や専門性、バックボーン、そして本質を見極める目を持たないと、グローバルでの競争には勝ち残れません。もちろん、それを実行する強いハートと足腰が必要です。戦略だけでは勝てない。実行力、実践してこそ、初めて強いR&Dになるのではないかと思います」

Image:ダイキン工業

コロナ、脱炭素 一層重要になる「ものづくり」「ことづくり」

 ダイキン工業が2015年にTICを設立した理由には、変化の激しい時代に技術競争で勝ち続け、グローバルへの事業拡大を加速させていく上での危機感もあったが、この変化をチャンスとして、会社をより発展、成長させられるという期待も原点にあるという。米田氏は「私たちは世界中のあらゆる方々が、新たなテーマやニーズのご提案を持ち込んでくださるのを歓迎しています」とメッセージを寄せている。

 世界的な新型コロナウイルスの流行によって、人々がより「空気」を意識し、重視する流れが強まった一方、地球温暖化対策の一環で脱炭素の動きも加速している。世界トップの空調メーカーとして、ダイキン工業、TICはどのようなビジョンを持ち、技術開発や事業展開を見据えているのか。

「これまでもダイキン工業はいろいろなコア技術を極めてきました。その中で、TICで電解コンデンサレスインバータ技術を確立しました。もともとは長岡技術科学大学の先生のアイデアでしたが、その大学の先生と、日ごろから当社が課題に思っていることやビジョンを共有していたので、信頼関係を構築し、事業部も巻き込んで技術を確立することができました」

Image:ダイキン工業

 このインバータ技術を生かし、アジアをはじめ世界でニーズのあるローコストインバータの商品化、事業展開が進んだ。

「アジア市場では、空調機はノンインバータの国が多いです。インド、ベトナム、タイ、マレーシアもインバータの比率が低いのが現状です。インバータの普及拡大のネックになるのはコストであり、これまでアジアの方々にとっての空調機は『冷えればいい』というニーズも多かったのですが、昨今のカーボンニュートラルの時代に、やはり環境に良いものをという意識も少しずつですが高まっています。省エネ性も国ごとに基準が上がってくるとインバータ化は避けられず、当社はその波にうまく乗れていると思います」

 コストを抑え、環境基準にも合った製品の開発。TIC発の技術を、マーケットにフィットした製品に搭載した例だ。

 国際エネルギー機関(IEA)が2018年に発表したレポートによると、世界のエアコン台数は2050年までに現在の約3倍にあたる56億台に増加すると予測されている。これにより、エネルギー効率の高い冷房機器の開発が最優先事項の1つとなることが予想されるという。

 人口の多い中国やインド、インドネシアで需要は一層高まるとみられ、「差別性のある技術をいち早く投入できたというのは、大きな成果だと思っています」と米田氏は分析する。

 世界各国で脱炭素が課題となり、各国政府の規制や対策が強まる中、ダイキン工業は幅広い海外拠点を活かしながら、現地の実情に即した技術開発や商品展開に取り組んでいる。

「アドボカシー活動として、地域の営業拠点はリサーチをして、各国の規格、規制がどう変わるかを見据えて市場を捉えています。世界各地域のR&D拠点とも密に情報交換しています。当社の場合は、ルームエアコンのようなBtoCと言われる商品から業務用エアコンの領域もあり、市場やニーズ、顧客はそれぞれ全く違います。ただ、共通的な要素をTICで集約し、それを受けた技術開発に取り組んでいます」

 また、ロシアのウクライナ侵攻前から、特にヨーロッパを中心に熱源転換が始まり、天然ガスから電化への流れが高まっている。これまでの燃焼暖房からの熱源転換として、ダイキン工業のヒートポンプ技術に注目が集まっているという。

Image:ダイキン工業

 一方、新型コロナ流行以降、同社は空気環境の中でも特に換気に注力している。「これまで感染拡大防止の観点からマスクが外せないという状況になりましたが、空調と換気によって、マスクが要らない空調環境を提供することができないか取り組んでいます」。除菌機能を搭載した空気清浄機など商材を広げながら、今後はバイタルデータなどを活かして集中・リラックス・快眠・健康増進を実現する空気環境を整えるような技術やサービスの開発も進めていくという。

 時代の変化に即した技術開発が「次の新たな価値」を生み出していく。そんな流れの中、「世界的な空気質への意識の高まりと脱炭素の流れは、当社にとって非常にチャンスが多いと思っています」と米田氏は語る。

 米田氏は「ビジネスは『もの』から『こと』へとよく言われますが、私は『ものづくり』はなくならないと思います。『ものづくり』の土台の上に、お客さまや社会に新しい価値を創出していく『もの+ことづくり』の実現を目指しています」

 強い技術とハードの上に、デジタルを絡めたソリューションを提供できるからこそ生まれる新たな価値創出。そんなダイキン工業の「ものづくり」と「ことづくり」の取り組みの事例がインドにあった。

「空調はバリューチェーンが長いです。製造して販売、加えて設置工事、メンテナンスがあり、そこに人手が介在するビジネスモデルです。当社はこれまで空調機器の製造・販売まででしたが、工事やサービス、メンテナンスにおいてもデータ間連携をすることで、より壊れない、壊れる前に故障を予知してサービスに行く流れをつくろうとしています。これからの技術開発の方向性は、製品の寿命を予測して適切な対応を施すことによって延命する、というような流れになると思います」

 世界第2位の人口、世界第7位の国土面積のインド。大都市圏以外の人口50万~100万人未満のTier3の都市において、「設置工事が対応できないのでダイキンの業務用エアコンは取り扱えない」という販売店が多くあるという。

 そこで、ダイキン工業は協創パートナーのスタートアップからのアイデアを生かして、工事現場の画像を映して、遠隔からも作業の指示ができるツールを導入した。それによって、ダイキン工業の空調機を扱える販売店が増え、製品販売だけでなく、現地の据え付け工事者の雇用が増えるという流れにつながりつつあるという。「現地の雇用を生み出し、販売店がより儲かるようになり、年収が増えて、経済が活発化するので空調機も普及する。そんな流れを生み出せるサービスのメニューをこれからも次々とつくっていきたいです」

Image:ダイキン工業

 さまざまな企業や大学、ベンチャーなどと連携してTICが取り組む460の研究開発テーマ。そして、ダイキン工業のR&Dを牽引するTICに勤務する約840人の社員。そのリーダーである米田氏は「毎日、会社に行くのが楽しみでワクワクします。TICは『交流』から『協創』をスタートする場所です。優秀な若い人も多く、最近はダイキンのファンになってくれて、ダイキンのためにさまざまな提案をしてくれるスタートアップの方々もいます。社内外の優れた人々と一緒に仕事ができることはすごく楽しいです」と笑顔で語った。

※前編はこちらから。

【NTTドコモ、ENEOS、パナソニックCVC、凸版印刷】オープンイノベーション事例集
関連記事
【NTTドコモ、ENEOS、パナソニックCVC、凸版印刷】オープンイノベーション事例集
「【NTTドコモ、ENEOS、パナソニックCVC、凸版印刷】オープンイノベーション事例集」の詳細を見る

大容量半導体チップで効率的なデータセンターを構築するInnovium
関連記事
大容量半導体チップで効率的なデータセンターを構築するInnovium
「大容量半導体チップで効率的なデータセンターを構築するInnovium」の詳細を見る



RELATED ARTICLES
大手企業のCVC活動を一括把握【CVC トレンドレポート vol.2】
大手企業のCVC活動を一括把握【CVC トレンドレポート vol.2】
大手企業のCVC活動を一括把握【CVC トレンドレポート vol.2】の詳細を見る
私たちの生活をより快適なものへ「スマートホームトレンドレポート」
私たちの生活をより快適なものへ「スマートホームトレンドレポート」
私たちの生活をより快適なものへ「スマートホームトレンドレポート」の詳細を見る
【村田製作所、オムロン…】オープンイノベーション事例集vol.4
【村田製作所、オムロン…】オープンイノベーション事例集vol.4
【村田製作所、オムロン…】オープンイノベーション事例集vol.4の詳細を見る
スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学…【大学発スタートアップトレンドレポート】
スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学…【大学発スタートアップトレンドレポート】
スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学…【大学発スタートアップトレンドレポート】の詳細を見る
CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)とは?【CVC トレンドレポート vol.1】
CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)とは?【CVC トレンドレポート vol.1】
CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)とは?【CVC トレンドレポート vol.1】の詳細を見る
代替食品に健康食品 / 飲料、デリバリーのスタートアップまで…【フード / フードデリバリー50レポート】
代替食品に健康食品 / 飲料、デリバリーのスタートアップまで…【フード / フードデリバリー50レポート】
代替食品に健康食品 / 飲料、デリバリーのスタートアップまで…【フード / フードデリバリー50レポート】の詳細を見る

NEWS LETTER

世界のイノベーション、イベント、
お役立ち情報をお届け
「グローバルオープンイノベーションインサイト」
もプレゼント


新規事業の
調査業務を効率化
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal
収集したスタートアップ情報の効率的な活用を支援する
スタートアップ協業案件管理ツール
Q-scout
社員の声でイノベーションを効率化する
アイデア管理プラットフォーム
Q-ideate

Copyright © 2023 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.