わずか1年半で投資・共同開発まで。武蔵精密工業がイスラエルで取り組むオープンイノベーション

わずか1年半で投資・共同開発まで。武蔵精密工業がイスラエルで取り組むオープンイノベーション

Event Report / Special / Israel / Japanese Corporation / 武蔵精密工業
2020-03-30 13:37
これまでオープンイノベーションといえばシリコンバレーの独壇場であったが、近年はイスラエルの存在感が強まっている。すでに同国でジョイントベンチャーを設立している武蔵精密工業は、その魅力についてクリエイティビリティ・スピード・ブランディング力・プロモート力に加え、イノベーションサークル内でのつながりを挙げる。1つの企業とのつながりが別の企業とのつながりを生む――そんなエコシステムにより、武蔵精密工業は1年半という驚異のスピードでのビジネス創出・展開をしている。今回は武蔵精密工業の伊作猛氏に話してもらった。
※本記事は「CYBERTECH TOKYO 2019」の登壇コンテンツをもとに構成しました。

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インダストリー4.0の推進により、広域な社会課題の解決が可能に

 武蔵精密工業はトランスミッションギアやカムシャフトといった自動車及び2輪車部品を製造・販売を行う企業として、世界14ヵ国34拠点で事業を展開しています。イスラエルとのオープンイノベーションを始めたのは1年半ほど前と、それほどの時間が経っていないのですが、これまでの取り組みや進捗についてお話ししたいと思います。

 現在、自動車業界では「100年に1度」といわれるほどの大変革が起きています。自動車の変革を「CASE」ととらえると、その「中身」がどんどん変わってきているのです。我々が手がけるような部品、特にトランスミッションやエンジンなどは、「なくなりつつあるもの」の代表格。イノベーションを起こさない限り、確実に「死」が待っています。

 そこで当社では、成長を続けるサステイナブルな企業へなるため、さまざまな戦略を立てて新規事業の創出に取り組んでいます。

 当社の新規事業の目的は、イノベーションによる社会課題の解決です。例えば現在強力に展開しているAI事業で解決したい課題は、大きく3つあります。

伊作 猛
武蔵精密工業株式会社
上席執行役員
新規事業開発統括、経営企画担当、CVC Director、MUSASHi Innovation Lab CLUE代表。1990年武蔵精密工業入社後18年間アメリカに駐在し、主に北米自動車OEM営業統括。2010年、本社へ帰任後Global営業統括就任するとともに、ドイツHAY Group等の買収案件にも従事。2018年度より新規事業開発を担当し、社内ベンチャーの立上げ、サポート、AI事業開発等に従事するとともに、CVC Directorとしてイスラエルにおける3件の他、シリコンバレー、日本における5件のベンチャー投資、JV組成、VC出資、社内スタートアップの創出を推進実行。
 
 1つ目が「少子高齢化による労働力不足」。特に我々のようなモノづくりの会社は、何をさておいても解決しなければならない課題です。

 2つ目が「品質問題」。ここ数年、自動車業界で品質問題が多発していますが、原因は「検査を人に依存していること」に尽きると思います。業績・売上へのプレッシャーや上司への忖度など、多くの問題は人間が最終的な品質判断を行うことで起こっています。

 3つ目が「働き方改革」。ただし、我々が考える働き方改革とは、残業時間の削減など物理的なこと以上に「働く人が本当にやりたいことをできる環境づくり」です。人間でなくてもできる作業はAIに任せるなど、テクノロジーの力でイノベーションを起こしていきたいと考えています。

 我々は「インダストリー4.0(製造業におけるオートメーション化・データ化・コンピューター化)の推進」を通じ、ゆくゆくは製造業だけでなく、広域な社会課題へのソリューション提供を目指しています。

 自動運転搬送装置や画像認識装置を使って「搬送」「検査」工程の自動化が実現されれば、他のさまざまな分野へも応用できます。たとえば、構内物流業界での自動化や盗難防止、農業分野での自動収穫や品質判別、さらにごみ処理産業での自動判別・自動選別なども可能になるでしょう。

つながりがつながりを生むイスラエルのエコシステム

 現在、当社ではイスラエル、カナダ、シリコンバレー、日本国内の当社スタートアップとでネットワークを構築し、CVCのファンドから出資しながらオープンイノベーションを進めています。

 AIという先端テクノロジーを事業化につなげるあたり、イスラエルは絶好の環境です。アルゴリズム開発だけでなく、今後ますます重要度を高めるサイバーセキュリティ対策、事業モデルの構築とそのPR方法などにおいても、彼らは素晴らしい知見をもっています。

 特に「会社をブランディングしてプロモートする」というスキルは非常に高い。さらにスピードも非常に早いため、我々は彼らに大きな信頼を寄せながらイノベーションを進めています。

 すでに2019年4月、イスラエルのR&D力と武蔵のモノづくりを掛け合わせて新しい事業を育てるため、イスラエルの技術パイオニア企業SixAIと「MUSASHi AI」というジョイントベンチャーの設立を発表しました。両社の強みを掛け合わせることで、MUSASHi AIは展開をしており、自動化、モノづくりの領域はムサシが、逆に、MUSASHi AIのためにイスラエルに設立したR&Dセンターでは、イスラエル側がイニシアティブをとって協業を進めています。

 SixAIとは、イスラエルの起業家であるRan Poliakine氏が代表を務める技術パイオニア企業です。Poliakine氏はAI領域のほかにもソフトウェアやハードウェア技術、数学や物理など、非常に幅広い技術を有するイスラエルのイノベーションセンターを率いる人物であり、数々の成功企業を立ち上げています。

 彼が率いるイスラエルのイノベーションセンターにはあらゆる領域のスタートアップが名を連ねており、そこを囲むように、いくつものイスラエルのスタートアップのサークルが存在しています。さらに、そのサークル全体がイスラエルの大学、政府、軍事機関、投資家、大企業など、あらゆるところとつながっています。当然、中にいる人たちも互いにつながっています。

 もちろん、イスラエルへ行ってすぐにコアサークルに入れることはありませんが、ひとつの企業とつながるとサークル全体とつながれることが、イスラエルのスタートアップサークルの特徴。我々もSixAIなどの企業とのつながりにより、急速にサークル全体との関わりが生まれており、ますます今後が楽しみになっている状況です。

単体の取り組みをつなぎ合わせ、新たなイノベーションへ

 次に、スタートアップとの実際の協業についてお話しします。

 まず「EVプラットフォーム(自動運転搬送装置)」をテーマに、REEという企業と「タイヤとシャーシだけに見えるクルマ」を共同開発しています。具体的には、従来のクルマのボンネット下にあった全てのコンポーネント(エンジン、サスペンション、モーター、ギアボックスなどは)をホイールに統合。これにより、設計自由度の向上や移住空間の最大化、車両サイズと重量の削減、エネルギー運用効率アップなどが可能となります。室内空間や荷室など、いわゆる「上」の部分は自由に後付けできますので、乗用車としてもトラックとしても活用できるというわけです。

 このEVプラットフォームを9月のIAA(ドイツ・フランクフルトの国際モーターショー)に出展したところ、さまざまな大手メーカーからの引き合いをいただき、今後スケールしていく予定です。ちなみに、本プロジェクトには2018年7月から投資を始めました。

 電動化を進めていくと、次は「電源・電気をどう供給するか」という方向へ話が進みます。たとえば、今後クルマのコネクティブは5Gになりますが、万が一ネットワークが途切れた場合、その瞬間にクルマは事故を起こしてしまう。そうした危険を防ぐために、安定的な電力供給についての開発を早急に進めなければ、と。

 それが、我々の投資先のひとつであるAquarius Enginesというスタートアップです。同社は発電用超小型フリーピストンエンジンの開発を行っており、これまで人間ぐらいの大きさだった発電機を約10分の1に縮小したり、約2000個ともいわれる部品が必要だったエンジンをたった19個のメイン部品で完成させたりなど「小型・軽量・高効率・低コストの発電エンジン」を作り上げてきました。

 将来的に、Aquarius Enginesのエンジンをモビリティー向けに載せたいと考えていますが、まずはマイクログリッドや、5G基地局のコネクティッドの領域への安定的な電気供給に取り組んでいきます。

 電動化の流れは、自動車に限らず2輪車の世界にも拡大していくと考えています。現在、ガソリンエンジンが主体の2輪車のトランスミッションギアで、私たちはトップシェアですが、将来に向けての電動パワートレインの開発も進めています。その電動パワートレインを垂直統合するうえで必要となってくるのが、電池です。そこで手を組んだのが、KeraCelというシリコンバレーのスタートアップです。同社は、全固体リチウムイオン電池を3Dプリンターで生産する技術の開発を進めており、我々と2輪向けの電池の優先開発を進めることで合意しています。同社の蓄電技術を、例えばAquarius Enginesの発電システムと組み合わせることで、バックアップ電源としてより効率良く5G局への安定的な電力供給が可能になるとも考えています。

 スマート運転や電動スマートトラクターについては、シリコンバレーのMonarchという企業と協業しました。ここへKeraCelのような全個体電池を載せれば、さらに新しい展開が生まれそう、、、などなど、単体で進んでいるさまざまな試みを将来的に組み合わせていくことで、次のイノベーションが起こせるのではないかと考えています。

 現時点でも、新たな展開のためのミッシングピースを、イスラエルやシリコンバレーで探っているところです。

 このように当社では、社会課題の解決に向けたさまざまなオープンイノベーションを進めています。そのための投資はすべて戦略投資です。ファイナンシャル目的の投資もあってしかりですが、我々の場合は、戦略を共有し長く付き合える企業への投資を続けています。しかも、広く知れ渡った技術ではなく、アンダーグラウンドなサークルコネクションから、ユニークな技術や企業を探して協業していきたいと考えています。そのため、これまでに培ったイノベーションサークルのネットワークからいち早く情報をキャッチし、投資をしながら、共同開発を進めています。

「対話型」「出口戦略」「スピード」が成功のカギ

 最後に、我々のイスラエルでの協業において気を付けている点を3つお話しします。

 1点目は「スタンス」について。「投資してやる」といった上から目線でのコンタクトをとると、Win-Win関係が構築できないと思います。むしろ我々は「投資させてください」「我々はこういうサポートができます」というスタンスで臨んでWin-Winな関係を構築してきました。もちろん対象会社をコントロールするというスタンスではなく、ストラテジック・コミッティを作って戦略を一緒に構築していくという進め方をとっています。

 あと、イスラエルの方は非常にクリエイティブである一方、非常にデリケートな人が多いと思います。こちらが何か提案をした際、それ以上のアイデアを意地でも返してくる人たちです。よって会議でもかなり強烈に自分の意見を伝えてきますが、あくまでその「意見」に対してこちらも発言することにしています。「だからあなたは……」など相手の人格を含めて意見をしてしまうと、「攻撃的」と受け止められ、関係を一気に崩してしまうような失敗も経験しました。「人格」と「意見」は切り分けて、常に「意見」に対する対話が有効だと思います。

 2点目は「エグジット戦略」です。マイノリティ出資の場合、ややもすると自分たちのライバル会社に売られてしまう恐れもあるので、最初にお互いの考えや方針をしっかり握り、成果物の所有権などについてもサステナブルの観点で可能な限り契約に盛り込んでおくようにしています。

 3点目は「スピード」です。ビジネスにおけるイスラエルのスピード感は圧倒的ですが、日本企業と組むと格段にスピードダウンしてしまうと言う話をよく聞きます。当社においても、本社機能はイスラエルのスタートアップにとっては複雑すぎる組織ですので、今までのやり方のままでは彼らの魅力であるスピード展開を阻害してしまいます。スタートアップとの案件は「意思決定をいかにシンプルにするか」が大事だと思います。

 当社では指揮系統を変え、例えばAIエンジニア組織に関しては、基本的にイスラエル側をCTOにおいて日本のエンジニアのレポーティングラインもイスラエルのCTOとしました。ただし、制御不能な状況を避けるためにも、レスポンシビリティとアカウンタビリティを明確に合意した上で任せることが必須だと思います。

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