目次
・原動力はいつも「違和感」から:社内ベンチャーから始まった組織変革
・駐在員とMITの二足の草鞋:地球11周分を駆け抜けた「戦略的準備」
・CVC2号ファンド設立:二人組合から「自社運営」への移行
・大組織を動かす「戦略的サラリーマン」の極意
・【Q&Aセッション】イノベーションを加速させる「心理的安全性」と「現場力」
原動力はいつも「違和感」から:社内ベンチャーから始まった組織変革
松崎氏のキャリアを語る上で外せないのが、2016年に自ら立ち上げたJAL公認の社内ベンチャー「W-PIT*」だ。Wが意味するのは「Wakuwaku(ワクワク)」。この要素こそが、松崎氏が社内の仲間を巻き込み、JALの新たな“航路”を見出していく上でのキーコンセプトだった。
松崎氏:振り返ると2010年の経営破綻当時、JALの再生を率いた『経営の神様』こと稲盛和夫氏は、『JALには商売人の感覚を持った人があまりにも少ない』と記者会見でおっしゃっていました松崎氏は当時それを自宅で見ており、総合職という職種でJALに入社した1年目の社員としてショックを受けたと語る。
2009年の新卒入社以来、大型ソフトウェア開発プロジェクト、グローバルアライアンス戦略、イノベーション、ベンチャーキャピタルに跨るユニークなキャリアを築いてきた。
学歴: 早稲田大学にてリベラルアーツ学士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院にてMBAを取得。
時は流れ2015年。当時、JAL社員の人財アセスメント特性を示したデータを目の当たりにした時、JALの社員(当時)は、与えられた仕事をきっちりこなすのは得意だが、自ら先頭に立って前例をぶち破る「ベンチャー気質」が課題と松崎は理解した。それは新卒でJALに入社し6年程が経っていた頃で、稲盛氏の記者会見を見て受けたショッキングな経験とこのデータを照らし合わせた時に、「自分が系渇すべき問題はこれだ」と違和感の先にある強烈な使命感を感じたと振り返る。
松崎氏:どうやったらJALの社員がワクワク感を持って、前向きに会社や社会のために仕事ができるようになるか。社員がワクワクしながら働かない限り、その先に未来はない。僕の中にあったこの『違和感』の中にこそ、自分が本当に解きたい課題(世界観)が隠れていたことに気付いたんです。「やりたい人が自ら手を挙げる(上司からのアサインは一切なし)」というルールで始まったW-PITは、今や累計1,500人規模を巻き込むチームに成長した。客室乗務員が3割を占め、男女比は4対6で女性の方が多いなど 、現場のエネルギーが爆発する土壌になっている。
業務時間の10~20%程をW-PITの業務に充てる。全員に主務がある中で、W-PITを「兼務」として発令を行う。これまでの代表的な案件としてはサウナ好きの社員が発案した「サ旅(サウナ旅)」事業や、客室乗務員が発案したヘラルボニー社との協業案件など複数にわたる。ヘラルボニー社との案件は、今ではJALグループ全体としての取り組みに繋がっている。
W-PITは今年で立ち上げから10年。ミッションにはこれまで同様に「JALをベンチャーに。日本の未来を斬り拓く」を掲げ、これからの10年はJALグループの変革・挑戦文化の醸成に取り組む集団として、「両利き人財(主務のA面と、自身のワクワクのB面をどちらも本気でやるイノベーション人財)」を創出するプラットフォームを目指す。JALグループが先般発表したJALグループ経営ビジョン2035(新経営計画)にも、正式な取り組みとして組み込まれている。
*W-PIT: 正式名称は「Wakuwaku-Platform Innovation Team」で、2017年に設立された。Wakuwaku(ワクワク)をキーコンセプトに異業種共創を推進するJALグループ公認の社内ベンチャーチーム。
「自分が本当に解きたい課題」に気が付いた経緯を話す松崎氏㊧
駐在員とMITの二足の草鞋:地球11周分を駆け抜けた「戦略的準備」
2022年9月、松崎氏は米国シリコンバレーへ赴任する。これまでの経験を活かし、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の業務に就いた。しかし、着任後すぐに待ち受けていたのは試練だった。それは、グローバルな起業家たちと対等なビジネス会話ができないという壁だ。松崎氏は帰国子女であることもあり英語の問題ではなく、殆どの起業家が持つ「エンジニアリング(工学や技術)」の教養を自身が持ち合わせていないことによるコミュニケーションの壁だったと語った。
松崎氏:このままじゃ会話すらできない、アメリカで勝負ができない。そう痛感して、エンジニアリングの考え方や教養を身に付けるべく挑戦したのがMIT(マサチューセッツ工科大学)のMBAだった訳です。さらに、「なぜ駐在先である西海岸の学校に行かなかったのか?」とよく周囲に質問されると語り、それについては、「常にグローバルなネットワーク(人脈)構築が大事だと思って生きている中、空白地帯だった「東海岸」に第2の拠点を作ることが大事だと思いあえてボストンのMITを選んだ」と添えた。平日はシリコンバレーで駐在員として働き、平日の深夜便でボストンへ。週末はキャンパスで対面授業を受け、日曜に帰るという生活を2年間続けた。移動距離は地球11周分(約45万7,600キロ)だ。
ボストンにいる際は主には勉強に勤しんだが、時間を作り、CVCにおいて重要なディールソーシング(案件探索)にも精力的に取り組んだ。その結果、CVCとJAL(バランスシート)からのそれぞれから投資に繋げた。CVCからは、海中からCO2を除去する「直接海洋回収技術(Direct Ocean Capture、DOC)」の米ロサンゼルスに本社を構えるCaptura(キャプチュラ)で、JAL本体からの投資は、大気中から二酸化炭素(CO2)を回収する直接空気回収技術(DAC)の有望スタートアップであるHeirloom(エアルーム)。いずれもMIT関連のカンファレンスで発見した。
CVC2号ファンド設立:二人組合から「自社運営」への移行
JALは2026年3月、総額5,000万ドルの「CVC2号ファンド」を立ち上げた。2019年からの第1号ファンドは、外部のVCをGP(意思決定の責任者)とする、いわゆる「二人組合」というストラクチャーであったが、2号ファンドからはJAL自身がすべての意思決定と最終責任を負う「インハウスGP(自社運営)」へと舵を切った。
この決定に至る社内の合意形成は、一筋縄ではいかない生々しいものだったという。
松崎氏:感覚としては『自転車の補助輪を外す』のに似ているかもしれません。7年間の二人組合で培った知見やノウハウを活用し、自分たちの五感で直接スタートアップ起業家や投資家と接し、鮮度の高い『一次情報』を得ることで、スピーディかつ効果的なリターンに繋げていきたい、と経営陣に何度も説明しました。多くのステークホルダーに自社運営への移行を納得してもらうため、松崎氏らのチームは、これまでの実績の徹底的な「言語化」に取り組んだ。
例えば、1号ファンドで投資した欧州のeVTOL開発メーカーは、2024年末に経営破綻を迎えている。一見すると「投資の失敗」と捉えられかねない事象だ。しかし、JALは同社への投資を通じて多大な知見やノウハウを獲得していた。そして、そのノウハウを糧に合弁で運航事業会社「Soracle(ソラクル)」を設立し、現在の取り組みへと昇華させている。チームは役員陣に対し、「財務面だけを見れば意図しない結果かもしれないが、事業開発(戦略面)の目線で見れば成功である」というストーリーを、何時間もかけて丁寧に説明した。この実直な対話により、最終的にステークホルダーからの理解を得ることができた。
自社運営への移行に対する「本当に自社だけで運営ができるのか」という社内からの懸念に対し、チームは「近い将来、外部から投資の専門家を採用することになるかもしれない。しかし、まずは自社固有の強みを活かした基盤づくりが必要である」と説明した。経営に対しては、「5,000万ドル規模の投資ファンドを自社運営でやってよかった」と思ってもらえるよう不退転の決意を提示し、徹底した議論の末に承認を得ることができた。
社内の合意形成を得るまでのリアルなやり取りを明かす松崎氏㊧
大組織を動かす「戦略的サラリーマン」の極意
最後に、松崎氏は大企業でイノベーションを起こそうともがく「Doer(実行者)」たちへ、組織変革に欠かせない「3つのレンズ」という考え方を提示した。それは、戦略(ストラテジー)、政治(ポリティクス)、文化(カルチャー)だ。多くの人は「どんな戦略か、収支はどうなるか」という戦略議論に気を取られる傾向にある。しかし実際には、組織特有の「いかに意思決定の合意形成を導くか」という社内力学(政治)」や、「社員がこれまでの経験から正しいと感じる空気感(文化)」を理解してチューニングしなければ、どんなに優れた提案(戦略)も実現には至らないと言う。
松崎氏:キャリアの初期段階において、自分の提案が組織に届かないと悩む声は少なくないですが、それは決して悲観することではないと思います。大規模な組織を動かすイノベーションには、相応の時間と根気が必要とされますから。そして、最後にこう締めくくった。
松崎氏:大切なのは、自らの会社員人生を「準備」「実行」「任される」のフェーズに戦略的に分けてロードマップを描くこと。そして、周囲からプロジェクトを託される存在になるために、今いる場所で目の前の仕事に向き合い、確かな実績(トラックレコード)を積み上げること。
この地道なプロセスの先こそが、大企業で変革を推進するための確かなステップであり、これこそが大企業を動かす“戦略的サラリーマン”の極意なのだと、現場の経験から意識するようにしています。
【Q&Aセッション】イノベーションを加速させる「心理的安全性」と「現場力」
講演後の質疑応答では、組織変革の本質に迫る鋭い対話が行われた。
Q&Aセッションの一部を紹介
(TECHBLITZ編集部注:本イベント終了後は、松崎氏も交えた熱気溢れるネットワーキングパーティーが開催され、大企業の枠組みを超えたイノベーターたちの夜が更けていった)