image: Yuriy2012 / Shutterstock
米国のロボティクス産業は近年、急速な発展を遂げており、同産業の集積地であるボストンなどが位置する東海岸エリアはその中心地の一つ。数多くの企業だけでなく、名門校のMITをはじめとした高等教育機関、スタートアップ育成機関などが強固なエコシステムを形成している。本寄稿では、Monozukuri Venturesで最高投資責任者(CIO)を務める関 信浩氏が、2024年5月にボストンで開催されたロボティクス関連の大型イベントへの参加を通して見えた米国のロボティクス産業のトレンドや、中小製造業における協働ロボットの具体的な活用例などを前編・後編に分けて紹介する。

目次
ボストン開催の「Robotics Summit & Expo 2024」
日本の大企業も軒を連ねる出展ブース
高い関心を集めたアクセラレーターの参加スタートアップ
MITが牽引するボストンのロボティクス産業
日本企業への期待感を示した交流イベント

ボストン開催の「Robotics Summit & Expo 2024」

 2024年5月に米ボストンにて「Robotics Summit & Expo 2024」が開催された。ロボティクス分野における最先端の技術に関する講演や、大企業からスタートアップまでの製品が展示されるため、米国のロボティクス業界の動向を知ることができる機会だ。展示会場の規模は昨年の約2倍になり、200社近い企業が出展。参加人数は2日間の会期で約5,000人と、生成AIのブームなども相まって、米国でもロボティクス産業への関心が高まっていることを示すイベントとなった。

 日本がゴールデンウィーク中ということもあり、日本からの出張者は少なかった。しかし春の始まりが遅い東海岸では、展示会シーズンが始まるのがこの季節ということもあり、日系企業の多くが展示ブースを設けて、営業活動にいそしんでいた。

(写真)Robotics Summit & Expoは200社近い出展企業を集めた

 講演のテーマは「スマートファクトリー」、「物流の自動化」、「ロボットの安全性」、「ヒトとロボットの協働」など、ロボット活用に関する多様なトピックが用意されていた。登壇者からは、ロボット導入によるオペレーションの効率化や、人手不足の解消といったメリットが強調される一方で、導入コストや人材育成の課題も話題になった。また、ロボット活用におけるデータの重要性や、オープンソースソフトウェアの活用といった技術的な内容も網羅されていた。

 併催されていた医療機器の設計・製造に特化した「DeviceTalks Boston」、デジタルトランスフォーメーション(DX)に焦点を当てた「Digital Transformation」というイベントも自由に行き来することができたため、ロボット関連のトピックにとどまらず、ロボットやAIを活用する製造業やサービス業、ヘルスケア産業向けのトピックを聞くことができた。ある参加者は「Robotics Summitに参加したが、参加した講演のほとんどはDeviceTalksのものだった」と満足気だ。

 実際、ユーザー視点の講演は、普段技術系スタートアップの動向を追っている方には、業界動向を俯瞰できる良い機会になるだろう。

 医療機器の設計・製造における規制対応や、サイバーセキュリティといったテーマでは、医療機器のソフトウェアに関する規制は年々強化されており、開発者はこれらの規制に適切に対応していく必要があることが強調されていた。実際、暗号通貨関連の大規模な事件や、ランサムウェアによる被害が急増している。人間の生命に直結する医療機器のセキュリティや、病歴など差別に繋がりかねないプライバシー情報の保護は、ロボット業界でも急務だ。

 個人的には時節柄、生成AIとロボットに関する内容に、講演・展示ともに興味を持った。具体的な実装や大規模な展開はまだ先だが、爆発的に進化する生成AIの技術や利用環境の広がりを、現在のロボットが持つさまざまな課題を解決していこうという動きが盛んだった。

(写真)「ロボティクスに関する生成AIのインパクト」と題したパネルディスカッション

 一方で、ロボティクス関連では近年、急成長分野だった「自動運転」に関する講演や展示は、あまり多くないのが印象的だった。2022年秋のArgo AI(フォルクスワーゲンとフォードが出資)の事業清算や、2023年秋にGM Cruiseが起こした人身事故の影響によるタクシー事業の一時縮小と大規模レイオフなどで、ベンチャー資金の供給が停滞していることが窺える。

日本の大企業も軒を連ねる出展ブース

 企業ブースの出展は、スタートアップから大手メーカーまで多岐にわたっていた。プレゼンティングスポンサー(特別協賛)のハーモニック・ドライブ・システムズ(本社:東京都品川区)をはじめとして、協賛する日本企業も多く、展示会場には見慣れた日本企業のブースが軒を連ねていた。

(写真)特別協賛のハーモニック・ドライブ・システムズをはじめ多数の日系企業が出展

 会場では、協働ロボット、自律走行搬送ロボット(AMR)、ドローン、人工知能(AI)、センサー技術など、ロボティクスのあらゆる側面をカバーしており、特に注目を集めていたのは、AIを活用した知能化ロボットや、5Gネットワークを活用したクラウドロボティクスのソリューションだった。

 またボストンという土地柄か、医療ロボットの実例を多くみることができた。ボストンというと、ある年代以上の方には「コンピューターの最先端都市」という印象があるようだが、実際にはバイオテクノロジーやライフサイエンスをはじめとした、ヘルスケア関連のビジネスが盛んな地域である。

 併催されたDeviceTalksのセッションとして、医療機器業界におけるロボット技術の応用事例が多数紹介された。手術支援ロボットや、リハビリテーション用ロボットなどがその代表例だ。これらのロボットは、医療の質の向上と、医療従事者の負担軽減に大きく貢献すると期待されている。また、医療機器の設計・製造プロセスにおけるAIやIoTの活用事例も注目を集めた。

高い関心を集めたアクセラレーターの参加スタートアップ

 数ある講演の中で最も活気があり、会場から人が溢れていたのは、ロボティクス関連のスタートアップ育成機関である地元のMassRoboticsが提供するアクセラレータープログラムに参加するスタートアップがプレゼンするセッションだった。

 イベントの戦略的パートナーの位置付けであるMassRoboticsは2015年設立で、ボストンに拠点を置き、ロボティクスのイノベーションハブとしてスタートアップにワークスペースやリソースを提供している。2023年11月には、アクセラレータープログラム「MassRobotics Accelerator」が始動しており、今回のイベントがプログラムに参加するスタートアップ10社のお披露目の場になっていた。

(写真)MassRobotics Acceleratorのデモデーが、Robotics Summit & Expoのセッションの1コマとして実施された。出典: MassRobotics

 プログラムに参加した10社は製造・オートメーションや物流分野から、ヘルスケアや環境分野まで地元ボストンが強い分野を中心に幅広い。また6社がボストン出身だが、ロボティクス産業が集積するシリコンバレーやピッツバーグのスタートアップも参加している。

MITが牽引するボストンのロボティクス産業

 ボストンは、米国でロボティクス産業を牽引する都市の一つである。MITなどの大学を中心に、ヘルスケアやロジスティクス、製造業関連のロボットに強みを持つ。

 MITで産業セクターとのリエゾン(橋渡し役)を務めるILP(Industrial Liaison Program)の石橋 亮プログラム・ディレクターは「MITは2000年代のヘルスケア産業、2010年代のロボット産業の発展の中心的存在」と説明する。実際、日本企業は、MITにとって米国企業に次ぐパートナー規模で、多くの日本企業がMITで、ロボティクス関連の共同研究に携わっている。

 MassRoboticsの共同創業者の一人で、ロボティクス専業VCのCybernetix Venturesの創業者兼General PartnerのFady Saad氏は「製造業はロボット工学の利用事例が実証された分野だが、今後ロボット工学は、物流、建設、ヘルスケア、気候、農業などの市場において、レガシー技術を破壊する可能性がある」と説明する。

(写真)Cybernetix Venturesの創業者兼General PartnerのFady Saad氏

 これに対して、出展会場でも存在感を示していたのが、同じ東海岸のペンシルベニア州の2大都市の一つ、ピッツバーグのロボティクス企業をネットワークしているPittsburgh Robotics Network(PRN)だ。ピッツバーグはAIやロボット工学のトップスクールであるカーネギーメロン大学を中心に、自動運転車やフィールド・ロボティクスなど自律制御などの分野に特色がある。自動運転スタートアップとして2021年にナスダック市場に上場したAurora Innovationは、共同創業者3人のうち2人がカーネギーメロン大学出身で、上場後に本社をシリコンバレーからピッツバーグに移している。

 シリコンバレーにも、ロボット産業を盛り上げる団体Silicon Valley Robotics(SVR)が存在する。SVRは2021年5月に、MassRobotics、PRNと共同で、米国のロボティクス産業に貢献していくUSARC(United States Alliance of Robotics Clusters)を立ち上げている。ただし、今回のRobotics Summit & Expoでは、距離が遠いこともあってか存在感はなかった。

日本企業への期待感を示した交流イベント

 今回のRobotics Summit & Expoに合わせて、日本企業と米国ロボット産業のスタートアップ・エコシステムとの交流を促進する交流イベント「Monozukuri Hub Meetup with JETRO / J-BRIDGE: Global Robotics Innovation Welcome Reception」が、Robotics Summit & Expoの前日に開催された。

 Monozukuri Hub Meetupはスタートアップ・エコシステムとの交流イベントで、2016年から不定期に開催されているものだ。主催のMonozukuri Venturesは、ディープテック業界の課題を議論するイベントDeep Tech Forumも開催しているが、Monozukuri Hub Meetupは、スタートアップ・エコシステムの交流に特化している。

(写真)Monozukuri Hub Meetupは、Robotics Summit & Expoの会場に隣接するホテルの宴会場で開催された

 今回は日系企業を支援するジェトロ・ニューヨーク事務所と連携し、「日系のロボット関連企業と、起業家のほか投資家やアクセラレーターといった地元のスタートアップ・エコシステムとの交流を目的とするもの」(同事務所ビジネスディベロップメント担当ディレクターの平本 諒太氏)である。150人近く集まった会場の半分はスタートアップ関係者で、残りの半分は地元の投資家やアクセラレーター。同氏は「参加した日系企業からは、展示会やカンファレンスだけでは知り合えない人たちと会えて深い話ができ、接点づくりに役立った。リバースピッチをしたことでVCなどから声がけしてもらえた、などの声が集まった」と述べた。

(写真)Monozukuri Hub Meetupの交流会の様子。プレゼンテーションが終わり、食事がなくなった後も、多くの人々が残って交流に勤しんでいた

 昨今は「デモデー」や「ピッチイベント」などが急増し、投資専業ではない大企業でもスタートアップと出会う機会は増えている。しかし継続的に、広くスタートアップとの接点を作るためには、アクセラレーターやVCなどのスタートアップ・エコシステムの基幹プレーヤーとの接点を作ることが不可欠である。

 しかし、多くがスタートアップ・エコシステムでは「新顔」のスタートアップと異なり、エコシステム・プレーヤーはその業界での経験が長いため、付き合う相手を見定める傾向にある。「情報をもらう」だけでは長期的な関係性が構築できない。ギブ・アンド・テイクの「ギブ」を意識していく必要がある。

 交流会でスピーチをしたCybernetixのFady氏は「世界のロボット産業への日本企業の影響は明らか。日本企業とのグローバルなコラボレーションにより、イノベーションをさらに推進できる」と力説する。実際、ハードウェアの作り手として、日系企業は高く評価されている。

 一方、米国のロボティクス・スタートアップが秀でているのは、ロボットの制御や、コンピュータービジョンなどのソフトウェアまわりである。米国の複数のロボティクス関係者は「ハードウェアに強い日系企業と、ソフトウェアに強く小回りが効くスタートアップの連携は強力だ」と、日本のロボティクス業界との連携に高い関心を寄せている。

(写真)交流会で挨拶をするPittsburgh Robotics NetworkでExecutive Directorを務めるJennifer Apicella氏

 今回のRobotics Summit & Expoでは、シリコンバレーを中心とする西海岸のスタートアップやエコシステム・プレーヤーは存在感がなかった。しかしRobotics Summit & Expoと同じ主催者グループが10月中旬にシリコンバレーで開催するRoboBusinessでは、シリコンバレーやアジアのスタートアップやエコシステムが参加する見込みである。同時期に開催のDeep Tech Forum Silicon Valleyとあわせて、次回は西海岸のロボティクスのトレンドをレポートしてみたい。

 寄稿後編では、産業用ロボットとして急成長している協働ロボット(コボット)が、米国の中小企業に展開されている様子を中心に見ていく。

【寄稿】米政府が協働ロボット導入を推進する理由と、日本の中小企業が直面する課題(後編)

関 信浩
Monozukuri Ventures
Founding Partner & Chief Investment Officer
2015年にMonozukuri Venturesの前身であるFabFoundryをニューヨークで創業。2017年からハードウェアやディープテックのシード投資の責任者。VCになる前は、サンフランシスコのスタートアップの経営者として、2010年の自社売却をはじめ、資金調達やスタートアップ買収などを経験する。2011年に日本企業に一部事業を売却した後は、日本企業のオープンイノベーション実務やスピンアウトに従事。

Monozukuri Venturesについて
Monozukuri Venturesは2015年創業の、京都とニューヨークに本社を置くディープテック専門のベンチャーキャピタル(VC)。日本で複数のVCやアクセラレーターに参画した牧野 成将と、米国や日本でスタートアップの創業やイグジットの経験がある関 信浩が、それぞれの会社を統合して誕生したユニークなVC。製造業によるアクハイア(人材獲得)型のM&Aを推進している。Monozukuri Venturesは日米の製造業系スタートアップへの投資にとどまらず、スタートアップと連携した大企業の新規事業開発の支援を手掛けている。
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