Photo: TB studio / Shutterstock
各所に分断され、利便性が損なわれている関連サービスをデジタルプラットフォームによって統合・提供する企業が増えている。Vori Healthは、腰痛や関節など、筋骨格系の病に苦しむ人のために、オンラインでのカウンセリングや対面診療、セルフエクササイズなどのケアを総合的にサポートする企業。同社は2020年に設立され、2021年5月にNEAのリードで4500万ドルの資金調達を行い、注目を集めている。脳神経外科医で起業家でもある同社の創業者でCEOのRyan A. Grant氏に創業の経緯や事業展望について聞いた。

不要な手術をなくし、患者が本当に必要とするケアを推進

 腰、背中、首、股関節、膝、肩など、筋骨格系の痛みに悩む人は多い。Grant氏によると、アメリカ企業の医療保険の9割がこれらの症状の治療に充てられているという。Vori Healthでは、これらの病に対する総合的なケアサービスを提供するべく、理学療法士によるリハビリテーション医療、理学療法、処方箋、画像診断、検査、栄養指導、コミュニティ、教育コンテンツなどを提供している。

Image: Vori Health

 利用者は、スマートフォンアプリによって、ヘルスコーチとのコミュニケーションやリモート診療、訪問スケジュールの設定が可能。症状にあわせた在宅理学療法のエクササイズや栄養診断コンテンツの受信・閲覧、自身の治療状況の記録・確認に加え、患者同志の交流もサポートする。利用料は医療保険加入者が月額19ドル、未加入者は189ドルだ。

 Grant氏は、イェール大学医学部で神経外科を学んだ現役の脳神経外科医。臨床医のかたわら、医療機器の開発にも関わったり、医師や看護師を派遣する企業を設立したりするなど、医療関連のビジネスも展開してきた。そのなかで筋骨格系や脊椎の病に関して、不必要な手術が大量に行われていることを課題として感じていた。患者が求めているのは手術ではなく、専門家による治療プログラムやほかの患者との対話などによるケアであることに気づき、2020年にVori Healthを起業する。

「スポーツ医学、医師、看護師、医師助手、理学療法士、栄養士、ヘルスコーチなど、すべての臨床家を雇用するプラットフォームを構築しました。患者さんを中心としたケアチームを編成し、エビデンスに基づいた医療を実践しています。患者さんを会話に積極的に参加させ、エンゲージメントを高めることを目指しています。 医療は退屈になりがちですが、楽しいものにしたいと思っているのです」(Grant氏)

Ryan Grant
Vori Health
Founder & CEO
イェール大学医学部で神経外科や脊髄について学ぶ。在学中の2015年には医師や看護師の人材派遣業を展開するNomad Healthを設立し、現在は取締役を務める。大学を卒業後、2018年からは医療機関であるGeisinger Medical Centerに脳神経外科医として採用される。臨床医としての仕事は続けながら、2020年にVori Healthを設立した。

筋骨格の痛みは万国共通。世界中の人がアクティブに使うサービスを目指す

 冒頭で示したように筋骨格系の痛みに悩む人は多く、Grant氏の試算では、アメリカで3000億ドル、間接コストを含むと1兆ドル、世界全体では数兆ドル規模の市場になるという。また、新型コロナウイルスによるパンデミックで遠隔診療も普及しているため、バーチャルと対面を併用するケアも広まっていくことが予想される。すでにオンラインで理学療法を行う企業はあるものの、Vori Healthの場合はそれだけでなく、診断やエクササイズ、各種コンテンツ提供に加え、コミュニティをも統合したエコシステムを構築している点が優位であるという。

 今回調達した資金は、まだサービスを提供していないアメリカの州やコロンビア特別区への参入や、機械学習によるデータ分析エンジンの開発などの投資に充てられる。また、カナダのモントリオールには、エンジニアリングとサポートを行う拠点があり、全米展開のあとにはカナダでの直接医療を行うことも視野に入れている。

 開発している機械学習技術は、ユーザーに適切なケアや専門家・治療システムを推薦する仕組みや同じ症状で悩む患者同士のマッチングなどに使われる予定だ。Grant氏は、「Netflixでは行動に基づいたおすすめの番組が表示されますが、我々のAIでは、その人にあった医療行為やケア、リスクなどについてより高度なサポートができると考えています。ソーシャルコミュニティについても、アクティブな人だけをマッチングするのではなく、同じ症状で悩む人をマッチングできるようもっと洗練していくことができるでしょう」と述べた。

Image: Vori Health

目標は、できるだけ多くの人を助けられるプラットフォームになること

 日本市場への参入時期はタイミング次第であるが、早期にパートナーシップを模索する意欲は高い。日本に限らず、ビジネス上の利害関係者だけではなく、文化的な影響力を持ち、その国の社会に溶け込むためのパートナーを求めている。

 Grant氏は、「日本への参入時は、まずパートナー関係の構築を掘り下げたいです。地域社会や関連企業をどう助ければいいのか、どのようなステークホルダーがいるのか、どこで始めるのがベストか、政府や雇用者などによる保険や自費診療などの支払い構造はどうなっているのか、アメリカやカナダとの類似性や違いは何かなどを理解できるようにしたいと思っています」と語る。

 国や文化の違いもさることながら、医療制度や法律の違いもクリアしなければならない。しかし、医療行為をアメリカで展開する場合、州によって異なる制度や法律が適用されるため、制度や法をクリアする困難さについては経験済みだ。筋骨格系の痛みに悩む人たちは世界中にいるため、医療行為よりも先にコミュニティが大きく成長する可能性もある。そうなればグローバル展開はやりやすくなるだろう。長期的なビジョンについてGrant氏は次のようにコメントした。

「ヘルスケア事業は小規模になりがちです。InstagramやFacebookと同じ規模の健康プログラムが存在しないのはなぜでしょうか? 私たちは患者さんをケアの中心に置き、医療を人間らしくすることを目指しています。治療にお金を払える人や、保険に入っている人だけでなく、できるだけ多くの人を助けたいです。素晴らしいケアを提供して、少なくとも1日5億人にサービスを提供できるようにしたいと思っています」



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