「昔の私は、完封勝利が好きだったんです」
そう笑って振り返るのは、パナソニック ホールディングスで技術部門の一角を率いる西城洋志氏だ。
ヤマハ発動機、Woven Planet Holdings(現Woven by Toyota)を経て、現在に至るまで長らく新規事業やオープンイノベーションの最前線を歩んできた。そのキャリアの転機になったのが、シリコンバレーへの赴任だった。
それまでの仕事は、「正解をどう実現するか」を考えることだった。しかし、シリコンバレーで突きつけられたのは「そもそも正解なんて存在しない」という現実だった。その経験を通じて、西城氏の仕事との向き合い方は大きく変わったという。
現在、組織づくりで繰り返し伝えている言葉がある。
「ギバーであれ」
「プロであれ」
「無知の知」
どれも、これまでの仕事人生を通じて辿り着いた、自身のキャリアを支える考え方だ。
この3つの言葉を軸に、西城氏のキャリア観を紐解くとともに、イノベーションの本質とは何かを聞いた。
目次
・第1章 「正解を探す仕事」から、「正解をつくる仕事」へ
・第2章 会社を選んだのではない。実現したい未来を選んできた
・第3章 「ギバーであれ」「プロであれ」「無知の知」
・第4章 シリコンバレーをコピーしても、イノベーションは生まれない
・最終章 キャリアは、「どんな人になるか」を選び続けること
第1章 「正解を探す仕事」から、「正解をつくる仕事」へ
西城洋志氏のキャリアは、ヤマハ発動機から始まった。
ロボティクス事業を経てシリコンバレーへ赴任し、帰国後はトヨタ系のWoven Planet Holdingsへ。組織の基盤づくりや成長支援ファンド「Woven Capital」の立ち上げを担い、現在はパナソニックでDX・CPS本部長を務めている。
さまざまな環境で新規事業やオープンイノベーションに携わってきた西城氏だが、キャリアの転機を尋ねると、答えは迷いがなかった。
──これまでのキャリアを振り返って、一番大きなターニングポイントはどこだったのでしょうか。
西城氏:「間違いなくシリコンバレーですね。ヤマハ発動機ではそれまでロボット事業に携わっていました。ある程度、『こういうものを作れば売れる』『こういうものならお客様に喜ばれる』という正解のイメージがありました。だから、あとはそこへどうやって到達するかを考えればよかった」
しかし、新規事業のためシリコンバレーへ赴任した瞬間、その前提が崩れた。
西城氏:「初めて気付いたんです。『あ、正解がない世界なんだ』って」
市場も、顧客も、技術も、常に変化している。誰も答えを持っていないからこそ、自分で問いを立て、仮説を立て、仲間と議論しながら前へ進むしかない。その経験を通じて、西城氏の仕事との向き合い方は大きく変わった。
西城氏:「技術を磨くことももちろん大事ですが、それ以上に『何を実現したいのか』を考えられる人の方が強いと気付きました。昔の私は、完封勝利が好きだったんです。自分が全部考えて、自分が全部やって、100対0で勝つようなイメージですね。でもシリコンバレーでは、それじゃ全然うまくいかない」
新しい事業は、一人ではつくれない。異なる専門性を持つ人と議論し、ときには自分の考えを修正しながら、一緒に答えをつくっていく。「完封勝利」よりも、「チームで勝つこと」。シリコンバレーで西城氏が学んだのは、そんな仕事の進め方だった。
第2章 会社を選んだのではない。実現したい未来を選んできた
シリコンバレーでの経験は、仕事だけでなく、会社との向き合い方も変えた。
──これまでキャリアチェンジを重ねてきた中で、決断に一貫した軸はあったのでしょうか。
西城氏:「僕は入社した時から、会社への帰属意識って実はそれほどなかったんですよ。もちろん会社は大切です。でも、『会社のために働く』というより、『会社と一緒に価値をつくる』という感覚なんです」
シリコンバレー時代には、チームメンバーにもこう伝えていたという。
"I'm working with YAMAHA."
「"for"じゃなくて"with"でいてほしい、と」
会社は、自分を縛る場所ではない。実現したいことを、一緒に形にするパートナーだった。
だからキャリアを考える時も、「この会社で出世できるか」ではなく、「この環境で、自分はもっと成長できるか」を問い続けてきた。
その価値観を象徴する出来事がある。シリコンバレーから帰任した時だった。会社から提示されたのは、多くの人が羨むようなポストだった。しかし、西城氏は違和感を覚えたという。
西城氏:「僕は、(楽器のヤマハ、ヤマハ発動機に続く)『三つ目のヤマハをつくる』というミッションでシリコンバレーへ行ったんです。でも帰ってきたら、提示されたのは"二つ目のヤマハ"のキャリアラダーでした」
もちろん、会社は期待を込めてそのポストを提示した。それでも西城氏は、「自分が挑みたい未来とは違う」と感じた。
「その時に、パートナーシップは終わったのかな、と思いました」
その後、西城氏が選んだのは、トヨタの変革を担うWoven Planetだった。理由はシンプルだ。
西城氏:「スタートアップは、本当にすごい。でも、世の中を変えるには、それを社会へ届ける力も必要なんです。30台しか売れないプロダクトより、500万台を届けられる仕組みをつくる方が、自分は面白いと思った」
西城氏が向き合いたかったのは、"発明"そのものではなく、社会に実装し、人々の暮らしを変えることだった。その思いは、Woven Cityに携わる中でさらに強くなる。
「子どもや孫の世代に、どんな暮らしを残せるだろう」
その問いに向き合う場所として、西城氏が選んだのがパナソニックだった。
西城氏:「暮らしを変えるなら、パナソニックだと思いました」
会社名や肩書きではない。その時々で、自分が実現したいテーマに最も近い環境を選ぶ。それが、西城氏のキャリアの軸だった。
第3章 「ギバーであれ」「プロであれ」「無知の知」
現在、西城氏が率いるパナソニック ホールディングスのDX・CPS本部。就任してから約1年間、チームへ繰り返し伝えてきた言葉があるという。
──就任後、この1年間で最も意識されたことは何でしょうか。
西城氏:「チームには、ずっと3つのことを言い続けてきました。『ギバーであれ』『プロであれ』『無知の知』、この3つです」
──まず、「ギバーであれ」という言葉には、どんな思いを込めているのでしょうか。
西城氏:「パナソニックの人たちは、本当に優秀で真面目な人が多いんです。ただ、ともすると『自分が大成功をつくってやる』『自分が世の中を変える技術をつくってやる』となりがちなんですね。もちろん、その思いは大事です。でも、それが強くなりすぎると、テイカーになってしまう。自分が何を得るかではなく、まず何を与えられるか。1+1が2より大きくなる組織って、やっぱりギバーカルチャーなんです」
──一方で、ギブするだけでもきっと駄目ですよね。
「そうですね。だから次に言っているのが『プロであれ』ということです。日本だと、お金を使わないことが評価される場面がありますよね。『予算を要求しなければ、好きなことをやっていてもいいですよね』みたいな空気がある。でも、それはホビーなんです。プロっていうのは、大きなお金を使うけれども、それ以上の価値を出すことにコミットする人だと思っています。お金を使わないことが正義じゃない。使って、それを倍にするような価値や成果を出すことに、自分自身をフルコミットする。それがプロです」
西城氏は、ここを強く意識しているという。「静かにしていればいい」「失敗しなければいい」という空気が広がると、組織は挑戦しなくなる。それはイノベーションにとって、ほとんど停止に近い。
西城氏:「みんなが萎縮して、『静かにしていればいい』となってしまうと、それはイノベーションとしては、もうほぼ死を意味すると思うんです。だから、そうじゃないですよ、と言い続けています」
──そして、もう一つが「無知の知」です。
「これは、人生で一番大事にしている言葉かもしれません。知らないことが問題なんじゃないんです。自分が何を理解できていないのかに気づいていないことこそが、一番怖い。ここは分かっていないよね、と自覚できていれば、謙虚になれる。謙虚になると、好奇心が出る。好奇心が出ると、学ぼうという意欲になる。違う意見に対しても、『そういう考え方もあるんだな』と聞けるようになるんです」
反対に、「自分は知っている」と思った瞬間、人は学ばなくなる。西城氏は、そこに危うさを感じている。
西城氏:「知っていると思ってしまうと、『お前は間違っている。俺が正しい』となってしまうじゃないですか。だから、無知の知を大事にしてほしい。『そういう意見があるんだ。なんでそう思うの?』と聞けるようになってほしいです」
ギブする。プロとして価値に責任を持つ。そして、知らないことを認めて学び続ける。西城氏が伝えてきた3つの言葉は、組織づくりのためだけのものではない。働くうえで、人とどう向き合い、自分をどう成長させていくかという、西城氏自身の仕事観でもある。
第4章 シリコンバレーをコピーしても、イノベーションは生まれない
──あらためて、これまで数々の異なる環境で経験を積んできたことは、西城さんのキャリアにどんな影響を与えたのでしょうか。
西城氏:「一番大きかったのは、多様な見方に触れられたことですね。例えばWovenに入った時も、『なんでこの会議はこういう進め方なんだろう』『なんでこの意思決定なんだろう』って、素朴に聞くんです。そうすると、『そういう考え方だったのか』という発見がある。同じ会社にいると、『暗黙の了解』が増えていきます。誰も疑わなくなる。でも環境が変わると、『なんでこうなっているんですか?』と自然に聞ける。その瞬間に、自分の常識がその会社固有のものだったと気づくんです。シリコンバレーでも同じでした。最先端の技術や手法を学んだというよりも、異なる価値観に触れ、自分の思考を相対化する視点を得られたことの方が、キャリアにとっては大きかったですね」
一方で、複数の企業を経験したからこそ見えてきた"共通項"もあるという。それは、多くの企業が「変革」を掲げながら、実際には「改善」にとどまってしまうことだ。
西城氏:「Transformation(変革)と言いながら、実際にはTransition(移行)になってしまうケースは、本当に多いです。本来、Transformationは今までの前提を壊して、新しい価値をつくることですよね。でも現実には、『今ある仕組みを少し良くしましょう』『今の仕事をデジタル化しましょう』という話に落ち着いてしまう。もちろん改善も大事です。でも、それはTransformationではなくTransitionです」
その背景には、日本企業ならではの強みがあるが、一方でその強みが変革を難しくする場面もあると西城氏は見る。
「日本企業は、一つひとつの仕事をきれいに最適化する力が本当に高い。だから、個別最適では世界トップレベルなんです。例えば、『ワンチーム』という言葉がありますよね。でも、本当にワンチームなら、わざわざ『ワンチームになろう』なんて言わないと思うんです(笑)部門ごとに最適化されてきたからこそ、全体最適に切り替えようとすると、誰かが少し損をする場面が出てくる。そこを受け入れるのが、ものすごく難しい」
だからこそ、西城氏はDXやオープンイノベーションを「技術導入」ではなく、「意思決定の変革」だと考えている。
「DXって、システムを入れ替えることじゃないんですよ。
今までの成功体験を捨てられるかどうかなんです」
そして、もう一つ。西城氏が日本企業に感じる課題がある。それが、「シリコンバレー信仰」だ。
西城氏:「一時期、シリコンバレーは何でも正しい、あそこへ行けばイノベーションが起きる、みたいな空気がありましたよね。でも、そんな魔法はありません」
シリコンバレーには、確かに学ぶべき文化がある。一方で、そのまま持ち帰れば成果が出るほど単純でもない。
「大事なのは、本質をどう自分たちの会社に取り込むかです。コピー&ペーストでは変わらない。自分たちなりに咀嚼して、企業文化に合わせていくことが必要です」
その考えを、西城氏はチームに一枚の"色"で伝えている。
西城氏:「よくメンバーにはこう話しています。シリコンバレーは『青』。日本企業は『赤』。どっちが正しいか、という話じゃない。僕たちがつくりたいのは『紫』なんです。青だけでも、赤だけでもできない。違う価値観を掛け合わせるから、新しいものが生まれる」
海外の成功事例を真似ることでも、日本流に固執することでもない。異なる価値観を理解し、自分たちなりの答えをつくる。それが、西城氏が考えるオープンイノベーションであり、キャリアそのものでもある。
「僕は、もっとカラフルな世界をみんなで作っていきたい。正解よりも、選択肢が多い世の中。その方が一人ひとりの人生がより充実したものになると信じているので」
最終章 キャリアは、「どんな人になるか」を選び続けること
キャリアという言葉を聞くと、多くの人は転職や異動を思い浮かべるかもしれない。しかし、西城氏の話を聞いていると、キャリアとはもっと本質的なものだと気づかされる。
シリコンバレーへ行ったから変わったのではない。
肩書きが変わったからでもない。
「正解を求める人」から、「問いを立てる人」へ。「成果を求める人」から、「まず与える人」へ。「知っている人」から、「学び続ける人」へ。
そうした思考の転換が、結果としてキャリアを切り拓いてきた。最後に、読者へのメッセージをお願いすると、西城氏はこんな言葉を返してくれた。
「キャリアは、会社がつくるものではありません。どんな価値観で働き、どんな人であり続けたいか。その積み重ねが、結果としてキャリアになっていくのだと思います」