「枯れた技術の水平思考」でWebサイトの多言語化を実現
―Wovn Technologiesの創業の経緯を教えてください。
当社は代表取締役社長 CEOの林 鷹治が2014年に創業した会社です。エンジニアである林が趣味で開発していたプロダクトがきっかけとなって生まれました。このプロダクトは、Webページ内のボタンの色やアイテムの位置を切り替えたりするツールで、そのボタンの切り替え技術が、Webサイトの日本語と英語を言語表示切り替えるのに応用できるに役立つと考えたのです。世の中で普及し安定して使われている技術を、別の目的で使うことを指す「枯れた技術の水平思考」という言葉がありますが、そのようなコンセプトで生まれたサービスです。
従来Webサイトを多言語化する場合、翻訳とは別に言語別のHTMLコードを用意する仕組みが必要でした。これをシステム開発が一切不要で外国語にできるというツールを作り、無料版を世界中に展開したのが事業の始まりです。その時のユーザーは6〜7割が海外のWebサイトオーナーでした。そうしてたくさんの方々に利用してもらう一方、ビジネス化していくため、2018年には有料版としてエンタープライズ向けに変換しました。
私自身は個人的に林と付き合いがあり、一緒に仕事をすることが楽しそうだと思い、参加しました。自分自身は公認会計士としてコンサルティングや会計監査などの支援をしてきた経験があり、さまざまな企業の支援をしながらも、仲間と事業を作ってビジネスをしたいというモチベーションがありました。
前職時代からも、日本企業が海外展開をしたり、海外の会社が日本市場にエントリーしたりするときに、多言語化が大きなボトルネックになっていることを知っていました。事業をローカライズする話と、Web上の情報を他言語にするのは似て非なるもので、私たちの技術で多言語化の課題解決でサポートできると考えたのです。
―無料版から有料版への展開について詳しくお聞かせください。
2014年の創業後、約2年間はサービスを無料で世界に提供していました。2016年には月額2万円程度の価格設定で、いわゆる「セルフサーブ型」で使える有料版を出しました。日本国内およびウェブで特にセールスメンバーを設けずに運用していたのですが、海外のお客さんにも使ってもらえるよう欧州や米国でもマーケティングはしていました。
当社サービスの日本のユーザーのほとんどが、ソフトウェアの多言語化をしたことがなくて、英語にも慣れていませんでした。顧客自身が検討、判断する「セルフサーブ型」は一部の方には便利だったのですが、次第に日本企業から「フルマネージド型」で提供してほしいという声が寄せられ、その部分が課題となってきたため、2018年に現行の形式であるエンタープライズ版をリリースしたのです。エンタープライズ版は利用量に応じて金額が変わる月額課金のリカーリングビジネスです。
日本企業が、ゼロからSI企業に依頼して多言語サイトを作る場合、数千万円から億単位の金額がかかります。そのせいで頓挫していく多言語化プロジェクトや、システム稼働までに長期間かかるプロジェクトも多数みられる状況でした。
―現在提供しているプロダクトは、どのような特徴がありますか。
会社のミッションは「世界中の人が、すべてのデータに母国語でアクセスできるようにする」です。僕たちが創業したころ、インターネット上にある日本語の情報は5%で、残り95%は他の言語でした。95%の人が日本語の情報にアクセスができない状況にありました。どんな人がアクセスしても、その人の母国語でWeb上の情報を見られるような世界にしたいと考えているのです。
先にも説明しましたが、Webサイトを多言語化する場合、システム開発と翻訳が必要になります。システム開発の必要なく、自動でHTMLの内容を更新する仕組みを開発しました。翻訳については機械翻訳をベースにするものと、人に依頼をする2つの方法から選べます。機械翻訳の場合は世界中に100以上のエンジンがありますが、現在はその中でも4つのエンジンと連携して、ベストな組み合わせで使える状態にしています。機械翻訳のエンジンにはそれぞれ特徴があり、日本語と英語が得意なもの、中国語が得意なものなど色々ありますので、特徴に合わせてご利用いただけます。お客様側による最低限のカスタマイズで済むような辞書登録の機能もあります。
image: Wovn Technologies
ユーザーとの試行錯誤で磨き上げたプロダクトが大企業からの支持を集める
―非常に便利なプロダクトですね。この分野には競合はいますか。
競合はあまりいません。なぜなら、翻訳やローカライズの業務は複雑で手間がかかって儲かりにくいイメージがあり、この市場にエントリーする企業は少ないからです。実際私たちも当初は非常に苦労しました。
Webサイトは、構造も違えば作り方、コードの書き方、プログラム言語など千差万別です。どんなサイトでも使えるようにしたかったのですが、不具合も多くてうまく動作しないこともありました。世界中で使われて、フィードバックをいただきながら、改善をしてきた経緯があります。ユーザーの皆さんと協力しながら課題を解決したこともあります。1万8000以上のサイトで使われていますので、そこに至る経験で培ったノウハウは競争優位性になります。
サービスの主な利用者は、多言語ローカライズ経験の少ない企業です。外国語に詳しくないけれど、海外の顧客が増えたり、インバウンド対応したり、日本に住む約300万人の外国人にサービス提供したりといった必要に迫られて、簡単に多言語化をしたいというニーズを持っているケースが多いです。日本企業はこれまで外国語対応をあまりしてこなかったのですが、このようなニーズが拡大していることから、私たちのビジネスも拡大しています。
大企業ユーザーの場合は、大量アクセスへの対応や個人情報保護などセキュリティ面も重視します。IPアドレス制限の提供や、翻訳品質を高める機械と人の組み合わせ、ECサイト・コーポレートサイト・Webサービスなどの種別に応じた導入支援なども提供します。こうした支援の充実も成長の要因となっています。
―いつくかお客様の成功事例を教えてください。
たとえば、農機や建機の製造・販売をされているヤンマー様は、たくさんの国でビジネスを展開されています。Webサイトは国別にバラバラに運営されていて、コストがかかるし、情報が古いままで放置されるなどの課題をお持ちでした。当社のサービスを導入して、かけるリソースが6分の1になり、コストも半減されています。
従来、製造業は現地の販売パートナーにWebサイトの運営を任せるパターンが多かったのですが、この20年ほどの間に製品を売るだけでなく、自社で現地のマーケティングや販売を行うようになってきて、本社のガバナンスを効かせたサイトのローカライズ需要が高まっているのです。
また、スクウェア・エニックス様のアジア市場向けメディア「ASIA NEWS PORTAL」に採用されています。SNS経由ではなく、Webサイトからゲームファンに自社のタイトルの魅力を発信したいという理由からアジア各国の言語に対応したいということで、品質やコストに優位性のある当社のサービスを評価いただきました。
このほか、三菱UFJ銀行様のインターネットバンキングにも、増加する在留外国人顧客向けに、当社の多言語対応が役立てられています。
image: Wovn Technologies HP
世界中のWebサイトの裏側で、多言語化に貢献していきたい
―大企業での利用が進んでいますね。今後の計画について教えてください。
今後1年間の観点で言うと、エンタープライズ向けローカライズシステムとして圧倒的なシェアナンバーワンの地位を確立したいと考えています。機能面では、機械翻訳エンジンの組み合わせを選ぶのではなく、人と同等のパフォーマンスを出せる生成AIを活用した翻訳も提供していく計画です。翻訳結果をAIが自動で検証して、翻訳エラーチェックや公序良俗に反する表現の指摘、改善提案など品質を高めていきます。コンテンツが良くなれば、滞在時間や回遊率が改善しますので、地域ごとに最適なコンテンツにしていくことで、お客様の事業のパフォーマンス向上にも貢献できると考えています。
―日本の企業・団体との協業にはどのような可能性がありますか。長期ビジョンについてもお教えください。
官公庁や地方自治体は、インバウンド対応や、在留外国人向けのメッセージなどで需要がありそうです。ECベンダーとも一緒にプロダクトを提供できると思います。Webサイトだけでなく、ソフトウェアの多言語化も考えられます。インターフェースだけでなく、CADソフトウェアで出力する図面を多言語化して建設現場に配布するといった使い方もあると思います。カーナビや自動販売機、デジタルサイネージといったデバイスでの表示にも応用できると思っています。
長期ビジョンは、世界で一番シンプルな多言語化サービスとなることです。今は日本企業向けに提供していますが、これから10年後には世界中の企業のWebサイトで私たちのサービスが稼働し、世界中の情報にアクセスできるようになる、そんな社会をつくりたいです。私たちの存在自体は目立たなくてもかまいません。世界中の事業展開を支援したいと思っていますので、多言語化でお困りのことがありましたらぜひご相談いただきたいです。