自動車の安全性向上と自動運転技術の進化を支える新たなブレークスルーとして、デジタルレーダー技術が注目を集めている。この分野でイノベーションを起こしているのが、2015年に設立されたUhnder(アンダー、本社:米テキサス州)だ。同社が開発したデジタル画像処理レーダーオンチップは、従来のアナログレーダーを大きく上回る解像度と精度を実現し、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転車両への応用が進んでいる。この技術の背景には、NVIDIAやAMDでイノベーションを引っ張ってきた経験を持つCEO兼共同創業者のManju Hegde氏の存在がある。デジタルレーダー技術の開発と市場展開をどのように進めているのか、その詳細と未来への展望を聞いた。

目次
TVや携帯はデジタル化した、レーダーはどうだ?
競合は「アナログ」の従来型企業やイスラエル新興
ISOなど自動車向けの主要な認証を取得済み
創業者はNVIDIAやAMDで幹部を歴任
日本企業との提携も視野に、デジタルレーダー市場拡大へ

TVや携帯はデジタル化した、レーダーはどうだ?

―御社のプロダクトの特徴や強み、用途について教えてください。

 私たちの製品は、世界初のデジタルレーダーです。テレビや携帯電話がデジタル化されて久しい中で、2020年代に入ってもレーダーがデジタル化されていない状況は少し驚きです。しかし、私たちはこの分野でデジタル化を実現し、そのメリットを最大限に引き出しています。具体的には、ノイズの低減、完全な忠実度での再現、そしてプログラム可能である点が挙げられます。特にプログラム可能にするには、デジタル化が不可欠です。

 私たちが主にターゲットとしているのは、モビリティ市場と呼ばれる分野です。この中には、自動車市場、物流などの産業用途、そして政府・防衛分野が含まれます。これらの市場において、デジタルレーダーにはいくつかの構造的な利点があります。

 1つは、半導体のコストです。コストは面積に比例します。同じ面積でより多くの送受信機を搭載できるのがデジタルレーダーの特長です。私たちの単一チップには12個の送信機と16個の受信機が組み込まれ、合計192チャンネルを備えています。これは、競合他社が3年前まで12チャンネル、最新世代でも16チャンネルであることを考えると、私たちのチャンネル数は競合の約12倍に相当します。

 2つ目は高解像度を実現できる点です。多くのチャンネルがあることで、より小さな物体を検出し、識別する能力が向上します。3つ目の利点は、私たちが「ハイコントラスト」と呼ぶ特徴です。これは、カメラにおけるハイダイナミックレンジに似た性能を指します。例えば、子どもや歩行者のような無機物ではないものが車やトラックといった金属物の近くにあっても、デジタルレーダーなら両方を同時に認識できます。従来のアナログレーダーでは、近接する金属物しか検出できないことが一般的でした。

 3つ目の特徴は、他のレーダーからの干渉に対する高い耐性です。対向車線の車両レーダーが干渉する現状で、この耐性は重要性を増しています。私たちのデジタルレーダーは高度な信号処理技術により干渉を防ぎ、アナログレーダーからの信号も効果的に除去します。この性能は第三者機関にも評価されています。

 4つ目はデジタルデータによってレーダーから得られる情報がより緻密になり、静止物体の検出性能が向上するほか、レーダーとカメラの融合も改善されます。これらの特徴が、私たちのデジタルレーダーを市場で際立たせる要因となっています。

Manju Hegde
Co-Founder & CEO
インド工科大学ムンバイ校で電気工学の学士号を取得後、ムンバイ大学で経営学修士、米国・ミシガン大学で制御工学博士号を取得。1999年にCelox Networksを創業し、続いて2002年にはファブレス半導体企業AGEIA Technologiesを立ち上げ、2008年に同社をNVIDIAへ売却。その後、NVIDIAやAMDではVice Presidentを歴任し、2015年にUhnderを共同創業しCEOに就任。

競合は「アナログ」の従来型企業やイスラエル新興

―世界初のデジタルレーダーチップということですが、競合他社の状況について教えてください。

 競合には大きく2種類が存在します。1つ目は、従来のレーダーチップを提供する企業で、Texas Instruments、ルネサスエレクトロニクス、NXP Semiconductors、Infineon Technologiesなどが該当します。現在、世界のほとんどのレーダーがこれらの企業のチップを使用していますが、いずれもアナログレーダーです。これらの企業の製品は16チャンネルの構成ですが、私たちのデジタルレーダーは192チャンネルを実現しています。

 新興のレーダーチップ企業も台頭しています。例えば、イスラエルの非公開企業Vayyarは、超広帯域技術を採用し、当初は消費者向けアプリケーションに注力していましたが、現在は自動車分野にも進出しているとされています。また、同じくイスラエルに拠点を置くARBEは、多くのチャンネルを持つレーダーチップを開発していますが、複数のチップを組み合わせるアーキテクチャを採用しています。一般的な構成では、2000チャンネルを実現するために17チップが必要とされています。一方、私たちは複数のチップを使用する場合でも、4チップで3072チャンネルを実現可能です。

 また、Mobileyeも競合です。同社はカメラとビジョン技術で広く知られていますが、2023年に新たにレーダー技術を発表しました。このレーダーはまだ生産段階には達していないものの、2000チャンネル以上の性能を予定しており、15チップを必要とするとされています。また、カメラ技術に強みを持つ同社は、レーダーとカメラを一つのシステムに統合する構想もあるようです。彼らは、私たちに続く2番目のデジタルレーダー企業となる可能性がありますね。

image : Uhnder デジタルイメージングレーダーオンチップ

ISOなど自動車向けの主要な認証を取得済み

―ビジネス構造についてお聞きします。製品はMagnaなどOEMを通じて提供されているのでしょうか?

 はい。私たちの製品は、自動車向けに求められる7つの主要な認証や資格をすべて取得しています。具体的には、自動車部品の品質管理を確立するための手順「先行製品品質計画(APQP)」や、生産部品の承認プロセス、ソフトウェア開発の品質管理基準「Automotive SPICE(オートモーティブ スパイス)」、半導体製品の信頼性試験基準「AEC-Q104」、車両の機能安全に関する規格「ISO26262」、さらに品質管理の国際規格「ISO9001」などです。

 私たちはこれらの自動車向け認証を取得し、自動車用チップを量産している2番目の非公開企業です。最初にこれを達成したのはMobileyeでした。

―すでに商用化は達成されているのですか? また、過去数年のビジネス状況を教えてください。

 私たちのデジタルレーダーチップは、すでに自動車向けの生産出荷を開始しています。2023年7月からFiskerの車両に搭載され、各車両に5台のレーダーが使用されています。このモジュールの製造はMagnaが担当しています。また、産業用途では世界有数の建設機械メーカーと協力し、掘削機や鉱山機器向けの製品を開発中で、間もなく市場に登場する予定です。

 過去を振り返ると、最初の顧客は2020年のAmazonで、自動配送ロボット「Scout」向けに完全なレーダーセンサーを提供しました。このプロジェクトでは2万台のセンサーを出荷しましたが、2022年に経済性の課題からプログラムが中止されました。その後、私たちは新たな顧客としてFiskerを迎え、さらに事業を拡大しました。

 現在、中国の大手Tier1サプライヤーであるHASCOとも取引を行い、2026年から中国のOEM企業への出荷を予定しています。また、防衛関連の顧客とも機密プロジェクトを進めています。ドイツのAudiとは次世代レーダーのコンセプト実証を進めており、順調に進行中です。

 Magnaとの協力はさらに深化しており、イメージングレーダー分野での新たな展開が期待されています。また、世界最大級のレーダーTier1サプライヤーも、私たちのチップを使用した次世代イメージングレーダーを評価中です。その他にも複数のTier1サプライヤーと連携を進めており、私たちの技術が多方面で採用される可能性が広がっています。

image : Uhnder HP

創業者はNVIDIAやAMDで幹部を歴任

―これまでの経歴とUhnderを立ち上げた理由について教えていただけますか。

 私は電気・コンピュータ工学の学士号と博士号を取得し、キャリアの初期にはセントルイス・ワシントン大学で電気工学の教授を務めていました。その後、1999年から複数の企業を立ち上げており、Uhnderは私が共同創業した3社目の半導体企業です。

 最初に立ち上げた会社は、インターネット黎明期の1999年にネットワークトラフィック処理用チップの開発を行っていました。その後、1年間教職に戻り、次に立ち上げた会社では、リアルタイムの物理演算チップを開発しました。ただし、これは工学設計や航空力学設計のためではなく、ビデオゲーム向けのものでした。この会社は2008年にNVIDIAに買収され、私は約3年間NVIDIAに在籍しました。

 NVIDIAでは、GPU向けプログラミング言語「CUDA」の初代GMとして、その開発に携わりました。その後、AMDにヘッドハントされ、CUDAと同様の役割で、Khronos Groupが策定した業界標準APIであるOpenCLの推進を担当しました。また、AMDではアプリケーションエンジニアリングチームの指揮も執っていました。

 2015年に至り、再び小規模企業で新しい挑戦をしたいと考え、Uhnderを設立しました。この設立は、これまでの起業経験とは大きく異なり、非常に好条件に恵まれたものでした。世界的な自動車部品メーカーの1社であるMagna InternationalのCEOとCTOが、自動車向けの新しいタイプのレーダーの開発を提案してきたのです。彼らは資金提供と顧客になることを約束してくれました。初日に2,400万ドルのシード資金を提供してもらえるような機会は、断る理由がありませんでした。

日本企業との提携も視野に、デジタルレーダー市場拡大へ

―2024年2月にシリーズBラウンドで5,000万ドルを調達されましたが、この資金をどのように活用される予定ですか?

 レーダー分野で顧客を獲得するためには、AudiやHASCOのような顧客とコンセプト実証(PoC)を行う必要があります。これには、多くのソフトウェアやシステム統合の作業が伴い、非常に大きな労力を要します。また、これらの取り組みを支えるために、カスタマーサポートチームの拡充も欠かせません。

 さらに、昨年完成した現行世代のチップに続いて、2028年に向けて次世代チップの開発にも着手しています。このように、製品の進化と顧客対応の両方に注力することで、今後の市場展開を加速させていきます。

―次世代チップの特徴について教えていただけますか?

 先ほどお話しした差別化要因について、さらに改良を加える予定です。例えば、現在の干渉除去能力は5つ程度の干渉源に対応していますが、実際の自動車の使用環境では10〜15の干渉源が発生する可能性があります。そのため、干渉への対応力を一層向上させることに取り組んでいます。

 また、自動車用途では小型化が非常に重要です。レーダーはできるだけ小さく設計する必要があり、さらに同時に発熱を抑えることが求められます。そのため、電力効率をより高める設計を目指しています。

 それらに加えて、高度な技術を活用して解像度をさらに向上させるとともに、ハードウェアでの計算負荷を軽減する工夫を進めています。自動車メーカー(OEM)がレーダーを使って多くのソフトウェア機能を実現したいと考えていることを踏まえ、計算能力を向上させ、追加のプロセッサチップを不要にすることを目指しています。

―チップに多くの機能を詰め込むことは、処理だけでなくコスト効率の面でもよくなりそうですね。

 その通りです。私たちのチップはすべてを1つに統合しており、多くの組み込みプロセッサを搭載しています。2つの高性能DSPコアと5つのARMコアを搭載しており、これらはプログラム可能です。そのため、追加のプロセッサチップは必要ありません。

 実際、Fiskerの車両では、私たちのチップ上で完全な認識スタックが動作しており、追加のハードウェアを必要としません。一方、従来のレーダーチップでは、ソフトウェアを実行するためにFPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)を購入する必要があります。FPGAとは、後からプログラム可能な集積回路で、カスタマイズ性や柔軟性が高い一方、コストや電力効率の面で課題がある技術です。この点で、私たちの統合型チップは非常に効率的です。特に、チャンネルあたりのコストで見ると、私たちが最も優れています。

 ただし、駐車支援などの基本的な機能向けの低性能レーダーチップ市場には参入していません。私たちが注力しているのは、前方衝突警報や車線変更支援などの高度な先進運転支援システム(ADAS)向けの製品です。

―日本企業との協業を拡大したい場合、どのような関係が望ましいとお考えですか?

 日本企業との協業は非常に歓迎しています。ただし、いくつかの課題があります。まず1つ目はリソースの問題です。現在、私たちは105人規模のチームで、先ほどお話ししたように大規模なTier1サプライヤーなど、重要な顧客との取引に注力しています。これらの顧客がフル設計を完了すれば、必要な作業量が減り、次の顧客に注力できる状況になります。

 もう1つの課題は言語の壁です。ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、北米の顧客とは、言語に関する問題はほとんどありませんが、日本企業との取引では日本語を話せる人材がいないことが障害となっています。現在、社内でデンソーやトヨタ、ホンダといった日本企業と協業するための適切なモデルを模索しています。日本にもエンジニアリング拠点を設ける必要があるものの、現時点ではリソースが限られており、その準備が整っていません。

 さらに、中国のOEM企業はレーダー市場で非常にスピーディーに動いています。今年から協業を始めたHASCOとは2026年に量産を開始する予定です。現在は、このように動きの速い企業と協業して実績を積み、その結果をもとに日本企業からの注目と投資を引き付けたいと考えています。

―最後に、長期的なビジョンについてお聞かせください。

 レーダーは自動車市場で最も成長が速い分野です。3年ほど前には自動車市場全体で約1,500万台のレーダーが出荷されていましたが、2028年にはその数が3億5,000万台に達すると予測されています。

 しかし、レーダーの重要性は自動車市場だけにとどまりません。モビリティ全般や倉庫、工場、港湾におけるロボットにも欠かせない技術となっています。さらに、イーロン・マスク氏が指摘するように、将来的には家庭内でもレーダーが必要になる時代が来るでしょう。センサーが必要な場面では、レーダーとカメラが主要なセンサーとして役割を担います。また、防衛や政府市場においても、レーダーは常に大きな需要を持つ分野です。

 私たちは、こうした市場それぞれに革新をもたらし、確固たる足場を築いてきました。一度軌道に乗れば、今後15年間は安定した成長が期待できるでしょう。そのためにも、現在、次世代製品の開発に積極的に取り組んでいます。そして私たちは、日本企業からの投資や協業を通じて、より大きな可能性を切り拓いていきたいと考えています。



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