「社会価値」と「技術課題」を兼ね備えた次世代ビジネス
――加藤さんのバックグラウンドと、ティアフォー設立までの経緯を教えてください。
私の研究分野はコンピューターサイエンスです。私が大学に入った2000年当時はMicrosoftやIntelがビジネス分野で支配的な存在であり、Googleができたばかりの頃でした。特にオペレーティングシステム(OS)について研究していました。
自動運転という言葉は2010年頃から注目されていたと思います。Googleが始めた取り組みと、自動車メーカーが始めた取り組みがあります。GoogleはAIの研究者たちが始めていて、自動車メーカーは自動車の安全技術の面から開発しています。私は、両者とは違うアプローチとして、オペレーティングシステムやオープンソースという領域を中心に自動運転システムを考え始め、2015年にティアフォーを設立しました。
――自動運転システム開発をやっていこうと思ったきっかけを教えてください。
カーネギーメロン大学にいた頃、初めて自動運転を見ました。運転席に人がいないのに走って、すごいなと思いました。自動運転は社会に価値を届けるという意味で「これは次世代の技術だ」と思いました。
日本には、トヨタや日産、ホンダなどの自動車メーカーがあります。自動車は世界各国で走っています、この領域で自分のコンピュータサイエンスの経験を生かしてみたいと思ったのです。
私は研究者なので、技術課題がないとモチベーションが湧きません。当時、自動運転は誰もどうやって作っていいかわからず、社会価値と技術課題の両方がある分野だと思ったのです。そういう意味で自分のライフワークになるなと思いました。
OSを自動運転の「作り手」側に提供
――ティアフォーの主なサービス内容やビジネスの特徴、競合優位性を教えてください。
ティアフォーは、エンドユーザーと向き合っている作り手のためのプラットフォームを提供しています。
作り手のペインポイントは大きく分けて2つのパターンがあると思います。1つは、そもそも自動運転を「作れない」という場合です。例えば、トヨタなどのような巨大企業と違って、バス会社やトラック会社などが自動運転を作りたいと思っても、テクノロジーを持っていない。
Windowsパソコンを想像してください。コンピューターのハードウェアがあっても、Windowsがインストールされていなければ何もお届けできません。自動運転も同じで、我々が作り手に対してOSのように自動運転の機能を備えたソフトウエアを提供します。そして、作り手の方々がエンドユーザーへサービスをお届けします。
Image: ティアフォー
自動運転ソフトウェア「Autoware」
もう1つは、作る力はあるものの、完成までに時間やお金がかかるというパターンです。資金力があっても、自動運転の開発をゼロから始めてずっと続けていくと、資金は減るばかりです。たとえば、1年かかる開発を我々の技術によって1カ月にできたらコストが12分の1になりますね。ティアフォーは自動運転技術の開発を通して機械学習などのツールを熟知しており、どうすればもっと早く、もっとコストを抑えて作れるか、そのためのプラットフォームを作り手に提供します。
自動運転技術を「作れない」という人たち、「作れるけど時間がかかる」という人たちにプラットフォームを提供する。これがティアフォーのビジネスです。
顧客を「ロックイン」させる気はない
――ティアフォー以外にも自動運転のプラットフォームを提供しているような会社はあるのでしょうか。
厳密に言うと、我々のようなアプローチをしている企業はないです。我々は自動運転のプラットフォームをオープンソースで提供していて、ソフトウェアは売っていません。そこがとてもユニークなところだと思います。
例えば、スマートフォンのアプリやパソコンのアプリであればインストールするだけですが、自動運転は人の命がかかっています。バスやトラック、公共のサービスなど、たとえ1日でも使えなくなると価値がなくなります。いかにして安全を保証するか、品質を担保するかというのはすごくノウハウが必要で学習の仕方やどうやって検証するかが求められます。
Image: ティアフォー
自動運転EV「マイリー(Milee)」
顧客によって自動運転の特徴的なところなど要求が違います。例えば東京で走る自動運転システムと、広いアメリカのネバダ州で走る自動運転システムでは、同じソフトを使っても検証の仕方や品質・安全を保証する方法は違います。我々はそのノウハウを提供しています。
ティアフォーはなぜオープンソースかというと、顧客に対して「ロックイン」させる気はないからです。ソフトウェア販売は購入した側からすると、その中身はブラックボックスで何が起きているかわからないまま使い続けることになります。
しかし、オープンソースであれば中身が見えてわかります。多くの自動運転開発企業もAutowareというオープンソースを使っているので、必ずしもティアフォーに頼まなくても、何かあったとき別の企業に開発を委託できます。作り手のリスクの面も考えるとAutowareは選びやすいと思っています。私としては、自動運転ソフトウェア市場のシェア1位を狙っています。
「ホンハイ」と共にオープンなプラットフォームを作り、「テスラ」に勝つ
――最近の業況や、どれくらいのプロジェクトの需要に応えていらっしゃるかを教えてください。
オファーはたくさんいただいています。ただ、自動運転はまだ黎明期で、数をこなせてはいません。最近ではトヨタ自動車と東京オリンピック・パラリンピックでの自動運転プロジェクト、ヤマハ発動機との工場内の自動搬送プロジェクトに取り組みました。このような取り組みでもっと多くの作り手に対してプラットフォームを提供し、展開していくのが理想です。2025年になると、今まで以上に効率化できていると思いますので、より多くの企業とのプロジェクトを展開できるようになるでしょう。
Image: ティアフォー
ヤマハ発動機とティアフォーの合併会社「株式会社eve autonomy」による自動搬送サービス向けの量産を見据えた小型EV
オープンソースでも自動運転は検証や妥当性確認、地域に応じたAIのチューニングなどが入るので、そこが業界全体のペインポイントだと思います。そこのペインポイントを解決できる会社はティアフォーを含めて、世界に10社くらいしかありません。
現在、自動運転ベンチャーは皆同じような状況で、作り方はわかっているがツールなどが整備されていないので時間を短縮できない状況です。時間がかかる要因の1つが、ハードウェアに関する情報や知識です。自動車で使われるハードウェアは企業秘密があって当然ながら全てを公開してもらえないので、情報が分からない中での開発は時間がかかります。
しかし、この流れも変わろうとしています。iPhoneの組み立てをしている、台湾の電子機器製造大手ホンハイ(鴻海精密工業)が電気自動車(EV)開発において、ソフトウェア、ハードウェアのオープンプラットフォームを発表しており、これはティアフォーにとって非常に相性の良い話だと思っています。ホンハイのようなパートナーと協業することで、我々のビジネスがスケールできると考えています。
テスラに勝てるのはホンハイとティアフォーの組み合わせしかないでしょう。ホンハイとオープンなプラットフォームを作ることは大きなビジネスチャンスだと思っています。
法整備などが進む2022年は「自動運転元年」
――今後のマイルストーンをお聞かせください。
2022年は「自動運転元年」だと思っています。規制や法整備、保険の社会的な仕組みなど、技術以外のいろんなものが整備されていきます。
今年は安全性の担保など、どこまでテストすれば良いのか国から基準が出てくるので、今までいろいろな場所で走らせていた自動運転車を初めて現実的なコストや事業モデルで検証できるようになります。
Image: ティアフォー
自動搬送ロボット「Logiee」
ヤマハ発動機との取り組みで工場内の自動運転車を走らせることはできているのですが、まだ開発コストや時間がかかっています。国内向けには、工場での搬送などサービスカーの分野でもっと早く安く自動運転サービスを提供することを目標にしています。海外展開は、ホンハイとの事業推進に取り組んでいきます。
――これから、ティアフォーのプラットフォームはどのように使われていくのでしょうか。コラボレーションしていく、またはプラットフォームを使う予定の企業に対してメッセージをお願いします。
ティアフォーは、「自動運転の民主化」というビジョンを掲げています。自動運転EVを作りたい人たちからすると、ティアフォーを選べば、自動運転システムが作れるようになりますし、それをさらに早く安く作れるようになるというのが価値です。
半導体の業界用語で、「リファレンスデザイン」というものがあります。これは、実装するための実証済みの設計図のことで開発プロセスを大幅に省略できるものです。ティアフォーのプラットフォームはオープンソースですので、弊社のエコシステムの外にある企業であっても、「リファレンスデザイン」のように使われることを願っています。
当社だけで何かを作りたいとは思っていません。世界のトッププレーヤーが集まって作っているものは一番価値が高いと思っており、それが当社の目指したい価値観です。