目次
・サイバー戦争からスポーツ革命へ
・プロ水準の試合分析をアマでも
・1選手1ドル台からの破壊的価格
・2年で60倍成長、NBA選手や大手企業も支持
・どのスポーツなら新規参入可能か?
・日本市場への参入は?
サイバー戦争からスポーツ革命へ
スポーツビジオ創業者のサイバーセン氏は、スポーツ業界とはかけ離れたキャリアを歩んできた。米ロッキード・マーティンや英BAEシステムズでの防衛産業に携わった後、ハッキングやサイバーセキュリティの分野に進出。社内でサイバー戦争グループを立ち上げ、その後は米国防高等研究計画局(DARPA)にスカウトされ、約1億ドル規模の研究プログラムを統括した。
「DARPAでは攻撃・防御システムの構築、システムの暗号化、リバースエンジニアリング対策、さらにOSの下層で稼働する保護ソフトウェアの開発に取り組みました」とサイバーセン氏は振り返る。
2009年にはサイバー戦争に特化したR&D企業Siege Technologiesを創業し、2016年に売却。引退後は慈善財団を設立して運営に携わる一方、10X Venture Partnersを通じてエンジェル投資家としても活動していた。
しかし、長年プライベートで取り組んできたバスケットボールへの情熱が、次なる起業の原動力となる。
「私は30年間バスケットボールをプレーし、子どもたちも皆プレーしてきました。サッカーやバスケットボールで約20年間、コーチやサイドラインの保護者として関わる中で、スポーツビジオのアイデアが生まれたのです」
2021年、サイバーセン氏は自身の退職金などから50万ドルを投じてスポーツビジオを創業。シードラウンドでは、サファイヤスポーツ(Sapphire Sport)やソニーイノベーションファンド(Sony Innovation Fund)、アルムナイ・ベンチャーズ(Alumni Ventures)などから資金を調達している。
彼の掲げるビジョンは明快だ。
「会社をスポーツ分野におけるAIとコンピュータービジョンの世界的リーダーへ成長させ、そこで得た利益は社会貢献へと還元する」──サイバー戦争の最前線からスタートアップへと舞台を移し、30年来のスポーツへの情熱を社会的インパクトへとつなげている。

プロ水準の試合分析をアマでも
スポーツビジオの革新は、複雑なスポーツ映像から高精度のスタッツを抽出できる独自のAIアーキテクチャにある。創業当初は録画デバイスやアップロードソフトの自社開発も検討したが、サイバーセン氏は早い段階で方針転換を決断した。
「創業1年目は、録画用カメラシステムやアップローダー、アプリ、AIシステムを同時並行で開発していました。しかし、多くのことを中途半端にやるより、得意な分野に集中すべきだと気づいたのです」
現在のプラットフォームはシンプルだ。顧客はスマートフォンやカメラなど手持ちの機材で試合を撮影し、ドロップボックスやグーグル・ドライブを介して映像をアップロードするだけ。AIが映像を解析し、人手によるデータ入力や追加情報なしで全スタッツを自動的に抽出する。
その精度も際立っている。
「統計項目によって精度は異なりますが、一部は99%の精度でリアルタイム処理が可能です。現行のプロダクションシステムでは97.8%の精度を達成しており、試合全体の処理には約16時間のCPU時間を要します」とサイバーセン氏は語る。
スポーツビジオのAIは単なるデータ収集にとどまらない。ジャージ番号を認識し、特定の選手にフォーカスしたハイライトを自動生成も可能で、例えば、「背番号27番の選手」の全シュート、スティール、ブロック、リバウンドを一つのリールにまとめることができる。
さらに、AIコーチング機能では収集したデータをもとに、選手やコーチに改善のアドバイスを提示。まるでスポーツ記者のようにゲームレポートを自動生成するなど、分析結果を活かした新たな付加価値を提供している。

image : SportsVisio
1選手1ドル台からの破壊的価格
スポーツビジオが挑むのは、これまで人海戦術に依存してきた巨大なスポーツスタッツ市場だ。サイバーセン氏はこう説明する。
「Hudl(ハドル)やSynergy Sports Technology(シナジー・スポーツ・テクノロジー)といった企業は、インド、ネパール、パキスタン、フィリピンなどで数万人を雇い、スタッフが試合映像を見ながら手作業でデータを入力し、翌日クライアントに納品するのが現状の最先端です。ハドルは年間約7億5,000万ドル、シナジーは約3億ドルの売上を上げています」
こうした高コストの手作業モデルに対し、スポーツビジオは1試合1ドル台という破壊的な価格で挑む。
「プレイヤー1人あたり1試合1ドル程度の料金です。たとえば8試合シーズンの男子リーグであれば、シーズン終了時に10〜15ドルを追加するだけで、全スタッツ、ハイライト、ランキング、ゲームレポート、スケジュール、コーチングアドバイスまで利用できます」
価格戦略の狙いは明確だ。
「人間による手作業に比べ、圧倒的に安価です。私たちは試合単位では黒字を確保していますが、価格を上げて収益を追うのではなく、AIによる効率化で利益率を高めていく方針です」
顧客層は幅広い。リーグ、大学、学区、トーナメント運営者、セミプロクラブをはじめ、オックスフォード大学女子チーム、アイルランドのセミプロチームの大半、オーストラリアの大規模ユースプログラムなど、12歳のユースからセミプロまで世界各地で導入が進んでいる。
2年で60倍成長、NBA選手や大手企業も支持
スポーツビジオの成長は驚異的だ。2023年7月にプロダクトを正式ローンチした当初は売上も小規模だったが、経営体制の刷新が成長の起点となった。
マイクロソフト出身のショーン・オコナー(Sean O'Connor)氏を幹部に迎え、さらにDARPA時代の同僚で2億ドル規模のAIプログラムを統括した経験を持つダン・オブリンガー(Dan Oblinger)氏をCTOに招聘。これにより開発力と事業推進力が飛躍的に強化された。
「2024年には前年から約60倍の成長を達成しました。現在は数百万ドル規模の売上に到達し、来春のシリーズA資金調達に向け準備を進めています」とサイバーセン氏は語る。
プロスポーツ界からの注目度も高い。
「マイアミ・ヒート(現デトロイト・ピストンズ)のダンカン・ロビンソン(Duncan Robinson)選手のエージェントから連絡があり、彼が私たちの技術を高く評価していると伝えられました。彼の協力により、ロサンゼルスの有名なプロアマリーグであるドリューリーグ(Drew League)やユーストーナメントとのコネクションも得られています」
企業からの評価も上々だ。サイバーセン氏は次のように語る。
「ソニーが投資家となり、大規模なスポーツ部門との連携機会が広がりました。ソフトバンクからも、日本代表チームの育成プログラムに関する相談を受けています」
顧客からの評価は成果としても表れている。
「PGジャガーズというチームからは、私たちの技術がサイドラインのコーチのような役割を果たし、全国優勝に貢献したと感謝されました。あるリーグではシーズンごとに参加者が40%増加し、多くの選手が『スポーツビジオを使わないリーグではもうプレーしたくない』と言うまでになっています」
どのスポーツなら新規参入可能か?
今後12〜24カ月の戦略について、サイバーセン氏は明確なロードマップを示す。
「最大の目標は市場シェアとブランド認知度の継続的な拡大です。グーグルで『AI stats basketball』と検索すると当社が上位に表示され、AIシステムに質問してもバスケットボールやバレーボールのAI統計で上位3位以内にランクインしています」
知的財産の強化も重点課題だ。
「今年初めて特許を申請し、年内にさらに2件、来年も数件の申請を予定しています。知財ポートフォリオの拡充に加え、パートナーシップの拡大、市場シェアの拡大、そして来年進出する新たなスポーツ分野の特定が主な目標です」
一方で、成長を加速させるためには厳しい優先順位づけが求められる。
「多くの機会がある中で、限られた時間・人材・資金をどこに集中させるかが最大の課題です。戦略的な機会のバランスを取りつつ、最重要の目標達成に集中する必要があります」
スポーツビジオは将来的に対応スポーツを拡大する計画だが、選定は慎重だ。スケートボードやフィギュアスケートなどの採点競技は、AI解析の難易度が高い。
「フィギュアスケートでは回転数や最高速度、跳躍の高さなどの技術的指標は計測できますが、芸術的評価は別の話です。技術的評価を補助するツールにはなれるでしょう」
ボクシングも検討対象に挙がった。
「パンチの数や命中箇所の計測、ダウンの判定は技術的に可能です。ただし、競技によっては数百万ドルを投じても年間収益が数十万ドルにとどまる可能性があります。新競技への参入には数十万〜数百万ドルのコストがかかるため、投資回収が見込める市場を慎重に選ぶ必要があります」
日本市場への参入は?
スポーツビジオは日本市場への進出に強い関心を持つ。
「ソニーのベンチャーチームや他部門との交流、ソフトバンクとの対話を通じ、日本企業との協業に大きな可能性を感じています」とサイバーセン氏は語る。
同社は、スポーツテクノロジーのエコシステムを構成する幅広い企業とのパートナーシップを構想している。
「チームスケジューリングや管理ソフトウェア企業、動画ストリーミング企業、カメラメーカーなどと協業し、彼らのリーグに統計やハイライト機能を追加提供する再販パートナーやチャネルパートナーとしての連携が考えられます」
さらに、投資ファンドとの連携にも意欲を示す。
「スポーツ関連の投資を行うプライベートエクイティグループと組み、彼らがプロフランチャイズや育成プログラム、セミプロチームを買収する際に、私たちの技術を統合して資産価値を高めるお手伝いができます」
サイバーセン氏は、スポーツビジオの将来像を次のように描く。
「目標はスポーツにおけるAI映像解析のリーダーになることです。100〜200億ドル規模の市場で、AIスコアボード、AI審判、ハイライト自動生成、リクルーティング支援、動画ストリーミング用コンテンツ強化など、幅広い技術課題に取り組んでいきます」
技術開発の方向性も明確だ。
「これまでサイドラインで人がボタンを押していたスコア更新をAIで自動化できます。将来的には、3人の審判を1人の審判とiPad、複数のカメラに置き換えることも可能になるでしょう」
スポーツビジオの競争優位性は、技術開発に徹底的に注力するR&D主導の企業文化にある。
「私たちはゼロから高度なモデルを構築し、技術的課題を解決するAI研究者の集団です。パートナーとの協業を通じて、これらのソリューションを多様なスポーツに統合し、グローバルに展開していきます」
最後に、日本の潜在的パートナーへの期待を込めてメッセージを寄せた。
「スポーツテクノロジーエコシステムのあらゆる領域で、win-winの関係を築けると確信しています。この革新的な技術が日本のスポーツ界に貢献できることを楽しみにしています」
image : SportsVisio HP