国内外でテレマティクス市場の認知が広がる前にいち早く起業し、事業化に成功
―学生時代は「移動体」の研究をされていたとのことですが、どのような研究だったのでしょうか。
正確には、移動体も含むリアルデータの分析を研究対象としていました。移動データといってもさまざまで、防犯カメラで記録した情報から人の流れを分析したり、農作業を解析して効率化するスマート農業の開発だったり、道路渋滞の解消だったり、いろいろな分野に応用できます。私は研究者として続けるよりは、社会実装できる技術に興味がありました。それで大学院時代にITスタートアップを起業して事業を立ち上げました。
―2013年にスマートドライブを創業されました。その当時のテレマティクスに対する周囲の意識や温度感について教えてください。
当時は、自動運転というキーワードは出始めていましたが、IoTのようなモノとインターネットを結びつけて認識するような言葉もまだなかったころで、テレマティクスについてもそれほど注目されてはいなかったと思います。国内ではホンダの「インターナビ」のような、自社製カーナビ装着車の走行情報を集めて交通情報として配信する、自動車メーカーが提供しているサービスはありました。しかし、私たちのようなオープンにテレマティクスデータを活用するプラットフォームはほとんどありませんでしたし、海外でも一部の企業が取り組みを始めたというタイミングだったと思います。
―そのなかでいち早くオープンプラットフォームを指向して起業されたのですね。当初の目論見について教えてください。
当時から海外では、フリートマネジメントやテレマティクス保険など法人マーケットは確実に存在すると見込まれていましたので、将来的に移動データが活用される社会が到来し、国内にもBtoBマーケットが出現するという目論見は予想通りでした。一方、BtoCサービスは海外でも大きなチャレンジだと目されていました。初めはその困難にあえてチャレンジするという発想で取り組みましたが、私たちの実力不足や時代の流れもあって想定通りには行きませんでした。そこでまずBtoBで実績を作り、それを元にBtoCへ展開するという方針へ切り替えました。
image: スマートドライブ
―創業当初、特に苦労された点はありましたか。
一般的なSaaS事業であれば、数人のエンジニアでプロトタイプを作って、実際に動くものを見てもらいながら資金調達を行うという手段が選べますが、私たちの事業では移動体からデータを取得するハードウエアが絡むため、目に見えるデバイスを作るとなると、それだけで数千万円はかかってしまいます。資金調達やアライアンスを得る上で、見えるものがない状況で事業の青写真を理解してもらう難しさはありました。2〜3年は模索する期間が続きました。
―模索期間を突破するきっかけとなったのは、どのようなことだったでしょうか。
賛同してくれる人を増やせたことです。最初はビジョンに共感して一緒に働いてくれる1人目、2人目の社員。そして保険会社をはじめとする協業先と、少しずつですが確実に賛同者を増やせたこと。また、政府の助成金を得ていたこともあって、産業革新機構という政府系ファンドから出資を受けたことも、事業ビジョンに対する賛同者が広がる大きなきっかけになりました。
―オープンプラットフォームを当初から指向されたのも、それが理由でしょうか。
本当に社会課題を解決しようとするならば、ビジネスモデルは多様化させていく必要があり、1つのモデルに拘泥してはいけないという考えが起業以前から根っこにありました。自動車メーカーと共同で取り組む話もあったのですが、どうしても縦割りというか自社専用のサービスを希望されたため、オープンプラットフォームを堅持したのも、社会課題解決という大きな目的があったからです。
image: スマートドライブ
日本という「地の利」を生かして、海外競合と渡り合う
―スマートドライブのビジネスモデルについて教えてください。
モビリティデータを利活用した事業を展開しており、コア事業として国内で展開しているフリートオペレーター事業とアセットオーナー事業があります。
フリートオペレーター事業は、SaaS型の法人向けクラウド型車両管理システムを軸とし、走行履歴の確認や安全運転診断、運転日報の作成といった各種業務をDX化するサービスなどを提供しています。国内に約2000台あると言われる商用車を利用する企業を対象にした事業です。データインプットはシガーソケット型の当社デバイスなど外付け端末で行うことができ、独自開発した高性能センサーで運転操作を計測し、データをクラウドにアップロードします。デバイスと月額サービスを自由に組み合わせて利用することが可能です。
そして、フリートオペレーター事業で培った移動データのサービス基盤、モビリティデータプラットフォームを自動車メーカー、リース会社、保険会社などに提供するのがアセットオーナー事業です。データを活用した新サービスに取り組みたいけれど、既存のSIerではスピード感や顧客のニーズに合うサービスが作れていないような企業が対象です。こちらはプラットフォームごと提供することもあるため、いわゆるSaaSとは少し違うビジネスモデルになっています。
また、NEXTコア事業として位置づけているのが、海外モビリティDX事業です。まずマレーシアを足がかりに、現地企業や海外展開する日系企業に向けたフリートオペレーター事業と、アセットオーナー事業の各種サービスを提供しています。マレーシアでは2021年8月からEV充電ステーションの普及に向けた実証事業にも取り組んでいます。当社の強みは単一のビジネスモデルに依存するのではなく、移動データとの組み合わせでさまざまな事業モデルを作れる点だと認識しています。
image: スマートドライブ
―事業別の売上比率を教えてください。
サードパーティーのデバイス販売代金や短期プロジェクト支援収入などで構成される「イニシャル売上」と、各種サービス利用料やOEMライセンスフィー、長期プロジェクトといった継続的で安定的な「リカーリング売上」によって収益化を行っています。直近(2023年9月期第3四半期)の決算では、売上高のうちリカーリングが約60%、イニシャルが約40%です。事業別売上高では、フリートオペレーター事業が約25%、アセットオーナー事業が約75%となっています。
―リカーリングビジネスをスケールアップさせるために注力している点を教えてください。
カスタマーサクセスチームを通じて、顧客企業がデータを活用できるようにフォローアップする体制作りに力を入れています。顧客がわれわれを選ぶ理由の1つに、移動データとビジネスとの未発見だったつながりが見つかることで、顧客企業のサービスの種類が増えると同時に質も高められるという点があります。当社のサービス自体の質も高めながら、サポートを多面的に行えるように複数の接点を顧客と持てるように意識をしています。
―国内・国外で競合となる企業はありますか。
国内企業で、フリートオペレーション事業で重複する企業はありますが、フリートオペレーションとアセットオーナー、つまり「車を使う人」と「車のユーザーに対してサービスを提供している人たち」とをつなぐというプラットフォームモデルで提供しているのは当社だけと認識しています。欧米企業でも、まったく同じビジネスモデルのところは見当たりません。当社のようなビジネスモデルを標榜し、プラットフォームを統合して1から作っていける技術を持つ企業が海外でも少ないことがわれわれの強みかなと思っています。
そして、日本という国でビジネスを展開しているという「地の利」があります。東京からせいぜい名古屋までくらいの距離に、世界的な自動車メーカーが5〜6社そろっている地域は日本を置いて他にありません。アメリカにも巨大自動車メーカーはあるものの、国土が広いので同じ国内でも飛行機に乗って数時間かかるという世界ですし、車両や道路に関する法律が州ごとに異なります。モビリティデータのプラットフォームを作りやすいという意味で、日本やアジアにはすごく可能性があると思っています。
―マレーシアの事例のように、東南アジアへ進出された理由はどこにあるのでしょうか。
ライバルとなる欧米企業があまり進出していないのです。私たちがヨーロッパやアメリカに進出しづらいのと同じで、言語や文化の違いが大きいのだと思います。特にヨーロッパの企業はすでにそれぞれのエリアでのマーケットを確立しているので、外へ打って出るよりは同じヨーロッパ内のエリア争いに注力している企業が多いものと推察しています。
日本よりも東南アジアのほうがマーケットも大きいですし、日系企業が長年にわたって進出して築いてきた信頼関係もあります。また東南アジアの各国が抱えるモビリティの課題は事故や渋滞の多さです。日本が以前抱えていた課題の解決方法が応用できるという点でも、有望だと考えています。
一緒に成長できる関係構築を全方位的に検討
―すでに多くの日本企業と協業・提携を行っていますが、今後の提携についての考えを教えてください。
協業形態は全方位的に考えています。上場したことで、コーポレートアクションをもっと増やしたいという思いも強くなっています。せっかく協業するのであれば、出資やM&Aも視野に入れるような、深い関係の提携を増やしていきたいです。どの文脈の提携においても一緒に成長できる関係を構築できることが、提携を考える上での大前提になります。成長戦略の側面でも、まずはユーザー数を増やすのが必要になってきます。ユーザー数が増えると活用の幅は自動的に広がりますので、ユーザーを増やす目的の提携もありますし、サービス連携という形での技術的な提携もあります。
移動の「負」を減らし、移動に新たな価値を付与したい
―今後の成長戦略について、お聞かせください。
特に意識しているのは、ユーザー数という横軸と、サービスの種類という縦軸の両軸を伸ばしていくということです。横軸への施策としては、車両の保険契約やリース契約に付帯する形でパートナーのサービスのユーザーに当社サービスを提供する形があります。縦軸は1台の車から取れるデータの活用幅を増やし、当社が提供できるサービスを増やしていきます。現在提供しているサービスは、フリートマネジメントや保険商品の開発、安全運転のサポートなどですが、今後は、車両整備や駐車場の管理、CO2の可視化など時代のニーズに対応したサービス展開を増やし、縦軸も伸ばしていきます。
当社のサービスが管理している日本国内の業務車両台数は約5%にすぎず、国内だけでもまだ95%以上の開拓余地がありますし、海外にはもっと大きなマーケットがあります。未開拓市場の大きさも、今後の成長のポテンシャルになります。
―未来のモビリティおよび社会に、どのような影響を与えたいと考えているか、ビジョンを教えてください。
私たちがベースにしているのは、移動の「負」をなくしたいという思いです。よく聞く話では、人間は紀元前の昔から、毎日2時間を移動に費やしているそうなんです。車や電車で移動するようになり、渋滞に巻き込まれたり、ぎゅうぎゅうの満員電車に詰め込まれたりと、移動が苦痛になることも少なくありません。また事故に遭う可能性もあります。そういった移動にともなう「負」を少しでも改善したいという思いが私たちのビジョンです。負をなくした上で、浮いた時間をプラスの方向に作用するアクションに充てて、移動による新たな価値が生み出せるところまで、歩みを進めていきたいです。