急成長を遂げるB2B企業にとって、収益の柱である「課金と請求」が、皮肉にもボトルネックとなっている。とりわけ、SaaSやフィンテック企業で主流の「従量課金」や「ハイブリッド型」の価格モデルは、契約ごとに条件が異なるため、従来のシステムでは対応しきれないケースが多い。その結果、手作業やスプレッドシートに頼り、請求漏れによる「収益の取りこぼし」が発生するという課題に直面している。
こうした課題を、柔軟な課金エンジンとAIエージェントで根本から再定義しようとしているのが、ロンドン発のSequence(シークエンス)だ。
同社のプラットフォームは、見積り作成から回収までのワークフローを統合し、どんなに複雑な従量課金モデルであっても、わずか数秒で正確な請求データへと変換する。そして特筆すべきは、同社が提供する「AIエージェントによる実務の自動化」。AIが自ら入金確認や未払い対応を行うことで、財務チームを事務作業から解放し、より戦略的な意思決定に時間を使う手助けをしてくれる。
なぜ、アンソロピックをはじめとする世界有数のAI企業が、シークエンスをパートナーに選ぶのか。そして、同社がいかにして「請求」という静的な業務を「リアルタイムの収益成長エンジン」へと変容させるのか。共同創業者でCEOのリヤ・グローバー(Riya Grover)氏に、技術的優位性や今後のビジョンを聞いた。
目次
・急成長企業のペインポイントだった「課金と請求」
・企業の財務オペレーションそのものを自動化
・アンソロピックも顧客、複雑化する課金形態に対応
・すべての財務チームへ。今こそAIエージェント基盤構築を
急成長企業のペインポイントだった「課金と請求」
―なぜ、あえて「課金・請求管理」というバックオフィスの領域に着目したのでしょうか。
一言で言えば、急成長する企業にとって最も解決が難しくかつ損失の大きい課題、つまり「ペインポイント」だからです。特にエンタープライズ向けビジネスの現場は、驚くほどアナログです。契約条件が個別にカスタマイズされるため、請求業務は手作業で行われ、結果として「請求漏れ」による多額の収益損失が常態化しています。
さらに今のトレンドとして、B2Bでも「使った分だけ支払う」従量課金やハイブリッド型の価格モデルが急増していますが、これをリアルタイムで追跡し、正確に請求できるインフラはどこにも存在しませんでした。
私たちは、この「収益化のラストワンマイル」をAIの力で自動化します。具体的には、複雑な営業契約を瞬時にサブスクリプションデータへ変換し、未払い金の追跡から入金照合までを代行する「財務特化型AIエージェント」を構築しました。
大切なのは、単なる自動化ではないという点です。私たちは「ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間が介在する仕組み)」を重視しており、AIが煩雑な実務を肩代わりしつつ、人間が常にガバナンスを効かせ、より戦略的な判断に集中できる環境を提供しているのです。
―そうした極めて専門性の高い課題に挑む、シークエンスの創業経緯についてもお聞かせください。
私はオックスフォード大学を卒業後、金融業界を経てハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得しました。卒業後、最初にフードテック企業を立ち上げたのですが、この会社は2020年に英国の食品サービス大手コンパスグループに2,400万ドルで売却しました。その後、2022年に現在のシークエンスを創業しています。
ここで、共同創業者のエイモン(Eamon Jubbawy)についても紹介させてください。彼は、本人確認(KYC*)ソリューションのOnfidoの共同創業者です。同社は最終的に、米国の電子認証大手エントラスト(Entrust)に6億5,000万ドルという巨額で売却されました。
私たちが最初に出会ったのは2021年。私が次の挑戦を模索していた時、彼もまた前職のCOOを退任したばかりでした。成功を収めた二人のシリアルアントレプレナーが、次のターゲットとして選んだのがこの領域だったのです。
*KYC : Know Your Customerの略称。従来は郵送や対面で行われていた本人確認をオンライン上で完結できる仕組みで、一般的にユーザの実在性の確認を行う「身元確認」と、ユーザの行為を確認する「当人認証」で構成される。
企業の財務オペレーションそのものを自動化
―シークエンスが提供するサービスの具体的な仕組みについて教えてください。
私たちは、オーダーメイドの価格設定や複雑な契約形態を持つ企業を対象に、「注文から入金(Order-to-Cash)」までの一連のワークフローを完全に自動化しています。
主なクライアントは、フィンテック、SaaS、AI、さらには不動産や建設といったB2B企業です。これらの業界では、顧客ごとにカスタマイズされた価格条件や、利用量に応じて料金が変動する「従量課金モデル」が多用されます。しかし、こうした柔軟な価格戦略は、皮肉にも財務チームに膨大な手作業を強いる結果となっていました。
シークエンスは、営業が締結した契約データを直接取り込むことができます。新しい契約が決まるたびに、システムが内容を解析し、自動でインボイス(請求書)を発行。さらには財務上の収益認識までを一気通貫で処理します。私たちが提供しているのは、単なるツールではなく、企業の財務オペレーションそのものを自動化する「インテリジェントな基盤」なのです。
―どのような技術を使用していますか。
基盤となっているのは、極めて堅牢で柔軟な「価格設定・請求エンジン」です。どんなに複雑な契約構造であっても正確に計算できるこのエンジンが、自動化の心臓部となります。
そして、その上で動く「エージェント機能」には、GeminiやClaudeといった最先端のAIモデルを採用しています。私たちはこれらのモデルを財務特化型のシステムプロンプトでトレーニングしており、さらに各企業が独自のビジネスロジックや指示を追加できるよう設計しました。これにより、AIエージェントは各社の個別の事情やコンテキストを理解した上で動作することが可能になります。
ここで私たちが最も重視しているのが、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方です。AIが自律的に作業を進める一方で、人間が常に監視・監査できるガードレールを設けています。AIが実務を遂行し、人間が最終的なレビューと承認を行う。この信頼性の高いプロセスこそが、ミスの許されない財務領域において私たちが選ばれる理由です。
Image : Sequence HP
アンソロピックも顧客、複雑化する課金形態に対応
―この領域には競合も多いと思いますが、シークエンスとの決定的な違いはどこにありますか?
従来の請求・収益管理ツールの多くは、シンプルな「月額定額制(サブスクリプション)」を前提に設計されています。しかし、現代のSaaSやデジタルビジネスにおいて、柔軟な価格戦略は競争力の源泉です。従量課金やハイブリッド型など、複雑化するニーズに対し、従来のシステムはもはや限界を迎えています。
シークエンスは、この「変化」を前提にゼロから設計されました。最大の特徴は、価格設定と請求の柔軟性を最優先している点にあります。ビジネスの成長や市場の変化に合わせて、エンジニアの手を借りることなく課金モデルそのものを進化させていける。私たちは、単なる「請求ツール」ではなく、次世代のモダンな財務チームのための「自律型プラットフォーム」を目指しているのです。
―導入企業には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
私たちのプロダクトは、見積り作成、請求管理、収益認識といった機能がそれぞれ独立した「モジュール設計」になっており、企業のニーズに合わせて柔軟に導入可能です。
最大の目標は、圧倒的なROI(投資対効果)の提供です。導入企業では、財務チームが費やしていた手作業の80%以上が削減されます。それ以上にインパクトが大きいのは、手作業による「請求漏れ」の解消です。見逃されていた収益を確実に回収することで、導入するだけで直接的に売り上げの向上に貢献します。
―具体的な顧客の成功事例を教えてください。
米国や欧州の先進的な企業が、続々とシークエンスを採用しています。例えば、誰もが知るAI企業であるアンソロピックやランウェイ、ステーブルコイン向けインフラを提供するフィンテック企業のブリッジ(Bridge)などです。
特にブリッジの事例は象徴的です。ステーブルコイン決済を扱う彼らは、トランザクションに基づいた膨大な価格モデルを持っています。シークエンスを導入したことで、リアルタイムで使用量を追跡し、消費された瞬間に正確な請求を行うことが可能になりました。
―「業務効率化」だけでなく「収益成長」まで実現できるのはなぜでしょうか。
理由は3つあります。
第1に、製品ごとの売上構成や価格戦略の効果を可視化し、最適化できること。
第2に、ユーザー数や使用量の増加を、タイムラグなしに即座に請求へ反映できること。誰かがアカウントを追加した瞬間、その変更が自動的に按分(プロレタ)計算され、請求に反映されます。
そして第3に、プロセスの「完璧な正確性」です。2年目の更新時のアップグレードや細かな契約変更は、手作業では最も見落としやすいポイントですが、シークエンスなら契約構造に基づいて1円単位で正確に請求を実行します。
「守りの効率化」だけでなく、攻めの姿勢で収益を最大化できる。これこそが、世界中の成長企業が私たちを選ぶ理由です。
すべての財務チームへ。今こそAIエージェント基盤構築を
―事業の成長スピードについて教えてください。
2025年には前年比10倍という驚異的な成長を遂げ、顧客数は100社を突破しました。この躍進の背景には、B2B企業の間で「価格設定の柔軟化」と「バックオフィスのAI化」という不可避なうねりが起きていることがあります。
これまでは手作業に頼らざるを得なかった「契約から入金まで」のプロセスを、私たちはデジタルインフラへと作り変えました。単なる効率化に留まらず、収益構造を可視化し、新しい価格戦略を即座にマネタイズできる「スケーラブルな収益基盤」を構築する。この価値が、市場に正しく評価された結果だと自負しています。
―2025年12月にはシリーズAで2,000万ドルを調達されました。今後の注力領域は?
さらなる収益の拡大はもちろんですが、特にエンタープライズ市場への浸透を加速させます。財務チームの右腕となる新しいAIエージェント機能を次々とローンチし、より複雑で大規模な組織のニーズに応えていく予定です。
―それを支えるチームの顔ぶれも非常に豪華だと伺っています。
私たちの最大の武器は、自他共に認める「世界トップ1%」のエンジニアリングチームです。ワイズ(Wise)やパランティア、インターコム(Intercom)といった世界屈指のテック企業から精鋭が集結しました。全社員30名の半数以上がプロダクトと開発に特化しており、この比率は今後1年で組織規模を倍増させる過程でも維持していく方針です。また、PwCのような大手会計事務所とのパートナーシップも、信頼性の担保に大きく寄与しています。
―日本市場については、どのような展望をお持ちですか?
日本円ベースの請求には既に対応しており、私たちのプラットフォームは最初からグローバル展開を前提に設計されています。日本は極めて革新的な経済圏であり、素晴らしい企業が次々と生まれています。
実は、私個人としても日本には深い縁を感じているのです。オックスフォード大学時代には大阪に6週間滞在し、日本の家族と共に生活した経験がありますし、弟も1年間東京に住んでいました。私にとって日本は、ビジネスだけでなく個人的にも非常に愛着のある国なのです。
―最後に、5年後、10年後のビジョン、そして日本の読者へのメッセージをお願いします。
私たちのビジョンは、世界中のB2B企業が収益化を考える際に選ぶ「デフォルトのインフラ」になることです。これからの10年、勝者となるのは強力なAIエージェント基盤を構築した企業でしょう。財務の現場は、人間とAIが協働するハイブリッドな形へと進化します。すべてのCFO、すべての財務チームは今こそ、この変化を受け入れるための基盤を築くべきです。
動的な価格設定や従量課金の導入、あるいは契約業務の自動化に課題を感じている日本の皆様。私たちは、皆さまと共にスケーラブルな未来を構築できることを心から楽しみにしています。