しかし、損害が甚大な洪水は、その発生頻度や被害の全貌を推定することが難しく、民間の保険会社が補償することが困難な分野とされてきた。こうした難題に焦点を当てたのが、2017年に設立されたreThought Insuranceだ。
彼らは、最先端のテクノロジーを駆使して洪水リスクを評価し、正確で収益性の高い保険価格の設定を可能にした。Managing General Agent(MGA)という代理店として、保険会社に代わって洪水保険の認定・査定等の業務を担う。世界的な気候変動によって、ますますリスクが高まる自然災害に対し、革新的なテクノロジーソリューションを使って被災者を救済しようとチャレンジする同社CEOのCory Isaacson氏に話を聞いた。
データを駆使して洪水リスクを数値化
連続起業家であり、技術評論家でもあるIsaacson氏は、ビッグデータや、ソフトウェア製品設計、ハイパフォーマンス・コンピューティング、分散コンピューティング、Java、データベース・スケーラビリティなどに精通したテクノロジーの専門家だ。世界最大の災害モデル会社であるRisk Management Solutions(RMS)社のCTOを務めていたこともあり、保険についての知識はそこで学んだ。
新しいビジネスチャンスを求めていた時、共同創業者のNich Lamparelli氏とJames Rice氏と出会い、彼らが洪水保険の事業を立ち上げようとしていることを知る。Isaacson氏と出会う2年前から事業を構想していた両氏だが、保険業界の知識はあるものの、技術的なバックグラウンドがなかった。彼らのビジネスに高い価値を感じたIsaacson氏は、ともに創業することを決意する。
彼らは、データテクノロジーを駆使することによって、予測が非常に難しい自然災害のリスクを高い精度で算出し、適正な保険価格を設定する方法を編み出した。
「私たちは他の誰よりも多くのデータを調べています。1つの計算モデルだけを信頼するのは危険なため、複数のモデルを組み合わせることにより、適切な価格を得ることができると考えています。そのため、複数のモデルを扱う独自のモデルコンバージェンスエンジンを開発しました。モデルの中のモデルをつくると考えてください」(Isaacson氏)
reThought Insuranceのモデルコンバージェンスエンジンは、主要な公共交通機関、地下駐車場、屋外スイミングプールまで広範囲をカバーする。複雑な計算を組み合わせることによって、住宅や商業施設など大規模な被害も補償することが可能となったのだ。
成長率は年40%以上、大きな反響を呼ぶ洪水保険
これまでの保険は、補償限度額が小さすぎて、人々に十分な保険金を支払うことが難しかった。利用可能な限度額や補償内容では、人々が本当に望んでいるものをカバーできなかったのだ。しかし、reThought Insuranceの洪水保険は、この問題をテクノロジーによって解決することに成功した。
2019年に保険の引き受けをスタートして以来、この2、3年は米国で嵐が非常に活発だったため、支払った保険総額は2400万ドル以上にのぼる。だが、算出した保険額は利益を確保しながら、より多くの人に保険を支払えるほど、非常に妥当なものになっているという。
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Isaacson氏は、「競合する企業はありますが、この分野に特化した企業はありません。正義をビジネスにしているのは、私たちだけです。私たちの能力は、リスクに見合った適切な価格を知ることですが、それは私たちがリスクを理解しているから可能なのです」と、同様なアプローチをとる競合はまだ存在しないからこそ、多くの需要が生まれているのだと述べた。
実際、サービス提供開始して2年足らずのうちに、現在の28名のメンバーでは処理しきれないほどビジネスが急拡大した。2021年は前年比40%の成長を果たし、2022年にはさらに倍の成長を見込むなど、自信をうかがわせた。コロナ禍によって保険会社は大きなプレッシャーを抱えているため、より確かなリスクを算定する同社のプロダクトの需要はさらに増えるだろうと見込んでいるのだ。
洪水リスクが高い日本へ進出を期待
2021年のシリーズAラウンド以降、reThought Insuranceはこの画期的なテクノロジー・プラットフォームを完成することにひたすら投資してきた。2022年に計画している次のラウンドでは、技術面への投資だけでなく、増え続ける需要に応えるため販売も強化していくつもりだ。
Image: reThought Insurance HP
現在、米国を主とする洪水保険のサービスは、日本市場でも非常に有望だろうと期待を寄せる。地球温暖化によって世界各地で洪水リスクが高まっている中、日本は地形、地質および気候の自然条件から、頻繁に台風、集中豪雨または豪雪による洪水被害を受ける可能性が最も高い国のひとつに数えられているからだ。
保険販売のライセンス許諾の関係により、Isaacson氏は、日本の大手保険会社とのパートナーシップを求めた。すでに日本で数社のパートナーや保険会社と話し合いを進めており、本格的な参入は2023年ごろになると見込む。
次のプロダクトとして、洪水による損害の程度を評価するモバイルアプリも開発中。建物のオーナー(被保険者)が、保険会社に代わって建物の損傷や浸水被害を撮影するだけで、建物がどれほどの損傷を受けたか、浸水の深さはどれくらいかなど報告できるアプリだ。
世界的に洪水のリスクは増えているものの、アメリカでは90%の人が洪水保険に入っていない。アメリカのほとんどの郡が、一度は大規模な洪水に見舞われているにも関わらず、大部分の人が洪水保険に加入していないのだ。
これに対しIsaacson氏は、「誰もが洪水保険を必要としています。私たちのミッションは、世界中に洪水保険を普及させ、プロテクション・ギャップを解消し、人々が必要な補償を受けられるようにすることによって、経済的に困ることがないようにすることです」と、私たちが自然災害から身を守るためにどうすればいいかを伝えることも含めて、洪水保険を普及させていきたいと語った。