これまで1トンあたり数百ドルかかっていたCO2除去を、70ドルに削減する──。イスラエル・ヨクネアムに本社を構えるRepAir Carbon Capture(リペア・カーボン・キャプチャー、以下リペア)は産業界から必要とされながらも、コスト面の課題から効率が悪かった直接大気回収(DAC)システムにおいて革新的な技術を生み出した企業だ。その技術には米国エネルギー省やイスラエル政府からも注目が集まっており、政府系のプロジェクトを得たり、資金を調達したりしている。同社のアミール・シャイナー(Amir Shiner)CEOに話を聞いた。

目次
リペアが開発した独自のDAC技術
効率的にCO2を回収できる理由
ターゲットの顧客層は?
シェルや三菱商事とも連携
日本市場は「特に関心ある市場」

リペアが開発した独自のDAC技術

―リペアはどのような課題を解決するスタートアップなのですか。

 当社は気候変動という世界的な課題に取り組んでいます。今日、欧州大陸でも気温40度を記録するなど、気候変動は現在進行中の危機です。その大きな要因は大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇です。年間で400億トンを超えるCO2が排出され、濃度は470ppmに達しています。

 この課題に対処するには、CO2の排出を削減・除去する必要があります。現在、多くの企業がCO2回収・貯留(CCS)などのCO2除去にかかわる技術を開発していますが、既存技術はエネルギー消費量が大きく、溶媒交換や副産物処理などにコストがかかりすぎるという課題を抱えています。そのため、大規模かつ効率的なCO2除去が難しいのが現状です。

 当社は電気化学を応用した独自の直接空気回収(DAC)技術を開発しました。これにより、低コストで大量のCO2を除去することが可能になっています。従来技術ではCO2除去に1トン当たり数百ドルかかるのに対し、リペアは70ドルで実現できます。

Amir Shiner
Co-Founder & CEO
イスラエル工科大学(通称:テクニオン)で機械工学学士号を取得。Kulicke and Soffaで半導体パッケージングの生産管理に従事した後、医療機器企業MTRE Advanced TechnologiesでCTOやCEOを務めた。その後もEnzySurgeやBioProtectなどで要職を務め、2021年にRepAirのCEOに就任。

効率的にCO2を回収できる理由

―なぜそれほど効率的に二酸化炭素を回収できるのでしょうか。

 理由は大きく分けて2つあります。1つ目は、当社のDACが熱源を必要としないことです。従来のDACは溶媒を加熱してCO2を分離する工程に莫大なエネルギーを使用しますが、リペアは「電気だけで駆動する」方式を構築し、エネルギー効率を大幅に改善しました。加えて、溶媒や薬品を使用しないため廃棄物が発生せず、消耗品の補充コストもかかりません。

 2つ目は、システムが量産しやすいことです。リペアのDACは電池や燃料電池に近い設計で、モジュール化が容易です。そのため、電池工場と同じようにシステムそのものを大量生産しやすく、設備投資コストを抑えられます。

 つまり、リペアのDACは「大量に設置でき、効率的に運用できる」点で、導入企業に大きな利点をもたらします。

image : RepAir Carbon Capture

ターゲットの顧客層は?

―リペアの主な顧客層を教えてください。

 大きく分けて2つあります。1つは産業界の排出者、もう1つはDACのプロジェクト開発事業者です。

 まず産業界では、アルミニウム生産やガスタービン発電が代表例です。アルミ生産では世界全体で年間2億5,000万〜3億トンものCO2が排出されていますが、アルミ生産における排ガス中の濃度は1%程度にとどまります。このため、従来技術では効率的に回収するのが難しく、コストが膨大になっていました。しかし、自動車や建設業界は低炭素アルミを求めており、EUの「EU炭素国境調整メカニズム」や日本の「カーボンニュートラル」政策といった規制強化も相まって、アルミ業界では効果的な回収技術が切実に必要とされています。

 また、産業界ではガスタービン発電事業者・メーカーも重要な顧客です。シーメンス・エナジーやGEのようなメーカーは、自社タービンにカーボンキャプチャー機能を組み込み、顧客に低炭素電力を提供する必要があります。特に生成AIの普及でデータセンター向けの電力需要が高まっており、リペアの技術は既存タービンに組み込める点が評価されています。

 もう1つの顧客層は、DACのプロジェクト開発事業者です。彼らは大気から直接CO2を分離・回収し、地下に恒久的に貯留することで高品質なカーボンクレジットを生成しようとしています。銀行や製造業、ハイテク企業など、多くの企業がスコープ3排出(サプライチェーン全体で発生する間接的な温室効果ガス排出)のオフセットを必要としており、カーボンクレジットには強い需要があります。リペアはプロジェクト開発者と協力し、効率的な回収システムを提供することで、信頼性の高いクレジット創出を支援します。

image : RedAir Carbon Capture 「StackDAC Module」

シェルや三菱商事とも連携

―リペアの創業は2021年5月です。どんな経緯で創業に至ったのですか?

 私はもともと起業家精神を持っており、過去にも複数のスタートアップのCEOを務めてきましたが、いずれも後から参加する形でした。そんな中、共同創業者のイェフダ・ボーレンシュタイン(Yehuda Borenstein)と出会い、彼が問題意識を持っていたDAC技術の課題や市場の可能性、新しい技術について話を聞いたことが、リペア創業の直接のきっかけになりました。

 私達が注目したのは、米デラウェア大学で生まれた研究成果です。米エネルギー省が支援していた研究で、教授は現在も私達の重要なパートナーとなっています。核となるのは電気化学セルで、完全に電気で駆動し、効率的でモジュール化が容易、さらに低コストという特徴を持っていました。まさに私たちが求めていたソリューションでした。

 そのため、デラウェア大学が保有する特許のライセンス契約を結び、研究開発をスタートしました。創業から3年半を経て、現在ではパイロット設備の構築や製造スケールアップに取り組んでいます。

 特に、米ルイジアナ州で勧められている大規模DACハブ建設プロジェクトへの私たちの関与は読者の方々にも注目してほしいです。シェルや三菱商事がパートナーとして参加し、エネルギー省が後押しする同プロジェクトではリペアは技術提供者として参加し、製造能力の拡大と成長を目指していきます。

image : RedAir Carbon Capture

日本市場は「特に関心ある市場」

―日本市場に参入する予定はありますか。

 日本市場は私たちが特に関心を持っている市場です。トヨタやホンダ、東芝といった大企業が明確にネットゼロ目標を掲げており、政府も野心的なビジョンを示しています。アメリカではトランプ政権下でネットゼロ政策に転換が起きていることを考えると、日本は当社にとって一層魅力的なマーケットだと言えます。

 さらに、リペアと日本の製造業の親和性の高さも見逃せません。日本は自動化や量産化の技術に強みがあり、これはリペアのDACの量産と相性が良いと考えます。特に組み立てラインでの自動化については、日本の製造パートナーと連携したいですね。

 現在私たちは、自動車業界で燃料電池の量産化を実現した企業と話をしています。日本は水素燃料電池やリチウムイオン電池の世界的メーカーを多数抱えていますが、これらの製品を量産化したプロセスは、リペアのDACの量産化に必要な条件と重なる部分があります。そのため、リペアの特徴──高効率、熱源が不要、溶媒を使わない──といった点は理解されやすく、高い関心を持っていただいています。

―こうした日本企業と協業を考える場合、理想的な形態はありますか。

 パートナーの意向次第でしょう。ジョイントベンチャー、ライセンス契約、共同製造、製造の一部アウトソーシングまで、多様な形態が考えられます。研究開発や投資面での強力も柔軟に検討できます。



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