デジタル化に乗り遅れた建設業界 煩雑な「紙」問題を解消したい
Imam氏はウィーン工科大学を卒業し、学生時代から起業家の道を志してきた。マーケティングや営業畑で経験を積んだ後、複数のソフトウェアやコンサルティング会社を起こす。そして2013年、Imam氏を含む5人の共同創業者で、建設に特化したSaaS会社、PlanRadarを創業した。きっかけは共同創業者のうちの1人が建設業界で経験した「紙の問題」だったという。
「彼は以前に約10年間、建設業でプロジェクトマネージャーを任されていました。ショッピングモールや商業ビルなど大規模なプロジェクトを管理していたようです。ある時、彼は会社からバイクに乗って建設現場を行き来して書類一式を運ぶよう命じられたそうです。こんなことはばかばかしいと思ったそうです」
デジタル化が当たり前となった時代でも、いまだに紙とペンを持ち歩く建設業界のスタイルに矛盾を感じた彼らは、すべてスマートフォンで完結できるようなサービスができないか検討を始め、ウィーンでPlanRadarを共同創業した。サービスをローンチして以降、導入事例はヨーロッパを中心に各地で広がり、成長を遂げてきた。
デバイスを問わず いつでもどこでもアクセスが可能
PlanRadarの特色はシンプルなビジネスモデルにある。ウェブサイトから申し込んでアカウント登録すれば、即日でiOSやAndroidなどあらゆるデバイスからアプリを利用できる。1カ月あたりの利用料金は29ユーロからで、30日間の無料トライアルつきだ。
あるコンサルタントファームの調査によれば、建設業界は他の業界と比べてもデジタル化が遅れている分野の一つだといわれる。Imam氏は、建設業界ではいまだ紙でやりとりしているケースが全体の60〜70%を占めていると指摘する。
Image: PlanRadar
「従来の建設業界は、現場と事務所を往復するたびに、二重の作業が発生していました。例えば、現場で検査をして、事務所に戻ってから報告書をまとめるといった具合です。私たちのサービスを使えば、現場からダイレクトに報告することも可能となります。これはほんの一例に過ぎません。こうした無駄を解消して、業務時間短縮につながったという結果もあります。大規模なプロジェクトになるほど、コミュニケーション不足から生じるミスを防ぐことにもつながるでしょう」
PlanRadarのアプリ機能は、図面や写真の保存だけにとどまらない。たとえば建設欠陥ソフトウェアを使えば、図面にメンテナンスが必要な箇所をピン留めでき、さらに写真や動画、テキスト、ボイスメモまでも記録することができる。
欠陥がきちんと補修されたかどうかの進捗状況を可視化し、期限を超過した場合はアラートを出すといったタスク管理も可能だ。こうしたワークフローが全てスマホやタブレット、パソコンとデバイスを問わず、いつでもどこでもできるアクセス性の良さがPlanRadarの強みである。同社のサービスは、iOS、Android、およびWindowsに対応している。
「競合他社のサービスは、iOSのみや、パソコンのみに対応するものが中心です。中にはデバイスを問わず使えるものもありますが、建築工程のみに特化していたり、柔軟性に欠けていたりするものも多いです。PlanRadarはユーザーが必要に応じてソフトウェアのカスタマイズもできるので、非常に柔軟性の高いソリューションとなっています」
Image: PlanRadar
PlanRadarの柔軟性を証明するのは、多岐にわたる業種と用途に活用されていることを見てもわかるだろう。現在、PlanRadarのソリューションを導入する企業は建設業だけでなく、不動産業、造船業まで利用が広がっている。用途も工程管理から施設管理、品質管理とさまざまな場面で活用されているという。国や業界ごとに異なる規制にも対応できるとImam氏は述べた。
「例えば、報告書の作成において、日本であれば日本の規格に沿った様式でレポートを作ることも可能です。これは私たちがドイツ市場に参入した体験に基づいています。ドイツでは州ごとに消防法に関する政令や建築規制が異なっています。私たちはごく初期に、あらゆる規制や政策に対応する柔軟なソリューションを求められました。その結果、私たちは急成長を遂げたのです」
現在、PlanRadarはヨーロッパを中心に60カ国以上に、約15000社の顧客企業がいる。顧客の事業規模は大小を問わず、中には個人事業者もいるという。なぜなら建設現場のプロセスは規模の大小に関係なく同じようなものだからだ。大企業の場合はBIMにも対応していて、エンタープライズ向けプランも用意している。
生活を支える建物だからこそ、建設業界のどんなニーズにも応える
PlanRadarは2022年1月、シリーズBでInsight PartnersとQuadrille Capitalの主導で6900万ドル(約88億円)を調達した。調達資金を用い、海外展開により一層、力を入れていく。ヨーロッパの主要都市の拠点だけでなく、今後は中東やアジア、オーストラリア、北米、南米の拠点拡大にも力を入れていく。
第一段階として、ドバイやオーストラリア、メキシコ、シンガポール、ブラジルなどへの拠点開設を進めている。さらにソフトウェア開発を強化するため、技術センターも創設したいという。
マーケット拡大に合わせて人材強化も重要課題だ。エンジニア、営業、マーケティングを中心に採用し、今年の終わりまでに従業員を500人まで増やす考え。売上高はこれまで前年比の2~3倍で伸びてきた。今後も最低でも2倍に増やしていきたいとした。
Imam氏は、日本の建設業界のDXについても関心を寄せている。経済全体のDXは進んでいるが、建設現場ではデジタル化すべきところがたくさん残されていると述べ、PlanRadarがきっと貢献できるだろうと日本進出に意欲を見せた。海外企業の日本展開支援で実績があるコンサルティング会社とのパートナーシップを求めている。
PlanRadarのミッションは、建設業界を「紙とペンの世界」から救うことだとImam氏は次のように語った。
「建物やビルは私たちの日常生活の一部です。クリーンで良い建物を造ることは、私たちの日常生活に大きな影響を与えます。だからこそ、私たちは大きな可能性があるのだと、自分たちを奮い立たせているのです。建設業界をデジタル時代に移行させるために、やるべきことはたくさんあります」
常に顧客の声に耳を傾け、課題は何かを理解し、良い解決策を示すこと。失敗を恐れず、学びに変えていけば、どんなビジネスでも成功が待っていると自らの信念を語った。