特許は「分かりづらく書くことがコツ」と言われることもあるほど、専門家にとっても時に複雑難解な文書だという。特許検索・分析ツールを提供するPatSnap(本社:シンガポール)の共同創業者でCMOのGuan Dian氏は、その要因の1つとして、特許文書が「テクノロジーと法律が"結婚"したようなものだから」と説明する。しかし、その複雑な特許文書の中にこそ、イノベーターに役立つ価値ある情報が埋もれていると目を輝かせる同氏に、創業の経緯や製品の特徴について聞いた。

特許文書は「テクノロジー×法律」

―創業に至るまでの経緯とバックグラウンドを教えてください。

 私はコンピューターサイエンス、CEOのJeffrey Tiongは生体工学のバックグラウンドをそれぞれ持っています。私たちは共にシンガポール国立大学に通っており、グローバルな起業家精神を養うための大学主催のプログラムを通じて出会いました。

 私は米国のスタンフォード大学で新製品開発など複数の講義を受講する傍ら、シリコンバレーのスタートアップで働きました。Jeffreyも同様で、彼はフィラデルフィア州に拠点を置く医療用デバイスの会社でインターンとして働いていました。プログラムを通じて「米国の起業家精神」というものを肌で感じ、世界を変えるためにスタートアップを立ち上げるという発想に奮い立たされたんです。

 起業の直接的な発想は、Jeffreyのインターン先での経験に端を発しています。医療用デバイスというのは、特許と密接に関連する分野です。そしてJeffreyはインターン先で、特許というものが非常に興味深い技術文書のフォームであると気付きました。それは例えるなら、テクノロジーと法律が"結婚"したかのようなフォームです。

 しかしながら、特許は法律家によって作成された文書なので、理解するのがとても難しく、有効活用する方法が親切に言及されているわけでもありません。「特許文書をイノベーターたちのものにする」。ここに好機がありそうだと感じ、米国からシンガポールに戻った後、PatSnapの立ち上げに動き出しました。まず、R&D部門向けに、スマートで、早くて、手頃な価格の特許検索ツールと分析ツールを構築することから始めました。

Guan Dian
Co-Founder & CMO
National University of Singaporeでコンピュータサイエンスを学び、奨学生としてStanford UniversityのOverseas College Techno-Entrepreneurshipプログラムに参加。2009年にPatSnapを共同創業した。2016年には「Forbes Asia 30 Under 30」に選ばれたほか、Forbs Chinaによる「China’s Top 25 High Potential Business Women」にも選出された。

image: Guan Dian氏(右)とCEOのJeffrey Tiong氏

―特許検索ツールというのは一般には馴染みがないですが、例えば、Google検索との違いはどのような点ですか。

 当社の特許検索ツールと、Google検索で特許を検索するのは全くの別物です。まず第1に、特許は非常に特別な文書で、独自の標準フォーマットがあり、書き方にも決められた方法があります。Google検索では基本的にキーワード検索が用いられますよね。特許検索では、キーワード検索以外にも、特許分類とキーワードをかけ合わせるなどさまざまな方法が用いられ、時に非常に複雑な検索条件になり得ます。これは、Google検索では対処できない領域です。

 それから、私たちのデータベースには180カ国から集められた特許情報があります。もちろん、国が異なればフォーマットや言語なども異なります。当社はこれに対処するために専用の機械翻訳を開発し、さらに機械翻訳に足りない点を補うために、専門家による翻訳支援も行っています。これにより、例えば英語で書かれた特許や中国語で書かれた特許を、日本語で検索することが可能となっています。

 さらに、特許というのは文書以外の要素として、発明を説明するための画像や図案が用いられています。当社は、こうした画像や図案を抽出し、類似のイメージを用いた画像検索ができる仕組みを構築しました。これもGoogle検索ではできないことです。

image: PatSnap

―特許検索だけでなく、御社の強みはデータ分析やインサイトの提供にありますね。

 はい、検索はあくまでもファーストステップです。検索で必要な特許を探し当てたら、次に何をしますか?その特許を理解し、分析したいはずです。それがビジネスの重要な意思決定につながり得るからです。PatSnapの本領はまさにここにあります。当社は、AI技術を活用して特許のキーとなる情報を要約するなどして、ユーザーが複雑難解な特許を理解できるよう手助けします。かつて、開発担当者が特許文書を理解するのに丸一日費やしていたとしたら、それを2分に短縮することが可能です。

 分析に関しては、例えば水素電池について調査しているとすれば、当社の製品を使えば水素電池に関連する数百、数千の特許を抽出し、全体像を把握できるようなマップを作成して視覚化することができます。その分野の巨大企業が何をしているか、トヨタやGM、BYDがどんなことに取り組んでいるか、といった内容が文書だけでなく図表も活用して示されます。これにより、意思決定を控えた企業が、どのような技術開発の道筋を辿るべきかについてより良い選択と決定をすることにつながります。

 データは私たちにとって最も重要な資産であり、そのデータを活用するために、組織内には一般的な水準を超えた、たくさんのデータサイエンティストが所属しています。それぞれが化学、生命科学、エンジニアリングといった専門領域に関連したバックグラウンドを持っているので、特許や技術文書に関してより深く理解することができます。さらに、AIにそれぞれ異なる領域の特許情報を学習させるのを支援することも可能となります。

image: PatSnap

特許領域でのAI技術活用へ大型投資

―ビジネスモデルはどういった形態ですか。また、主要な顧客はどのような層でしょうか。

 ビジネスモデルは、サブスクリプション型のモデルです。利用者は年間料金を支払うことで、ツールを自由に使用できます。大企業であれば、複数ライセンスを取得していただくケースもあり、1社で数百に上ることもあります。小さなスタートアップであれば1つのライセンスでツールを活用している、といったイメージです。

 顧客は世界約50カ国にいて、顧客数は全世界で1万以上に達しています。その多くは大企業で、一例を挙げると、米複合企業の3M、ダイソン、ウォルト・ディズニー・カンパニーなど業界は多岐にわたります。それから製薬会社です。たくさんの製薬会社にPatSnapの製品を利用していただいています。

 技術イノベーションに関わる企業や団体であれば、どんな業界であろうと当社の顧客となり得ます。MITやオックスフォード大学といった教育機関や、政府系機関なども顧客です。

―最近新たに開発した製品やサービスがあれば教えてください。

 最近は、特許領域でAI技術を活用するための大型投資をしています。とりわけ、顧客の利便性の向上につながったと感じているのは、インベンション・ディスクロージャー(発明届出書)の作成を支援する機能です。

 インベンション・ディスクロージャーというのは、発明者が自身のアイデアを指定のフォーマットに書き落とすもので、知的財産関連の省庁や法律家に提出するためのものです。特許申請のプロセスにおいて提出が義務付けられているものですが、退屈な作業であるにも関わらず、多くの時間を割かなければならない作業でもあります。

 私たちが開発した作成支援機能は、数パラグラフの技術説明を入力すると、インベンション・ディスクロージャーの形式に沿った文書へとものの数分で自動変換します。研究者にとっては、大幅な時間短縮につながり、浮いた時間をより研究に費やすことができます。利用者にとって非常に有益な機能が開発できたと思っています。

企業のR&D投資は未来への投資

―これまでソフトバンク・ビジョン・ファンドなど著名VCから投資を受けています。調達資金は、AI関連の投資に充てられているそうですね。

 はい。私たちは、2021年3月のシリーズEまでのラウンドで、累計3億5,160万ドルの資金を調達しました。投資家にはソフトバンク・ビジョン・ファンドやセコイア・キャピタルも含まれています。調達資金はAI技術に多くを充てています。AI関連の技術者を採用したり、研究センターを立ち上げたりしました。知的財産やR&D関連の情報を処理するための大規模言語モデル(LLM)を構築し、この領域では恐らく初めてGPTを取り入れてもいます。

 私たちが著名な投資家を惹きつけられた理由として、まず1つに、投資家たちがR&Dやイノベーション界隈を支援するこの市場の成長性を強く信じてくれていることがあると思います。これまでのビジネスの歴史的な流れから言っても、過去20~30年間、R&D支出は右肩上がりを続けています。R&D支出は、不景気な時に多少沈みはしたとしても、すぐに元の水準に戻るものなのです。

 これはなぜだと思いますか?なぜなら、企業がR&Dに投資するということは、企業の未来に投資することだからです。人々は、不景気にはいつか終わりが来ると信じ続ける限り、未来への投資をやめません。だからこそ、米国や日本、中国、ドイツといった革新的な国々は常にR&Dに投資を続けているのです。

 もう1つは、当社自身がイノベーティブな製品を開発する能力を有していることに加え、新規顧客の獲得や既存顧客の維持といったマーケティングやセールスの側面でも強さを発揮できていることです。過去10年間にわたって、このような実績を数字で示してきましたし、この領域においてユニコーン企業の水準に最も早く達した会社です。そうした点が評価されたと思っています。

―日本企業との提携には関心がありますか。

 もちろんです。実は現在、日本市場への投資を拡大しているフェーズです。最近、チャネルパートナーとして複数の日本企業と提携を結びました。日本の顧客に対して製品のディストリビューションやアフターサービスを担っていただきます。

 現在、東京に現地オフィスを構えていますが、今後は日本での人材採用を増やしたいと考えていますし、企業との提携もさらに進めていきたいと考えています。

―最後に、今後数年間で注力したいことはどのような点でしょう。長期的なビジョンもお聞かせください。

 当面の間、注力していくことはこれまでと変わりません。まず、ポータルの利便性向上を続けていきます。私たちのポータルは、知的財産やR&D専門家にとっての使いやすさを重視したユーザーフレンドリーでありながら、非常にスマートなプラットフォームでもあると自負しています。この部分を伸ばして顧客満足度を向上させていくために、引き続きAI技術やGPT領域の能力を高めていく方針です。

 また、グローバル展開も引き続き注力していく考えです。これまでも日本やドイツ、北米といった国や地域に対して投資してきましたが、事業を発展させていく上では新たな市場に対して投資していくことが重要でしょう。

 さらに、エコシステム構築にも尽力していきたいと思っています。エコシステム内のもっと多くのプレイヤーと提携したいですし、その結果としてイノベーションエコシステムからビジネス的に良い機会を得られればいいですね。

 起業当初から現在も変わらず、私たちのミッションはイノベーターたちのより良いイノベーションを支援することです。それは言い換えるなら、彼らにとって有益なツール、データ分析、インサイトを提供していくことです。PatSnapの製品を使用することで、彼らの研究人生がより便利なものになり、仕事を楽しんでもらうことが私たちの心からの願いです。



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