薄く、強く、高導電性を備える炭素材料「グラフェン」。シリコン半導体の限界を超える次世代の電子材料として研究が進められている一方、長く大量生産は困難であるとされていたが、英国のケンブリッジ大学のスピンオフ企業Paragraf(本社:英ケンブリッジシャー)が高品質なグラフェンの量産と、グラフェンベースの電子デバイスの量産に成功した。多様な素材との互換性も持ち合わせ、新たな産業用途への展開が期待されている。その挑戦と可能性について、CEOのSimon Thomas氏に聞いた。

導電性の高い素材グラフェンをウエハーに応用する技術を確立

―専門領域と、Paragraf創業の経緯についてお教えください。

 私のキャリアは大部分が化合物半導体の領域で形成されてきました。キャリア初期は化合物半導体の製造装置メーカーに勤め、主に台湾や日本、中国、韓国などのアジア諸国で勤務しました。この頃は、エンジニアとして窒化ガリウムを用いたデバイスなどの研究を担当していました。

 その後、ケンブリッジ大学のColin Humphreys教授に招かれ、彼の研究グループに参加しました。彼のチームは、マンチェスター大のノーベル賞受賞者たちと共同でグラフェンの研究を進めていました。Humphreys教授のバックグラウンドもまた窒化ガリウムであり、私たちは共通の興味を共有していました。

 彼が目指していたのは、窒化ガリウムの積層構造にグラフェンを載せて、より優れた材料を作ることでした。ただ残念ながら、マンチェスターから送られてきたグラフェンは非常に小さな断片でした。それを受けて、Humphreys教授は「ウエハー上で直接グラフェンを合成する方法は可能性としてないだろう」と私に尋ねました。この問いかけがアイデアのきっかけとなったのです。私は、自らの専門分野である化合物半導体の世界で使われている技術をいくつか使ってグラフェンを作ろうと試み、幸運な事に、見事に成功しました。

Simon Thomas
CEO
リバプール大学の物質科学専攻で博士号を取得。2004年から約10年間、半導体向け製造装置メーカーAIXTRONにサイエンティストやエンジニアリンググループのマネージャーとして勤務。2015年には転機が訪れ、ケンブリッジ大学の研究員としてグラフェンの製造方法の開発に携わる。その後、スピンオフ企業Paragrafを設立しCEOに就任。グラフェンの量産と商業化を目指している。

―そうして出来上がったグラフェン製品の機能や特徴についてお教えください。

 私たちが成し遂げたブレイクスルーは、ウエハー上にグラフェンを直接合成できるようにしたことです。ウエハー上にグラフェンを作ることができれば、チップを加工するのと同じようにグラフェンを加工することができます。つまり、シリコンの代わりに、グラフェンをチップ製造に使うことができます。

 Paragrafでは現在、自分たちでグラフェンを作り、そのグラフェンからセンサーを製造しています。グラフェンは導電性が極めて高い素材です。電子機器に入れることができれば、電子機器は格段に速く動作するようになります。グラフェンの用途としてあらゆる研究機関が最終目標としているのがコンピューターチップです。というのも、もしグラフェンがコンピューターチップに使われるようになれば、従来よりも最大1000倍速く動作し、エネルギー消費は4分の1以下になるとされています。高い性能を低消費電力で実現するのです。現在はグラフェンを使ったセンサーを作っていますが、将来的にはコンピューターチップにも利用したいです。

image: Paragraf

image: Paragraf

高純度のグラフェンで競合と差別化

―御社のグラフェン製品はどのような用途で使われているのですか。

 現在の主力製品は、磁気センサーと呼ばれるものです。これは、磁場を検出してその情報を処理するもので、シリコン製のものよりもはるかに感度が高く、1万分の1ほどの少ない電力で動作します。グラフェンは非常に安定しているため、低温でも高温でも動作します。つまり、グラフェンをデバイスに組み込めば、本当に素晴らしい特性が得られるのです。このセンサーを極低温環境での動作が必要な量子コンピューターに投入し、量子コンピューター内の磁場を正確に捉えられるにようにしています。

 このほか、バッテリー制御システムやバッテリー計測システムにも当社のグラフェン製品を導入しています。これはバッテリーの上にセンサーを設置するものです。非常に低い電流から高い電流まで感知できる特徴があります。バッテリーの残留電流を検知し、バッテリーの故障の兆候の検出につなげるのです。ほかにもドローンのローターに使う電動ダイレクトドライブ・モーターや医療診断のためのMRIにも私たちのセンサーが使われています。

image: Paragraf

―グラフェン製品を提供する競合企業との違いはどのような点でしょう。また御社の成長を示す数値を教えてください。

 世界には他にもグラフェンを作っている企業はありますが、多くが銅などの金属触媒を使った技術を用いています。これは、グラフェン合成の過程で金属箔を使うため、純粋なグラフェンを作ることが非常に困難です。この製造手法の違いから、純度の高い当社のグラフェンの品質は、他社と大きく異なります。磁気センサーデバイスの競合もありますが、多くの場合は複雑で作るのが難しく、非常に高価です。当社の技術ほどシンプルで費用対効果の高いものは存在しないと自負しています。

 2015年にケンブリッジ大学からスピンアウトしてスタートしました。現在、3回の資金調達ラウンドを経て、総額8,500万ドルを調達しました。2019年に最初のプロダクトを顧客に提供し、その後、毎年売上高が倍増しています。2023年の売上高はおそらく500万〜700万ドルになると考えています。

 メンバーは130人程度です。拠点は計3カ所あり、英国には研究開発センターと製造拠点を構えています。2023年5月には、グラフェンを用いたバイオセンサーを手掛ける米国のCardea Bioを買収し、その社名をParagraf USAに変更した上で、サンディエゴの製造設備などを取得しました。台湾、韓国、そしてもちろん日本にも代理店があります。

医療分野にも挑戦し、世界にインパクトを与えたい

―直近の目標や、日本での事業展開、そして長期ビジョンをお聞かせください。

 まもなく別のタイプの製品であるバイオセンサーをリリースします。買収したCardea Bioの製品に、私たちの技術を掛け合わせたセンサーです。さまざまな種類の生物学的病原体を検出でき、例えば、医師が病気や病状を診断するのに役立てられます。2023年の後半にリリース予定で、これが直近で最大のマイルストーンになります。

 当社の磁気センサーやバイオセンサーなどについて、自社製品への活用を検討していただける日本のパートナーを探しています。磁気センサーは電力効率の測定や電子機器用のデバイスとして、またドローンや航空機、鉄道車両向けの電子デバイスとしても応用できます。すでに日本では複数の顧客と製品開発のためのテストをしています。今後はさらに日本でのビジネスを拡大していきたいと考えていますので、2023年中に東京に営業所を開設する予定です。別のラウンドの資金調達も行っていますので、日本の投資家も歓迎しています。

 長期ビジョンの1つは、グラフェンをエレクトロニクスの世界に垂直統合することです。多くの企業がシリコンを使うのと同じように、あるいは化合物半導体を使うのと同じように、グラフェンを使ってデバイスを作ることができるようにしたいです。グラフェンの優れた性能特性やパフォーマンス特性を活かし、シリコン製品に代わるプロセッサーやメモリに応用したいのです。

 今、世界の電力の20%がコンピューティングに費やされています。人々はどんどんAIを使い、消費電力は高まる一方です。すべてのシリコンをグラフェンに置き換えたら、コンピューティングに使用される電力量を75%削減することができると考えています。つまり、世界の電力使用量の15%を節約できることになります。これは大きなインパクトです。

 もう1つのバイオセンサーは医師が行う検査において非常に素早く、1分程度で反応を出すことができます。たとえば、早期発見が求められる敗血症は年間1,000万人以上もの命を奪っています。バイオセンサーによって早期発見できれば、多くの命を救える可能性があります。

―最後に日本企業へのメッセージをお願いします。

 日本には半導体などハイテク開発の豊かな歴史があり、私も過去のキャリアでその一端を担いました。私たちは、日本企業と一緒に働きたいと考えています。日本の企業の多くは、最先端技術を生み出し、世界を変えるという点で私たちと同じようなビジョンを持っているはずです。日本にいる素晴らしい経験を持つ企業とのパートナーシップはとても良いものとなるでしょう。



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