グローバルニッチの事業展開
社名の「オキサイド」は「酸化物」という意味だ。酸化物単結晶は、さまざまな産業分野で基板材料として使われている。オキサイドは、光学分野の高機能単結晶や関連装置を開発・製造しているメーカーだ。
事業の大きな柱は「光計測・新領域事業」「半導体事業」「ヘルスケア事業」の3つ。売り上げの約50%を占める半導体事業では、半導体検査装置向けの結晶と紫外線レーザーを販売している。同社によると、半導体検査装置向けの結晶は世界シェア95%を占めるといい、世界的な半導体需要の急増が一層、事業の拡大を後押ししている。
ヘルスケア事業では、PET(陽電子放出断層撮影)に搭載される単結晶の引き合いが増えているという。PET用の単結晶の製造は、アメリカのメーカーが20年ほど先行していたが、オキサイドは約6年前に日本の大手企業が撤退した事業を買い取り、世界シェアを広げている。
古川氏は「PET用の単結晶製造において、私たちは最後発の方ですが、結晶の高品質化と歩留まり率の向上で競合他社に比べて優位性があると思います」と説明する。PET検査はアルツハイマー型認知症診断への適用が広がる可能性も期待され、ヘルスケア事業の安定した成長が見込まれている。
同社が手掛ける光学単結晶の製造技術とはどのようなものなのか。古川氏は「もともと結晶はルビーやサファイア、水晶のように、地中で何万年もかけて作られます。それを私たちは人工的に作るのです。作りたい結晶の粉を集め、いくつかの元素を混ぜて溶かします。作る製品によって違いますが、約900度から3000度程度の温度で溶かし、それをゆっくり固めると結晶ができます。それが私たちの技術です」と語る。
片手に載る物から一升瓶ほどの大きさまで、さまざまなサイズの結晶を作ることができ、かつマッチ棒程度の小ささにも加工できる技術から、同社の製品はさまざまな用途に利用されている。「光と結晶で世の中を幸せにする」というミッションを掲げる同社は、結晶の製造をベースに、光学単結晶を加工し、ウエハ、チップ、光部品、レーザー光源、計測装置までの製造・販売を一貫して手掛けてきた。
その高い技術力が信頼につながり、各分野の顧客企業から用途に応じた結晶を作ってほしいという依頼は後を絶たない。製品の販売先の約7割が海外というグローバルニッチな事業を展開してきた。
Image: オキサイド
研究者から転じて起業、山梨県に拠点を置く
古川氏はもともと研究者だった。2000年にオキサイドを創業するまで、さまざまな経験を重ねてきた。1983年に日立金属に入社。1992年から約1年間、米スタンフォード大学の応用物理研究所で客員研究員として留学する機会があった。「当時はまさに大学発ベンチャーの先駆けで大学の研究を世の中に出そうという動きがあり、いいなと感じました」と振り返る。
日立金属時代、あるプロジェクトの製品化の過程で、アメリカの国立研究所が持つ特許がネックになり、結果的にプロジェクトは中止になった。納得できなかった古川氏らはその研究所を訪ね、「特許を使わせてくれないか」と相談すると、意外にも「ぜひ使ってください」と歓迎されたという。
「アメリカの研究所は国の税金で世の中の役に立つための研究をしているので、ぜひ使ってほしいと言われました。驚きました。約2年間、どうにかしてその特許を回避して製品化できないかとやっていた時間が結局無駄だったのだと分かりました」
「世の中の役に立つための研究」の製品化には条件があった。「アメリカでベンチャーをつくるか、ジョイントベンチャーでアメリカに還元してくださいと言われました。それでジョイントベンチャーをつくり、2年ほど取り組みました」。その後、古川氏は日本の国立研究所の研究員に転じたが、そこで日米の違いを目の当たりにした。
「当時の私の周辺では、ベンチャーやビジネスをやってはいけないという雰囲気でした。リスクというより、お金儲けをしてはいけない、というイメージが先行していて、研究者は基礎研究に専念せよ、という感じでした。今では、日本も研究成果を社会実装すべく国が支援していますが、当時はそういった制度もありませんでした」
一方で、国立の研究所は装置も潤沢で基礎研究に集中する環境は良く、古川氏の研究成果に関心を持った複数の企業が現れた。光の向きや波長を制御できる光学単結晶の製造技術は日本のメーカーにとっても非常に重要で、さまざまな実用化に期待が膨らんだ。だが、結局どの企業も製品化には至らなかった。
「これはもう『自分でやるしかない』と思いました。スタンフォード大の恩師に起業を相談したら、『人生で最大のリスクは何もリスクを冒さないことだ』と背中を押され、決意しました。それが結果的には非常によかったと思います。恩師には感謝しています」
古川氏は当時、新設されたばかりの国家公務員兼業制度を使って2000年にオキサイドを創業した。その後、2003年には国立の研究所を退職し、社長業に専念する。山梨県に本社を置いたのは、自治体の強い要望があったからだったという。山梨の昇仙峡はかつて水晶の産出地として有名で宝飾産業が盛んな地域だった。「オキサイドの結晶の事業は山梨の水晶とゆかりがあり、全面的に支援するのでぜひ来てほしい」と県の担当者の熱意をもとに本社を山梨に置くことを決めた。
Image: オキサイド HP
次世代パワー半導体の研究、エネルギー効率化で脱炭素を支えたい
創業以来、オキサイドは高機能単結晶の製造技術をコアに製品開発を進めるだけでなく、事業単位のM&Aで新たな技術を獲得し、優位性を拡大させてきた。2005年に三菱電線工業から波長変換光部品事業、2010年にマグネスケールからDUVレーザ光源事業および半導体検査装置事業、2015年に日立化成のシンチレーター単結晶事業、2018年Lumeras LLC(米国)の真空紫外レーザー事業を譲渡を受けた。
常に進化を目指す同社は、新領域事業として現在、原子炉の廃炉のモニターや医療用の全固体電池など約15の研究開発テーマに取り組んでいる。その中で最も力を入れているのが、次世代パワー半導体の研究開発だ。
2050年のカーボンニュートラル社会の実現に向け、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「グリーンイノベーション基金事業」の「次世代デジタルインフラの構築」プロジェクトで、オキサイドが参加するコンソーシアムの応募が採択された。
NEDOの同プロジェクトでは、EVの広がりや、産業機器・サーバーなどの電源機器で革新的な省エネ化が必要とされている分野で、次世代パワー半導体(炭化ケイ素:SiC、窒化ガリウム:GaN)のデバイス製造技術やSiCウェハ製造技術などを開発し、高効率化で変換器などの電力ロスを低減することを目指す。
オキサイドは、2030年までに次世代パワー半導体向けの超高品質8インチSiCウェハの社会実装に向けて、名古屋大学や結晶加工・評価を専業とする企業などとの産学コンソーシアムの幹事企業を務め、溶液法とプロセス・インフォマティクス技術を活用したSiC結晶成長技術の開発や大口径化への加工・評価の技術開発などに取り組む。
超高品質8インチSiCウェハの開発と製造が可能になれば、次世代パワー半導体の性能向上や安定供給体制、コスト低減につながり、電力エネルギーの変換効率の改善でカーボンニュートラルの実現に貢献できるという流れだ。
「SiCはシリコンとカーボンの組み合わせの半導体材料であり、私たちの社名の『オキサイド(酸化物)』とは違いますが、最近は社名の領域を超えて半導体やフッ化物に関する研究開発に取り組み、ビジネス領域は広がっています」と古川氏は説明する。
自身が取り組んでいた研究開発を自ら事業化することで、社会へのインパクトの広がりを見つめてきた古川氏。これまでの経営や2021年のIPOの経験などを基に、日本のものづくりベンチャーやハードテックのスタートアップを応援したいという強い思いも持つ。
「最近は大学発ベンチャーやバイオベンチャーがIPOする事例が増えていますが、私たちのようなものづくりの地味なベンチャーの上場はあまり例がありません。ハードテックのスタートアップは資本政策や営業面、法律面など、会社として対応しなければならないことが多いと思います。特に、技術については自社の基盤をしっかりしていないと、大手に特許を抑えられることもあります。自社のプロテクトすべきところなどぜひ相談してほしいと思います」
山梨から世界市場を相手にする高い技術を持ったオキサイド。古川氏は次の「オキサイド」の登場を後押しし、日本の技術とものづくりの進化につながるよう先を見据えているようだ。