目次
・「オペラ歌手の声でグラスを割る」ような技術
・「医療業界のiPhone」のようなデバイス?
・テック業界の重鎮たちが創業に反対した理由
・日本の医療機関や研究所がすでに注目
「オペラ歌手の声でグラスを割る」ような技術
―Openwaterはどのような課題を解決するスタートアップなのでしょうか。
我々はハードウエアテクノロジーを活用して、従来の製薬会社やヘルスケア企業の技術革新のスピードを遥かに上回りながら、患者一人当たりのコストもグッと抑え、的確な治療を行うことに取り組んでいます。
今日の長寿化と医療技術の進化に伴い、医療・健康保険料は各国で高騰しています。昨年12月にニューヨークでアメリカの大手保険会社のCEOが射殺された事件は記憶に新しいのではないでしょうか。犯人の「医学や保険業界は国民から利益を貪るのに、国民は(医療費が高すぎて)適切な医療を受けることができない」という動機を支持する人が少なくないのは、高所得者以外適切な医療を受けることができないという事実が背景にあります。
Openwaterはお腹や頭、手首につける「手のひらサイズ」のデバイス「Open-Motion 3.0」「Open-LIFU 2.0」を開発しました。これらのデバイスは赤外線や超音波、電磁波を活用し「細胞レベル」で病気を治療・診断します。例えば、がん細胞を死滅させたり、膠芽腫(脳腫瘍の一種)を寛解に導いたり、重度のうつ病患者を治療したりすることが可能です。また、脳梗塞の診断も可能です。脳梗塞の治療はスピードが命で、発症から医療機関への搬送が「2時間以内」でなければ死亡リスク・障害を負うリスクともに上がりますが、当社のデバイスを救急車等で常備すれば、迅速な診断が可能になります。

image : Openwater Open-Motion 3.0
我々が開発したデバイスにはこれまでのハードウエアが積み上げてきた最新技術の成果が詰まっています。例えば「Open-Motion 3.0」には、短パルスのレーザー光とホログラフィック検出システムを活用し、血流や細胞の微小運動、酸素濃度などの情報を高精度で測定できます。また、超音波や電磁波の位相を操作することで、周辺組織に害を与えることなく、細胞を個別に操作・破壊できます。例えるなら、「オペラ歌手の声(周波数)でワイングラスを割る」ような技術です。
まだ規制当局の承認は得ていませんが、研究開発用としてデバイス1個当たり1万ドルで販売しています。つまり、通常は何百万ドルもするMRIを使用することでしか診断不可能だった検査が、わずか1万ドルのデバイスで可能になり得ることを意味します。なお、当社のデバイスには、68件の特許を使用した技術が入っています。

「医療業界のiPhone」のようなデバイス?
―1個のデバイスで、コストを下げながら正確な診断・治療が可能となる理由は?
Openwaterは「ムーアの法則」に基づき、半導体技術の進化を医療分野に応用することで、従来の医療機器が抱えていた開発・製造コストの問題を解決しようとしています。
現在の医療機器は、規制当局の承認に時間と巨額の資金を要します。この長期的な開発プロセスが、医療技術の進歩を大幅に遅らせ、高額な治療費の遠因となっています。家電業界で例えるのなら、開発初期の大きくて重い携帯電話を今でも販売し続けているようなものです。
Openwaterは技術をオープンソース化することで、出荷までのスピードを飛躍的に高めています。我々が開発したデバイスを研究現場で使用してもらい、安全性データを共有することで、規制当局からの承認獲得を大幅に短縮する仕組みを構築しました。これにより、開発費500万ドル、開発期間2年半以内で商品を出荷することができたのです。従来の医療機器の開発は特定の企業が独占していましたが、我々はありとあらゆる研究機関や企業と連携することで低コスト・早期に医療機器の開発を実現できました。
「Open-Motion 3.0」と「Open-LIFU 2.0」は病気の診断・治療における汎用的なデバイスです。膠芽腫やがん、脳梗塞、うつ病まで様々な症状に対応できます。これらのデバイスを量産することで、iPhoneがさまざまな電子機器の役割を統合したように、Openwaterが医療現場で診断・治療の役割を一手に引き受けられると考えています。
Openwaterのデバイスを使用した顧客が、最初に規制当局の承認を得られるのはおそらく2025年中で、2026年にはさらに数社に広がる見通しです。

image : Openwater Open-Motion 3.0を頭部に装着した状態
テック業界の重鎮たちが創業に反対した理由
―Openwaterを創業したきっかけは?
私自身、10代から20代にかけて、脳腫瘍で苦しんだという経験があります。診断がなかなかつかず、物理学の博士号を取得するために車椅子に座り、20時間は寝ていました。当時、MRIによる診断はとても高く、私には支払いが困難でした。幸運なことに、大学の教授が費用を負担してくれたことで診断を受けることができ、手術を受けることができました。そのおかげで、今日も私は生きています。
私はその後、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)技術の先駆者として働き始めました。特に、裸眼で利用できるホログラフィック映像システムに取り組んでいました。その流れでFacebook(現Meta)に入社し、マーク・ザッカーバーグの下でVR・AR関連のプロジェクトを担当しました。
マークは、私の長年の夢である「医療分野への技術応用」を試みようとした際に、「規制が多すぎるからやめておけ」と言いました。
その後、Googleに入社し、大規模な消費者向けエレクトロニクスの開発を担当することになりました。私はもう一度、Googleの共同創業者であるセルゲイ・ブリンに、「医療技術の分野に進出すべきだ」と説得しました。しかし、セルゲイは「規制が厳しすぎる。医療分野には関わらない方がいい」と言い、プロジェクトは実現しませんでした。実際、彼の妻は、遺伝子検査サービスを提供する「23andMe」のCEOであり、医療業界の複雑さを誰よりも理解していました。だからこそ、彼も「医療業界に参入するのは無謀だ」と考えていたのです。
しかし、マークやセルゲイに説得されても、私は諦めませんでした。2016年、「何もしなければ、この状況は変わらない。もし成功すれば、世界を大きく変えられるかもしれない」と考え、Openwaterを創業しました。もちろん、失敗する可能性もありました。しかし、私は「この挑戦が成功したら、何億人もの人の命を救える」と確信していたのです。

image : Openwater Open-LIFU 2.0を手首に巻いている状態
日本の医療機関や研究所がすでに注目
―日本市場に進出する可能性はありますか?
すでに日本の医療機関や研究所からの注文が入っています。日本には素晴らしい企業や研究機関が多いので、ぜひ提携したいと考えています。特に、規制当局の承認スピードの遅さという問題は日米で共通したものですから、協業のチャンスも大きいでしょう。
―日本企業との提携を考えた時、理想とするパートナーシップの形態はありますか。
代理店でも研究開発でも、共同研究でも、資本提携でも、どんな形態もウェルカムです。医療業界の根本的な問題の解決を目指しているパートナーに出会いたいですね。