「建設プロジェクトは遅れるもの」――。この世界共通の諦念に、AIという光を投げ込む男がいる。ロンドン発の建設テック企業nPlan(エヌプラン)を率いるデブ・アムラティア(Dev Amratia)氏は、かつてシェルで大規模プロジェクトを率いたエンジニアであり、その後、英国首相顧問として国家のAI戦略を策定した異色の経歴を持つ。

彼が共同創業者のアラン・モスカ(Alan Mosca)氏と共にエヌプランを立ち上げ開発したのは、世界最大規模となる80万件(総額2.5兆ドル相当)に上る過去の工程データを学習した「プロジェクト予測AI」だ。

エヌプランの最大の特徴は、人間のプランナーが一生で経験する150件程度のプロジェクト数に対し、AIがその5000倍以上の「経験」からパターンの予兆を察知する点にある。工程表をアップロードするだけで、わずか1時間で遅延のリスク箇所を特定し、回避策までを提示するその圧倒的なスピード感は、シェルやシェブロンといった世界的企業を驚愕させてきた。

「70年前の銀行融資が担当者の『勘』で決まっていたように、今の建設投資も未だ不確実な恐怖に支配されている」とアムラティア氏は語る。AIによる「プロジェクト・スーパーインテリジェンス」の実現を通じて、インフラ投資をデータに基づく合理的な意思決定へと変貌させようとする同社の野心的なロードマップ、そして日本市場への熱い視線に迫った。


目次
シェルの10年間で直面した「経験の限界」
データが生む「人間を超えた」予測精度
モデル構築に6年、他社を引き離す「データ規模」
JRからゼネコンまで、日本市場への熱い視線
インフラ投資も「リスクの数値化」を

シェルの10年間で直面した「経験の限界」

―まず、ご自身のバックグラウンドと創業の経緯について教えてください。

 私のキャリアは、大きく分けて2つのフェーズから成り立っています。

 前半の10年間は、エンジニアとして教育を受けた後、シェルでプロジェクトマネージャーを務めました。4つの大陸を渡り歩き、大規模な建設プロジェクトの最前線に立ち続けてきました。しかし、その日々は葛藤の連続でもありました。私が携わったプロジェクトはどれ一つとして予定通りには進まず、予算は超過し、完成まで膨大な時間を要したのです。現場で痛感したのは、人間の経験や勘だけに頼ることの限界でした。

 その後、私はキャリアにおいて大きな転機を迎えました。英国のテリーザ・メイ元首相の特別顧問に就任し、新興技術のアドバイザーを務めることになったのです。そこで私は、2017年に公表された政府の「AI国家戦略」の策定を主導しました。

 現場で見た「建設プロジェクト完遂の困難さ」と、国家戦略の策定を通じて知った「AIの強大な可能性」。この2つが私の中で結びついたことが、2017年のエヌプラン創業の原動力となりました。

―共同創業者でCTOのアラン・モスカ氏とはどのように出会い、役割を分担されているのでしょうか。

 彼とは「アントレプレナー・ファースト(Entrepreneur First)」というインキュベータープログラムで出会いました。そこは、まだアイデアも会社もない段階の90人が一つの部屋に集められ、見ず知らずの他人と起業を目指すというユニークな場所です。

 アランの経歴は非常に興味深いものです。もともとはジェーン・ストリート・キャピタル(Jane Street Capital)などの金融機関で、マーケットメイキングに従事するクオンツ(計量的分析の専門家)としてキャリアを積んでいました。驚くべきは、彼はフルタイムで働きながら、夜間や週末の時間を使って機械学習の修士号と博士号を取得したことです。

 彼が博士課程を終えたタイミングで、私たちは出会いました。現在の役割分担は非常に明確です。アランはエヌプランの技術、研究、そしてプロダクトを司る「頭脳」です。一方で私は、営業、マーケティング、オペレーション、顧客対応、そして資金調達といった、組織の外向きの「顔」としての役割を担っています。

Dev Amratia
Co-Founder & CEO
英シェフィールド大学で航空宇宙工学の修士号を取得。2008年以降、Shellにて欧州・中東・米国の大規模エネルギー・建設プロジェクトに従事し、2015年にはBG買収統合プロジェクトを担当。2016〜2017年には英国政府にて首相特別顧問としてAI産業政策策定に関与。2017年、建設プロジェクトのリスク予測を目的にnPlanを共同創業し、CEOに就任。

データが生む「人間を超えた」予測精度

―エヌプランが解決しようとしている課題について、詳しく教えてください。

 エヌプランが取り組んでいるのは、建設プロジェクトをはじめとする「複雑なプロジェクト」における遅延の問題です。私たちの解決アプローチは、過去のプロジェクトが実際にどのように実行されたかをAIに徹底的に学習させることにあります。

 具体的には、計画された工程と、その裏で実際に何が起きたかという膨大なパターンを、スケジュール表やガントチャートから読み取ります。創業から8年が経ち、私たちが処理してきたデータは80万件を超えました。世界中で投下された約2.5兆ドル相当の資本プロジェクトに匹敵します。

 この膨大な「経験」を持つAIが現在進行中のプロジェクトを見ると、「このパターンは以前にも見たことがある。このまま進めば、ここで遅延が発生し、これが原因になる」と即座に指摘できるのです。単にリスクを突きつけるだけでなく、プロジェクトを改善するための具体的なアイデアまで提供するのがエヌプランの役割です。

―導入までのプロセスは、どのようになっているのでしょうか。

 非常にシンプルです。既存のプロジェクト計画書をシステムにアップロードするだけで、わずか1時間後にはすべての分析結果が得られます。

 もちろん、出力されたデータをどう解釈し、次のアクションをどう決定するかをユーザーが習得するには、通常3〜5日ほどの慣れが必要です。しかし、数カ月かけてコンサルタントがレビューしていたような作業が、AIの手によって極めて短期間で可視化されるインパクトは絶大です。

―収益モデルについても教えてください。

 1つ目は、遅延箇所を特定し改善策を提示する「予測・分析」モデルです。これはプロジェクトの複雑さに応じて料金が決まる仕組みで、私たちが創出する価値(リスク回避の規模)が大きくなるほど、対価をいただく形をとっています。ユーザー数や分析回数に制限はありません。

 2つ目は、最新の「スケジュール生成システム」に適用している消費型(トークンベース)モデルです。AIがガントチャートをゼロから作成したり、一部を修正したりする際の作業量(トークン数)に応じて課金します。

―具体的な成功事例として、どのようなものがありますか。

 米石油大手のシェブロン(Chevron)の事例が象徴的です。西オーストラリアで進められていたあるプロジェクトは、すでに遅延が発生しており、エヌプランの分析ではさらなる遅延が不可避であると示されました。

 チームが代替案を検討した際、エヌプランは「その案なら損失を5億ドルから3億ドルに圧縮できる」と評価しましたが、さらに踏み込んでAI独自のアイデアを提案したのです。それは「世界中の他社が同様の難局をどう乗り越えたか」という過去のデータに基づいた提案でした。

 AIが示したシナリオは、予測されていた5億ドルの損失を覆し、5000万ドルの利益を銀行口座に戻せる可能性を秘めたものでした。実際にはすべてのアイデアを実行できたわけではありませんが、AIの知見と人間のチームの知恵を組み合わせることで、何もしなかった場合とは比較にならないほど劇的な改善を実現しました。

モデル構築に6年、他社を引き離す「データ規模」

―競合他社についてはどのように捉えていますか。エヌプランの明確な差別化要因は何でしょうか。

 私たちより数年後に設立されたテクノロジー系の競合が1社存在しますが、決定的な違いはそのデータ量にあります。エヌプランが保有するデータは彼らの150倍にのぼります。この圧倒的な学習資源があるからこそ、アルゴリズムの信頼性と導き出される知見の深さにおいて、他の追随を許さない絶対的な優位性を保てているのです。

 しかし、私たちが世界各地で直面する真の競合は、他のテクノロジー企業ではありません。それは従来型の「人間によるコンサルティング」です。エヌプランが登場する以前、企業は経験豊富なコンサルタントを雇い、膨大な資料をレビューさせてリスクを洗い出していました。この伝統的な手法こそが、私たちがリプレイスすべき最大のライバルと言えます。

―競合他社がエヌプランのようなシステムを構築するのは、なぜ容易ではないのでしょうか。

 理由は2つあります。

 1つは「規模の経済」です。このビジネスはデータの蓄積が一定の臨界点を超える必要がありますが、私たちはすでにその地点を突破しています。

 もう1つは、この規模のデータを蓄積し、信頼に足るモデルを構築するまでに6年という歳月を要した点です。今から誰かが参入しようとしても、私たちはすでに数年先を走っています。

―現在の事業成長と、今後1〜2年で目指す主要なマイルストーンを教えてください。

 現在、エヌプランのシステム上では世界11カ国、総額5,300億ドル相当のプロジェクトがリアルタイムで稼働しています。事業成長も加速しており、過去3年間のプロジェクトロード数の伸び率は前年比1.9倍、2.6倍、そして直近では3.4倍へと拡大しています。

 今後取り組む大きなマイルストーンの一つは、公共インフラプロジェクトにおける「AI活用義務化」の働きかけです。現在、英国や米国の州政府に対し、公的資金を投じるインフラ整備において、プロジェクトのリスクを科学的に理解するテクノロジーの使用を要件とするよう提案を続けています。これが実現すれば、日本を含む先進国における最大の市場である公共セクターへの展開が一気に加速するでしょう。

 技術面では「プロジェクト・スーパーインテリジェンス(Project Superintelligence)」の実現を目指しています。これは、AIがスケジュールやコストだけでなく、人事、財務、安全、環境といったプロジェクトにまつわるあらゆる要素を統合的に理解し、未来を予測する状態を指します。

 ChatGPTやGeminiのような既存の生成AIは、主に過去の情報を要約することに長けています。しかし、私たちの関心は常に「未来」にあります。AIがプロジェクトで起こりうるすべてを見通し、人間に最適な判断材料を提供、あるいは人間に代わって自律的に調整を行う。それが建設業界に私たちがもたらす次のイノベーションです。

Image : nPlan

JRからゼネコンまで、日本市場への熱い視線

―日本市場のポテンシャルをどのように評価していますか。

 日本は非常に成熟したプロジェクト市場であり、エヌプランのソリューションを受け入れる準備が整っていると考えています。日本には経験豊富な人材が揃っている一方で、大規模プロジェクトの遅延という課題は今なお継続的に発生しています。

 多くの企業は、計画通りに進まないことへの危機感を抱いており、「同じ失敗を繰り返さないための解決策」を渇望しています。日本の大手事業者が持つ向上心と市場の規模を鑑みても、極めて魅力的なマーケットです。

―具体的に、どのような日本企業とのパートナーシップを想定していますか。

 主な対象となるのは、JRや日本道路のようなオーナーオペレーター、あるいは日立製作所、日揮、千代田化工建設といった大規模エンジニアリング企業、そして鹿島建設、大林組、清水建設といった日本を代表するゼネコン各社です。

 私たちにとって最良のパートナーとは、単なる提携先ではなく、潜在的な顧客でもある大規模インフラプレイヤーに他なりません。資金調達面については、直近で1,800万ドルの資金調達を完了したばかりで安定していますが、日本市場に深い知見を持ち、戦略的な付加価値をもたらしてくれる投資家であれば、対話の余地は常にあります。

インフラ投資も「リスクの数値化」を

―5〜10年先を見据えた、長期ビジョンについて教えてください。

 私たちのビジョンは、「世界が、目に見えないリスク(隠れたリスク)によって制約されない未来を構築すること」です。

 例えば、100億ドル規模の橋を建設する決断を迫られた際、それが国家の首相であれ民間投資家であれ、予算や納期が守られる確信が持てなければ、恐怖と不安に支配されてしまいます。その結果、「もっと調査を」「さらに報告書を」と、意思決定が先延ばしにされ、世界のインフラ投資が停滞してしまうのです。エヌプランのテクノロジーは、アルゴリズムによってコストと期間を高い精度で予測し、リスクを定量化することで、この停滞を打破します。

 かつて銀行のローン審査は、銀行の支店長が顧客と対面し、その人柄を見て感覚的に判断していました。しかし今日、誰も支店長に会う必要はありません。コンピューターに情報を入力すれば、アルゴリズムが背景を分析し、貸出額と金利を自動的に算出します。これはまさにリスクの数式化です。

 インフラや大規模建設の世界でも、これと同じことが起こるべきです。データに基づいた客観的な「リスク方程式」によって、誰もが自信を持って未来への投資を決断できる世界。それが、エヌプランの描く未来の姿です。

Image : nPlan HP



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