巨大勢力に対抗すべく会社を設立 「みんなのエージェント」を目指す
――阿南様のご経歴とNexTone代表になるまでの経緯を教えてください。
私は36年前にCBS・ソニーグループ(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入りまして、アーティストの契約や著作権周りの仕事をずっとしてきました。その後、音楽配信や着うたサービスに携わったり、Music on TVという音楽専門放送局の取締役を務めた後、2007年にエイベックス・グループ・ホールディングス(現エイベックス)に移りました。ここでは、法務部や契約部、国際部、経営企画部などを管掌して、2014年にエイベックス・ミュージック・パブリッシングの社長となりました。2015年からは、イーライセンスの社長を兼務するようになりました。
元々、日本の音楽著作権管理事業は国のお墨付きを得て運営されていたJASRAC1社が行っていたのですが、2000年に著作権法が改正され、音楽著作権管理業が民間にも開放されました。一社独占状態が長く続いたため競争原理が働かず、さまざまな課題が山積していたからです。
これを機に、28社が音楽著作権管理業に新たに参入したのですが、JASRACはとても長いこと日本の著作権管理に貢献してきましたし、後発の業者は資金力や規模など全てにおいてかないませんでした。
他社がシェアを獲得するのは容易ではなく、結局生き残ったのは当社の前身である2社、イーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランスだけでした。とはいえ、当時のシェアは2社合わせてもせいぜい2%程度でした。そこでエイベックスが音頭をとってこの2社を合併させることにしたのです。
2016年にNexToneが発足し、私が同社代表取締役CEOに就任することになりました。強大な与党に対して、野党連合を組んだ形です。ただ、エイベックス色が強すぎると、他のコンテンツホルダーから協力が得られにくくなることも考えられます。それではJASRACに対抗することはできません。ですので、できるだけ早くに多くの企業から資本を集めてエイベックスの資本を徐々に減らし、パブリックカンパニーとして「みんなのエージェント」を目指そうと考えました。
そこで私は、自分の古巣であるソニー・ミュージック・エンタテインメントや、アミューズ、コーエーテクモホールディングスなど、今当社の株主になってくださっているコンテンツホルダーたちに、資本参加を声掛けしました。「将来、会社を上場するので作品を供給してほしい。資本を持ってオーナーとして仲間になってほしい」と働きかけました。
その後エイベックスを退職してNexToneの上場準備に入り、2020年に東京証券取引所マザーズに上場しました。結果的に、早くから多くのみなさんにオーナーになっていただいて上場できたのが、会社にとって非常によかったと考えています。
強みを掛け合わせ、1+1=2よりも大きな効果を生んだ合併
――イーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランスそれぞれの強みと、合併することで生まれた最大の効果についてお聞かせください。
イーライセンスはエイベックスの作品はもちろん、他にもゲーム系、アニメ系、それからネットクリエイター系、ボカロPなどのジャンルに強みをもっていました。
一方、ジャパン・ライツ・クリアランスは、元々シンガーソングライター系、ロック系の事務所が30社ぐらい集まって作ったプロダクション連合です。中心となる組織は、例えばスピッツや浜田省吾が所属するRoad&Sky group、L'Arc〜en〜Cielなどが所属するマーヴェリック・ディー・シー・グループ、アミューズなどです。つまり、ヒット曲が安定して供給される土壌を持っていたということです。まったく競合しないところに2社それぞれの強みをしっかり築いていたのが、非常に良かったと考えています。
また、互いの足りないところを補い合えたのもプラスになっています。例えば、いまNexToneの取扱高で4割を占める「デジタル配信の流通」を担うデジタルコンテンツ・ディストリビューション業務(以下、DD)や、キャスティング事業に関しては、ジャパン・ライツ・クリアランスでは全く取り扱っていませんでした。しかし、イーライセンスが得意としていたジャンルの方に、DDやキャスティング事業に特に親和性が高いアーティストが続々と入ってきたことで、非常に大きく業績を牽引してくれています。
こうした相乗効果により2社の合併が1足す1ではなく、掛け算になったのがNexToneの大きな強みとなっています。
Image:NexTone HP
作家の意向を活かす著作権管理と宣伝、キャスティングまでサポート
――NexToneの著作権管理方法で、これまでの業界での慣例と大きく違うのはどのような点でしょうか。
これまでは「信託譲渡契約」が当たり前でした。「信託譲渡契約」とは、著作権を全部自分たちに譲渡してもらった上で、著作物を管理する方法です。この方法だと、例えば海賊盤が出た時に、著作権管理団体が訴権者として、作家に代わって訴えを起こせるメリットがあります。しかし仮に、アーティストがチャリティや街の音楽教室での楽曲利用を無料にしたいと思ったとしても、その意向を反映させることができません。
このことに不満を抱いているアーティストや音楽出版社が実は非常に多かったのです。そこで我々はアンチテーゼとして、著作権は作家や音楽出版社に残したまま運用する方法をとることにしました。アーティストや音楽出版社から、こことここは著作権をとらないでほしいとか、こちらは減額してほしいと言われれば、その通りにします。こうした柔軟な対応をしていくことによって、特にシンガーソングライターからの厚い支持を得ています。
またJASRACは、サンプル版や宣伝行為に楽曲を使う際も著作権料をとっていたのですが、我々はそのようなことはしません。ここも大きな違いですね。
――先ほど、DDのお話が出ました。著作権管理とその他の事業の構成比率などを教えてください。
本業の著作権管理が取扱高の55%を占めています。DDの原盤配信が全体の40%程度でしょうか。この割合は、売上に換算すると逆転します(※)。DD業務では、楽曲ではなくてアーティストのデジタルコンテンツ、音源や映像をお預かりして、SpotifyやApple Music、Amazon Musicなどに一斉に配信をお願いする、そのとりまとめをやっています。
(※)著作権管理;売上=取扱高のうち当社手数料分のみを計上。DD;売上=取扱高の全額。
その他、キャスティング事業を行っています。こちらは新型コロナの影響で取り扱いが減っているものの、ライブの協賛金を企業から出していただいたり、CMのタイアップを獲得したり、映画館でのライブ生中継配信をするライブビューイングや、家庭向け配信ライブなどのコーディネートを行っています。
後発企業なので、ストック型のビジネスとはいえ、ただ待っているだけでは差別化ができません。「私どもに楽曲を預けてくださったら、配信もお手伝いしますし、ライブビューイングもやってタイアップも獲得します。」と、とにかく楽曲にできる限りの付加価値をつけることを考え、1曲あたりの経済的価値を上げる工夫をします。そういうことを目論んでこの事業を始めてみたら、特にDDの方はとてもうまく回転するようになりました。
オリジナルのシステムで日々膨大なデータを正確に管理、活用
――著作権の管理はすごく膨大なデータを扱うと思います。デジタルデータを取り扱うシステムは自社で構築されているのでしょうか。
はい。お預かりしている著作物がどこでどれだけ使用されているのか確認するために、日々膨大なデータの処理をしなければなりません。放送は24時間365日、YouTubeに至っては1秒で5万時間分の投稿がなされていると言われています。それらのデータを取得して該当する楽曲や動画がどれだけ流されているか集計をとるわけです。当社では、音楽とシステムの両方ともよくわかっているエンジニアが自前でシステムを作っており、これは当社の強みの1つになっています。
我々は前身の時代からデジタル化を進めていて、2015年に放送が全部デジタル化された時にも最初から対応できる仕組みができあがっていました。そういう意味では一日の長があります。他社が新規参入してきて、全放送局250社から出てくるデータや、YouTube、Amazon Music、Spotify等からそれぞれ届く楽曲や動画などの使用データを仕分けしようと思っても、容易にできることではないでしょう。
――デジタルでの音源使用がここ近年加速度的に増えている実感があります。元々予測していたことなのでしょうか。
だいぶ前から未来を見据えていました。CDやDVDが売れても、我々が受け取れる手数料は5%ですが、放送やネット利用などだと9.5%いただいております。パッケージを売ることでネットでの利用が伸びれば利益率が上がる、という収益形態は想定していたものです。
ただ現在、日本のユーザーが音楽や動画に投じている金額はパッケージが7割、ネット系が3割くらいです。IFPIという国際レコード連盟の資料によると、日本を含む全世界で2015年にストリーミング元年と呼ばれる潮流が起こって、ストリーミングの売れ行きが急速に伸び始めました。パッケージの落ち込みを補って余りあるV字回復を見せています。日本は2015年以降デジタルが伸びてはいますが、微増減を繰り返していて、まだまだパッケージの割合も高いです。
日本はこのようにガラパゴスな状態です。欧米と比べて大体10年遅れで潮流がやってくると言われていますので、2025年頃にフィジカルとデジタルが逆転するだろうと思っています。これは過去の歴史的な経緯からして、まず間違いないでしょう。デジタル配信の市場は必ず成長するはずです。
Image: NexTone
まずはシェア50%獲得が目標 音楽業界のマルチエージェントへ
――成長が続くと予想される中での、貴社のマイルストーンを伺いたいです。
著作権管理業務でシェアの半分を取りたいと思っています。今はまだたった6.8%ですが、10年ぐらいの間で実現させることを目指しています。金額にすると600億円です。これが実現するとDDやキャスティングといった周辺事業も伸びていくはずです。これらの取扱高を今と同じ全体の4割と考えたとして、合わせて1,000億円になります。
――シェア50%獲得に向けた戦略を教えてください。
新規事業の立ち上げやM&Aなども頭の中にはあります。しかしこれから3年ほどは、今までやれてなかった基礎的な作業、埋蔵金の掘り起こしに注力したいと考えています。
埋蔵金とは何かと申し上げます。2021年の日本のシングル&アルバム年間売上チャートを見ると、当社が管理している楽曲が1曲も入っていません。こんなことは10年ぶりです。内訳を見ると、1位から10位まで全部アイドルグループが占めています。実は我々はこれまで、アイドルについてはほぼ全く営業していませんでした。
なぜなら、アイドルに提供した曲に対して作家は、その時点で自分の手を離れてしまうので、減額や免除などの柔軟な管理を望んではいない場合が多いだろうと考えたからです。アイドルに提供された楽曲は、一般的には作家の作品としてよりも、そのアイドルの曲として世間に認知されますからね。
それに、アイドルの楽曲の著作権を取り込んでいかなくても、音楽の潮流はシンガーソングライターやアーティスト色の強い方に流れていくので、このやり方でも50%のシェアは獲得できると考えていたのです。しかし、チャートを見て、やはりアイドルの領域に対しても営業を促進していく必要があると感じました。今後は積極的に営業を仕掛けていきたいと思っています。
放送局が権利を持つ楽曲に対しても働きかけをしていきます。ある大物アーティストの楽曲はほとんど当社が管理させていただいているのですが、アルバム15曲のうち3曲は他社で管理されているという現状があります。それはなぜかというと、民放キー局のドラマのタイアップがついた曲の著作権は放送局傘下の音楽出版社に属することが多いからです。また、株主に所属されている大物アーティストでまだ我々の取扱いがない方もいらっしゃるので、株主のみなさんとお話していきたいと考えています。
先ほども少しお伝えしましたが、我々は早くから独自のシステムを構築しており、システム開発専門の子会社も持っています。そこで作ったシステムが、著作権使用料分析ツール「croass」(クロアス)です。これは委託者単位で利用区分ごとの使用率やシェア率、ランキングなどさまざまな指標でクロス集計ができる、非常に優れた機能を持っています。
これらデータを利用すれば、例えば1つのエリアで極端に頻繁にオンエアされている曲があることがわかった時には、そこからツアーをスタートさせることにしたり、利用者属性も一部アンケートで分かるので、マーケティング活動にも活用したりできます。
ほかにも、当社が作成する印税明細書の精緻さ、誤分配がほぼないことなども優位性だと考えています。ビッグデータを使って透明性の高い運営をしていることを、みなさんにアピールしていきたいと思います。
アーティストや作家には創作に専念していただいて、「著作権の許諾や配信の手配、ライブ配信など手間がかかることは全部当社に任せられる」と思っていただける「音楽業界のマルチエージェント」を目指してこれからも邁進していきます。