戦略から開発、事業成長まで デジタルコンサルティングで一気通貫
モンスターラボホールディングスは「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」というミッションを掲げている。エンジニアやクリエイターなど、多様な人材が集まるグループの従業員は約1400人、国籍数は70以上に上るという。
鮄川氏は事業概要について「大きく2種類の事業があります。メインはデジタルコンサルティング事業で、企業や自治体のDXを世界中のエンジニア、クリエイターを活用して実現するということをやっています。もう一つが自社のプロダクト事業で、マーケット共通の課題に対して自社のプロダクトでソリューションを提案します」と説明する。
主力のデジタルコンサルティング事業が同社の売り上げの約9割を占める。顧客は、日本の大手企業をはじめ、イギリスやデンマーク、ドイツなどの欧州や、北米、中東の企業など幅広い。「例えば、新規事業の相談から始まり、顧客のイメージをどう具体的なプロジェクトに落とし込むか。ビジネスコンサルの時からエンジニアやデザイナーも入って早い段階で仮説を立て、戦略を立てていきます。プロダクトをローンチしてからも顧客のフィードバックを得ながらブラッシュアップしていくやり方が我々の強みです」と、鮄川氏は一気通貫した体制を語る。
プロダクト事業は、マーケット共通の課題などに対して自社のプロダクトをソリューションとして提案している。「例えば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で間接業務を自動化するプロジェクトなどに取り組んでいます。プロダクトとして、例えば、飲食チェーン店など向けに、店内でセルフオーダーできるキオスク端末やモバイルオーダーなど横断的にできる飲食業界向けの注文プラットフォーム『Koala』があります。こちらはアメリカを中心に展開しています」
同社の2200件を超える開発実績には、日本郵便やLIXIL、クボタ、大日本印刷、ANA Cargoなど、日本の大手企業をクライアントとしたさまざまな取り組みが並ぶ。
また、NY発のバーガーを中心としたファストカジュアルレストランShake Shack(シェイクシャック)のオンライン注文プラットフォームや、世界的なエレベーター会社OTISのIoTプラットフォーム、シンガポールの観光施設Gardens by the Bayの公式アプリのフルリニューアルなど、世界各地の拠点を活かしたプロジェクトの実績を誇る。
「Shake Shackでは、人件費の削減だけでなく、顧客単価が15%増加しました。消費者がタブレットで注文することによって、その人の性別や年齢など属性に基づいたレコメンデーションにより顧客単価の向上につながっています」と鮄川氏は語る。
クライアントのビジネスを成功に導くために、ビジネスの設計・企画から、UX/UIデザイン、ブランディング、システム開発、アプリ開発、成長戦略というあらゆる面でのサポートが同社の強みだ。
M&Aとオーガニックで拠点広げる ガザでは雇用創出の取り組みも
創業から16年で既に数多くの世界展開を手掛けるモンスターラボホールディングスだが、どのように拠点を広げ、事業をスケールさせてきたのか。
2006年の創業時は音楽配信事業からスタートした。鮄川氏は「私の弟が音楽をやっていたり、周りに音楽好きが集まっていたりということや、自分自身も聞く側としても音楽が好きでした。ただ、当時は、大手のレーベルなどを通してでないとなかなか情報が入ってこない。インターネットなら多様な才能が音楽を生み出し、聞く側もCDやレコード店に行かなくてもアクセスして自分の好きな領域の音楽に触れることができる。そういう場を作りたいと思いました」と振り返る。
個人向け音楽配信サービス「monstar.fm」、店舗BGMサービス「MONSTAR.ch(モンスター・チャンネル)」などを展開しながら、2011年に最初の開発拠点として、中国・成都に子会社を設立した。
「日本では人口減少や高齢化が加速しており、エンジニアが圧倒的に足りないという状況がありました。一方、東南アジアをはじめ、アジアには若い才能がたくさんいます。日本と中国だけでなく、事業をグローバルに広げていこうと考えたのが2014年頃です」
デジタルコンサルティング事業のAPAC展開を始め、ベトナムやフィリピン、バングラデシュという風に東南アジアを中心に開発拠点を広げた。2017年以降はヨーロッパで、2019年はアメリカにおいて、M&Aを機に拠点を増やしてきた。
「マーケットの拡大と人材の獲得、両方で進めてきましたが、マーケット拡大の面でいうとアジアはほとんどオーガニックで、日本から中国やシンガポール、タイというふうに、自分たちで進出してきました。一方、ヨーロッパやアメリカに関しては、世界的なDXの動きを踏まえたグローバルコンサルを目指す上で、大市場である欧米への展開は必須であり、M&Aを起点に展開してきました」と鮄川氏は説明する。同社のM&Aの実績は2022年6月時点で11件に上る。
例えば、デンマークのコペンハーゲンに本社がある会社のM&Aをへて、イギリス・ロンドンに進出。そこからドイツ、オランダと市場を拡大させてきたという。中東への展開も同様だ。北米ではニューヨークの会社を買収後、開発拠点を南米コロンビアのボゴタに作り、カナダのバンクーバーにもオフィスを置いた。ヨーロッパでは、開発拠点をチェコや ウクライナ、ポーランドに構えている。
「我々の事業はアジャイルの手法を取り入れており、やはり世界展開の上でも、ある程度同じタイムゾーンでチームとして仕事に取り組むことが必要になっています。ヨーロッパやアメリカの市場を考えた時、エンジニアのデリバリーセンターとしては、優秀な若い人材が多くて、かつコストも安い国の方がいい。そうすると、わりと自然なこととして、ヨーロッパの中なら東欧、アメリカなら南米が開発拠点に適しています。場所の選定はそういったロジカルな形で決めています」
鮄川氏自身、1年のうち、約3分の2は海外を飛び回る生活だ。コロナ禍で日本に滞在する時間が多少増えたものの、「1年の3分の1は日本、3分の1は自社の拠点がある国、残り3分の1は新しいマーケットを回るというような時間の使い方をしています。それぞれの国の拠点のリーダーや顧客、パートナーと顔を合わせたり、チームで交流したりすることで、マーケットの事情を理解することもできますし、組織やチームの状況を知ることができます」
グローバルに事業展開する上で、トップ自身が新しい市場の競争環境や現地のカルチャーを理解することは経営判断の上で欠かせないという。
一方、ソーシャルインパクトを重視した活動にも取り組んでいる。2022年3月に、パレスチナ・ガザ地区でエンジニアチームのオペレーションを開始した。もともと独立行政法人国際協力機構(JICA)の「難民等の雇用・人材育成を通じた経済的自立のためのソフトウェア開発ビジネス(SDGsビジネス)調査」をきっかけに始まった取り組みで、現地のパートナー団体とともにガザ地区のエンジニアの育成を行い、就業機会の提供を実現するスキームを組んでいる。
「ガザは閉鎖的でなかなか移動もままならない環境の上、失業率は60%を超えている状況です。ソフトウェア開発は、パソコンとインターネットがあれば、世界のどこからでもできる仕事なので、雇用を創り出せるよう貢献していきたいと考えています」と鮄川氏は語る。
Image: モンスターラボホールディングス HP
グローバルとローカル 地方都市の可能性広げる 大企業とも幅広く連携
創業以来、大きく事業を成長させてきた最大の理由を、鮄川氏はこう分析する。「やはり、世界全体でDXの市場が大きく成長していることです。あらゆる産業のあらゆる企業がデジタルを活用してどう生き残っていくか、どうやって自分たちを変革していくかということが求められる時代になっている点が大きいです」
その急速なDXの流れの中で、同社は過去5年で年平均成長率40%を実現してきた。「当社は早くから新しいテクノロジーを取り入れてきました。以前は市場がそれほど大きくなかったスマートフォンアプリといった領域で、スマートフォンが発売された初期の段階から開発に取り組んできたことが実績につながっています」という。
では、日本の大企業のDXの動きを鮄川氏はどう見ているか。
「以前は、社内の基幹業務システム、会計システムを開発する担当部署として、大手企業にはシステム部がありました。もちろんそういった部署は今もありますが、最近はやはり売り上げをどう作り、事業を成長させていくか、本業の中にデジタルをどう活用していくか、という動きが加速しています。特に、この3年ほど、新型コロナの影響もあり、日本企業の危機感が高まり急速に需要が高まっていると言えます」
これまで地域の支店やリアル店舗にあった顧客接点がモバイルアプリに移行していくといった、大きな変化が起きている中で、「例えば自社の事業の顧客体験をどうDX化していくか、そこが日本企業の大きな経営テーマになっています」と鮄川氏は指摘する。
その上で、「ものを作るという開発の部分だけではなく、ビジネスコンサルからプロジェクトのUXやサービスデザインの向上といった点も踏まえ、海外・国内から多様なスキルや人材が集まっている点に当社の強みがあると思います」という。
日本では顧客の大半が大企業であり、既に資本や業務の提携をしている企業もある。今後もDXの実現を推進していくために、さまざまな業種や、DXサービスを提供している企業とのコラボや連携をオープンに捉え、前向きに考えていくという。
また、同社は海外展開だけでなく、仙台、神戸、松江、出雲、福岡、名護といった国内の地方都市にも拠点を置いている。「グローバル展開と日本の地方活性化、地方創生は相反することではないと思っています。海外か日本かという二択ではなく、多様性を生かすというコンセプトを考えた時、日本の地方からも世界で仕事できるチャンスが生まれたり、生活環境・自然環境が豊かな場所からいいものが出てきたりする可能性が広がると考えています。『グローバルとローカル』は二項対立ではなく、グローバル化することによってローカルの力が活きることになり、日本のこれからの発展があると思っています」
Image: モンスターラボホールディングス HP
多様性がイノベーションを生む ウクライナの再建にも貢献したい
世界各国に拠点を設け、事業を展開するモンスターラボホールディングス。近年日本でも定着してきた「多様性」というキーワードを創業当初からミッションに掲げた理由の1つに、鮄川氏は「やはり新しいものやイノベーションを生み出すには、国籍も含めさまざまなバックグラウンドの人たちが集まることで実現すると考えています。我々の組織自体も多様性を持ちたいと創業当初から思っていました」と説明する。
そして、鮄川氏は将来的な目標として、「DXコンサルティング企業として、世界のトップテンに入るような会社にスケールしていきたいです」と先を見据える。
これまでコンサルティング業界でグローバル展開しているのは欧米の企業が中心だったが、「これからはアジアの成長率が欧米よりも高くなっていきますし、最近は中東もエネルギー依存から脱却していくという大きな転換期を迎えています。そのアジアや中東というグロースマーケットで、モンスターラボホールディングスがDXでナンバーワンという会社にしていきたいです。引き続き、多様な人材が集まる組織としてさまざまなものづくり、開発や顧客へのサポートを実現することで、ソーシャルインパクトを出せる会社になっていきたい」と語る。
多様な人材、スキルが集まる中でイノベーションが生まれやすい環境が広がる一方、各国に拠点を持つ組織の運営は複雑度が増していく。「グローバルなオペレーションの最適化や、M&Aした会社の組織カルチャーのインテグレーションなど、多様性を残しながらも、効率化やナレッジの共有でグローバル企業としての強みを生かしていきたいです。個別性とインテグレーション、アントレプレナーシップと組織としてのバランスなど、難しいですが、すごく大切な部分です。終わりなき追求だと感じます」という。
今後も各地に拠点は増えていくだろうと語る鮄川氏。世界各国、訪れた国の中でお気に入りはどこかと聞くと、「素朴な感じがする場所が好きです。気軽に行ける所ではないですが、パレスチナはすごく好きですし、アルメニアやバングラデシュも好きです。もし、数年間住むならウクライナのキーウを選びます」と答えた。
モンスターラボホールディングスは2021年12月、開発拠点としてウクライナのキエフとリビウの2拠点への拡大を発表した。2022年2月のロシアのウクライナ侵攻を受け、同社は従業員の避難をすぐに実施し、同年3月には「多様性を尊重するグローバル企業として、ウクライナを人道的、非軍事的に支援する方法を模索していくことが、私たちの責任であると考えております」と方針を発表した。
鮄川氏は「これからも現地の社員をケアしていきます。一刻も早くこの戦争が終わってほしいです。戦争が終わったとしても経済へのダメージは大きいと思いますので、ウクライナの再生、再建に貢献していきたいと考えています」とメッセージを語った。