新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機にオンライン診療への注目が高まる中、早期から参入したMICIN(マイシン、本社:東京都千代田区)が快走している。同社はオンライン診療サービス「curon(クロン)」を提供し、全国6,000軒を超す医療機関が導入。さらに、オンライン診療サービスにとどまらず、医薬品の臨床開発デジタルソリューション事業や、病気の治療・管理・予防をモバイルアプリやITサービスとして患者に届けるデジタルセラピューティクス事業、さらには保険事業まで、幅広く展開している。DXによる医療現場の改革を進める同社の原 聖吾CEOに各事業の特長と今後の展望を聞いた。

目次
研修医時代に感じた医療改革の必要性
予約から診察までをオンラインで完結できるサービス
コロナ禍を契機に注目集め、利用者は3倍増
新規プレイヤーだからできること、できないこと

研修医時代に感じた医療改革の必要性

―MICINを創業された経緯についてお聞かせください。

 両親が医師だったこともあり、私も医学部に入りましたが、研修医として働きだした頃に、妊婦のたらい回しや医療過誤が社会問題化し、「医療崩壊」の声も聞かれるようになりました。現場では優秀な先輩医師たちが、寝る間も惜しんで懸命に働いているのにも関わらずです。患者にとってあるべき医療が提供されていないのは、個々の医師の問題ではなく、医療システム自体に問題があるからではないかと考えるようになりました。

 そこで、よりよい医療の仕組みを求めて医療政策に取り組むシンクタンクに籍を移し、さらにアメリカに留学してMBAを取得した後、起業を目指しながら、マッキンゼーで医療担当のコンサルタントなどを務めました。その間に、いい仲間との出会いもあり、また政府が遠隔医療の推進を打ち出すなど、医療を取り巻く環境が変わり始める状況になったので、2015年にマイシンの前身となる情報医療という会社を立ち上げました。

原 聖吾
代表取締役CEO
2006年東京大学医学部卒業。国立国際医療センターでの初期研修の後、日本医療政策機構を経て、スタンフォード大学院でMBAを取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2015年にMICIN(旧情報医療)を創業。厚生労働省「保健医療2035」の事務局で、2035年の日本における医療政策についての提言策定にも従事。

―御社は現在、様々な事業を展開していますが、創業後どのような形で事業を広げてきたのですか?

 創業時から当社が手掛けているのがオンライン診療サービスで、これまで対面に限られていた診療をより多くの人に提供できます。当社は「医療をもっと身近に簡単に。健康医療データから一人ひとりの生き方に新しい選択肢をつくる」をミッションに掲げていますが、まさにそれを具現化するサービスです。また、我々は良質な医療サービスを提供するには、患者さんの疾患や健康に関するデータの蓄積と活用が必須であり、患者さんと医療機関のやり取りがデジタルデータで行われるオンライン診療がその入り口になると考えています。

 ですので、オンライン診療で培ったノウハウを活かし、医薬品開発の最終段階で人に対して試験を行う治験のプロセスをデジタル化することや、患者さんの特性や症状に関するデータを利用して、病気の治療・管理・予防をモバイルアプリで支援するデジタルセラピューティクス事業を展開するようになりました。さらに、医療データを解析して持病のある方でも加入できる保険商品を当社の子会社が手掛けるなど、事業の幅がどんどん広がっています。

image: MICIN

予約から診察までをオンラインで完結できるサービス

―事業の特長について、詳しくお聞かせください。

 まず、オンライン診療サービスですが、医師が診療中に情報を入力する手間を軽減する業務効率化 SaaSと、患者向けのスマホアプリで構成されるプラットフォーム「curon(クロン)」を提供しており、病院の予約から診察、処方、決済、薬の配送までをオンラインで完結させることができます。クロンを使えば、病院が遠方にあって毎回通院するのが大変な患者さんや、感染症が流行している中での通院が不安な患者さんなどが、交通費や移動時間もかけずに診療を受けることができます。

 また、キャッシュレス決済サービスの「クロンスマートパス」は、スマホ1つで病院での受付や会計、薬の受け取りを済ませることができます。病院で受診する際、患者さんが大きなストレスを感じるのが受付や会計の待ち時間の長さです。診療の前にまず受付で待たされ、診療後にまた会計待ちをしなければならず、いつ家に帰れるのか見当がつきません。しかし、クロンスマートパスを使えば、QRコードで簡単にチェックインでき、会計はネットで自動決済されるので、待ち時間を大幅に短縮できます。

 薬局向けのサービス「クロンお薬サポート」は、薬局薬剤師がビデオ通話やメッセージを通じてご自宅にいる患者さんに服薬指導を行うことができるオンラインサービスで、患者さんごとに適したフォローアップを実現します。さらに、処方箋画像を事前に薬局に送信すると、調剤完了の通知がLINEやメールで届くため、薬局の待合室での待ち時間を有効に活用できるようになります。一方、クレジットカード決済や薬の自宅配送のサポートも行うので、薬局の業務も効率化されます。

―臨床開発デジタルソリューション事業は製薬会社や治験を受ける患者さんにどんなメリットをもたらしますか?

 症例の少ない希少がんなどの新薬の臨床試験は、限られた医療機関でしか行われないため、遠方に住んでいる患者さんは治験に参加したくても、通院にかかる移動時間や身体的・経済的負担が大きく、断念せざるを得ないケースがあります。しかし、クロンのノウハウを活かした当社のDCT(分散化臨床試験)プラットフォーム「MiROHA(ミロハ)」を導入することで、自宅にいながらオンラインで診療を受けることができ、患者さんの来院負担が軽減されます。一方、製薬会社にとっても、より多くの患者さんに治験への参加を呼びかけ、被験者層の間口を広げられる上に、治験データマネジメント業務をデジタル化することで、新薬の開発コストの削減なども図れます。

―デジタルセラピューティクスとはどのようなものですか?

 医学的なエビデンスに基づいて、デジタル技術で疾病予防や診断・治療を支援するソフトウェアなどを指します。当社の「MedBridge(メドブリッジ)」は、安心して治療生活を送っていただくために、患者さんのセルフケア習慣を支援するシステムで、患者さんからレポートされる主観情報やバイタルなどの客観情報をまとめて、医師や看護師に提供します。患者さんには、医師からの説明に加え、アプリから必要な情報が配信され、さらに日常生活にスムーズに復帰できるようアプリがセルフケア習慣も促します。

 また現在、このシステムをベースに、過敏性腸症候群患者の症状緩和を目指し、東京大学、東北大学と共同で暴露療法を用いた治療用アプリの研究に取り組んでいるところです。過敏性腸症候群は、腸に炎症や腫瘍などがないにも関わらず、腹痛や便秘・下痢などの便通異常が数カ月以上続く疾患で、日本では1,000万人の患者がいると言われています。しかし、ストレスや不安などによって症状が現れるこの病気には、根本的な治療法がありません。

 そのため、不安の原因になる刺激に段階的に触れることで耐性を高める暴露療法などの認知行動療法を用いるのですが、その療法に習熟している医師や公認心理師は少なく、手が足りない状況です。そこで、患者さんが認知行動療法をセルフで行える機能や、患者が入力したデータをもとに、医師が適切な診断・提案ができるような機能を搭載したアプリを開発し、治療に役立てたいと考えています。

―4つ目の保険事業は子会社で展開されていますね?

 オンライン診療をベースにした他の3事業とは少し毛色が違うので別展開しています。しかし、これも患者さんのデジタルデータを活用するという部分では変わりません。われわれが提供する「がんを経験した女性を支えるがん保険」は、乳がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんのいずれかを罹患した女性が対象で、がんになった後で加入することができるというのがユニークな点です。

 これらのがんには再発リスクがありますが、1度がんになった方が入れる保険は、現状ほとんどありません。しかし、さまざまな医療データを解析し、それぞれの病気や最新の治療傾向を勘案すれば、再発リスクのある方をサポートできる保険商品が作れると考え、この事業をスタートさせました。今後、保険加入者にオンライン診療やデジタルセラピューティクスなどのサービスも提供することで、再発のリスクも減らせるのではないかと思っています。

image: MICIN

コロナ禍を契機に注目集め、利用者は3倍増

―各事業の収益モデルについてお聞かせください。

 オンライン診療サービスのクロンは、診察1回あたり330円の利用料を患者さんからいただいています。それ以外、クロンお薬サポートのシステム利用料やクロンスマートパスのクレジットカード決済手数料もかかりません。これは、患者さんや医療機関、薬局の負担をできるだけ少なくすることで、当社サービスの利用者を広げ、事業全体で収益化していくという方針に沿ったものです。一方、臨床開発デジタルソリューション事業については、製薬会社からフィーをいただいてサービスを提供しています。

 デジタルセラピューティクス事業は、医師が患者さんに薬を処方するのと同じように、セルフケアを支援するアプリを処方し、患者さんはその利用料金の3割を負担、公的な保険で7割をカバーしてもらうというのが最終的に目指しているビジネスモデルです。しかし、アプリを開発するにはそれなりの期間がかかりますので、途中段階では製薬会社や医療機器メーカーとパートナーシップを組んで開発費を賄い、アプリが完成したらパートナー企業とライセンス契約を結んで販売するといった方式などを検討しています。

 保険事業は、加入者から保険料をいただく形で運営していますが、子会社で販売を行うとともに、保険会社とも連携して拡販を図っています。

―業績はどのような形で推移しているのでしょう?

 コロナ禍を機に当社のオンライン診療サービスの利用者が3倍以上に増え、現在医療機関と薬局を合わせて1万4,000軒の施設で導入いただいています。コロナ禍の中では陽性と診断されて自宅療養をしているうちに治療中の病気が悪化して亡くなってしまった方もおられますし、医療機関の方でもDX推進の必要性を実感し、オンライン診療やデジタルデータの活用に改めて目を向けていただいているのだと思います。

―オンライン診療サービスには競合も存在すると思いますが、これだけ多くのユーザーを獲得できたのは御社にどのような強みがあるからでしょう?

 当社はかなり初期からこのサービスを手掛けていますので、他社より多くの実績を積み上げてきています。また、医療機関と患者さんの双方が使いやすく、医療現場の日々のオペレーションの中で活用できるサービスを提供できていると思います。加えて、我々は医療従事者団体や行政とも連携しながら、事業を展開してきました。尖ったことを自己中心的に進めると、周りから敬遠されることが多いと思いますので、私たちは対話を重ねて信頼関係を築いてきました。

 政府も医療DXの推進に力を入れていますので、当社の事業の拡大に期待していただいていると思います。私もこれまでオンライン診療の規制改革会議の場で、いろいろ意見を述べさせていただきましたし、先だっては厚生労働省が進めるヘルスケア・スタートアップ振興プロジェクトの委員にも加えていただき、提言の取りまとめをしたところです。

―先進的な事業を手掛けられてきただけに、現在に至るまでにはいろいろご苦労もあったと思いますが。

 確かに最初の頃は、「オンラインなんかできちんとした診療ができるわけがない」と頭から否定される方もいらっしゃいましたね(笑)。でも、実際に当社のサービスを使っていただくうちに、オンライン診療が十分実用に耐えることをわかっていただき、オンラインならではのメリットも感じていただいて、現在は口コミで利用者が増えている状況です。

新規プレイヤーだからできること、できないこと

―今後の事業展開や目標についてお聞かせください。また、製薬会社や医療機器メーカーとのパートナーシップの考え方も教えてください。

 われわれが今、特に力を入れているのは、オンライン診療とデジタルセラピューティクスの領域で、オンライン診療については、キャッシュレス決済サービスの「クロンスマートパス」がスタートから1年半で約1,500施設の医療機関に導入されていますが、その導入件数をさらに伸ばしたいと思っています。一方、デジタルセラピューティクス事業の推進には、製薬会社や医療機器メーカーとのパートナーシップが不可欠ですので、連携の輪を広げていかなければなりません。

 パートナーシップについては、バイオベンチャー企業のような立ち位置になることを想定しています。バイオベンチャー企業も研究開発をして新薬などを作りますが、単独で承認、量産化、販売まで自社で手掛けるケースは少なく、パートナーになった製薬会社がそれらの業務を行っています。当社の場合も、一定のところまで開発したものを製薬会社などのパートナーにお渡しして、ライセンス契約で対価をいただきながらプロダクトを社会に提供していくといった形になるでしょう。

―御社の将来のビジョンをお聞かせください。

 当社は複数の事業を同時展開していますが、オンライン診療やデジタルセラピューティクスのデータを活かした保険など、様々なものを組み合わせたサービスは当社にしか作れないと思っていますし、健康や医療のデータを熟知し、活用するノウハウを蓄積しているからこそ、高付加価値のサービスを提供できるのだと自負しています。当社は「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を。」をビジョンに掲げていますが、利用者が「自分の健康に良いリターンが返ってくる」と実感してくれるようなサービスをどんどん作り出していきたいですね。

 われわれのような新規のプレイヤーが医療の世界で新しい市場を作るのは容易なことではありません。オンライン診療の利用者もまだまだ少ない状況で、今後は70代や80代の方にも使っていただけるようなサービスにブラッシュアップし、利用者を広げていく必要があります。これは当社だけで実現できることではないため、長年医療の領域でさまざまなノウハウやアセットを積み上げてこられた製薬企業や医療機器メーカーのお力を借りながら、一緒に医療現場のDXを進め、医療システムの変革を実現していきたいと思います。



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