買い物における決済時の「列をなくす」をミッションに掲げるMashgin。アメリカ・カリフォルニア州パロアルトに本社を構える同社は、AIを搭載した、バーコードスキャン不要のセルフレジシステムを開発している。すでにCircle Kなどの大手コンビニエンスストアも同社の製品を導入しているなど、小売業界で注目を集めている企業だ。トヨタのベルギー本社での勤務経験もある、同社創業者でCTOのMukul Dhankhar氏に話を聞いた。

従来のセルフレジの8倍の速さで決済完了

――御社はどのような事業を展開しているのでしょうか。

 Mashginは、AIを搭載したバーコードスキャン不要のセルフレジを開発しています。現在、コンビニエンスストアや空港、カフェテリア、スポーツスタジアムのキオスクなど約2,200店舗で導入されています。

 Mashginのコンセプトは、「(買い物における決済時の)列をゼロにする(No More Lines)」を掲げています。そもそも行列に並ぶのが好きな人はいないでしょう。たとえば、スタジアムでの買い物の時、ハーフタイムにホットドッグとビールを買うお客が殺到する中、精算完了まで長く待たなければならない、という経験は誰もしたくありませんね。

 また、混雑を無くすことを目的としたセルフレジも、顧客体験が必ずしも良いものだとは言えません。商品をバーコードに読み込ませる作業などが面倒で、有人レジが空いていた場合、セルフレジの列からそちらに移動するお客もいるほどです。

Mukul Dhankhar
Co-Founder & CTO
Indian Institute of Technology, DelhiでTechnology, Mathematics and Computer Applications の修士号を取得後、Toyotaにてセンサーフュージョン技術やパータン認識アルゴリズムのコンサルタントを担当。Alcatel-Lucentにてビデオ会議製品技術のコンサルタントを務めた後、2013年にMashginを共同創業、CTOに就任。

 Mashginは、お客がレジ決済を「好きになる」ほど、快適な買い物体験を提供します。お客は購入するすべての商品をレジ台の上に並べて、精算ボタンを押すだけで金額が分かり、その場で決済が完了するのです。従来のセルフレジと比較すると、約8倍の速さで決済を完了させるほどのスピードです。現在対応しているアイテム数は約1万アイテムと多いほか、商品をバーコードで読み取る必要がなく、画像認識アルゴリズムが複数の商品を同時に認識します。

 現在、am/pmやDelekなどの大手コンビニエンスストアがMashginを導入しているほか、アメリカの主要空港やMadison Square Gardenなど30以上の有名スポーツスタジアムも当社の顧客です。特に、Cirkle Kは今後約7,000店舗で導入予定と、自動レジシステムの展開に力を入れています。

導入に対するハードルの低さもメリット

――Mashginの技術的な優位性について教えてください。

 Mashginに搭載された複数の3Dカメラが、台の上に置かれたすべての商品を自動的に認識します。当社のカメラが3Dであることが重要なポイントで、2Dであれば個別の商品を識別できず、背景と商品を混同してしまうなど、自動決済には向きません。

 Mashginを開発した当初は、最大約5,000アイテム程度の店舗の商品しか認識できなかったのですが、現在は約1万アイテムまで対応できるようになりました。1万アイテムというと、アメリカの標準的なコンビニエンスストアの品揃えをすべてカバーできる規模です。理論上、Mashginが認識できるアイテム数の限界はありませんので、将来はアメリカで中規模程度(約5万アイテム)のスーパーマーケットに進出するかもしれません。

――競合他社と差別化している点を教えてください。

 Mashginの競合としては、Amazonの無人店舗「Amazon Go」があります。彼らは、買い物客を追跡し、だれが何の商品を手に取ったかをAIで認識するほか、商品の陳列棚の重量センサーで在庫をトラッキングするなど、「店舗全体」の自動化を図っているのが特徴です。

 当社も、創業当初はAmazonのように店舗全体の自動化を図る事業を展開しようと思っていましたが、それではコストがかかりすぎるほか、商品レイアウトの変更時にさまざまなプロセスが必要になるなど、小売店にとっても導入のハードルが高いと気づきました。そのため、レジに絞った製品を開発すべきだと結論づけたのです。

 Mashginのプロダクトを導入する最大のメリットは、それが小売店にとって経済性に優れ、機械を設置するだけで顧客体験を飛躍的に向上できる点です。製品導入にかかる時間は最短15分と短く、新商品入荷時も、データをソフトウェア上に入力するだけで完了します。

Image:Mashgin

トヨタ勤務時の経験がきっかけで創業

――あらためてですが、Mashginを創業した経緯を教えてください。

 私は以前、トヨタの欧州事業を統括するベルギー本社でヒューマノイドロボットを製造する部署で勤務していました。1,500人ほどが働くオフィスではカフェテリアが1つしかなく、いつも私は長い列に並んで買い物をしていました。

 私がいつも購入する商品は、スパゲッティとジュース程度だったので、「これなら自動レジで決済できるのでは」と思い付いたのです。私の学問的バックグラウンドはコンピュータービジョンとロボティクスだったので、Mashginのような製品を開発できる自信もありましたね。

――御社は累計約7370万ドルの資金調達に成功しています。資金の使い道を教えてください。

 当社のキャッシュフローはポジティブで、シリーズBで調達した6250万ドルも銀行口座に眠っています。今後、資金を使うとすれば特別なシナリオが発生した時に限られます。特別なシナリオとは、アメリカやヨーロッパ以外の地域に進出する場合などでしょう。

――御社のビジネスモデルについて教えてください。

 SaaSとイメージするのが近いと思います。基本的にMashginが小売店に対して製品をリースする形をとっており、月額料金をいただいております。料金には、ソフトウェア料や、クラウドライセンシング、テクニカルサポートなどすべて含まれています。

2023年中に日本進出へ 小売業との直接取引を望む

――日本市場に進出する考えはありますか?

 日本企業の顧客はまだいませんが、重要な市場だと位置づけています。当社は、2023年中に日本への進出を目指しています。とくに、日本にはコンビニエンスストアが多く存在し、その経営上の優先的な課題も店舗の省人化を掲げています。

 決済サービスプロバイダとのやり取りや言語への対応など、事前に必要な手続きをこなす必要はありますが、市場への進出を前向きに考えています。

Image:Mashgin

――日本の大企業とのパートナーシップを考えた場合、どのような形態のものがベストだとお考えでしょうか?

 日本の小売業と直接取引をしたいと考えています。確かに、言語などのハードルはありますが、店舗オペレーションにおいてはアメリカやヨーロッパ諸国と日本を比較したとき、大差はないと思います。だからこそ、まずは当社のエンド・カスタマーである小売業に実際に製品を使っていただき、そのテクノロジーの力を知ってほしいのです。

 具体的には、スポーツスタジアムのキオスクや、企業内カフェでの設置から始めるのが望ましいでしょう。Mashginが日本でも広がり始めたら、その時に代理店契約や投資などの関係性を築いていけると考えています。

――最後に、御社の長期的な目標を教えてください。

 レジ決済にかかる時間を短縮することで、お客の顧客体験を最大限良いものにすることですね。将来、レジの自動化はより一般的なものになっていくでしょうが、お客はAIなどの裏側のテクノロジーについて、あまり関心を払わなくなるのではないでしょうか。彼らが求めているのは、スムーズに決済を行うこと、それだけだと思います。

 ですから、当社の目標はそんな買い物客の欲求を満たすことだと言えます。今後は、たとえば小売業の会員プログラムをMashginに反映させるといった、新機能も追加していきたいですね。



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