「ブラックボックス化」しがちなソフトウェアエンジニアチームの業務を「見える化」するLinearB(本社:米国カリフォルニア州ロサンゼルス)。ソフト開発分野の専門性を持たない経営陣と、エンジニアの間で「共通言語」をつくるサービスを展開している。ソフトウェアエンジニアの競争力がそのまま企業の強さに結びつく現代において、同社のツールは自動車会社や金融機関にとって、非常に便利なプラットフォームを開発していると言える。共同創業者でCEOのOri Keren氏に話を聞いた。

Ori Keren
LinearB
Co-Founder & CEO
The Academic College of Tel-Aviv, Yaffoでコンピューターサイエンスの学士号を取得後、InterwiseやA&T Unified Communicationsでソフトウェアエンジニアとして勤務する。その後、CloudLockのエンジニアリング部門などでVice Presidentを務める(同社は現在、Cisco傘下)。2018年4月、LinearBを共同創業し、CEOに就任(現職)。

なぜ、ソフトウェアエンジニアの仕事は「ブラックボックス化」するのか

――御社はソフトウェアエンジニアの仕事を「見える化」するプラットフォームを運営しているそうですね。なぜ、このようなサービスが必要とされているのでしょうか?

 今日、IT企業はもちろん、製造業や金融業でも、新たなサービス開発・運用の場面で、ソフトウェアエンジニアが勤務していることが主な理由です。ただ、これは近年になってからの傾向なので、社内のエンジニアがどのような業務プロセスで、どのような結果を出し、それをどう評価するかなどが明確に確立されていないことが多いのです。

 IT企業では、CEOがエンジニア出身のことも多く、納期や開発要項などを理解していて大きな問題はありません。しかし、取締役にエンジニアの知識がない場合、「どのようにチームをまとめれば良いのか分からない」という課題に直面しています。

 営業やマーケティングといった業務は評価指標が明らかです。例えば、成約率やコンバージョン率など、誰の目から見ても分かりやすいですね。ただ、エンジニアの仕事は「何が成功で、何が失敗だったか」が、専門性を持たない人からしてみれば非常に分かりくい。つまり、営業やマーケティングをバックグラウンドにもつ人たちは「エンジニアの仕事は、芸術だ」と思ってしまい、適切な管理ができないケースが多いのです。このような組織の多くでは、エンジニア部門の業務が「ブラックボックス化」してしまい、効率的なチームビルディングができない、という問題を抱えているのです。

 LinearBは、こうした問題を解決すべく、ソフトウェアエンジニアの業務と成果を「見える化」するさまざまなツールを開発しています。例えば、コードを書いてからサービスが稼働するまでにかかる時間を示したり、現在エンジニアがどの程度の時間をかけてサービス開発に取り組んでいるかを明らかにしたりしています。

 私が特に気に入っているのは、「デプロイ頻度」(本番環境に変更が反映された回数)を表示する機能です。デプロイ頻度とは、サービスで障害が発生したときや新たな課題が発見された時、いかに早く復旧・改善できるかを測る指標です。デプロイ頻度にフォーカスすることの利点は、「(サービス改善上の)業務フローのボトルネック」を明らかにしてくれる点だと考えています。経営陣は結果ばかりを見るのではなく、「デプロイ頻度が高まっているということは、サービスが改善されているんだな」と考えることができるでしょうし、エンジニアチームも「どの業務プロセスを改善できれば、デプロイ頻度を向上できるのか」を分析できます。「デプロイ頻度」は、共通言語を持たない経営陣とエンジニアにとって、お互いが求める役割を可視化できる優れた概念だと考えています。

――どんな顧客が御社のプラットフォームを使っているのでしょう。

 LinearBは現在、IT企業をはじめ、銀行などの金融機関、自動車会社などの製造業にも使われるプラットフォームになっています。自動車会社も現在、ソフトウェアを強化していて、主に研究開発部門で当社のサービスが導入されています。他には食品会社も顧客に抱えていますし、ソフトウェアの研究開発に従事している企業であれば、どんな会社でも使える汎用性の高さも売りです。

2021年に売上高が6倍に急成長、「痒いところに手が届く」ソリューション

――Kerenさん自身、ソフトウェアエンジニアとして長く勤務されてきたのですね。LinearBを創業した経緯を教えてください。

 私は前職で、サイバーセキュリティサービスを開発する企業のエンジニア部門のトップを務めていました。その経験から、私は技術があるから、エンジニアが日々どんなことを考えて業務を行っているか分かるものの、取締役はそうではないということに気づいたのです。つまり、組織の中でエンジニアと取締役をつなぐ「共通言語」が形成されていないと、競争力のある企業はつくれないと理解した、という意味です。

 LinearBを創業したもう一つの理由は、エンジニアの力量をフルに発揮させることが、そのまま組織としての強さに結びつくことに気づいた点があります。DevOps(開発担当者と運用担当者が連携してソフトウェア開発を行う手法)やアジャイル開発という概念はもはやかなり一般的なものになっていますが、こうした高度な開発手法に取り組むためには、経営陣が置いてきぼりになっていてはいけません。エンジニアチームが自走できることはもちろん、その成果や業務フローを取締役が逐一確認できる状態をつくりたい、と考えたのです。

――創業して5年が経っていますが、現在までの成長を表す数字を教えてください。

 私たちは上場企業ではないので、細かな数字は共有できませんが、2021年は素晴らしい年だった、ということをお伝えしておきましょう。対前年比で売上高が6倍に伸びたのです。2022年はマクロ経済状況が悪化していましたが、それでも下期には前年同期比3倍に成長しました。2023年は、2〜2.5倍の伸びを目標にしています。

――成長の要因はどこにあるのでしょう。

 やはり、最初に申し上げた「エンジニアチームのブラックボックス化」に課題を感じている企業が多いからでしょうね。自社の開発・運用環境を整備するためには、職務の「見える化」が必要だと考えている企業が多いのでしょう。

――LinearBの投資家には、Salesforce Venturesがいます。彼らとの関係性を教えてください。

 Salesforce Venturesの母体であるセールスフォース・ドットコム自身が、当社のようなサービスを開発しようとしていたことがその理由です。同社はスラックを買収したように、ビジネスの生産性を向上するさまざまなツールを内製化しようとしています。

 当社のプラットフォームの中には「Worker B」と呼ばれる、開発者に作業通知を知らせる機能があります。これは、開発者が何らかの業務に取り掛かろうとした時、ITチケット(開発要件)を聞くのを忘れていた場合、第三者がそれを代行してくれるサービスです。

 Salesforce Ventures自身、当社のこのような機能に惹かれて、投資を決めたのではないでしょうか。

image: LinearB HP

日本市場進出にも関心 協業形態は代理店契約がベスト

――ここからは、主な読者である日本人の方に向けた質問をします。日本市場に参入する可能性はありますか?

 現在、私たちが抱えている顧客数は400社を超えます。北米市場はもちろん、欧州、またブラジルのフィンテック分野でも多くの顧客がいます。日本にはまだ顧客がいませんが、ぜひ日本企業とも取引したいと考えています。

 私個人の経験から言えば、前職でソフトバンクと取引する機会がありました。同社の重役の何人かと会ったこともあります。日本市場は、言語や文化面、距離の問題から、越えるべきハードルも大きいのですが、タイミング次第で、十分に協業することも可能だと考えています。

――日本の大企業とのパートナーシップを考えた場合、どのような形態が理想でしょうか

 日本市場に参入するルートとしては現地のソフトウェア企業との提携が考えられます。形態としては、代理店契約がベストではないかなと考えています。やっぱり、LinearBは、使ってもらえてはじめてその良さが分かるサービスだと思いますから。機会があればジョイントベンチャーの立ち上げなどの話もしてみたいですね。

――最後に、向こう1年間の目標と、御社の長期的なビジョンを教えてください。

 向こう1〜1年半には、主に大企業の顧客を多く獲得することを目標としています。そのためには、LinearBに新たな機能を付与しなければいけません。一例に、コードを統合させる機能があります。これは、開発要件やセキュリティ対策と照らし合わせて、サービス開発の当初に書いたコードを途中で変更しなければならない、という大企業のエンジニアがよく直面する課題を解決するためのものです。

 このコードの統合は、LinearBなしでは通常20〜25分ほどかかりますが、LinearBを使えば自動でできるようになります。

 LinearBの長期的な目標としては、エンジニアチームにとって仕事をしやすい環境を整備することにあります。これまでは経営陣とエンジニアのコミュニケーションの齟齬によって、作業が中断することがよくありました。当社のプラットフォームを導入することで、早くできる仕事は早く終わらせ、時間をかけるべき仕事に時間をかけられるようにしたいですね。

image: LinearB



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