「自分が欲しかったサービス」から始まった
――起業のきっかけを教えてください。
ランサーズは、まさに自分自身の原体験として「こんなサービスが欲しい」という思いから創業に至りました。私が大学生だった2000年頃は、ちょうどインターネットがISDNからADSLに変わるような時代でした。その時にインターネットに出会って、本当に衝撃を受けたんです。
私は、山と川に囲まれているような大阪の片田舎で生まれ育ったんですが、インターネットによって自分でホームページを制作したり、企業の仕事を受注したりということができるようになりました。直接は顔を合わせたことがないクライアント企業の方からホームページのお仕事を受注し、サイトを作成するときちんとお金が銀行口座に振り込まれる。以前にやったアルバイトの時給が700円程度だったことと比べると、全く別世界です。大学生としてはいい報酬を得ることができましたし、ウェブでのお仕事に対してきちんとお金が振り込まれることにも感動しました。
――ホームページ制作などは独学で学ばれたんですか。
はい、完全に独学です。自分でHTMLなどの勉強をしました。ただ、プログラミングを学びたいというよりも、例えば、「iモード」や「価格.com」のようなサービスを作りたいという思いがゴールで、そういったサービスをつくるにはどうしたらいいんだろうと調べていくと、CGIやMySQLを覚えないといけないなと、自分で調べながら学ぶという感じでした。学問的に順番を追って勉強したという経験ではないです。
――大学卒業後は企業への就職を経て、起業されました。
当時は富士通のグループ企業だったニフティに就職しました。学生時代の経験から、インターネットを活用して個人で活躍できる世界ならと思って飛び込んだIT企業でした。ですが、仕事はやはり社員が前提ですし、アウトソーシングするにしても大手の企業への発注が当たり前で、個人への仕事の発注は考えられないというような雰囲気でした。
私自身、学生時代は時間と場所にとらわれず大阪の片田舎からでも働けたという経験をし、企業からお仕事を受注できるのは光栄なことでした。企業側からも優秀な個人に対して迅速でクオリティ一の高い仕事を一定のコストで発注できることは素晴らしいことではないかと思っていました。大学生のときの経験と就職した会社での経験が重なったときに、企業と個人をつなぐサービスがあれば、世の中が変わるのではないかと思いました。
当時、さまざまなウェブサービスが出尽くしたといわれる時代でしたが、リサーチしてみると、現在のランサーズのように企業と個人をオンラインでマッチングして、その報酬のお支払いまで完結するプラットフォームはありませんでした。
『ONE PIECE』の宝の地図を見つけた、という感じで「これは気付いたな」と手ごたえを感じました。これを自分がやろうと思いました。ニフティの社内で新規事業としても提案しましたが、通りませんでした。ですので、起業したくて起業したというより、このサービスを作りたくて起業したというのが経緯です。
地方在住の個人の「お仕事ニーズ」に応える
――あらためて御社の事業やメインユーザーを教えてください。
個人と企業をオンラインでマッチングする受発注プラットフォーム「Lancers」は、何らかのスキルを持っている方々、フリーランスから会社員の副業、例えばエンジニアの方による時間限定の相談まで、個人のプロフェッショナルが登録できるサービスになっています。
個人のスキルを活用したいという登録企業は現在、約40万社に上ります(2022年8月時点)。企業側からすると、例えばエンジニアを社員として採用するとなると業界全体の人材不足の課題もあって難しいですし、エンジニアを社員として雇用し続けることが難しいという中小企業もあります。その企業側の人材ニーズを埋めるという使われ方をしています。
登録して働いている個人の方々、当社はランサーと呼んでいますが、地方のランサーは約76%に上ります(2022年1~3月)。クライアントは東京の企業が多いですが、地方の企業の利用も広がっています。
例えば、福岡の企業が福岡県内ではなかなかマーケターを見つけられないため、東京のマーケターに仕事を発注し、自社のマーケティングを担ってもらうなど、地域を超えたお仕事のつながりが作れるサービスになっています。中小企業が多く、最近はDX導入から運用までの領域を支援可能な人材をマッチングさせていただいています。
Image: ランサーズ HP
――地方の人材活用はサービス開始当初から着目されていたのですか。
いえ、実は最初はまったく想定していませんでした。当初は東京のクリエイターと、東京のスタートアップがマッチングするサービスとしてニーズが高いかと思っていました。確かにそこもメインユーザーではありましたが、だんだんと認知が広がっていくと、一番仕事に困っている方々はやはり地方にお住いの方々でした。
地方では、特にITスキルを活用した仕事がなかなかなく、スキルを持ってる地方の方々がランサーとなり、ヘビーユーザーとして当社のプラットフォームを使っていただいています。年間を通して活躍された方々を、当社は「ランサーオブザイヤー(Lancer of the Year)」という形で表彰していますが、やはり地方の方が多いです。
安心、高単価、スキルアップ 働く「個人向けサポート」の充実
――御社の2022年3月通期業績は、流通総額が前期比11%増の103億1800万円、売上は同5%増の40億7300万円で、創業以来、順調に成長を続けていらっしゃいます。成長の要因は何ですか。
やはり、そこにマーケットがあった、市場があったということに尽きるのかと思います。企業にとってみると、正社員ではなく、必要な人材をすぐに調達したいというニーズがあり、個人からすると企業の中で社員として働くより、少し離れたところから気軽に仕事ができるというニーズがありました。
以前はなかなか結び付かなかったこういったニーズを当社のプラットフォームや安心のサービスでうまく滑らかにマッチングできるように育ててきた点が大きいと思っています。
――その一方で、競合他社もどんどん増えています。御社の優位性はどこにありますか。
確かに、クラウドソーシングやタレントプラットフォーム、スキルシェアサービスといったサービスを展開する企業は、上場企業だけでも3社はあります。フリーランスのマッチングというサービスに関して言うと、おそらく100社以上あると思います。競合は多いですが、それだけマーケットが広がってるという証拠だと思います。
我々が強みとしているのはまず、完全オンラインだけで完結する点です。日本全国どこでも活用でき、企業側としては依頼から発注、支払い、検収、評価まで、個人側からみると受注から提案、納品、報酬受け取りまでオンラインで完結します。
質についても強みだと思います。当社は2017~18年ごろから、たとえ当社の売り上げが下がってでも、質を重視し、単価が低すぎるものは排除しようと取り組みました。本人確認を必須にするなど信頼性を担保することによって高付加価値な仕事が流通するプラットフォームを築いてきました。
その結果、稼働ランサー1人あたりの受注金額は他社に比べ約2.5倍になっています。高単価の仕事を企業から発注いただき、スキルの高い個人の方が質の高い仕事をしていただいているという好循環が生まれていると思います。
さらに、働く方向けのサービスを充実させています。先述したランサーオブザイヤーだったり、日本全国のランサー同士でつながり合えるコミュニティをつくったりしています。フリーランスは孤独になりがちなので、困ってる時に日本全国にいるランサー同士が相談できるのはとても心強いことだと思います。
働く方々が最先端デジタルスキルを学び、直接仕事につながる教育サービス「Lancers Digital Academy」や、個人が個人をメンタリング、コーチングするオンラインメンターサービス「MENTA」という取り組みもあります。
仕事のマッチングだけではなく、働く方々、ランサーの方々の周辺サポートは他社と比べて非常に充実しており、競合他社との明確な違いだと思います。
Image: Lancers Digital Academy HP
コロナで打撃を受けた卸売事業者のECサイト構築を支援
――御社は福邦銀行(福井県)、中京銀行(愛知県)など、地方の金融機関との連携にも力を入れています。どのような戦略でどういった形で広がっていますか。
全国各地の企業の開拓において現地に直接行って1社1社営業するというのはなかなか難しいことです。地方の金融機関は地域に根差しており、地場の企業に対して良い人材を紹介したり、マッチングしたりすることで、2代目問題、事業継承問題などを含めて解決できるのではないかと考えていらっしゃいます。
人材のプラットフォームを持っている我々としては、正社員の採用が難しい地方の中小企業に対してスキルのある個人を紹介できますし、個人の方々にとってもいきなり地方に移住しての就職はハードルが高いけどオンラインでならどこにいてもお仕事ができます。中小企業のDX化を実現でき、双方がマッチして実績も出ています。
福邦銀行さんとの連携で、福井県小浜市の若狭塗箸の卸売業を営む地域の事業者を支援した事例があります。伝統を生かした箸を作っている事業者さんで、以前は観光地の土産物店や、百貨店などに箸を卸して販売していたそうです。
しかし、新型コロナウイルスの影響が事業を直撃し、売り上げが激減しました。当社が福邦銀行とアライアンスを組んだ直後で、福邦銀行とランサーズのサポートのもと、ECプラットフォーム「Shopify」を使ったネット直販と「越境EC」に乗り出しました。
我々のコンサルタント、マーケターを含めて取り組みを考え、ウェブで商品の魅力の発信を始めました。インターネット経由で直販がぐんと増え、コロナも落ち着いてきて、売り上げも回復していると聞いています。やはり地方の環境の中だけでIT人材を探してもなかなか見つからなかったと思いますし、地銀さんのサポートと当社の連携で実現できた好事例だと思います。
Image: ランサーズ HP
働き方は大きく変化 リモートワーク、副業も浸透
――新型コロナのパンデミックは御社の事業にどのような影響を与えましたか。
大きな追い風になったと思います。1番はオンラインで仕事をすることが普通になったということ、リモートワークが定着したことです。以前はオンラインでの仕事に対して「信頼できるのか」と言う人もやはりおりましたが、それがほぼゼロになりました。
企業側も社内の業務をより定型化し、以前は社員に丸投げしていた仕事を分解して外部の人材を活用するという動きが以前より増えていると思います。社員自体も在宅で、オンラインで仕事をしていますし、分解して外注できる仕事を例えば北海道や沖縄のフリーランスにお願いしてもいいよね、という流れが出てきています。先進的な企業は特にその流れに気づいていると思います。
また、副業する方も増えました。それによってLancersを通して働く方々も増えていくと思います。副業や転職もそうですが、コロナの影響で人々の「働く」ことに対する意識がゆっくりと変わってきていて、それがまた追い風になっていくと思います。
この変化が当社のビジネスの業績として現れるのは数年後かと見ています。ずっと同じ会社で正社員として働いてきた人が、例えば5年後に転職する、副業するといった変化が徐々に起こっていくきっかけになるだろうと捉えています。
アメリカのフリーランスマーケットは日本より3、4年先を行っている感じですが、フリーランスや副業をする人が増えています。あとは、例えば、女性が出産育児を機により自由な働き方を求めてフリーランスになったり、また正社員に戻ったりするなど、キャリア形成においても一方通行の片道切符ではなく、さまざまな働き方を選択でき、行き来するような動きもあると捉えています。
大企業との連携 リスキリングなど人材関連サービス創出の可能性も
――日本の大企業に求めたいパートナーシップや事業連携のイメージがあれば教えていただけますか。
企業によってどんな取り組みができるか、可能性は多種多様にあると思います。例えば、当社は、総合人材サービスのパーソルホールディングス社とジョイントベンチャーを立ち上げ、マッチングプラットフォーム「シェアフル」を提供しています。このサービスは「スキマ時間を価値に変える」を掲げ、短期間・短時間の仕事に特化し、柔軟な働き方を望む個人と必要な時に必要な分だけ人材を活用したい企業をつなぐオンデマンドマッチングプラットフォームになっています。
パーソルグループが保有する求職者・取引企業の豊富なデータベース、顧客基盤と人を介したマッチングの強み、当社がクラウドソーシングの運営を通じて培った技術力やノウハウを組み合わせることで、お互いの強みを活かして労働シェアリング市場の拡大を目指しています。
Image: シェアフル HP
ですので、今後も、大企業の人材に絡むオペレーションなどを我々と一緒に展開するという可能性もあると思います。社内人材の再教育、リスキリングを一緒に取り組むこともあり得ると思いますし、さまざまな可能性があると思います。
ただ、当社も大企業との連携を含め、過去にいろいろチャレンジをして、うまくいったこと、いかなかったことがそれぞれあります。やはり、パートナーシップ、事業連携において究極的なことは「人のコミットメント」だと思います。
もちろんマーケットがあるか、競争優位性があるかといったことも大事な部分ではありますが、それらを除くと、我々のベンチャーサイドも、事業の規模や期間、数値、戦略など1度決めても計画通りにいくことはほぼないので、最後までコミットしてやり切れるかどうかが重要です。大企業、大手の側もやはり役員レベルが本当にコミットしていけるかが重要です。
特にスタートアップ、ベンチャーとの事業連携をやる場合、大企業の「当たり前」を当てはめてしまうと、ストッパーになりがちなので、まず連携を始める前に、お互いの期待値調整をしっかりしておく方がいいと思います。
最近、大企業とベンチャー、スタートアップのアライアンスは、当社とパーソルさんの取り組みも含めてうまくいっている事例が増えています。10年前くらいだと大企業側も「ベンチャーと組んで大丈夫か」という見方だったり、ベンチャー側も「大企業はスピードが遅い」といった指摘がありました。
今はお互いフェアにフラットに話ができていると思います。それだけ大企業側にもイノベーションの必要性や今後の事業展開に危機感があるということでしょうし、ベンチャー、スタートアップに対する信頼醸成が国を含めて変わってきたと思います。それは先輩ベンチャーが築いてきた「貯金」のおかげだと思います。
日本の全ての企業がフリーランスを活用する世界へ
――御社の短期的な目標と、将来的に達成したいビジョンについて教えていただけますか。
短期的にはIRでも開示していますが、3カ年経営方針において、マーケットプレイス事業への集中投資で流通総額の成長率プラス40%水準を3年で目指すことや、3年での全社流通総額CAGRプラス30%で200億円超へ、売上総利益は40億円規模に拡大へということを目指しています。
当社の事業は基本的には仕事をマッチングするサービスですが、それだけではなく、教育やチームでの仕事、メンタリングなど、フリーランスの方々が本当に安心して働けるような総合的なエコシステムを広げていきたいと考えています。単純な登録数ではなく、報酬を得て安心して働き、生活できるというような人を増やしたいです。
中長期的には、フリーランスの存在が当たり前になり、日本の全ての企業が100%フリーランスを活用しているような世界を目指していきたいです。