生成AIは大量のデータを学習することで、人間のように自然な文章で対話し、画像や動画、音楽などさまざまなコンテンツを生み出す。しかし、ChatGPTなどに自社のデータに適合させるには多大な労力とコストがかかる。その課題に応えるのがカサナレ(本社:東京都渋谷区)だ。同社は生成AIを活用したい企業の目的に合わせ、オーダーメイドでデータ加工などを行い、チャットボットの開発や新規事業の立ち上げをサポートしている。2022年8月の設立からわずか1年で急成長している同社のCEO、安田喬一氏に事業の優位性や将来の展望などについて聞いた。

目次
誰も置き去りにしないサービスを
「何かありますか?」と「何かないですか?」
回答精度にコミット、期待通りの成果
世の中のイライラを減らし、優しい未来を

誰も置き去りにしないサービス

―カサナレを起業された経緯をお聞かせください。

 起業前はフリーランスでカスタマーサクセスのコンサルティングをやっていて、クライアントが新サービスを立ち上げる際の業務設計やカスタマーサービスのデジタル化、顧客満足度を向上させる仕組みづくりなどのサポートなどを行っていました。

 しかし、コンサルタント時代に感じたのは、このようなサービスがターゲットにしているのは、お金をたくさん払ってくれるユーザーで、その他の多くのユーザーが置き去りにされてしまっているということでした。そういう状況を改善し、全てのユーザーが平等にサポートを受けられるようにできないかと考えたのですが、従来のやり方では限界があるため、それを実現するためのツールを作るべく、カサナレを立ち上げたんです。

安田 喬一
代表取締役CEO
2005年、立命館大学政策科学部卒業。複数の新規SaaSプロダクトでコンサルタントとしてCXM(カスタマーエクスペリエンス・マネジメント)に従事。セールスイネーブルメントやカスタマーサクセス組織の立ち上げ、LTV(顧客生涯価値)最大化のための顧客体験の設計など、SaaSプロダクトのグロース支援に携わった後、カスタマーサクセスにおけるナレッジマネジメントを実現するためのCSツール「Kasanare」の開発に着手。2022年 カサナレを設立。

―その課題を解決するための道をどのように模索されたのでしょうか?

 サービスを受けるエンドユーザーは、それぞれリテラシーも違い、他の人には分かるが自分には分からないとか、FAQを見ても解決できないので電話で教えてほしいとか、さまざまな要望を持っています。それに対し、これまでは個別にカスタマーサポートをするか、一対多数方式でFAQを用意したり、ウェビナーを開いたりするぐらいしか方法がなく、不満を抱えているユーザーも大勢いました。そこで、全てのユーザーそれぞれに寄り添ったパーソナルなサポートを提供し、各種のサービスを使いやすくする方法を模索したのですが、技術的なハードルが高く、手詰まり状態になりかけた時期もあります。

 そこに現れたのがChatGPTです。この生成AIを使えば、ユーザーが本当に知りたい情報をパーソナライズした形で的確に届けることができるのではないかと考えました。当社のサービス「Kasanare(カサナレ)」は、「カスタマー・サクセス・ナレッジ」を略したものですが、これまで人間が行ってきた顧客対応をAIに置き換えることで、顧客満足度を向上させる新たなサポートの形を実現させる道が開けました。

「何かありますか?」と「何かないですか?」

―「Kasanare」の開発経緯やサービスの特長をお聞かせください。

 当初、われわれが使っていたのは、ChatGPT3でしたが、このバージョンでは大量のテキストデータと深層学習によって構築されるLLM(大規模言語モデル)を制御するのが難しく、さまざまな技術検討を重ねていました。しかし、2022年11月に、より扱いやすいChatGPT3.5が公開され、Kasanareの開発に弾みがつきました。

 ChatGPT3.5は誰でも簡単に使えるサービスですが、単にデータを入れ込むだけでは高い回答精度は得られず、チャットボットや音声チャット、接客用の案内アバターなど、実際のカスタマーサービスに用いることはできません。われわれがクライアント企業の保有するデータを加工し、そのデータをチャットボットなどにセットする方法も含めて開発を行うことで、初めて生成AIを実務レベルで利用できるようになるんです。

 例えば、エンドユーザーが質問する際に、「何かありますか?」と入力する人もいれば、「何かないですか?」と入力する人もいます。人間にとってはどちらも同じ内容の質問なのですが、LLMにはその解釈ができません。また、パソコンでアプリケーションなどを使う時にも、例えば人間ならパソコン画面を見れば左側にメニューがあるということがすぐに分かりますが、GPTにはその位置関係が分からないので、空間遷移図のようなものを作って教え込まないと、ユーザーの質問に対して正しい応答ができない。このような問題を解決するために、われわれがデータ加工やアルゴリズムの開発を行うことで、回答精度を大幅に高めることができます。

―どんなビジネスモデルでサービスを展開しているのですか?

 SaaSでサービスを提供しているのですが、一般的なSaaSとは違い、クライアントの利用目的に合わせてLLMが最適な推論力を持てるようなアルゴリズムをオーダーメイドで開発しています。自社でアルゴリズムを1から開発しようとすると、大変なコストと手間がかかりますが、SaaSとして提供することで初期コストを抑えつつ、AIを活用した業務や新規事業を迅速に推進することができます。また、月額制で運用、保守、メンテナンスまで一気通貫で対応しますので、お客様の手を煩わせることもなく、安価な金額で継続的にご利用いただけます。

―事業展開に当たって苦心されたことはありますか?

 一番大変だったのは、生成AIという技術が新しすぎて、市場の理解がなかなか得られなかったことですね。ChatGPTが公開された時に、皆さん「すごいものができた」と思い、それを導入しさえすれば今までできなかったことが全部自動でできるのではないかと考える方も少なくありませんでした。そのため、わざわざ当社に依頼してアルゴリズムを作らなくても、世の中に出回っている無料のサービスを使えば、上手く運用できるんじゃないかと思い込まれたんですね。ところが実際にやってみると、回答精度が悪く、思ったような活用ができないという現実に直面するわけです。

 そういう状況に対し、われわれはお客様との対話を重視して、当社の技術や活用方法をアピールするとともに、お客様の要望や予算の枠などもお聞きして市況感を把握し、SaaSでの運用管理というビジネスモデルに行き着きました。ウェビナーや展示会にも出展しましたが、その場では、あえて生成AIについての基本的な話はせず、導入する際の問題点や技術課題など、一歩踏み込んだ話をさせていただきました。それによって当社の知見や技術に対する信頼も増し、「生成AIを本気で活用するならKasanareを選んだ方がいい」と思っていただけるようになったのだと思います。

image: カサナレ

回答精度にコミット、期待通りの成果

―Kasanareによってどのような課題を解消できるのか、事例を紹介いただけますか?

 例えば、設計ツールのCADってすごく分かりにくいシステムで、ある作業をする時にどうやってやればいいのかや、そもそもCADでそれができるのかどうかが不明な部分も多く、ユーザーから頻繁に問い合わせが来ます。ユーザーの方はマニュアルを読み込んで散々調べたのに、結局答えにたどり着くことができず、コールセンターに電話をかけてくる時には、大体の人がイライラした状態になっているらしいんです。このユーザーのストレスとコールセンターの負荷を減らすためには、チャットボットなどへの質問に対して、まず「このタスクは現状では実現できません」と回答し、その回答に付随して、「それを実現するための機能をいついつまでに開発する予定です」といった関連情報を提供すればいい。

 回答のソースになるPDFのマニュアルは、500ページぐらいあったりして、人間が読めば理解できますが、LLMから見ると正しいデータにはなっていないので、それをきちんと加工し、足りないデータはシミュレーションデータのような形にすれば、正しく読み取れるようになり、回答精度が大幅に向上します。

―Kasanareの主なクライアントはどんな企業ですか? また業績推移についてもお聞かせください。

 現在のメインクライアントはエンタープライズ企業で、カスタマーサービスというより、社内で生成AIを有効活用しようというケースが多いですね。生成AIは新しい技術なので、多額の投資をして導入した挙句、上手く機能しなかったらダメージが大きいという不安を企業の皆さんは抱えています。実際、作って運用してみないと回答精度がわからないし、業務の効率化などにどれだけ役に立つのかもわかりません。

 その点、SaaS型のKasanareを利用すれば、実現可能性と導入効果などを検証するPoC(概念実証)も迅速に進められる上に、市場価格の10分の1程度のコストしかかかりません。また、当社は業界でも類を見ない試みとして、回答精度についてコミットしています。導入時からしっかりと伴走支援し、期待通りの成果を上げる当社に、多くのお客様から高い評価をいただいています。

 業績は、2023年の7~9月期と10~12月期を比べると、売上が8倍から10倍ぐらい伸びています。クライアントは現在、50社を超えていて、さらに引き合いも次々に来るので対応しきれないほどです。

image: カサナレ

世の中のイライラを減らし、優しい未来を

―今後の事業展開について教えてください。

 2024年は、当社の優位性を活かし、当社にしかできないようないろいろな試みを検証しながら、どのビジネスにベットして収益を拡大するかを見定める年になると思います。例えば、Microsoft 365をAIアシストする「Microsoft 365 Copilot(コパイロット)」が正式にリリースされましたが、これはGPT-4をベースにした大規模言語モデルを使っているので、当社の技術を活かしてクライアント企業に合わせたコパイロットを開発できます。大手メディアなどのサイトで、単に記事を提供するだけでなく、ユーザーがそのデータを活用できるような機能を月額制で提供するプランを作れば、ユーザーが増えるごとに当社の収益も増えていくはずです。

 また、営業面では、先々クライアントの数を今の10倍ぐらいに増やしたいと考えていますが、クライアントが変われば、そのたびに社内データを1から加工しなければなりません。それよりも同じ企業の中のさまざまな部署にサービスを提供する方が効率的ですので、今後はそのような形で事業を拡大していきます。

―将来のビジョンをお聞かせください。

 収集したデータを企業が分析して、ユーザー目線でサービスを開発・提供できるようにサポートする会社として成長していきたいですね。私もそうですが、人ってイライラすると八つ当たりしたりするじゃないですか。そういうストレスを少しでも減らして、みんなが人に優しくなれるような未来にしていきたいですね。

―将来のパートナーやクライアントに向けたメッセージをお願いします。

 販売に関しては、今のところ手が回らないほどの案件を抱えていますので、販促パートナーの必要性は特に感じていませんし、当社にご相談に来られるお客様には、AI分野の我々の知見を基に、ご要望に合わせ、海外製のものを含めて低コストで利用できるようなサービスもご紹介しています。もし、そのサービスを使ってみても課題が解決できない時には、改めてお声がけいただければと思います。

 研究開発に関しては、例えば日本語には、語り手が明示されない「ゼロ人称」の会話があり、それにLLMがどんな形で対応すればいいのかといった問題など、解決すべきことが多々あります。そこで現在、様々な研究機関とコンタクトを取っているところですが、これから研究開発の協業パートナーを募集していくことになるでしょう。

 企業によって商品や業務システムも異なるため、これまではカスタマーサクセスをナレッジ化するのが難しかったのですが、生成AIの登場によりナレッジ化への道が開けましたし、将来的に生成AIはすべての企業のインフラになっていくと思います。それを駆使してデータを有効利用し、エンドユーザーといい関係を作ることができる企業が今後生き残っていくのではないでしょうか。当社はユーザーが喜びや幸せを感じられるようなサービスを創り出すためのサポートを目指していますので、ぜひそれを一緒に実現していきましょう。  

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