岩谷技研(本社:北海道江別市)は気球を使った宇宙事業という新領域を独力で切り拓き、「宇宙と言えばロケット」という固定観念を覆すスタートアップだ。気球の大きな課題であった回収率の低さをクリアし、気球による宇宙遊覧フライトの商業運航を目指したり、人工衛星の試験に関連した業務などを請け負ったりしている。同社の創業者で代表取締役の岩谷 圭介氏に、気球を使った宇宙事業に取り組む理由や、これまでにどのような課題を乗り越えてきたのかについて話を聞いた。

目次
気球の新領域を独力で切り拓く
高い回収率で大学や他社を圧倒
人間用の与圧カプセルも独自に開発
強みは「上空まで装置を運ぶ能力」
旅行会社や自動車メーカーとの協力も視野

気球の新領域を独力で切り拓く

―気球を使った宇宙事業を展開されているということですが、創業の経緯をお教えください。

 私の専門はエンジニアリングで、特に機械系の航空宇宙分野に注力しています。この中で、気球という分野を開拓してきました。航空宇宙を研究するきっかけは、宇宙に対する深い興味と好奇心からでした。2011年、大学4年生の時にロケットを学んでいましたが、ロケットよりもコストが安く手軽に試せる気球に興味を持ち始めました。もともとはアメリカの学生が小型カメラを気球に取り付け、宇宙を撮影するプロジェクトに成功したというニュースを見たことがきっかけでした。

岩谷 圭介
代表取締役
福島県郡山市出身で、北海道大学工学部を卒業後、2012年に日本で初めて小型風船カメラを使用して上空30キロメートルからの撮影に成功。2016年に岩谷技研を設立し、主にキャビンや気球の開発・製造に取り組んでいる。発明家でありエンジニア、著述家としても活躍。

 以来、小型カメラを搭載して宇宙を撮影するプロジェクトを始めました。しかし専門のアカデミーがなく、さまざまな資料を探しましたが、気球に関する論文はほとんど存在せず、独自で研究することとなりました。プロジェクトの初めは小型カメラを気球に取り付けて宇宙を撮影することからスタートし、2012年には上空30キロでの宇宙撮影に初めて成功し、撮影後に地球に戻ってくることができました。

 気球を飛ばすことは非常に簡単ですが、回収することが大きな課題でした。当初は気球がどこに落ちるか正確に予想することが難しかったですが、プログラム作成や解析、設計を通じて自然科学への理解を深めた結果、着陸地点を明確に予想し、誤差を修正できるようになりました。その結果、2013年から2014年ごろには気球を確実に回収できるようになりました。その後、この事業は市場からの需要に応える形でスタートし、依頼が増えるにつれて徐々に事業を拡大していきました。

image: 岩谷技研 実験の様子

高い回収率で大学や他社を圧倒

―宇宙からみた地球の姿を撮影するような仕事の依頼が来たのでしょうか。

 多くのご相談をいただいた中で、初期は主に宇宙をテーマにした広告制作の依頼が多く、CMや特集番組の制作などがありました。2013年から仕事の規模も徐々に大きくなり、2014年からはさらに拡大していきました。実は私自身、2007年ごろから個人事業主としてSaaSのようなものを提供する活動をしており、その収益で大学生活のための生活費や学費を稼いでいました。親からの援助は一切なく、自立して事業を行っていました。

 岩谷技研を設立したのは2016年です。個人事業でもよかったのですが、大手事業者から引き合いがあり、個人では取引できない企業もあったので法人化しました。当時のメンバーは私一人で、プロジェクトに応じてさまざまな外部メンバーが参加する形でした。

 その後、CMや番組コンテンツ撮影だけでなく、宇宙ステーションに設置する機材や人工衛星のモジュールなどの事前試験の業務も請け負うようになりました。本番で宇宙に飛ばしてしまうと回収が難しいことから、何度も試験ができるように気球を使いたいという需要があったのです。私たちは独自に研究した気球の回収能力が他社よりも優れているので、依頼が来るようになりました。大学の研究や他社の場合、気球を回収できる確率は30〜40%あれば良いほうと言われているようですが、私たちは100%回収が可能です。

image: 岩谷技研 成層圏から見た地球

人間用の与圧カプセルも独自に開発

―気球での宇宙遊覧フライトを考えはじめたのはいつごろですか。

 2016年ごろから装置も大型化し、有人飛行の可能性を感じ始めました。そして2017年から実証を始めました。ただし、人を飛ばすことに関する研究開発を進めるためには、当時の事業の売上の100倍が必要だということがわかりました。資金が全く足りない状況に直面し、他の資金調達方法を模索し始め、投資や投資家を探すことにしました。

 当時は、気球での宇宙遊覧フライトというアイデアはほとんど知られておらず、話を聞いてもらえませんでした。「宇宙と言えばロケット」という固定観念があり、私の提案はクレイジーだと捉えられがちでした。しかし、私は気球が一番合理的で確実な方法だと信じていました。そこで、この方法が本当に実現可能かを証明するため、宇宙ステーションと同じ環境を再現した実験を行うことにしました。

 2018年に、与圧したキャビンに酸素を供給し、二酸化炭素が溜まらないようにした環境で魚を宇宙に送り、生きたまま帰ってくることができました。この成功により、方法が実現可能であることを証明し、徐々に話を聞いてもらえるようになりました。そして、2019年末から2020年初めごろに増資の話が進みました。

―現在は撮影や実験の事業を行いながら、宇宙遊覧フライトに向けた実証を行っているのでしょうか。

 2024年春に、高度2万〜2万5,000メートルまで上がって戻るという有人フライトの試験を行う予定です。2023年10月には、高度1万669メートルの成層圏への到達に成功していますので、その倍以上の高さですね。

 そして、2024年の夏には商用運航を開始する予定で、すでにお客様も決まっており、その方々を宇宙へ送る計画です。現在のキャビンは2人乗りですので、夏の商用運航では5人のお客様が1人ずつ交代でフライトする計画になっています。飛行は10キロ到達までに1時間、25キロまで2時間かかり、上空を約1時間漂う合計約4時間の旅になります。1人当たりのツアー価格は2,400万円で募集しました。さらに今年の秋から冬にかけては、現在の装置よりも大型の新しい装置をリリースする予定です。

 1万メートルの高度は、エベレストよりも高いです。エベレストの登山には高度に耐えるために何カ月も要しますが、私たちの気球では1時間で到達します。通常では体が持ち堪えられるような環境ではありませんので、人が耐えられる与圧カプセルを作りました。

 国内では誰も人間用の与圧カプセルを作った人がいませんでしたので、私たちはゼロから開発しました。複雑な要件を克服し、必要な試験装置も含めて全て自社で製造しました。窒息のリスクを防ぐため、与圧空間での酸素供給と二酸化炭素の排出を管理する生命維持装置も開発しました。これらの装置はすでに数百回の地上実験と50回以上の飛行試験を経て実用化を達成しています。特殊な環境での通信機器も実用化されていませんでしたが、私たちは自社の通信ネットワークを北海道内に構築し、実運用しています。

image: 岩谷技研 2人乗りキャビン「T-10 EARTHER」

―本当にユニークな事業だと思います。世界を見渡した場合に、気球について研究されている企業や団体はありますか。

 例えば、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のチームは非常に優秀で、無人気球の最高高度記録(53.7キロ)を持っています。彼らの気球を製造しているのは別のメーカーで、JAXAは運用を行っています。われわれは自社での製造、運用、設計、飛行が可能です。これはわれわれの大きな強みです。また、気球に関してJAXAよりも10倍以上の論文を持っています。

 アメリカにはSpace PerspectiveとWorld View Enterprisesという2社の企業がありますが、あまり大きな動きがありませんので特に注目していません。NASAの気球チームは優秀だと思います。また、中国に関しては公にはあまり活動していないようですが、実際には軍用気球で世界で最も進んでいると推測しています。気球に関しては技術レベルの面で中国の方が進んでおり、最も注視すべきは中国だと言えるでしょう。

強みは「上空まで物を運ぶ能力」

―今後は宇宙遊覧フライトがメインの事業になっていくのでしょうか。

 われわれの強みは、上空までさまざまな装置を運ぶ能力にあります。例えば、ロケットに安全装置をつけるなど、地上でのテストでは不十分な場合、われわれの気球を使用して上空で安全装置のテストや人工衛星のフルスケールでの動作試験などを行うことが可能です。これにより、大幅なコスト削減が実現できます。

 また、われわれは有人用装置の開発において、与圧や生命維持機に関する豊富なデータを持っています。これは日本が月探査や宇宙基地建設を進める中で、必要とされる技術です。さらに、宇宙機の移動や宇宙服の開発にも取り組んでおり、宇宙服のコストを大幅に削減することを目指しています。

 われわれのビジネスモデルは、このような独自の技術やデータを持つことで構成されています。宇宙遊覧事業も含め、宇宙関連の多岐にわたる事業を展開しており、それぞれが相互に関連しながら、将来の宇宙活動に不可欠なサービスを提供していくことを目指しています。この総合的な能力が、われわれのビジネスの核となっています。

 将来的には、より多くの発射基地を持ち、多くのパイロットと従業員で運営できるようにしたいです。また、より多くの人が乗れるような大型の装置へと変化させていく必要があります。将来のツアー料金は200万円台まで下げられると考えています。

旅行会社や自動車メーカーとの協力も視野

―企業とのコラボレーションについては、どのような展開が考えられますか。

 現在、「OPEN UNIVERSE PROJECT」という新しいビジネスの機会を創出するプロジェクトを展開しており、JTBやアサヒグループジャパンなどが協賛しています。このプロジェクトは、宇宙に関する事業を検討している企業を募集し、製品や技術、サービスを活用して新しい市場を開拓することを目的としています。将来的には、宇宙遊覧サービスを共に開発し、拡大していくことを目指していますが、私たちは技術研究所であるため、旅行のセッティングや運営は得意ではありません。そのため、この分野に強い事業者と協力して進むことが望ましいと考えています。

 運行会社やエアライン企業の参加を期待しており、自動車会社の参加も強く望んでいます。私たちが作っているキャビンは自動車と非常に似ており、快適な空間の作成や安全性の確保に共通点が多いです。これは車を製造するメーカーにとって、自動車だけでなく宇宙でも活躍するビークルを提案する絶好の機会になります。

 私たちは、空気の薄い高所や火星と類似した環境、宇宙と同じ通信が可能な場所へのアプローチが可能な技術を持っていますので、ほかにも電気メーカーや通信会社、災害時の対応など幅広い場面での寄与が可能だと考えています。

image: 岩谷技研 HP

―御社の長期ビジョンと、将来の共創パートナーに向けたメッセージをお願いします。

 3年、10年、そして30年以上のスパンで考えてみましょう。まず3年計画としては、現在取り組んでいる宇宙遊覧の技術を確実なものにして、世界中に提供し、誰でも体験できるようにすることが目標です。10年計画では、この技術から生まれる新たな技術を活用して、世の中をより豊かにしていくという、もう少し抽象的な目標を掲げています。

 私たちは、生み出された技術は特許などで一時的に保護されるものの、最終的には全て人類のものとなるという考え方を基本に置いています。さらに長期的な視点である30年や50年の計画では、一度生み出された技術を全人類の財産と見なし、これまで不可能だったことを可能にし、社会を豊かにし、人類の可能性を広げることに貢献したいと考えているのです。この理念に基づき「一緒により良い未来を作っていきましょう」というのが私からのメッセージです。  



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