従来の砂糖と同じくらいの甘味を届けながら、より健康にお菓子を食べられるーー。そんな未来を実現しようとしているのは、イスラエル発の甘味料開発会社のIncredo(本社:イスラエル・テルアビブ)だ。同社が開発した「Incredo Sugar」は、人工甘味料ではなく、サトウキビ由来の天然甘味料を使用しながら、人間が甘味を感じる味覚受容体に効率的に届く独自技術が用いられている。Incredo Sugarを使用した商品は、砂糖含有量を従来比3~5割減らしながら、同じ甘さを実現できるという。すでに米国やイタリアの大手メーカーなどとも共同開発を進めるIncredoの共同創業者でExecutive ChairmanのEran Baniel氏に話を聞いた。

人間はなぜ砂糖を「甘い」と感じるのか?

―Incredoはなぜ、砂糖に代わる甘味料を開発しているのでしょうか。

 砂糖の過剰摂取とそれに伴う生活習慣病の増加は、世界中で大問題になっています。砂糖の摂り過ぎが、肥満や糖尿病、心不全などにつながっていることは明らかです。なぜ砂糖をついつい日常的に食してしまうかというと、「砂糖はおいしくて、安いから」です。消費者は美味しいものを好むのは当然ですが、食品メーカーにとっても低価格の素材を使うことはメリットです。例えば、一般的な「ミルクチョコレート」には砂糖が4〜50%含まれていますが、これは商品重量の25%に相当します。消費者も大好きで美味しい砂糖をカサ増ししても、売価は変わらずにすみます。

 Incredoは、砂糖と同じくらい甘くて、美味しいながらも、砂糖特有の健康リスクを低減させる代替甘味料「Incredo Sugar」を開発し、人々の健康を守る会社です。Incredo Sugarには、人工甘味料を使用していません。代わりに、ステビアという、植物由来の天然甘味料を使っています。ステビアはサトウキビ由来の原料で、非常に自然で、甘味の強い原料です。この素材を砂糖の代わりに商品に使用することで、30〜50%程度、砂糖の含有量を減らしながらこれまでと同じ美味しさを提供できます。さらにステビアには食物繊維も含まれており、砂糖よりも健康です。

 当社の技術が可能にしたのは、「少量の素材で、脳にダイレクトに甘みを伝える」ところにあります。実は、砂糖は、「甘味」に寄与するのは約20%で、そのほかは全く味覚に関係ない結晶で構成されているのです。他の80%は消化器官に入り、カロリーの摂りすぎにつながってしまいます。つまり、素材を全く無駄にせずに、「甘い!」と脳に効率的に伝えることができれば、カロリーの過剰摂取することはないということになります。

 Incredo Sugarにはステビアと、甘味をつなぐ少量のミネラルとタンパク質を含ませており、舌の上で結晶が壊れない仕掛けを施しています。砂糖の20%しか甘いと感じられないのは、結晶が舌の上で崩壊してしまうことが原因です。こうすることで、少量の素材で、「甘い」と感じさせているのです。当社はこのように、ステビアと、ステビアを凝固させ甘味を壊さない技術を開発することで、少量の甘味料で十分「甘い」と感じさせる商品開発をしているのです。

Eran Baniel
Co-Founder & Executive Chairman
Complementary Business Studiesを修了後、Israel Broadcastingでラジオドラマのディレクターを務める。その後、Curtain-Up International Exposure of Israeli Danceのプロデューサーとして勤務し、医療機器を開発するLifeWaveのCEOを務める。2014年、父親が開発した独自の甘味料をベースに、DouxMatok(現、Incredo)のCEOに就任。

―Incredo Sugarでは従来の砂糖の製法とは異なる技術を採用しているのですね。

 人間がケーキを食べて「甘い」と感じるのは、唾液が結晶になった砂糖を溶かすことに時間がかかる、その時間に由来します。80%の結晶は口に入れた瞬間に溶けてしまうので、20%の溶けない結晶が「甘味」に寄与しているのです。結晶さえ壊さなければ、砂糖の量は少なくとも、同じ甘さを届けられるわけです。

 食品メーカーにとっては、Incredo Sugarを商品に使用すると、従来の砂糖分のグラム数が減ってしまうのですが、その分、当社は食物繊維など、他の素材を入れるといった知見も提供しているのです。

 ただ、Incredo Sugarの製法を真似して、砂糖にタンパク質をただ入れるだけではダメです。なぜなら、タンパク質を入れすぎると、砂糖がカプセル化してしまい、甘味の受容体がそれを感知できなくなってしまうからです。

 当社独自の手法もさることながら、私たちの事業領域の特徴は、提携先との深い連携が不可欠だ、という部分にあります。食品は工業製品とは違い、「必ずその製品を導入したら、同じような結果を生み出せる」といった分野ではありません。砂糖とバニラを足す場合でも、使用するバニラの種類や、用途がアイスクリームに使うのか、ケーキに使うのかといった条件次第で、最終的な結果が異なってしまうのです。

 また、それぞれの食品メーカーが得意としている顧客の味覚に合わせた甘味に適合する必要もあります。例えば、われわれはイスラエルとメーカーと仕事をする時と、米国のメーカーと仕事をする時では、Incredo Sugarの配合量や製法など細かな点において変更を加えているのです。

image: Incredo

向こう2年で1,000万ドル規模の収益を見込む

―父親が創業された企業と技術を継承して、Incredoの現在の形になったそうですね。

 私の父は約1年半前、103歳で亡くなりましが、生前は科学者で、日本企業にも技術供与をしていました。彼は第2次世界大戦中と戦後、砂糖不足に対応するための研究に従事していたのです。当時はそもそも砂糖の絶対量が不足しており、「どうしたら少量の砂糖で、甘みを感じられるようになるのだろう」と考えていたそうです。

 父は少量の砂糖にデンプンを加えるとより甘くなるということを突き止めました。その後、人工甘味料のスクラロースの研究にも携わりましたが、「本当の砂糖の味がしない、人工的だ」と失望していました。われわれ親子にとって「砂糖と同じように甘く、より健康的な素材をつくる」ことは悲願でした。

―御社の成長を示す数字について教えてください。

 われわれは多くの食品メーカーと協業し、Incredo Sugarが含まれた商品を市場に投入しようとしています。チョコスプレッド「ヌテラ」などを販売するイタリアの菓子メーカー、Ferreroや、米国の業務用チョコレート製造企業Blommer Chocolate Company(不二製油の子会社)との協業です。

 これらの企業との協業で得られる収益は、今後の2年間で1,000万ドル規模を予想しています。今後2年間は、これらの会社がIncredo Sugarを取り入れたレシピに変更するために、商品開発を共同で進めていきます。われわれはさまざまな業態の食品メーカーとプロジェクトを進めており、その数は300社に上ります。

―2025年を目処に、Incredo Sugarが入ったチョコレートが店頭に並ぶ、という計画なのですね。

 Blommer Chocolate Companyとはチョコレートとチョコレートチップを共同開発し、前者は砂糖含有量を30%、後者は50%カットしています。さらに、多くの中小のメーカーとも提携を開始させており、準備は万端です。

 現在、当社はIncredo Sugarを製造する工場をイスラエルとオランダに所有しており、24年には米国でも製造をスタートする予定です。

image: Incredo

日本人の味覚に合う「健康的な和菓子」をつくりたい

―日本市場に参入する考えはありますか。また、日本企業と提携するならどのような関係性を求めますか。

 日本市場には参入したいと常々考えておりました。最初は「対顧客」という関係性になるでしょうが、ゆくゆくは研究開発や製造も日本で行いたいと思っております。最初は拡販・代理店から始めて、徐々に共同研究や合弁事業などに移っていきたいです。日本人の味覚に合うようにIncredo Sugarを「翻訳」するためには、日本の食品メーカーと腰を据えて研究をする必要があると考えているからです。

 対顧客という関係性であれ、現地での生産であれ、重要なのは日本人の味覚にフィットする商品をつくることです。今のところ、当社は欧州と北米市場でビジネスを展開していますから、自ずと商品も、ケーキやチョコレート、ビスケットなど西洋菓子が中心になっています。日本市場では餅や抹茶菓子といった和菓子にも挑戦したいと考えています。

 日本の砂糖農業には長い歴史があり、産業も保護されています。海外からの輸入には高い関税がかかるため、ゆくゆくは日本企業と提携して、現地でIncredo Sugarを生産したいと考えています。

―最後に、今後の目標を教えてください。

「甘くて美味しい」商品を食べながらも、知らないうちに健康になっていた、という体験を消費者に届けたいですね。私たちは自分たちが行なっている事業が今日の世界にとって重要であることを確信しています。今後も、消費者が味に妥協することなく、健康的な食生活を実現する手助けをしていきます。



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