チーズやヨーグルトといった乳製品は世界中で愛されているが、その生産は資源を大量に消費し、環境負荷も大きい。こうした課題に挑むのが、ベルリン発のフードバイオテック企業Formo(フォルモ)だ。日本の伝統にもゆかりのある「麹菌」を用いた精密発酵で、動物由来の原料を一切使わずに乳タンパク質を生み出し、本物のチーズと変わらない味や食感を実現した。同社はすでに欧州で販売を開始し、日本企業も投資を行うなど注目が集まっている。今回は、創業者でCEOのRaffael Wohlgensinger氏に、創業の原点、技術の特徴、そして日本市場への展望を聞いた。

目次
スイス育ちのCEOがつくる代替チーズ
麹菌なら作れる「理想の乳タンパク質」
日本企業との製造パートナーシップに期待

スイス育ちのCEOがつくる代替チーズ

 世界的に代替タンパク質への注目が高まるなか、植物性タンパク質や培養肉に挑む企業は数多い。そんな中で、フォルモはあえて別の道を選んだ。同社が手がけるのは、麹菌(学名:Aspergillus oryzae)を使った精密発酵による「動物性原料ゼロ」の乳タンパク質だ。

 スイス出身の起業家Wohlgensinger氏は大学でビジネスを専攻し、2018年にベルリンへ移住。食とヘルスケア分野に特化したベンチャーキャピタル(VC)、アトランティック・フード・ラボ(Atlantic Food Labs)でベンチャーアナリスト、ビジネス開発マネージャーを務めるなど、投資と事業開発の両面で経験を積んだ。

「私のバックグラウンドはビジネスです。いくつかのスタートアップで働き、その中にはファッション業界もあれば、食品関連もありました」と振り返る。

 しかし、彼を起業へと駆り立てたのは、幼い頃から抱いてきた生物学への強い関心だった。「常に悩んでいたのは、ビジネスを学ぶべきか、それとも生物学を学ぶべきか。最終的に私を突き動かしたのは、生物学の可能性を信じる気持ちでした」

 彼の目には、生物学は未来を変える「自然の技術」として映っている。「今やコンピューティング、ヘルスケア、食品、医薬品、素材産業の多くがバイオテック主導に移りつつあります。人類は石油化学ベースの製品から、生物学を基盤にしたものへ移行していくでしょう。なぜなら、生物学は最も持続可能で、自然と調和した技術だからです」

 起業の背景には、もうひとつの情熱、食への愛着もある。「食べ物は常に私の情熱でした。スイスとブラジルの血を引く家庭で育ち、食は家族をつなぐ存在でした。美味しい食事が大好きなんです」

 スイスで乳製品やチーズ、チョコレートに囲まれて育った彼は、2018年10月、フォルモを創業。そこには明確なビジョンがあった。「これらの素晴らしい食品を、より持続可能で、より健康的に、より正しい形でつくりたい。従来の酪農では抗生物質やホルモンの使用が避けられず、その影響が製品に残ります。だからこそ、生物学の力を使って未来の乳製品を再設計しようと考えました」

 こうして「より良い乳タンパク質と乳製品を生物学で生み出し、世界に届ける」という理念の下、フォルモは歩みを始めた。

Raffael Wohlgensinger
Founder & CEO
スイスのザンクトガレン大学で国際戦略・経営を専攻。卒業後、ベルリンのスタートアップやベンチャーキャピタルでの経験を積み、2018年10月にベルリンでフォルモの前身となるレジェンデアリー・フーズ(LegenDairy Foods)を創業。2019年より、26歳未満の起業家を対象にした非営利団体シグマ・スクエアード・ソサエティ(Sigma Squared Society)のフェローとして活動。2020年からは、合成生物学やフードテック、グリーン産業に特化したVCのパートナーとして、欧米の先進スタートアップへの投資にも携わる。

麹菌なら作れる「理想の乳タンパク質」

 フォルモの技術の核心は、日本の伝統的な発酵文化にも欠かせない「麹菌」を使った精密発酵にある。創業当初はカゼインやホエイといった、牛乳由来の主要タンパク質の再現に注力していたが、研究を重ねるうちに意外な発見があった。

「私たちが麹菌を使って乳タンパク質をつくる過程で、その菌自体が生み出すタンパク質にも注目しました。すると、それらがチーズやヨーグルトといったあらゆる乳製品に非常に適していることが分かったのです」とWohlgensinger氏は語る。

 現在、フォルモはドイツとオーストリアで麹菌ベースのチーズ製品を直接消費者に販売している。しかし、同社の本当の狙いは「原料と技術のプラットフォーム化」だ。「私たちの収益モデルは、機能性と栄養価に優れたタンパク質を大手食品メーカーや乳業会社に提供することです。彼らがその原料を使って、新しい乳製品を市場に送り出せるようにしているのです」

 製造の仕組みも特徴的だ。自社で工場を持つのではなく、委託製造業者に独自の菌株と発酵プロトコルを提供し、そこで生産された原料を食品会社に販売するというモデルをとっている。「私たちは『レシピ』を持ち、それをパートナーに渡します。彼らがその通りに製造し、私たちが完成した原料を供給する。そんな形で事業を展開しています」

 同様の取り組みを行う企業は米国にも存在するが、フォルモは「技術的成熟度」で優位に立つと自負する。「この技術の開発には時間がかかります。私たちはすでに6年の蓄積がありますが、他の多くの企業はまだ2〜3年程度。だからこそ、私たちの規模、生産効率、成熟度は世界的に見てもリードしているのです」

 その成果は数字にも表れている。ドイツの精密発酵協会と共同で実施したライフサイクルアセスメントでは、従来の乳製品と比べて温室効果ガス排出量65%削減、水使用量80%削減、土地使用量98%削減という大幅な環境改善効果が確認された。

 だが、フォルモの強みは環境面だけではない。「私たちは発酵によって、牛乳に含まれる最も純粋で機能的なタンパク質だけを選んでつくることができます。その結果、従来の乳タンパク質よりも泡立ち性や溶解性が優れたものを実現しています」

 さらに、生物学的な多様性を活かせるのも大きな利点だ。「例えば、ヨーロッパの牛とアジアの牛では、同じ種類のタンパク質でもわずかに性質が異なります。私たちはそれら自然界の選択肢をすべて検証し、常に『最良のもの』を選び出せるのです」

 一方で、従来の酪農では数百頭、数千頭の牛からの牛乳が混ぜ合わされるため、どうしても「平均的な品質」に落ち着いてしまう。フォルモの技術はその制約を超え、「理想のタンパク質」を狙って生産できる革新性を持っている。

image : Formo

日本企業との製造パートナーシップに期待

 創業からわずか6年で、フォルモは急成長を遂げてきた。「一人で始めた会社が、いまでは75人規模になりました。銀行口座の資金はゼロからのスタートでしたが、これまでに累計1億1,000万ドルを調達しています。欧州では小売業者5社と提携し、さらに大手乳業・食品会社5社とのパートナーシップも築いてきました」とWohlgensinger氏は語る。

 知的財産の蓄積も着実に進んでおり、現在は約30件の特許と50件の企業秘密を保有。技術的な優位性を確かなものにしている。

 グローバル展開を進める上で大きなカギとなるのが食品規制の承認だ。フォルモはすでに米国で承認を取得済みで、今後24カ月以内に複数の地域で新たな承認を目指している。「次の焦点は米国だけでなく、シンガポールなど他の市場での承認です。シンガポールは新規食品に非常に前向きな姿勢を示しており、東南アジアにおける最初の拠点として有望だと考えています」

 生産規模の拡大については、大手食品企業との協業に期待を寄せている。現在の発酵規模は1万5,000〜3万5,000リットルだが、次のステージでは10万リットル以上へ拡張する計画だ。「味の素や三菱ケミカルグループのように発酵資産を持つ企業は、私たちにとって理想的なパートナーになり得ます。また、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)やカーギル(Cargill)(いずれも食品業界の大手)といったグローバル大手も、産業規模へのスケールアップを後押ししてくれるでしょう」

 日本市場への関心も高い。投資家であるフューチャー・フード・ファンド(Future Food Fund、オイシックス・ラ・大地のCVC)を通じた市場調査では、健康志向や新しい食品への関心の高さが確認されている。「日本の消費者は新しいものを試すことに積極的で、特に健康にプラスとなる食品には強い関心を示します。乳糖不耐症の方が多い日本では、乳糖を含まない私たちの製品が大きな価値を持つはずです」

 規制面では欧州と同様に慎重な審査が予想されるものの、労働力不足や乳糖不耐症といった構造的課題を抱える日本市場は、参入する十分な理由があると見ている。

 さらにWohlgensinger氏は、長期的なビジョンも明確に描いている。「5〜10年後には、私たちの技術で生まれた原料や製品が、世界1億世帯の冷蔵庫に届くことを目指しています」

 その実現に向け、日本企業との連携は重要な要素だ。製造や製品開発のパートナーシップを通じ、日本での事業拡大を加速させる方針を掲げている。同氏は2025年秋に日本を訪問予定で、現地での具体的な協業を模索するという。

「私たちの原料や製品をぜひ試してみてください。常に前向きで先進的なパートナーを探しています。イノベーションと伝統が交差する日本の文化と市場を、とても魅力的に感じています。一緒に未来をつくりましょう」

image : Formo HP



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