イスラエル軍出身CEOが作ったデジタル資産プラットフォーム
暗号資産などの保管、取引、発行を集約した同社のプラットフォームは、世界中の取引所とつながり、何百種におよぶトークンを24時間、安全かつスピーディにやり取りできる。ボタンをクリックするだけで、ビットコインからイーサリアムへと瞬く間に連携する画面を見れば、そのスピードに感動すら覚えることだろう。しかもハッキングの脅威から守るために、業界の厳しい規制要件を満たすエンタープライズ級のセキュリティも実現している。
イスラエル出身のShaulov氏は、軍の諜報機関でソフトウェア開発チームのリーダーとしてキャリアをスタートさせて以来、20年以上にわたりサイバーセキュリティ業界で過ごしてきた。2011年、iPhoneやAndroid端末の保護を目的とした企業向けセキュリティ会社、Lacoon Mobile Securityを立ち上げる。この会社はその後、世界的なネットワークセキュリティ企業Check Point Software Technologiesに買収された。
2017年、Shaulov氏は当時の金融システムが抱える「未来の課題」に気づく。それは、すべての金融資産がデジタル化に向かいつつあるのに、それらを守るセキュリティが欠如していることだった。
「暗号通貨などデジタル資産は、金融システムの将来にとって非常に重要な変革をもたらすものです。将来的に、すべての金融資産がトークン化されるでしょう。つまり、事実上、デジタル化されるということです。そこで大きな問題の1つは、ウォレットや資産の保管、送信を十分に保護するシステムがないことでした」
暗号資産の売買は個人で行うか、所有者に代わって保管や管理、移転を行う取引所(=カストディ)を通じて行われる。しかし、日本でもマウントゴックス、コインチェックといった仮想通貨取引所で、暗号資産の大規模な流出事件がたびたび起きてきた。ハッキングから資産を守り、安全に流通させるインフラ、カストディ・ソリューションを提供したいと2018年、Fireblocksを立ち上げたのだ。
2兆ドル超の取引をハッキングの脅威から守る秘密計算技術
Fireblocksはどのように暗号資産のセキュリティをハッキングの脅威から守っているのだろうか。Shaulov氏は次の2つの技術的な特徴があると説明した。
「ひとつは秘密計算技術、MPC(Multi Party Computation)を用いていることです。暗号資産を保管するウォレットは、秘密鍵と呼ばれる非常に長いパスワードが設定されていますが、これは一度盗まれると犯罪者に大事な資産をコントロールされてしまいます。これは単一障害点ゆえに起こる問題です。MPCの秘密鍵はバラバラな破片にされて、複数のデバイスに分散して保管されるので、単一障害点の問題をクリアにします」
Image: Yuri Shebalius / Shutterstock
「もうひとつはSGXと呼ばれる、インテルの半導体を使用していることです。これはサーバーのCPUを特定の方法で使用することにより、保存されている情報は外部だけでなく、内部にいる犯罪者でもアクセスできないようにするものです。このようにMPCとハードウェアの両方からデジタル資産を守っています」
ちなみにこのMPCの技術は、セキュリティだけでなく、もう一つ優れた側面を持っている。それは、ほかのカストディ・ソリューション企業との差別化ももたらしていることだ。たとえば競合であるBitGoは秘密鍵にマルチシグ方式を採用していて、複数の鍵を生成してリスクを分散化させる方法をとっている。だが、この方式はコストが高くなるという欠点があった。また、BitGoは異なるブロックチェーン間の互換性もない。
一方、FireblocksのMPCアルゴリズムは、すべてのブロックチェーン上で動作する。そのため750種類以上のトークン(暗号資産)と30カ所以上のデジタル資産取引所とつながり、これまでと比べて8倍というスピードで取引が可能となった。セキュリティの面で優れているだけでなく、DeFiを加速させるソリューションになっていると言えるだろう。
実際にFireblocksを導入して、スケールアップに成功した新興フィンテックの事例をShaulov氏はいくつか紹介した。
「金融サービスのGalaxy DigitalやGenesis Global Tradingは、私たちのテクノロジーを採用したことにより、これまでと比べて10倍、20倍以上の顧客獲得に成功しました。またイギリスのRevolutや、アメリカのRobinhoodなどリテール向けのフィンテックは、数千万人のユーザーにサービスを提供できるようになっています」
顧客はこうした暗号資産ベンチャーばかりではない。ほかにも米大手信託銀行のBNY Mellonや、クレディスイス銀行、日本の GMOインターネットなど800以上の金融機関、フィンテックなどとつながっている。これまでにトータルで2兆ドル以上のデジタル資産取引を安全に実施してきた。
すべての金融資産がデジタル化されるWeb3の世界を支えたい
Fireblocksは昨年、業績を600%もアップさせた。パンデミックのような社会不安が広がっていることも、暗号資産のニーズを広げている理由だという。2021年12月のシリーズEで、Spark Capital、Sequoia Capital などから5億5000万ドルを調達している。資金は新しい機能をリリースする技術開発と、日本をはじめグローバル進出に注いでいく考えだ。
今年の終わりまでに、顧客を2000社まで増やしたいというShaulov氏は、目標達成にむけて次の3つの課題をあげた。
「1つ目は、より多くのニーズを獲得するために、さまざまなユースケースに応えていかなければなりません。たとえば、NFTに関連した機能を充実させたり、決済方法の種類を拡大させたりすることを検討しています。2つ目は、地理的な拡大です。私たちの顧客には世界的な大手銀行があります。日本でもそうした銀行と取引したいと思っています。もちろんリセラーやディストリビューターとのパートナーシップも考えられるでしょう。そして、3つ目は、M&Aのようなノン・オーガニック・グロースでの成長を目指しています」
暗号資産への投資は、「危険なもの」として尻込みする人も多い。だが、信頼できる「第三者によるカストディ・サービス」が充実すれば、大手金融機関や投資家などプレーヤーがますます増えることが期待できるだろう。最後にShaulov氏は暗号資産のインフラを支えることが自分達のミッションだとして、次のように語った。
「Fireblocksは基本的に企業のためのバックエンドであり、機能です。すべての金融資産はトークン化され、デジタル化されるでしょう。ほとんどの企業は、デジタル資産をWeb 3でやり取りすることになると思いますが、私たちはそれらの資産へのセキュリティアクセスや保存、取引を非常にシンプルかつ簡単に行うためのバックエンドを目指します」