旅行需要に応じて航空券の価格が変動するダイナミックプライシング。航空業界はこれまで需要予測を過去のデータに頼っていたが、イスラエル・ネタニアに本社を構えるFetcherrのAIは市場の最新動向まで加味し、最適な意思決定を下すことができ、デルタ航空をはじめ、世界中の多くの航空会社で採用されている。航空業界を皮切りに、どのようなビジネス展望を抱いているのか、同社の共同創業者でCEOのRoy Cohen氏に話を聞いた。

目次
「顧客に完全カスタマイズさせたAI」を開発
FetcherrのAIの意思決定は透明性が高い
Amazonの価格設定を「公開情報」だけで完全に予測

「顧客に完全カスタマイズさせたAI」を開発

―Fetcherrはどのような課題を解決する企業なのでしょうか。

 Fetcherrは、独自開発したAIを通じて組織の意思決定を支援しています。具体的には、航空会社の「ダイナミックプライシング(変動料金制)」や航路の最適化、在庫を基にした価格の最適化などの意思決定をAIで行うことを指します。

 航空会社の競争力に直結するこれらの意思決定は、これまで人間の頭脳に制約された形で行われてきました。問題は、売上高が数十億ドル規模ある大企業においては、部門間の透明性が低く、意思決定に歪みがでてしまうことです。従業員を2万〜3万人抱えている企業は、それだけ意思決定の数が多く、(部門間の利害が対立するという意味において)効果的な判断ができないのは、ビジネスパーソンが共通して持っている課題ではないでしょうか。

 Fetcherrは、顧客企業に完全カスタマイズされたAIを開発し、顧客の意思決定をより効果的なものにしています。例えば、当社の生成AI価格設定エンジン(Generative AI Pricing Engine)を活用し、売上高を10%以上伸ばした企業もあります。従来は過去の顧客データを用いることでしか需要を予測できなかったのですが、最新の市場動向も含めることで精度が上がり、大幅に収益をアップできたのです。

 また、顧客の購買行動を予測するLMM(Large Market Model、大規模市場モデル)を活用して、通常1年弱かかるチケット在庫管理作業を大幅に短縮し、数千万ドル規模の収益増加を実現した例もあります。

 当社自体のARR(年間経常収益)は何倍もの勢いで増えていますし、デルタ航空やアズール・ブラジル航空、ウエストジェット航空など世界の航空会社が採用しています。FetcherrのAIは航空業界に限らず、物流や金融といったユースケースも想定されます。

Roy Cohen
Co-Founder & CEO
Ono Academic Collegeで経営学の学士号と修士号を取得。ECサイトの起業やBAYA ZICONや、Sao Tradeで事業開発責任者を、Santokでプロダクトイノベーション・ディレクターを歴任し、2018年にFetcherrを共同創業、CEOに就任。

FetcherrのAIの意思決定は透明性が高い

―FetcherrのAIには、どのような特徴があるのですか。

 FetcherrのAIは、ニューラルネットワークと強化学習を用いたシステムで、完全に独自開発したものです。ビッグ・テックが開発した既存モデルを流用した既存ベンダーのものとは一線を画している、という意味です。

 既存のベンダーのAIは「ルール」や「キャッシュ」に縛られています。つまり、AIのシステム自体、事前にベンダーが用意したものであり、意思決定も予め設定されたシステムや事前データに基づいて行われることが一般的です。

 対するFetcherrのAI「T0(タイムゼロ)」から企業のデータを学習し始めます。顧客企業にFetcherrのシステムが導入された時点から学習を始め、企業の特性によって意思決定の特性が適応し、パンデミックや悪天候など突発的なイベントにも対応可能です。

 時間の経過とともに学習の精度が高まり、市場のダイナミクスも学ぶことに加え、部門間で分断されていたデータも取り込んでいきます。従来型のシステムでは定期的なアップデートが必要ですが、Fetcherrは常に組織のデータを自発的に取り込むという意味での「学習型AI」であることから、その必要もありません。

 さらに、FetcherrのAIが提案する意思決定は、「なぜその決断を下すに至ったか」の思考プロセスまで明らかにしてくれます。AIは通常(どのような学習を経てその結論になったかが不明瞭という意味で)ブラックボックスと揶揄されるきらいがありますが、当社のAIは「ガラスボックス(透明性が高い)」と言えるでしょう。

 FetcherrのAIは「生きている(alive)」と形容できます。企業の事情に合わせ、自ら学習していくAIなのですから。

 先ほど当社の生成AI価格設定エンジンを活用し最適な需給調整を行った結果、10%売上高を伸ばした企業も存在するとお話ししました。この「10%」は完全に新規の収入であることも強調しておきたいと思います。当然ですが、Fetcherrを導入しなければ、この新規収益分は存在しなかったのです。

image : Fetcherr HP

Amazonの価格設定を「公開情報」だけで完全に予測

―Fetcherr創業に至ったきっかけは?

 Fetcherrは私を含めた3人で共同創業した企業です。私のバックグラウンドは小売やECで、AIの専門家ではありません。ただ、20年間の小売ビジネスの経験で、Amazonの研究をしてきました。どれほど努力しても、Amazonの火力、つまり彼らの膨大な顧客データと独自のアルゴリズムを駆使した最適な価格調整能力には勝てないことは明らかだったのです。

 そこで、私と共同創業者でChief AIのDr. Uri YerushalmiはAmazonの価格を公開情報のみで2週間先まで予測するPoC(概念実証)を行い、正確に当てることに成功しました。このPoCが、Fetcherrのアルゴリズムの基礎技術となっています。

 そこで私たちは「Amazonの価格設定の裏側のロジックを公開情報のみで当てられるのなら、他業界の意思決定をリアルタイムで最適化するBtoBのシステムを開発できるのでは?」と思いついたのです。

 まずFetcherrが目をつけたのは航空業界。航空業界は数兆ドル規模の巨大市場であり、個々の企業の売上高も非常に大きいのですが、使用しているシステムが旧来のレガシータイプであり、新たなAIがもたらす効果も莫大だと判断したのです。

 また、航空業界では購買フローの最初に「航空券の購入」というものがあり、この購買行動が収益を大きく左右します。このプロセスにおいて最適な意思決定が可能になれば、航空業界に関連する他の産業、例えば宿泊業やレンタカー業などへの波及効果も見込めます。

 Fetcherrの成功はタイミングも大きな役割を果たしました。2020年にコロナ禍が世界中を襲い、航空業界はこれまで需要予測で用いていた線型モデル(過去のデータを基に意思決定するモデル)が破綻し、リアルタイムでの需要予測が、生き残りのために必須となったのです。

image : Natali _ Mis / Shutterstock

―日本市場に参入する可能性はありますか?

 すでに日本の大手エアライン2社と話をしています。私は日本企業と長年仕事をしてきましたが、彼らは新たなテクノロジーに対して非常に好意的であり、意思決定を慎重に行うことも知っています。Fetcherrは必ず彼らが必要とするテクノロジーであることを確信しています。

―日本企業との協業を考えた場合、どのようなパートナーシップの形態が理想だと考えていますか?

 基本的には業者を挟まず、顧客と直接取引したいですね。当然ですが、FetcherrのAIには機密情報も学習させる必要があります。一方で、私たちの技術を日本企業に宣伝してくれるマーケティングパートナーは必要でしょう。市場に詳しいサービス・ベンダーや、コンサルティング会社など顧客と引き合わせてくれるパートナーを募集しています。



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