幼稚園から小学3年生までの子供を対象に、紙の本とAI個別指導アプリを組み合わせて読解力向上を支援する米サンフランシスコ発のスタートアップ、Ello(エロー) 。パンデミック以降、米国で深刻化した読解力低下という課題に対し、「すべての子供が読書に夢中になる可能性を持っている」という信念のもと挑んでいる。
毎月5冊の本が自宅に届き、子供は専用アプリ内の青いゾウのキャラクターに向かって音読する。AIが音声を解析し、読み間違いをその場でフィードバック。一人ひとりの習熟度やつまずきに応じて、指導内容も常に最適化される。
さらに、子供自身が物語を創作できる機能も。例えば「ch」の発音を練習している段階では、「chair」や「cheer」といった単語が自然に物語へ組み込まれるなど、学習目的と物語体験が巧みに融合されている。
同社は今後、この体験を単なる読書アプリではなく、「世界初の真のAI教師」へと進化させようとしている。共同創業者でCEOのトム・セイヤー(Tom Sayer)氏に、創業の原点とその思想を聞いた。
目次
・子供の教育に情熱を注ぐ原点
・目標は、個別教育を提供する「真のAI教師」
・AIが親ではできない役割を担う
・「読書アプリ」を「教師」に飛躍させる次フェーズ
・競合他社との差別化要因は?
子供の教育に情熱を注ぐ原点
―これまで、恵まれない子供たちのための学校で教えたり、Google for Educationに関わったりと、教育支援に一貫して携わってきたそうですね。もともと強い関心があったのでしょうか。
答えはイエスです。ただ、自分がそうだと気付くまでには長い時間がかかりました。
私はイングランド北部の港町ハル(Hull)で育ちました。産業が衰退し、教育水準も国内で最も厳しい地域の一つです。教育がうまく機能せず、子供たちが十分な機会を得られない。その結果、地域経済も回らない――そんな悪循環を目の当たりにしてきました。
私は幸運にも、多くの人が得られない機会に恵まれました。その経験が最初のきっかけです。
高校生の頃には地元で恵まれない子供たちを支援し、その後ニュージーランドでも同様の活動に関わりました。ただ当時は、教育が自分のキャリアの中心になるとは思っていませんでした。いろいろなことを試しながら、自分が何をしたいのか探していたんです。
転機になったのはスタンフォード大学でした。MBAと教育学修士のジョイントディグリーを取得したのですが、当初は教育の仕事に就くためではなく、地元にフリースクールを設立したいと思ったからでした。
しかし、在学中に気づいたんです。教育は単なる“インパクトのあるプロジェクト”ではなく、自分がキャリアを捧げたいテーマなのだと。ちょうどその頃、Googleでの機会が巡ってきました。「ここは、教育に与えたいインパクトを学ぶのに最適な場所だ」と感じました。
目標は、個別教育を提供する「真のAI教師」
―エローのミッションについて教えてください。
私たちのミッションは、すべての子供の可能性を最大限に引き出すことです。
ただし、ここで言う“可能性”は、私たちが定義するものではありません。子供は皆ユニークで、得意なことも苦手なことも違います。それぞれがどんな存在に成長するのかは、誰にもわからない。
私は、バークレー大学のアリソン・ゴプニック教授の『The Carpenter and the Gardener』という本が大好きです。多くの人は、子供の成長支援を「大工」のように考えます。理想の形を思い描き、それに合わせて削り出す。しかし、本来は庭師であるべきだと彼女は説いています。
庭師は、木を別の花に変えようとはしません。水や日光、栄養などの環境を整え、その子が本来持っている可能性を最大限に引き出す。私たちの役割も同じです。
子供たちがどんな姿に成長していくにせよ、その「最高のバージョン」になるために必要な環境とツールを提供したい。それが私たちの考え方です。
そして、その実現方法として掲げているビジョンが、世界中の子供に1対1の個別教育を提供する「真のAI教師」をつくることです。
Image : Ello
AIが親ではできない役割を担う
―エローは「すべての親が望む、忍耐強い読書パートナー」とも表現されています。親が十分な時間と忍耐を持てば、AIより良いサポートができると思いますか。
そうは思いません。理由は2つあります。
1つ目は、専門性です。すべての親が識字教育の専門家であることは現実的ではありません。もちろん学ぶことはできますが、算数や社会情動学習など、すべての領域で専門家になる必要があります。エローは、読書の科学に基づき、親に合理的に期待できる水準よりも深いレベルで設計されています。
2つ目は、親子関係そのものが持つプレッシャーです。子供は、地球上の誰よりも親に認められたい存在です。だからこそ、読書につまずいている子供にとって、親の前で読むことは大きなプレッシャーになります。そのため教師は、子供にぬいぐるみやペットに向かって読むよう勧めることがあります。プレッシャーが下がり、練習しやすくなるからです。
エローは、プレッシャーの少ない環境と専門的な指導の両方を提供します。親は、親であることをやめることはできません。その感情的な重みを取り除くことはできないのです。私たちは親の代わりになるのではなく、親では担えない役割を補完したいと考えています。
その思想は価格設計にも表れています。政府の支援を受けている家庭には、当初月額2.99ドルで提供していたが、現在は99セントまで引き下げました。利益を追求しているわけではありませんが、完全無料にするのでもなく、ごくわずかでも料金を支払ってもらうことで、家庭がサービスを使い、価値を得る可能性が高まると考えています。
政府支援を受けていない家庭向けの通常プランは、子ども3人までで月額14.99ドルとなっています。
「読書アプリ」を「教師」に飛躍させる次フェーズ
現在のエローは、読書発達カリキュラムに沿って学習が進む設計になっています。私たちは1,000冊以上のデコーダブル・ブックスを制作してきました。子供が本当に読む力を身につけるために必要な本です。
一方で、子供にとっては自分の興味に合った物語の方が魅力的です。そこで生成AIを活用した「Storytime」を開発しました。子供自身が物語をつくりながら読むことができます。
ただし、今後は大きく変わります。新しいバージョンでは、「最高の読書アプリをつくる」という発想をやめました。
代わりに考えたのは、優れた教師とは何かです。優れた教師が持つ能力を先に構築し、それを読書に応用する。例えば現在のアプリでは、文章を正しく読めば「よくできました」と反応し、間違えれば修正します。しかし子供が「退屈だ」と言った場合でも、従来型のアプリはその感情を理解できません。
新バージョンでは違います。子供が「退屈」と言えば、「別のものを読む?」「別のアクティビティにする?」と提案できる。単に正誤を判定するのではなく、子供の状態や感情を理解しながら関わる存在になるのです。
Image : Ello
―AI教師が広がると、読書以外の悩み相談なども担う可能性がありますか。
それは私たちの目標ではありません。5年後には、すべての子供がAI教師を持つようになるかもしれません。それは素晴らしい可能性を持っていますが、使い方を誤れば問題も生まれます。
ソーシャメディアは、子供たちにとって災難だったと私は思っています。大人が正しい使い方を教えられなかったからです。AIも同じです。
子供は、それが人間ではないと理解する必要があります。読書を教えることと、子供の感情や人生を導くことは全く別です。だからこそ私たちは、まず読書支援という領域に集中しています。
競合他社との差別化要因は?
―競合とはどのように差別化を図っていますか?
当社にとっての「競合」はさまざまです。学校向け読書支援、数学、語学など多くの企業があります。将来的にはGoogleのような大手も競合になるでしょう。
ただ、本当の競合はまだ存在していないかもしれません。AIの進化によって、2人や3人のチームでも大きな企業を生み出せる時代になっています。
私たちの強みは、世界トップレベルのエンジニアと、子供の学習科学の専門家が同じチームにいることです。テクノロジーだけでは不十分で、子供が夢中になり、学べる設計が必要です。この組み合わせこそが差別化になります。
―海外展開の計画はありますか?日本市場への進出意欲は?
海外展開については、日本も有力な候補です。日本は親の教育への関心が高く、英語学習ニーズも強い。英語学習ツールとして大きな可能性があります。
ただし、日本市場を理解するためには現地パートナーが不可欠です。保護者が何を重視するのか、どのような体験が求められるのかを理解する必要があります。
―将来的な目標について教えてください。
今後の目標はシンプルです。
人々が見た瞬間に「これは今までの教育テクノロジーとは違う」と感じる、本当のAI教師を世に出すこと。そして子供たちが、これまでとはまったく違う形で学び、可能性を広げていく未来を実現することです。