目次
・父が言った「化学で農家を助けてくれ」
・実験数千回で見つけた組み合わせはコレ
・自重の約50倍の水を吸える能力
・日印以外にも欧米やタイがターゲット
・どんな日本企業との提携を求めているか
父が言った「化学で農家を助けてくれ」
―自然由来の高吸水性ポリマーをビジネスにするようになったきっかけについてお聞かせください。
私はインド北西部のラジャスターン州にある小さな農村に生まれました。村ではほとんどの人が農業に従事していて、父もトウモロコシを栽培していましたが、ある年、20日間の日照りが続き、作物は全て枯れてしまいました。当時、私は高校生で化学に興味があり、本を読んで勉強していましたが、作物を失い、落胆し切った父が私のところに来て、「そんなに化学に興味があるのなら、それを役立てて私たち農家を助けてくれ」と言ったんです。
その言葉が胸に響き、父だけでなく、世界中の何百万もの農家が同じ水不足の問題に苦しんでいるのだと改めて気付かされました。そこで早速、水問題の解決策を探し始め、点滴灌漑やマルチング、スプリンクラーなどの方法があることを知りました。しかし、調べてみると、農家の多くはこの方法が使えないことも分かりました。これらの設備は、貧しい農家にとってはとても高価で手が出ませんし、そもそも水が少なければ使用できません。
別の解決法を探ることにしたのですが、ネットの無料講座や研究論文などを見るうちに、アクリル酸やアクリルアミドベースの高吸水性ポリマーがあることを知りました。しかし、石油由来の化学ポリマーには生分解性がなく、短期的には問題を解決できるかもしれませんが、土壌には有害です。そこで私は、自然素材の高吸水性ポリマーに目を向けることにしました。
われわれの周りにはたくさんのバイオマス廃棄物があり、インドだけでも毎年2億3,100万トンもの廃棄物が発生しています。そのうちの30~40%はリサイクルされていますが、残りは埋め立てたり、燃やしたりしていて、大量のCO2を排出するとともに、水不足の原因にもなっています。CO2の排出は気候に影響を及ぼし、干ばつなどを招くからです。このバイオマス廃棄物を利用して水不足を解消する製品を作ることができれば、CO2の排出量削減にもつながるはずだと思いました。
実験数千回で見つけた組み合わせはコレ
私は自宅の裏庭や村の小さな農場で実験を始めました。バナナやオレンジの皮、ホウレンソウの使われなかった部分など、さまざまな作物残滓を組み合わせて土の中に入れて、何が起きるのか観察しました。まだ高校生で知識もあまりありませんでしたが、とにかくひたすら試して学ぼうと、何千回もの実験を行いました。その結果、バナナの皮とオレンジの皮の組み合わせが有効であることが分かり、恐らくそこに含まれている食物繊維の「ペクチン」が作用しているのではないかという考えに至りました。そこで、オレンジの皮からペクチンを抽出して粉末にし、土に入れたところ、オレンジの皮をそのまま入れるよりはるかに良い結果を得ることができました。
―そこからどのようにして吸水性ポリマーの製品化に向かったのですか?
高校3年間でオレンジの皮やバナナの皮から抽出したペクチンを、その化学構造を変えることなく調合して、天然の超吸収ポリマーを作ることに成功し、試作品を完成させました。そして、「これこそ自分が求めていた製品だ」と確信し、農業系の大学に入学したんです。私は農業工学の担当教授にすぐに自分のアイデアを話し、試作品の評価をお願いしましたが、初めは大学に入ったばかりの学生の話など取り合ってくれませんでした。しかし、私は教授のオフィスに通い詰め、ついに熱意が通じて、小さな区画でテストをしてもらうことになりました。そのテストで、この製品が非常に上手く機能することが判明し、本格的な製品開発がスタートすることになりました。
―その後、なぜ沖縄で創業されたのですか?
製品の信頼性を高めるためには、インド以外の場所でも検証を行い、より多くのデータを収集することが必要だと感じていましたが、日本は技術力が高いというイメージを持っていましたので、そこで検証を重ね、製品を完成させたいと思ったからです。私たちは、それ以前からいろいろなビジネスプランコンペティションに参加し、多くの賞を受賞していましたので、OISTがアクセラレータープログラムを実施するという記事をネットで見つけ、絶好のチャンスだと思い、応募しました。その結果、約400社の中からわれわれを含めた2チームが選ばれ、私は大学を中退して、沖縄で起業することにしたんです。
image : EF Polymer
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自重の約50倍の水を吸える能力
―御社の製品の特長や使用者のメリットについて、詳しくお聞かせください。
特許を取得した当社のポリマーは、自重の約50倍の水を吸える能力を持っています。製品形状は粉末ですが、水分を吸うとゼリー状に膨らみ、土中で半年間にわたって適度な水分量を保持します。そのため、農地の土に混ぜ込んでおけば、雨を吸水し作物が枯れるのを防ぐことができます。半年間、吸水・放出を繰り返した後は、半年で完全に分解され、土に還ります。このポリマーを利用することで、灌漑用水の使用量を最大40%削減することが可能になります。これは、降水量の少ない農地では、大きなメリットです。
さらに、当社のポリマーを使えば肥料も削減することができます。EFポリマーは、土壌の肥料分を保つ「保肥力」が石油由来のポリマーに比べて高く、水と一緒に肥料分が土壌から流れ出るのを防いでくれるからです。それによって、肥料の使用量を20%削減することが可能です。そして、この保水力と保肥力の効果で作物が着実に育つため、収穫量も最大15%以上増加させられます。
―石油由来のポリマーも含め競合他社も多いと思いますが、製品の強みは何でしょうか?
現在、多くの化学メーカーが、アクリル酸やアクリルアミドベースの高吸水性ポリマーを製造しています。天然物と化学物質を混ぜたような製品を作っているメーカーもあります。しかし、生産者が有機基準に基づいて生産したことを認証する「有機認定」を受けている高吸水性ポリマーは、当社製品以外にはないと認識しており、その点について高い信頼を得ています。石油由来のポリマーは、長期間使用すると残留物が残り、土壌に悪影響を与えますが、EFポリマーは100%オーガニックで、完全に土に還る生分解性を持つため、そのような心配がありません。また、石油由来のポリマーは土壌に混ぜた化学肥料と反応してしまい、保水効果が低下しますが、EFポリマーならそのような問題も起きず、高い効果を長く保ちます。
image : EF Polymer
―実際に農地で使用してみて、どんな効果が得られていますか?
茨城県で実施したキャベツの栽培実験では、収穫量が約3割上がりましたし、インドの実証実験でも、トウモロコシの収穫量が6割増えた地域もあります。故郷の村でもEFポリマーを使っていますが、例えば今まで小麦を育てるのに6回の灌漑が必要だったものが、4回の灌漑で済むようになりました。雨不足の時期でも、作物の生育に与える影響がはるかに少なくなっていますね。また、最近の例では、村の近くにある、農業が困難だった砂漠地帯でさえ、当社のポリマーを使って作物を栽培できることが実証されています。
―農業以外の用途には、どのようなものがありますか?
おむつなど衛生用品やゲルタイプの芳香剤、保冷剤、化粧品など、従来の石油由来のポリマーが使われているものには、すべて代替の余地があります。保冷剤に関しては、すでに岩谷産業と共同で自然由来の「サイクール」を開発・販売しています。この製品は、食料品の保存等に使われる小型の保冷剤パックで、使用後に庭や観葉植物のポットの土に混ぜることで、完全に土に還ります。そのほか、シャンプーやリンスなどの増粘剤用途での開発も進めています。
―現状の事業体制や生産コストについてお聞かせください。
沖縄に本社、インドとアメリカに支社があり、生産はインドの工場で行っています。2024年にはその工場を拡張移転し、これまでの約5倍となる月100トンのポリマー生産能力を実現しました。生産コストについては、石油由来のポリマーとはまったく違うシンプルな製造工程なので、化学プラントのような巨額の設備投資も要らず、非常に低コストで生産可能です。製品価格においても、石油由来のポリマーと同等、もしくは当社製品の方が安価なケースも多いんですよ。
日印以外にも欧米やタイがターゲット
―インド、日本以外ではどこの市場をターゲットに想定していますか。またこれまでの業績の推移や資金調達の状況について教えてください。
ターゲットとしては農業大国でありながら水不足に悩むアメリカ、ヨーロッパのほか、降雨量の減少が深刻なタイにも注目しています。アメリカではすでに販売実績も上がっていますし、ヨーロッパではフランス、スペイン、ポルトガルでの販売に注力したいと考えています。
2020年に数人で会社を立ち上げて以降、現在は従業員は約70人に増えました。昨年の販売量は75トンでしたが、今年は約半年ですでに150トンを超えるまでに拡大しています。資金に関しては、これまでに累計5.5億円を調達しました。
―御社の事業が急成長している理由は何でしょう?
まず、世界の多くの農家が水不足に悩んでいて、当社の製品がその世界的なニーズに応え、環境問題を引き起こすことなく、農家の悩みを解消できるソリューションを提供できていることです。2つ目は、われわれが良いチームであり、異なる市場で現地の実情に合わせたソリューションを実現できていることです。そして3つ目は、商社や岩谷産業をはじめとする多くの企業、政府、メディアが当社をサポートしてくれているのが、成長を加速させる大きな要因になっていると思います。
―今後の事業展開や目標についてお聞かせください。
現在(取材は2024年9月)、シリーズBの資金調達を行っていますが、これを今後6カ月以内に完了させます。販売面では、事業展開している5カ国の市場で拡販を進めます。今年は400トンの販売目標を達成する計画ですが、来年はそれを800トンに伸ばし、より多くの農家の役に立ちたいと考えています。当社の製品は現在、約2万件の農家で使われていますが、今後1~2年でその数を10万件に増やしたいですね。また、非農業セグメントでも、原材料や製品を多様化し、事業を拡大していきます。
―それらの目標を達成する上で、どのような課題がありますか?
異なる地域に事業を拡大する際、イチから実証試験を行わなければならないため、事業展開に時間を要します。インドや日本でいい結果が出ていても、進出する地域の農家がそのデータをそのまま受け入れてくれるわけではなく、自身で試して評価したいと思うからです。もう1つの課題は、認知度の向上と信頼関係の構築です。地域ごとに文化も違い、新しい技術に対して保守的な農家もあります。その人たちに、当社の製品をよく知ってもらい、作物や土壌に害を与えないオーガニック製品であることを理解してもらうには、その地域に詳しいパートナーと手を組む必要があります。
非農業セグメントにおいても、顧客による製品評価が重要なプロセスになります。そのため、当社の技術をベースに一緒に製品開発を進め、商業化を加速してくれるような良いパートナーを見つけなければなりません。
image : EF Polymer
どんな日本企業との提携を求めているか
―今後、どんな企業とどのような形でパートナーシップを組んでいかれるお考えですか?
農業セグメントでは、アメリカやEU市場に進出している農業関連の日本企業を探しています。例えば、農業資材や肥料などを作っているメーカーです。そのような企業とパートナーシップを組み、自社の肥料や資材に当社の製品を組み込んでもらえれば、農家にとっても使い勝手がよくなりますし、パートナーの持つ販売ネットワークや流通チャネルを活用できれば、効率的に市場を拡大することが可能になります。
一方、非農業セグメントでは、すでに保冷剤で岩谷産業とパートナーシップを組んでいますが、ポリマーにはヘアケア商品の増粘剤をはじめ、保冷剤以外にも様々な用途があります。それらの用途にこれまで石油由来のポリマーを使っていた企業が、我々のポリマーに置き換えてくれれば、再生可能な商品にすることができます。そういう環境意識の高い企業にぜひパートナーになっていただきたいですね。
―御社の将来のビジョンをお聞かせください。
我々が目指しているのは、水不足に苦しんでいる世界中の農家に当社の技術を行きわたらせ、幸せになってもらうことです。そして、各地域でEFポリマーを地産地消できるようにしたいと考えています。EFポリマーの原料となるペクチンは、オレンジやバナナの皮だけでなく、ブドウやサトウキビ、海藻類などの非可食部からも抽出することが可能で、当社でもその研究を進めています。
将来は、例えばワイン工場の隣に当社の工場を建て、ブドウの搾りかすからポリマーを作るといったこともできるでしょう。それによって廃棄物を削減すると同時に、廃棄物から作られたEFポリマーがその土地の作物の育成を支えていく。そのような循環型エコシステムを各地域で構築して、農業の在り方を刷新することが我々の目標です。また、農業だけでなく、様々な化学製品を自然由来のポリマーに置き換えて、持続可能なソリューションを提供するトップメーカーになりたいですね。
―食料危機問題にも寄与する事業を展開されている御社に興味をお持ちの企業の皆さんに、改めてメッセージをお願いします。
社会をより良いものにしていくのは、私たち全員の責務です。気候変動が与える影響は地球全体に及んでおり、それを解決するためには多くの人が手を携えて行動しなければなりません。我々は、単なる理念ではなく、実際に行動を起こし、社会のシステムを変革して世界中の人に幸せをもたらしたいと考えているパートナーを求めています。そのようなパートナーにぜひご協力いただき、当社の製品を必要としている方々に届けていければと願っています。