2021年サービス開始 SaaSで毎月プラス150%の急成長
環境省によると、日本の2020年度の温室効果ガスの総排出量は11億5,000万トン(CO2換算)に上る。2020年10月に政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すと宣言した。「排出を全体としてゼロ」にしていくためには、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量削減と、植林、森林管理などによる吸収作用の保全と強化に取り組まなければならない。
脱炭素経営が求められる中、企業はまずサプライチェーンにおけるCO2などの排出量を把握する必要がある。その課題に対し、アスエネは2021年、CO2排出量の見える化・削減クラウドサービス「アスゼロ」をローンチ。サービス提供開始から、契約受注額は毎月平均プラス150%に上り、急成長を遂げている。2022年7月時点、アスゼロ顧客数は約350社超に上る。
西和田氏は「2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会という目標を達成するために、企業のお客様のアクションが必要不可欠な状況になっています。そんな中で多くの企業からCO2を削減したいという声があるのですが、自社のCO2排出量がどのくらいか、なかなか答えられない状況にあります」と、多くの企業が抱える「悩み」に着目した。
「CO2排出量の算出に手間がかかったり、そもそもどうやって計算するのか分からなかったりという課題を解決するために、当社はアスゼロという簡単にCO2排出量を見える化でき、削減のための目標設定やその後の支援を含めてサービス提供できるビジネスモデルを展開しています」
スキャンするだけで「見える化」 ワンストップサービスで解約率ゼロ
企業の脱炭素経営に向け、アスゼロはCO2排出量の算出・可視化や、その削減とカーボンオフセット、スコープ1-3のサプライチェーン全体の報告・情報開示をサポートする。ダッシュボードには、AIを活用した画像アップロードなどの基本機能をはじめ、カーボンオフセット(クレジット・環境証書など)やシナリオ分析などの計画策定・各種報告など脱炭素経営に役立つさまざまな機能が備わっている。
温室効果ガスは排出者や排出のされ方で、大きく3つのカテゴリーに分かれる。スコープ1は、事業者自らによる温室効果ガスの直接排出で燃料の燃焼、工業プロセスにおけるもの、スコープ2は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3は1、2以外の間接排出であり、これら3つの合計が「サプライチェーン全体の排出量」と捉えられている。
その上で、「例えば、ガソリンのレシートを画像アップロードすると、AIの画像認識でデータを自動的に読み取ります。ガソリンはリットル当たりでどの程度CO2を排出するのかなど、排出源に応じた約1万件のデータが搭載されており、それを基にCO2排出量を自動的に計算します。その計算結果から、スコープごと、カテゴリーごとにどのくらいの量のCO2が排出されているか、見える化できるのです」
AIによる画像認識と自動計算によって、表計算ソフトを使った手動入力より圧倒的に早くデータを入力でき、工数も削減できるという。西和田氏は「データの収集自体はもちろんお客様にやっていただきますが、スコープ1-3の分析や排出削減のシナリオ分析、CO2のオフセットなど、全てダッシュボードで対応できます」とシンプルで使いやすい機能について説明する。
同社の強みは「排出量を把握するクラウドサービスの提供とサステナビリティコンサルティング」を組み合わせたワンストップソリューションだ。「排出量の『見える化』で終わるのではなく、『見える化』した後に、CO2削減に向けてクリーン電力への切り替えであったり、カーボンクレジットの購入や販売をワンストップで対応できる点が当社の優位性です。加えて、1社に全て任せることで顧客企業にとってもコミュニケーションコストがシンプルになり、そこも優位性となります」と西和田氏は語る。
コンサルティングでは、定期的なZoom面談を通して、顧客企業の課題解決をサポートする。また、毎月必要なデータを入れて排出量を可視化していくことで、年間ベースのデータ把握をはじめ、各企業の統合報告書やサステナビリティレポートの作成もスムーズにできるという。
「当社のサービスは顧客満足度が非常に高く、解約率はゼロです(2022年6月末取材時点)」と西和田氏は胸を張る。
Image:アスエネ
地方金融機関との連携でESG推進 気候変動リテラシーの啓発も
同社は2019年創業で、現在3期目のスタートアップだが、エクイティで約20億円、融資も合わせると約22億円を調達するなど、資金調達の面でも順調だ。西和田氏は「この分野のビジネスモデルを展開する競合他社と比べても、当社は資金調達もしっかりできています。『脱炭素ワンストップソリューション』を企業のお客様に提供できるという点が、大きな競合優位性です」と説明する。
顧客企業は、大企業から中小企業まで網羅しており、業種もさまざまでホリゾンタルSaaSとして展開中だ。
最近は金融機関との連携を強化している。2022年7月現在、農林中央金庫、あおぞら銀行、横浜銀行など約30の金融機関と提携している。あおぞら銀行とは顧客紹介に係る契約を締結し、脱炭素ワンストップソリューションを通じて企業の脱炭素経営を支援すると発表したほか、足利銀行、鹿児島銀行、北日本銀行、京都銀行など、地域の金融機関との業務提携で、地銀の取引先企業の脱炭素経営や、SDGs、ESGへの積極的な取り組みを支援する。
世界的な脱炭素へ向けた動きが加速する中、上場企業に気候関連の財務情報開示などが求められるだけでなく、製造業などのサプライチェーンにある中小企業にも、CO2排出量の見える化や削減対策が今後求められていくという。
「大企業との取引がある中小企業の皆さんも、製品やサービスのクオリティだけでなく、CO2排出の可視化やその削減目標の策定なども問われていきます。そういう背景から、地域の金融機関に企業からの問い合わせや相談が増えており、一緒に当社のソリューションを提供していこうというのが提携の狙いの一つです」と西和田氏は説明する。
もう一つ、金融機関側の商品組成の狙いもある。「ESG投資の流れの中、特にESGの『E』の環境面で投資家の要請が最も大きいといわれています。金融機関もサステナビリティ・リンク・ローンやトランジション・ローンといった気候変動対策に連動した融資をメニューとして作っており、そのニーズに当社も応えるべく、アスゼロのサービスを使ったCO2排出の見える化や削減への取り組みを支援していきます」という。
一方で、日本企業の気候変動対策への認識や危機感はまだ十分ではないと西和田氏は指摘する。「日本では『正しい気候変動リテラシー』がまだ不足している状態だと思います。科学的な裏付けや正確な情報は、欧州やアメリカから発信されることが多いですが、言語的な問題もあり、英語の情報はなかなか日本に入ってこない状況です」
そのギャップを埋めるため、アスエネはオウンドメディアの「アスエネメディア」で環境情報を発信している。「正しい気候変動情報を伝える、啓蒙していくことはものすごい意義があることです。基礎的な環境への知識、気候変動に関する科学的な情報について、法人のお客様が参照できるような形で情報を発信しています」。「環境情報を基礎から解説するサイト」を掲げる「アスエネメディア」は2022年6月の月間PVが約30万PVまで伸びているという。
Image:アスエネメディア HP
音楽を通して知った環境への取り組み ビジネスで社会変革の仕組みを
急成長を続けるアスエネ創業のきっかけは、音楽と三井物産での経験だった。
大学時代は音楽活動に熱中しプロを目指しており、当初はビジネスには全く興味がなかったという西和田氏。だが、「尊敬するミュージシャンであるMr.Childrenの桜井和寿さんが音楽プロデューサーの小林武史さんと結成したbank bandのフェスを観に行っていました。bank bandはライブ活動やCD販売などの収益で、環境プロジェクトの支援や推進などを行う非営利組織『ap bank』の活動や環境プロジェクトのために融資や投資をしています。活動を通して『社会を変えていこう』という桜井さんの呼び掛けに感銘を受けたんです」
音楽でのプロの道はあきらめたが、「ビジネスを通じた社会変革の仕組みを作れるということが結構衝撃で、実現できるならビジネスって面白いかもと思い、そこで環境×ビジネスをやってみたいと思いました」と振り返る。
環境経営に関するゼミへの参加や論文執筆を経て、就職先に選んだのが三井物産だった。「日本だけでなく、世界でインフラ系の案件に取り組んでいて、社会に大きなインパクトを与えることができるのが総合商社だと思い、入社しました」
その後、ブラジルに赴任し、分散電源事業のベンチャー企業「Ecogen」社に出向した。「従業員200人はほとんどブラジル人で、その中で、三井物産から副社長兼CFOで出向していた重枝さんの下について、さまざまな経験をさせてもらいました。ブラジル人のネルソン社長と重枝さんの2人でさまざまな議論をしながらスピード感を持って意思決定していく姿を見て、感銘を受け、経営にチャレンジしたいという思いが強くなりました」
その後、2019年、33歳の時に起業。「次世代によりよい世界を」というアスエネのミッションを掲げた。「創業当初は、本当に1人で始めたようなもので、書類の郵送の切手張りから全て自分でやっているような状況でした。ですが、経営のメンバーがどんどんジョインし、現在従業員数は総勢約60人ほどに増えました。次世代により良い世界を、というミッションに共感し、チャレンジしたいと思いを一つにする非常にいいメンバーが集まり、今の成長ができていると思います」と語る。
気候テックの日本ナンバーワンへ 2023年にはアジア展開も視野に
世界的な枠組みで気候変動対策が強く求められる中、日本でも温室効果ガス排出量削減の目標達成に向けた政策が強化されている。
現在、経済産業省は、2030年の温室効果ガス排出量削減目標達成や2050年のカーボンニュートラルを目指すための取り組みとして、GX(グリーントランスフォーメーション)を提唱し、その取り組み賛同する企業群や官・学などが、経済社会システムの変革について取り組む「GXリーグ」を設立した。アスエネもGXリーグへの賛同を表明した。
西和田氏は「環境プラス経済、という両輪の仕組み作りに国も取り組んでいます。当社が把握している、現場の顧客企業の課題などを経済産業省や環境省の方々と共有したり、連携したりということも強く進めていきます」と説明する。
創業3年目の同社の目標は明確だ。「Climate Techの領域で、まず日本のナンバーワンを目指します。加えて、2023年にはアジア展開を考えています」
Climate Techの分野では、欧米のスタートアップが先行している。西和田氏は「もちろん欧米が一歩二歩、先に進んでいる部分はありますが、少なくともアジアの脱炭素の流れはこれからよりニーズが高まってきます。その中で日本、オーストラリア、シンガポールはアジアを十分リードできるポジショニングがあります。国際的にも『勝てる』企業を日本として輩出していくことがとても重要であり、そのためにできることはどんどんアクションしていきたいと思っています」と語る。
アジア展開に向けて、システム開発をより強化していくという。アスゼロの英語版をベータ版として5月にリリースしており、そのオフィシャル版の開発や、UX/UIの改善、サプライチェーンの連携がよりしやすいような機能の開発などに、スピード感を持って取り組んでいくという。
5年後には、約1万社の法人をターゲットにアスゼロの導入を広げていきたいという西和田氏。日本の大企業とのパートナーシップにも強い関心を持っている。
「上場企業のお客様は気候関連財務情報開示が、実質義務化されてるような状況です。その情報開示に加え、さらなる脱炭素の施策を今後もっと積極的に仕掛けていきたいと考えており、その観点でのパートナーシップを進めていきたいです。また、金融機関もESG投資に注目しており、その点での協業もぜひお願いしたいと考えています」