コーヒーショップが混んでるかどうか、現地に行かなくても分かったらいいのに――。そんな「怠け心」から開発した人数カウンターが、今ではオフィス利用の最適化を図るためのセンサーとして活躍している。Density(本社・米国カリフォルニア州)は建物内に設置したセンサーを通じて、ビルや室内の混雑度を把握し、導線や群衆の動きを分析するサービスを展開。これにより、オフィス内で最も利用されている場所や非効率な使われ方をしている場所などを把握することが可能だ。創業者でCEOのAndrew Farah氏に、創業の経緯や技術の概要、コロナ禍を経たオフィス環境の変化と将来の展望について話を聞いた。

目次
オフィスの空き状況や経路を把握
オフィス勤務の人数を増やすメリットとは
「怠け心」から生まれたプロジェクト
日本進出はレーダー関連の規制が壁に

オフィスの空き状況や経路を把握

―現在の製品やサービスについて教えていただけますか?

 オフィスの天井や壁にレーダーやセンサーを設置して利用状況を測定しています。このシステムにより、会議室のリアルタイムな空き状況の把握や、オフィスの実際の利用率の算出が可能です。さらに、チームが不動産やスペースデザインの構成、人員配置と占有計画において、より良い意思決定を行えるようサポートしています。最終的には、エンドユーザーが必要なスペースを簡単に見つけられる環境を目指しています。取引先にはFortune 500に名を連ねるような企業も多くいらっしゃいます。

 収益モデルについては、レーダー端末の導入費用と、データアクセスに対する定額料金があります。これは平方フィート当たりの金額が決まっていて、その範囲でお客様が関心のある項目を測定できます。お客様が100万平方フィートのオフィスを測定したい場合、その面積に応じた機器を提供するといった具合いです。

 アプリケーションには、オフィス内の経路案内システムもあります。建物内をリアルタイムに検索し、マップ上にその使用状況を展開します。赤は現在使用中、青は利用可能を示しています。行き先を選択すると、その部屋への最短経路を表示します。空いている部屋を検索したり、指定した部屋番号やスペースで検索したりすると、その場所に案内する経路を表示します。予約した部屋や目的地がわかっている場合は、必要なスペースを検索できます。

 私たちは低遅延のリアルタイムレーダーシステムを提供しているため、状況は瞬時に反映されます。誰かが部屋に入ると700ミリ秒以内、つまり1秒もかからずシステムに反映されるのです。

―御社のビジネスはユニークだと思いますが、同じように何らかの形で空間の観測サービスを提供している会社はありますか。

 センシング技術は大きく3つのカテゴリーに分けられます。カメラ、Wi-Fiや環境センサーといった低解像度の技術(Wi-Fi、パッシブ赤外線、アクティブ赤外線センサーなど)、そして熱センシングの分野での開発です。競合のほとんどは、Wi-Fiや環境センサー、カメラのいずれかを使用しています。

 私たちは、世界で最も正確な人数カウントシステムを提供していると自負しており、デバイスレベルで完全な匿名性も確保しています。性別や年齢、人種といった個人情報はデバイスで収集していません。

 一方、他社製の多くのシステムではカメラで撮影した画像を匿名化する必要があり、プライバシーの面で課題があります。また、当社はバッテリー駆動ではなく電源接続型のソリューションを選んでおり、これによりリアルタイムの経路案内システムが可能となっています。バッテリーではライブビューが実現できないためです。

Andrew Farah
Founder & CEO
ニューヨーク州のSyracuse Universityで執筆を専攻し、2009年に学士号、2011年に情報管理の修士号を取得。在学中は、学生プロジェクトをプロダクト化して成長させる役割を果たした。2011年、大学院卒業生によるソフトウェア開発会社Roundedに参加し、プロダクト開発、採用、研究を担当し、Densityのプロトタイプを構築。その後、2014年にDensityを創業し、CEOに就任。

オフィス勤務の人数を増やすメリットとは

―オフィスで働く人のモチベーションを高めるために、Densityを使うこともあるそうですね。

 オフィスでの対面業務が信頼関係に与える影響について、多くの人が十分に理解していません。対面での業務が有用な理由は、より迅速に信頼関係を構築し、それを維持できるからです。リモートワークでは、同僚にとって単なる画面上の存在になりやすいのです。チームが集まると、信頼関係を築き、対立を解消し、問題を解決し、計画を立て、意欲を高めます。しかし、定期的に集まらないと、その効果は薄れていきます。

 一方で、広いスペースで一人きりになると、ゴーストタウンのような寂しい経験になってしまいます。また、人間は水のような性質を持っています。5万平方フィートのフロアに5人しかいない場合、すでにチームとして働いているのでなければ、散らばる傾向にあります。映画館のように、そのフロアに500人いれば、人々は隣り合って座り、交流し、冗談を言い合い、一緒に食事をします。それが人々が価値を見出す経験なのです。

 そのため、私たちはお客様に、オフィスでの勤務を必要とする人数を増やすことをアドバイスしています。そうすることで、自然と定着率が向上し、より良い成果が得られ、信頼関係が高まっていきます。さらに付け加えると、経路案内システムのようなツールを提供することも重要です。人々は常に会議室や机など、必要なスペースが不足する状況に直面しているからです。

―ビル所有者や企業にとってのエネルギー消費の削減や、より効率的なスペース利用の観点からお聞かせください。

 世界の炭素排出量の約40%は建物から排出されています。その40%の半分がエネルギー使用、つまり空調システムなどによるもので、残りの半分が建材自体、つまりコンクリートや鉄筋など、建物の製造・建設に使用される材料によるものです。

 炭素排出量やエネルギー使用量、持続可能性に最も早く影響を与える方法は、フロアを休止状態にすること、つまり単純に電源を切ることです。より効率的な建物を作るには、効率的な空調システムを導入することが最善だと考えられていますが、実際はそうではありません。近代的なクラスA建物の空調システムは、実際には空気の流れに問題があります。密閉性が高すぎるため、自然な酸素の流入が少なく、二酸化炭素の蓄積という別の問題が生じていしまいます。

 照明や空調システムなどのエネルギー効率改善を追求することはできますが、最善の方法は、使用していないフロアの電源を切り、使用していない建物を売却することです。利用状況の測定をこれらの意思決定に組み込むことで、決定の質が大幅に向上します。

 あるお客様のデータでは、会議室の利用のうち53%が1人での使用であり、4人用や6人用、10人用、12人用のすべての会議室で同様の結果が見られました。これを受けて、お客様はオフィスのスペースが非効率に使われていることが問題だと考えていましたが、実際には利用する人員数(占有率)の問題が根本にあったのです。この課題は、各フロアの人員を増やすことで解消される可能性があります。実際にオフィス回帰を行った他のお客様では、この方法で問題が解決されているのが確認されています。

 エネルギー消費やCO2排出の観点での私の意見としては、もしオフィスの人員を増やさないのであれば、代わりにフロアの電源を切るべきです。これにより、各会議室で働いていた人々が開放されたフロアに集まり、清掃や管理、空調、照明などのコストを削減しながら、スペースの利用効率を高めることができます。

image : Density HP

「怠け心」から生まれたプロジェクト

―ご自身の経歴とDensity創業の経緯を教えてください。

 私は大学院在学中に小さな会社を始めました。大手クライアント向けにWebソフトウェアやモバイルソフトウェアを開発していました。そこで得た利益を、実験的な製品開発に投資していました。たとえば、ジェスチャーで制御できるドローンやマイクロソーシャルネットワークなどです。

 Densityはそのなかの7番目のプロジェクトでした。きっかけは「怠け心」からでした。私たちは、お気に入りのコーヒーショップの混雑状況を離れた場所から知りたかったのです。4フィートの積雪の中を5ブロック歩いてそこに行ったとき、20分待ちの行列があることがしばしばあったからです。

 このような問題はすでに解決されているはずだと考えました。壁に設置して、人数を数えるカウンターを購入し、その情報をモバイルアプリで確認できれば、行列の有無がわかるはずです。そこで、そのような技術を探しました。しかし、人数カウントができるとうたう製品は数百とありましたが、どれも期待はずれでした。

 そこで、深度センシングという、後にレーダーに発展した技術に行き着きました。基本的には空間内の人数をリモートで把握することです。2014年の創業から10年間、私はこの仕事に取り組んでいます。

日本進出はレーダー関連の規制が壁に

―ビジネスの成長についてお聞きします。過去数年間のビジネスの成長について、何か指標を共有いただけますか。また、コロナ禍後のオフィスにはどのような変化がありましたか。

 私たちは世界中に数万台のデバイスを展開しています。このネットワークは過去18カ月で2倍になりました。パンデミックによって多くの人々が在宅勤務に移行しましたが、パンデミックが収束し始めてから私たちのデバイスの導入が増えてきました。

 Fortune 100企業の統計を説明しましょう。2023年9月時点で81%がハイブリッドワークをしていましたが、2024年には75%と6ポイント減少しています。そして、完全出社の企業は2023年9月の6%から、現在は19%に増加しています。Fortune 100企業の約10%が週0日出社、約25%が週3日、約10%が週5日の出社を求めています。そして興味深いのが、45%がまだ方針を明示していないことです。

 私は、本社機能と主要都市での財務的インセンティブの影響を過小評価しているのではないかと強く疑っています。大手企業が都市に移転する際、税制優遇を受けました。しかし、全員が在宅勤務で誰も出社しないのであれば、都市はその企業に税制優遇を与えた恩恵を受けていないことになります。そのような状況では、全員の出社を求める強力なインセンティブが働きます。パンデミック以前に結んだ契約の影響を受けないFortune 100企業はないと思います。

 そのため、AmazonやDellのような方針、つまり週5日の出社を求める企業が増えると思います。これは単にリーダーがそれを好むからではなく、地方自治体との間に重要な財務的要件や法的要件があるからだと考えています。同時に、2024年末時点で、企業の90%が今年中にオフィス回帰を実現するという統計もありました。今後の展開を見守る必要がありますが、多くの企業が以前の通常の状態に戻るのではないかと考えられています。

―現在、日本企業と協業されていますか。日本企業とパートナーシップを組む場合、どのような関係が有益だとお考えですか?

 これまで何社かの日本企業とDensityのシステムの日本展開について話をしてきましたが、規制の問題がありました。日本ではレーダーシステムを国内に持ち込むことが難しく、特に特定のレーダーの電波放射には多くの制限があります。自動車産業などの一部の産業では60ギガヘルツレーダーのような特定のレーダーが承認されることもありますが、広く展開するには厳しい状況です。

 私たちが望むパートナーは、建物の使用状況の観測に関心があり、このようなシステムを導入する際の日本の文化的背景にも精通している企業です。また、現地の顧客がどのように購入を決定し、どのようなサポートを求めるかを理解しているパートナーが重要です。製品の出荷は比較的容易ですが、現地の顧客にとって自然なサポートを提供するのはまた別の課題だからです。

―最後に、長期的なビジョンについてお聞かせください。

 私は、人類が建物を使用し続けながら、その使用状況を観測しない未来があるとは思えません。建物の観測の普及は、無線接続の普及と非常によく似たものになると考えています。30年前を振り返ると、すべての建物にWi-Fiがあったわけではありませんね。しかし、今日のモダンな建物はすべて無線接続のインフラを備えています。私たちがノートパソコンを使ってビデオ通話ができているのは、無線インフラがあるからです。

 私が非常に興味を持っているのは、もし指を鳴らすだけで東京がどのように使用されているのかがわかったら、どうなるだろうということです。もし主要な都市の使用状況について完璧なデータがあれば、どうなると思いますか……多くのことが変わるということです。

 エネルギー管理が変わり、交通や移動のスケジュールが変わり、建物の設計が変わり、スカイラインが変わり、人々へのスペースの割り当てが変わり、建物のコストが変わり、建物内のエネルギー使用が変わります。これらすべては人間の使用をサポートするためにあるのに、私たちは人間がどれほど使用しているかを計測していません。

 建物の構造について、私たちは単なる推測に頼っています。建築家が早い段階で立てた仮説が、そのまま前提として使われ続けるのです。私はデータによって測定される世界の実現を信じていますが、それがプライバシーを保護し、匿名でデータを取得する技術になるのか、あるいは監視に繋がるのかの違いだと考えています。そして、前者の実現が可能だと強く信じています。



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