2040年に市場規模が約1兆ドルに達すると予測される宇宙ビジネスにおいて、人工衛星の需要が高まっている。そんな中、小型衛星を搭載できる「衛星軌道投入機」を開発・運用しているのがD-Orbit(本社:イタリア・ミラノ)だ。同社は、衛星を事業者が希望する軌道に適切に投入するサービスをはじめ、衛星への燃料補給・メンテナンスによるサービス、宇宙でのクラウドコンピューティングなど、複数の事業を展開している。創業者でCEOのLuca Rossettini氏に、創業の経緯や事業展望について話を聞いた。

目次
宇宙飛行士になるためのキャリアだった
事業内容は「輸送」「サービス」「延命」
丸紅の資本参加でアジア展開に弾み
技術力で優れる日本企業との提携希望

宇宙飛行士になるためのキャリアだった

―これまでのキャリアやD-Orbit創業の経緯について教えてください。

 私は、5歳の頃から宇宙飛行士になることを夢見ていました。そのために人生を計画し、すべての資格や学位を取得してきました。私の履歴書には多くの学位がありますが、それは勉強が好きだからではなく、宇宙飛行士になるために必要だったからです。私は航空宇宙工学の修士号、先進宇宙推進の博士号、ソフトウェア、ロボティクス、戦略的持続可能性の修士号、そしてビジネスの証明書を持っています。

 職業的キャリアとしては、まず空挺士官として2年間軍隊に入り、その後ドローンを製造する会社と映画業界に特殊効果を提供する会社を設立しました。特殊効果の会社ではオスカーにもノミネートされましたが、映画業界で仕事をするのがいかに難しいかを学びました。

 2008年に実施されたヨーロッパの宇宙飛行士の選考に応募し、最終選考まで進みましたが、結局、宇宙飛行士にはなれませんでした。その時点で、人生をどうするか決めなければなりませんでした。宇宙飛行士になることが難しいなら、自分で宇宙船を作って宇宙に行こうと考えたのです。

 そこで、渡米してシリコンバレーで学び、NASAでも働きました。タイミング的に宇宙関連の会社を始める絶好の機会だと気づき、その後イタリアに戻り、数年後にD-Orbitを設立しました。

Luca Rossettini
Founder & CEO
イタリア軍の空挺士官を務め1998年に除隊したのち、2003年に航空宇宙工学の修士号を取得。その後宇宙推進技術で博士号を取得する過程で、スタートアップIRTAや国際NGO「The Natural Step」のイタリア支部の創業に関わる。2008年にはヨーロッパ宇宙飛行士隊に応募し、上位200名に入る。2010年に渡米してNASAでのインターンシップを経験。2011年にD-Orbitを創業。

事業内容は「輸送」「サービス」「延命」

―御社の事業内容について教えてください。

 現在、私たちは宇宙での物流インフラを構築しており、将来的には物品や情報だけでなく、人々を輸送することも目指しています。現在は大きく3つのビジネスを展開しています。

 1つ目が輸送事業です。私たちは宇宙船「ION」を製造しています。これらの宇宙船は、トラックが荷物を運ぶように、顧客の人工衛星を搭載して軌道上まで運びます。衛星を載せた宇宙船をロケットに載せて打ち上げ、軌道上で衛星を展開するのです。このサービスによって、衛星の打ち上げから実際のオペレーションまでの時間を最大85%短縮し、コストを40%削減できます。現在までに13機の宇宙船を打ち上げ、150以上のペイロードを軌道に展開しました。

 2つ目は、軌道上での衛星向けの追加のサービスです。特に、民間の顧客だけでなく政府系からも関心を集めているのが、技術テストです。宇宙スタートアップが革新的な技術を開発しても、それを販売するためには技術が機能することを証明する必要があります。宇宙で技術をテストするには多額の費用と年単位の時間がかかりますが、私たちの宇宙船に技術を搭載してテストをすれば低コストで実現できます。これまでセンサー、コンピューター、無線、アンテナ、さらには医薬品など60品目近い技術を軌道上でテストし、多くの顧客が製品化に成功しています。

 衛星を持たずに、既存の衛星に新しいセンサーを追加して新しい用途に使う顧客もいます。さらにクラウドコンピューティングサービスも提供しています。私たちの宇宙船には計算能力があり、AIや機械学習アプリケーションを直接宇宙でテストできます。これにより、すべてのデータを地上にダウンロードしなくても、宇宙で処理し、重要な情報だけをダウンロードすることができます。データのダウンロード量を98%削減できますし、ダウンロード容量を軽減するために未使用となっていたデータも活用できます。

 3つ目はこれから行うものですが、軌道上で既存の衛星にドッキングし、衛星の寿命を延長する事業です。いまある衛星を別の軌道に移動させて別の市場や目的で利用します。また、寿命が尽きたら衛星を退役させることで、故障した衛星が他の宇宙船の負担や問題になるのを防ぎます。ヨーロッパの宇宙機関と契約を結んでおり、最初の飛行は2026年から2027年にかけて行われる予定です。

 SF的な話になりますが、将来的には火星、月、そして地球を、物資や人、情報を輸送できる物流ネットワークで結びたいと考えています。

小型衛星の軌道投入を行う「ION」(イメージ図) image: D-Orbit

―同じような事業を行う競合は存在するのでしょうか。

 衛星の輸送市場では、これまで成功したのは1社だけで、他の企業はまだ試行錯誤の段階です。将来的には競合他社が出現するでしょうが、現時点でこの実績を持つのは私たちだけです。1社だけでは市場として健全ではないため、競合他社が参入することを歓迎しています。

 宇宙でのクラウドコンピューティングに関しては、まだ新しいアイデアであり、軌道上でこのサービスを提供している企業は多くありません。しかし、特にアメリカのスタートアップ企業が投資を受けて、軌道上のクラウドコンピューティングとサービスの提供に向けて動いているようです。

 中国は除きますが、軌道上の各種サービスについては活動している企業は少ないです。アメリカのNorthrop Grummanはこの市場を開拓しましたが、その技術は非常に高価です。私たちは世界で2番目、ヨーロッパでは初の企業です。また日本には私の友人である岡田光信氏が創業したアストロスケールがあります。彼は日本だけでなく世界中で素晴らしい仕事をしており、将来的には競争相手になるかもしれませんが、現時点では協力が重要だと考えています。

image: D-Orbit

丸紅の資本参加でアジア展開に弾み

―御社は循環型宇宙経済を進めようとしています。どのようなコンセプトなのでしょうか。

 地球上で循環型経済を取り入れる必要があることは明らかですね。そうでなければ、私たちに未来はありません。宇宙も同様であり、商業的な宇宙市場はまだ非常に若く、多くのステップを踏んで成長していかなければなりません。未来を築くためには、地上と同じく持続可能な原則を適用する必要があります。例えば、川の汚染は数年かけて海に影響を及ぼしますが、宇宙では、放置された衛星が他の衛星と衝突すると、90分後には軌道全体がゴミで覆われてしまう危険があります。

 また今日、衛星は地球から宇宙に輸送されていますが、将来的には衛星は軌道上で製造されるでしょう。砂漠で船を作るのが不合理であるように、宇宙で使う衛星を地球で作るのも不合理です。衛星を宇宙で製造するためには、原材料が必要です。これらの原材料は、宇宙ステーションでリサイクルされたスペースデブリから提供されます。こうして、材料は宇宙内で再処理され、循環型経済が成立します。

 将来的には、地球から火星、月、小惑星帯まで移動する宇宙船が、その過程で自分たちの資源を調達する必要が出てくるでしょう。宇宙での循環型経済を実現するには、企業が行うすべての活動やビジネスが未来を築く力を持つことを確保しなければなりません。これに失敗すると、宇宙ビジネスは成り立たなくなるでしょう。

―御社のビジネスの成長性についてお聞かせください。

 私たちは2020年に初めてIONを飛ばして以来、収益は毎年倍増しています。この傾向は2024年、そして2025年も続き、おそらく倍増以上になるでしょう。軌道上のサービス分野では、すでに契約済みの総額は約9,000万ドルとなっており、2025年にはさらに6,000万ドルの契約を結ぶ予定です。当初は収益の80%が民間セクターから得られていましたが、現在では政府との取引も増え、官民50%ずつとなっています。これは市場の傾向を捉えられている結果です。

 現在、世界中に240の衛星コンステレーション(複数の人工衛星を連携させて一体的に運用するシステム)がありますが、そのうち11が私たちの顧客です。私たちは4つの大陸に渡って事業を展開する顧客にサービスを提供していますので、各国の宇宙技術の動向を把握しています。ヨーロッパだけでなく、アメリカやアジアでも複数の政府と協力しており、特に2023年に丸紅が資本参加したことによってアジアでのサービス提供も進めています。

D-Orbit社と丸紅の調印セレモニーの様子 image: 丸紅

 宇宙市場は「若い」市場であり、まだ指数関数的な成長の途上にあります。この指数関数的成長は、商業的な観点だけでなく、政府の戦略的な観点からも進行しています。世界中の政府が宇宙分野に多額の投資を行っており、これは過去に比べてはるかに多い金額です。その理由は単純で、宇宙が国家にとって戦略的な資産となったからです。

 私たちが成功している理由の一つは、このような市場の動向を早い段階で理解し、早い段階からこの分野で活動を始めたことです。これにより、パイオニアとしての競争優位性を得ました。さらに、私たちの宇宙船の製造方法は、大手企業が過去70年間にわたって開発した品質プロセスに基づいています。私たちが使用する基準は、ヨーロッパのECSS、NASAの基準、日本のJAXAの基準を適用したものです。これにより、政府が求める高品質かつ信頼性のある技術、製品、サービスを提供できます。大手企業の製品やサービスに比べてはるかに安価なものの、品質と信頼性を確保しています。

技術力で優れる日本企業との提携希望

―宇宙技術は非常に挑戦的で、失敗が多いイメージがあります。そのなかでも御社が高い信頼性を確保できるのはどうしてでしょうか。

 おっしゃる通り、宇宙は非常に困難な分野です。失敗があるのは普通のことであり、SpaceXでさえ100%の成功率ではありません。この事実を受け入れる必要があります。私たちの場合、非常に優れた実績を持っていますが、失敗もあり得ることを十分に認識しています。重要なのは、このリスクをどのように軽減するかです。常に100%の成功を保証するわけではありませんが、リスクを軽減するための計画を持っています。

 例えば、私たちの全ての宇宙船は完全に冗長化されています。つまり、何らかの故障が発生しても、宇宙船はミッションを継続できる能力を持っています。また、特別なシステム「保証展開システム」を搭載しています。これにより、仮に衛星の完全な制御を失っても、貨物を軌道上に展開することが可能です。幸い、これまでに衛星の制御を完全に失ったことはありませんが、このシステムにより、顧客は安心してサービスを利用できます。

 私たちは大手企業や宇宙機関から多くのことを学びました。彼らは多くの失敗を経験しており、その知識を吸収し、新しい市場に適応させています。同じ過ちを繰り返さないために彼らのプロセスを学び、活用しているのです。

―先程、丸紅の資本参加について触れられましたが、日本の企業や組織とパートナーシップを広げていく予定はありますか。その場合、どのような提携が望ましいですか。

 まず、宇宙セクターについてお話しします。宇宙スタートアップの最大の問題は、投資家との出会いと実証です。私たちは、日本政府やJAXAと協力して日本のスタートアップエコシステムが市場に迅速にアクセスできるよう支援したいです。そして、宇宙スタートアップと協力関係を結び、その企業の顧客になるか、長期的なパートナーシップを築くことで互いに利益をもたらすことができると考えています。

 政府との協力においては、日本は宇宙分野で非常に先進的です。私たちが提供できるのは、迅速かつコスト効率の高いアジャイル手法です。これにより、政府や社会にとって有益で特別なプログラムを大企業と共に開発することができるでしょう。

 非宇宙セクターの組織とのパートナーシップも考えられます。私たちの宇宙船に搭載されている技術の多くは宇宙分野以外から来ています。たとえば、自動車産業をはじめとする多くの産業から部品や技術を取り入れているのです。3Dプリンティングやソフトウェアなど、さまざまな分野の企業と協力して、彼らの技術を宇宙分野に適応させられるでしょう。優れた技術を持ち、適正な価格で協力していただけるパートナーが増えることを期待しています。

―将来的なパートナーや顧客へのメッセージをお願いします。

 私たちは日本において、丸紅の協力を得て新たに参入した新しいプレイヤーです。まだ実績は少ないですが、日本でも信頼を築きたいと考えています。ぜひ私たちを試してください。新しい技術、カメラ、コンピュータなどを提供していただければ、私たちの宇宙船に搭載し、軌道上でテストできます。そして、私たちが適切なパートナーかどうかを見極めてください。ぜひ私たちにご連絡ください。日本の企業と協力できることを非常に楽しみにしています。



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