海洋エネルギー分野で革新を起こす新たな技術として、波力発電が注目されている。スウェーデンに本拠を置く「CorPower Ocean」が開発した波力発電システムは、コンパクトながら高効率で、持続可能なエネルギーソリューションの新たな可能性を切り開いている。この取り組みの中心にいるのが、共同創業者兼CEOのPatrik Möller氏だ。海洋エネルギーの実用化を加速するための挑戦と、再生可能エネルギーが描く未来へのビジョンについて、Möller氏に話を聞いた。

目次
サーフィン好きも影響、波力発電に挑戦した理由
大波で「動かない」ブイで嵐を克服
波力エネルギーのメリットとは?
日本にとって海洋利用は「自然な選択」

サーフィン好きも影響、波力発電に挑戦した理由

―これまでの経歴と、CorPower Ocean創業の背景について教えてください。

 私はスウェーデンのルンド工科大学とカリフォルニア大学バークレー校で学び、バークレーでは半導体製造に関する新しいプロセスのアイデアを思いつきました。そのアイデアを基にスウェーデンで会社を設立し、約10年にわたり経営してきました。最初のキャリアは、半導体装置の発明と起業を軸にしたもので、具体的にはシリコンウェハーの銅メッキ製造装置を開発していました。

 その技術を他社に売却し、次のアクションを模索していた際、CorPowerの基盤となる技術を考案したStig Lundbäck博士と出会いました。私はディープテック技術開発の組織を構築・運営してきた経験を持つ起業家として、Lundbäck氏は発明者として、CorPowerの立ち上げに関わることになったのです。

 私はエネルギー分野に対して常に強い情熱を抱いており、クリーンエネルギーの新しい可能性を見つけることに非常に興味がありました。また、サーフィンなど海に関わるアクティビティが大好きだったこともあり、この機会に出会えたことは非常に刺激的でした。振り返ってみると、私のキャリアはエンジニアリングの教育を起点とし、その後は一貫してディープテック系のスタートアップに携わってきたと言えます。

Patrik Möller
Co-Founder & CEO
スウェーデンのLunds Tekniska Högskola(ルンド工科大学)で化学工学の修士号を取得後、カリフォルニア大学バークレー校にて半導体技術とマイクロファブリケーション(微細加工技術)専攻の奨学生として学ぶ。2002年にReplisaurus(Noble Venture Finance が2012年に買収)を創業し、CEOやCTOを歴任。2012年に CorPower Oceanを共同創業し、CEOとして波力発電技術の革新と実用化に注力。現在、Ocean Energy Europeの共同会長やStingのディープテックアドバイザーを務めるなど、海洋エネルギー分野を中心に幅広く活動。

大波で「動かない」ブイで嵐を克服

―御社が開発した波力をエネルギーに変換する技術の特徴を教えていただけますか?

 私たちの技術は、波の力を電力に変換する仕組みを備えたブイを水深30〜300メートルの場所に係留し、発電を行うシステムがベースとなっています。しかし、自然環境でこのシステムを運営する最大の難関は、大嵐に直面した際、装置がその影響に耐えることでした。この問題を克服するため、私たちは「サバイバルモード」と呼ぶ独自の保護モードを開発しました。

 嵐の際、このモードに切り替わることで、装置に接続されたブイは静止状態となり、大きな波にも耐えられるようになります。例えば、ポルトガルで行った試験では、高さ18.5メートルの波の中でこの技術の実用性が実証されました。サバイバルモードでは、装置が波のエネルギーに反応しない周波数に設定されるため、大きな波の中でもほとんど動かず静止を保ちます。この技術により、波力エネルギーの実用化に向けた重要な一歩を踏み出しました。

 通常の波の場合には、高度な位相制御技術を活用しています。この技術により、装置は波に対して最適なタイミングで動作します。システムの周波数を調整し、ブイの動きと波の動きを同期させることで、動きが大幅に増幅されます。たとえば、1メートルの波の中では装置が3メートル上下に動くことが可能であり、この増幅効果により、比較的小型で軽量な装置でも大量の電力を生み出せるようになっています。

 これらの技術イノベーション、すなわち嵐から装置を守る離調能力と、通常時に波の動きを大幅に増幅する能力の2つを組み合わせることで、波力エネルギーが商業的に機能する水準に到達しました。私たちはこれを実現するため、多くの特許技術を開発し、波力エネルギーの可能性を大きく広げることに成功したのです。

image : CorPower Ocean

―ソフトウェア面についてはいかがでしょう。AIなどで管理されると聞いています。

 各ブイには高度な制御モデルを搭載した独自の自律制御システムが備わっており、毎秒約100回の制御判断を行っています。このシステムにより、ブイはやってくる波に対して最適なタイミングでどのように動くべきかをリアルタイムで判断し、最適な軌道を決定します。

 その軌道の決定には、非常に高度なソフトウェアモデルが用いられています。このモデルは、波の周波数や高さ、方向をリアルタイムで計測し、それらのデータに基づいて制御を行います。さらに、管理するコントローラーにはAI機能が組み込まれており、将来の状況を予測する能力も持っています。これにより、単にリアルタイムの操作を行うだけでなく、予測に基づいた制御判断を可能にしています。

 これらの制御システムには、機械学習やAIを活用した複数の機能が統合されており、すべてがブイ内部のソフトウェアで効率的に動作しています。この高度な技術により、ブイは波のエネルギーを最大限に活用しつつ、効果的に動作することが可能となっています。

―波力発電の分野にはどのような競合がいますか?

 多くの業界関係者が、私たちを波力発電分野のリーディングカンパニーとして評価していると自負しています。その理由は、大きな嵐にも耐えながら、装置の大きさとコストに対して大量の電力を生産できる初めての技術を提供しているからです。私たちの装置のエネルギー生産量は、市場にある代替技術と比較して5~10倍に達します。

 さらに、多くの企業が私たちの技術を活用しています。たとえば、アイルランドでは国営電力会社ESBが私たちの技術を使用して商業用ファームを建設中です。また、フランスの石油・ガス大手TotalEnergiesは、いくつかの異なるサイトで私たちの技術を活用するために投資を行っています。ポルトガルでは国営電力会社EDPと共同プロジェクトを進めています。そして、日本でもまもなくプロジェクトを発表する予定です。すでに日本の沿岸部や島々、沖縄まで詳細な調査を行いました。

 ただ、現在の課題として挙げられるのは、私たちが他の技術よりもかなり優れているという点です。これは一見良いことのようですが、私たちとしては市場にほぼ同等の技術を持つ企業があと2~3社存在してほしいと考えています。顧客は常に選択肢を持ちたがるからです。彼らは、私たちの装置を選ぶか、他社の装置を選ぶかという自由を求めています。

 風力発電の分野を見てみると、Siemens Gamesa Renewable Energy、Vestas、GE、三菱重工、さらには中国の開発企業など、複数の企業が競争を繰り広げています。同じような状況が波力発電分野にも必要だと感じています。現在、ヨーロッパには私たちと同じ規模の商業用機器を持つ企業が数社存在しますが、これらの企業は通常、同じ出力を得るために私たちよりもはるかに多くの鋼材や複合材料を使用しています。一方で、アメリカと中国はこの分野ではかなり遅れを取っており、波力発電技術の主導権はヨーロッパが握っています。

 今後、私たちはこの先進技術を日本やヨーロッパでさらに商用化し、波力発電の可能性を広げていきたいと考えています。

image : CorPower Ocean 波力発電ファーム

波力エネルギーのメリットとは?

―波力発電と風力発電、太陽光発電を比較した場合、どれが効率的でしょうか。それとも、すべてのシステムが補完関係にあるのでしょうか。

 世界がネットゼロ、つまり完全に脱炭素化されたエネルギーシステムを実現するための大きな機会があると考えています。将来的に最も安価な再生可能エネルギーは太陽光発電であり続けるでしょう。2番目に安価なのは陸上風力で、その次に洋上風力と波力が同程度のコストになっていくと思われます。

 しかし、風力と太陽光は年間の時間の50%程度しかカバーできません。風が吹いている時と太陽が照っている時だけです。風が吹いていない時、太陽が照っていない時はどうするのでしょうか?現在、世界はその残りの時間をガスタービンや石油燃焼などで補っています。

 波力エネルギーは、より安定した電力供給を実現します。より安定しているため、24時間365日のクリーン電力に近づけることができます。つまり、完全なネットゼロを実現するための強力なソリューションとなるのです。その意味で、太陽光、陸上・洋上の風力、そして波力エネルギーの組み合わせが必要です。それらを組み合わせることで、24時間365日のクリーン電力化に近づくことができるのです。

image : CorPower Ocean

―複数のブイを係留して発電ファームを形成する仕組みですが、環境への影響についてはどのようにお考えですか。海洋生態系や漁業への影響はいかがでしょう。

 波力発電ファームは魚の量にプラスの影響を与える可能性があると考えています。具体例として、ポルトガルでの取り組みをお話しします。特に砂質の海底では、広大な砂地に限られた魚と生物活動が存在していますが、波力発電装置の基礎部分を設置し、アンカー用の岩を配置し、ケーブルを敷設することで、人工的な礁のような環境が作られます。この人工礁にはムール貝が生育し始め、それに伴ってさまざまな生物活動が活発化し、結果としてより多くの魚がその地域に集まるようになっています。

 また、漁業者と共存が求められる海域では、波力発電装置を集中して設置する区画を設けることで、高密度のクラスターを形成します。装置間の間隔は150メートルほどで、その間では漁業は行えないため除外区域となります。ただし、その総面積は数キロメートル四方程度と非常に小規模です。

 さらに、この除外区域のすぐ周辺では、より良い漁場が生まれる可能性があります。実際、ポルトガルでは漁業者たちが私たちの海洋区画の境界線に網を設置しています。その理由はそこに多くの魚が集まるのを確認しているからです。このように、波力発電装置のプラントと漁業活動は良好な共存関係を築くことができるのです。

日本にとって海洋利用は「自然な選択」

―2024年10月にシリーズBで3,200万ユーロを調達しました。この資金はどのように活用される予定ですか?

 シリーズBラウンドには、2つの大きな目的があります。まず1つ目は、私たちの技術を完全なプロジェクトバンカビリティ、つまり融資適格性にまで高めることです。このために、3台の産業用生産機を設計・製造し、現在ポルトガルに設置されている1台の隣に配置する予定です。また、これらの生産機がDNV規格(洋上で使用される規格)に準拠して製造されていることを証明するため、DNVによるタイプ認証を取得します。さらに、少なくとも半年から1年間の継続運転データを収集し、正確な発電量を示すことで技術の信頼性を証明します。

 このプロセスを通じて、私たちの技術はバンカビリティを獲得します。これにより、顧客は銀行や金融機関からの借入資金を活用して、大規模な商業ファームを建設することが可能になります。太陽光発電や風力発電のファームと同じように、効率的な資金調達が実現できるのです。

 2つ目の目標は、顧客が開発中の商業プロジェクトの1つを最終投資決定まで進めることです。この最終投資決定は、商業ファームの建設開始を意味し、私たちの技術を本格的に市場で展開する重要なステップとなります。

image : CorPower Ocean

―日本はエネルギーの自給自足ができていませんが、海洋国家です。この技術の実用化は私たちのエネルギー問題を解決できるかもしれません。日本でのプロジェクトや日本企業とのパートナーシップについてはどのようにお考えですか?

 海洋を利用して電力を得ることは大きな機会です。日本には多くの人口があり、また風力や太陽光に適さない山地も多くあります。そのため、海洋の利用は自然な選択だと思います。

 日本での事業パートナーとしては、システムの製造・組み立てができる企業を探しています。また、部品を供給できるパートナーシップも求めています。発電機、インバーター、蓄電池、鋼材、複合材料など、さまざまなサブシステムが対象となります。さらに、設置技術においても、船舶を持ち、海洋での機器の設置・運用の経験を持つ企業とのパートナーシップを探しています。洋上風力や養殖、石油・ガスなどでの経験を持つ企業との協力を考えています。

 現在、多くの日本の関係者と対話を進めています。顧客側、つまり電力会社側では来年にもいくつかの協力関係を発表できるかもしれませんが、現時点で公表できません。

―御社のビジョンについて教えてください。また、日本の潜在的なパートナーや顧客に向けたメッセージもお願いします。

 今後5年間のビジョンとして、波力エネルギーを完全に商業化し、クリーンエネルギーの新たな供給源として広く認知されることを目指しています。現在、最初の商業用ファームの設置に向けて準備を進めており、アイルランド、スコットランド、ポルトガルで具体的なプロジェクトが進行中です。さらに、10年先を見据えた目標として、コストの引き下げを実現し、最も競争力のあるクリーンエネルギー源の1つとなることを目指しています。

 そして、2050年に向けた長期的なビジョンでは、Siemens Gamesa Renewable EnergyやVestasの洋上風力部門に匹敵する規模の大規模な産業オペレーションを築きたいと考えています。特に日本のような長い海岸線を持つ国では、波力エネルギーが総電力の大きな割合を賄うポテンシャルを持っていると信じています。

 最後に、私たちのパートナーやお客様にお伝えしたいのは、私たちが開発した波力エネルギー技術は、大きな嵐にも耐えながら、効率的に発電できるということです。現在、最初の商業用ファームの開発を始めており、日本でもこれを実現するために、皆さまと共に大きなパートナーシップを築く機会があると確信しています。



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