米カリフォルニア州に本社を構えるClear Labs(クリアラボ)は、これまで研究室や専門家にしか扱えなかった次世代シーケンシング(NGS)を「誰でも、どこでも、簡単に」使える技術へと変革している。PCR検査が「陽性か否か」の答えしか出せないのに対し、同社のプラットフォームはウイルスや細菌の遺伝子を数百万単位で解析し、「どの株か」「どんな変異か」までを半日〜1日で明らかにできる。しかも必要な人の操作はサンプルを装置にセットするだけ。研究室レベルのゲノム解析を一般病院や食品工場にまで広げた同社の挑戦について、共同創業者でCEOのササン・アミニ(Sasan Amini)氏に聞いた。

目次
クリアラボが解決を目指す課題とは
「徹底的なシンプル化」で他社と差別化
創業のきっかけは「研究用ツールを誰もが使えるように」
適切なパートナーいれば、すぐにでも日本進出

クリアラボが解決を目指す課題とは

―クリアラボはどのような課題を解決するスタートアップなのでしょうか。

 クリアラボは、ウイルスや食品のゲノム(遺伝子配列)を自動的に解析する「次世代シーケンシング(NGS)」プラットフォームを開発しています。創業前は、プリンストン大学でのゲノミクス研究やイルミナ社でのDNAシーケンサー開発経験があり、「誰でもどこでもゲノム解析を活用できる世界」を目指して2014年に立ち上げました。

Sasan Amini
Co-Founder & CEO
イランのテヘラン大学でバイオテクノロジーの学士号、米プリンストン大学でゲノミクスとシステム生物学の博士号を取得。同大学内のルイス・シグラー統合ゲノミクス研究所でポスドクのリサーチアソシエートを務めた後、Illuminaでリサーチサイエンティストを務める。2014年にClear Labsを共同創業、CEOに就任。

 コロナ禍でPCR技術の認知度が一気に高まったことから、ゲノム診断は身近な存在となりました。しかし、PCRには大きな制約があります。それは判定結果が「陽性か否か」の二値判定にとどまる点です。

 ゲノム診断が二値判定であることの課題は、大きく分けて2つです。1つは「情報量が不足していること」。例えば、COVID-19のPCR検査では「陽性か否か」はわかるものの、どの株に感染しているのか、変異はしているのか、などゲノムの全容を明らかにすることはできません。

 クリアラボが解決する課題は、この二値判定の限界にあります。大きく2つの側面があります。1つ目は「情報量の不足」です。例えばCOVID-19のPCR検査では「感染しているか否か」は分かっても、感染株の種類や変異の有無、どの系統のクラスターに属しているかまでは明らかにできません。これに対し、クリアラボのNGSを活用すれば「オミクロン株に感染している」「具体的な変異箇所」「感染経路やクラスターの系統」といった詳細な情報を27時間以内に明らかにすることが可能です。このような深い解析は、公衆衛生における検査体制の変更や感染拡大の早期対応に直結します。

 2つ目は「スピードと効率」です。従来の培養検査やPCR法では結果が出るまで数日から1週間以上かかることも珍しくありません。その間、汚染源の特定が遅れ、最悪の場合は汚染食品が市場に流通してしまうリスクもあります。クリアラボのプラットフォームを利用すれば、検査はわずか10〜27時間で自動的に完了。しかも一度の検査でリステリアだけでなく、サルモネラ菌や大腸菌など複数の病原体を同時に検出できます。

 さらに特筆すべきは、「専門性の壁」を取り払った点です。従来、ゲノムを網羅的に調べるには博士号を持つような専門家の高度な知識と長時間の作業が必要でした。しかし、クリアラボの製品では、人手にかかる作業は「サンプルをプレートに分注する」「試薬を装置にセットする」といった単純な操作のみ。残りの工程は装置が自動で行い、再現性のある結果を導き出します。

 こうした「情報の深さ」と「スピード・簡便さ」を両立させたことが、クリアラボのプラットフォームが病院や大学病院、公衆衛生ラボ、政府機関、さらには食品メーカーに至るまで幅広い顧客に採用されている理由なのです。

image : Clear Labs

「徹底的なシンプル化」で他社と差別化

―競合他社とはどのような点で差別化を図っているのですか。

 次世代シーケンシングそのものは目新しい技術ではありません。すでに米国のゲノム解析技術会社イルミナ(Illumina)など大手企業が成功を収めています。クリアラボの大きな特徴は「ユーザー体験を徹底的にシンプルにしたこと」です。

 多くの競合は、シーケンサーという「装置」や「検査キット」を提供するだけで、その先の運用は顧客任せです。薬品やカートリッジは別ベンダーから取り寄せる必要があり、操作も複雑で、博士号を持つような専門家が常駐しなければ現場で運用できないのが一般的でした。

 クリアラボのアプローチは真逆です。ハードウエアだけでなく、クラウド解析を可能にするソフトウエア、必要な試薬や消耗品までをすべて含めた「一気通貫のプラットフォーム」として提供しています。ユーザーがやることは、サンプルを装置にセットするだけ。残りは装置とクラウドが自動で解析を行い、臨床や食品安全に直結する「行動可能な結果」を提示します。

 さらに大きな差別化要素が「クラウド接続」です。すべての装置がネットワークに接続されているため、リモートでのトラブルシューティングが可能で、91%の問題は1時間未満で解決できます。これは現場のダウンタイムを大幅に減らし、利用者の満足度を高める仕組みとなっています。

創業のきっかけは「研究用ツールを誰もが使えるように」

―創業のきっかけについて教えてください

 私はプリンストン大学でゲノム学の博士号を取得し、次世代シーケンスの市場リーダーであるイルミナに入社しました。2011〜2014年のいわば「次世代シーケンス黎明期」に在籍し、この技術の持つ巨大な可能性を肌で感じました。

 一方で明確な限界も見えていました。当時の次世代シーケンスは研究用途に偏っており、病院や食品工場など一般の現場では活用できない「専門家向けの高度な研究機器」にとどまっていたのです。

 私は「この技術を研究室から解放し、誰もが、どこでも使えるようにしたい」と考えました。その思いが2014年のクリアラボ創業につながりました。目指したのは、専門家に頼らず、現場で迅速かつ再現性のあるゲノム解析を可能にするプラットフォームの実現です。

image : Clear Labs

適切なパートナーいれば、すぐにでも日本進出

―クリアラボの成長を示す数字を教えてください。

 当社のプラットフォームはすでに数年間にわたり販売されており、導入実績は3桁に達しています。米国では主要な大学医療センター、公衆衛生ラボ、病院システムに加え、食品製造・加工工場など幅広い分野で利用されています。米国外でも欧州や南米へ展開が進んでおり、グローバルに存在感を強めています。顧客層は公的機関と民間に分かれますが、実際には民間の比率が圧倒的に高いのが特徴です。

―日本市場についてお聞きします。進出を検討されていますか。

 はい。次の大きなターゲットはアジア市場であり、中でも日本は非常に戦略的な位置づけにあります。これまで米国や欧州、南米での展開に忙殺されていましたが、いずれ必ず日本市場に進出したいと考えています。日本の医療システムは世界的にも先進的で、品質や精度を重視する文化は私たちの提供価値と非常に相性が良い。だからこそ本格的な展開を後押ししてくれるパートナーを探している最中です。

 率直に言えば、適切なパートナーさえ見つかれば、すぐにでも日本進出に動きたいと考えています。

―協業に際して、重視している点は何ですか。

 まずは技術的な理解度です。診断やライフサイエンス領域に精通し、装置の運用やサポートができることが前提です。その上で、輸入に関する物流インフラや税務処理、コールドチェーンを含む供給網管理に対応できる企業が望ましい。また、規制対応の知識や枠組みを持ち、製品の特性を正しく伝えられる力も必要です。

 顧客ターゲットとしては、病院ラボや大学病院、厚生労働省の関連機関、さらには食品製造・加工企業などが中心になると想定しています。

―パートナーシップの理想的な形態はありますか。

 当社は柔軟に対応できますが、最も関心が高いのは販売代理と投資です。日本市場に深く浸透するには、現地での販売ネットワークを持つパートナーが不可欠です。そして投資については「skin in the game(自らの資金を投じることで成功に強くコミットする)」という考え方があります。パートナーに資本的な関与をしてもらうことで、単なる取引関係ではなく、互いに成功を真剣に目指す強固な協力関係が築けると考えています。



RELATED ARTICLES
デモ動画を見たらきっと驚く a16zも出資する「不気味の谷」を越えた動画生成AI Hedra
デモ動画を見たらきっと驚く a16zも出資する「不気味の谷」を越えた動画生成AI Hedra
デモ動画を見たらきっと驚く a16zも出資する「不気味の谷」を越えた動画生成AI Hedraの詳細を見る
AI時代は生成後の「検証」がものを言う 『ハード開発者の右腕となるAI』で急成長中のArena
AI時代は生成後の「検証」がものを言う 『ハード開発者の右腕となるAI』で急成長中のArena
AI時代は生成後の「検証」がものを言う 『ハード開発者の右腕となるAI』で急成長中のArenaの詳細を見る
成果ゼロなら支払いゼロ ステルス脱却のUnframeが挑む企業のAI導入革命
成果ゼロなら支払いゼロ ステルス脱却のUnframeが挑む企業のAI導入革命
成果ゼロなら支払いゼロ ステルス脱却のUnframeが挑む企業のAI導入革命の詳細を見る
日本に来年進出予定!「短期投機」じゃないビットコインの形を浸透させたFold
日本に来年進出予定!「短期投機」じゃないビットコインの形を浸透させたFold
日本に来年進出予定!「短期投機」じゃないビットコインの形を浸透させたFoldの詳細を見る
iPhoneカメラの元開発者が創業 AIでカメラの「パーツの個性」を最適化する新発想
iPhoneカメラの元開発者が創業 AIでカメラの「パーツの個性」を最適化する新発想
iPhoneカメラの元開発者が創業 AIでカメラの「パーツの個性」を最適化する新発想の詳細を見る
PDFやパワポを“眠れる文書”にさせない 楽天も社内チャットツール構築に活用 ラマ・インデックス
PDFやパワポを“眠れる文書”にさせない 楽天も社内チャットツール構築に活用 ラマ・インデックス
PDFやパワポを“眠れる文書”にさせない 楽天も社内チャットツール構築に活用 ラマ・インデックスの詳細を見る

NEWSLETTER

TECHBLITZの情報を逃さずチェック!
ニュースレター登録で
「イノベーション創出のための本質的思考・戦略論・実践論」
を今すぐ入手!

Follow

探すのは、
日本のスタートアップだけじゃない
成長産業に特化した調査プラットフォーム
BLITZ Portal

Copyright © 2025 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.