「鼓膜で聴く」から「骨で聴く」へ
―骨伝導イヤホンについて教えてください。
音というのはつまるところ振動ですが、骨伝導イヤホンは、耳の入口付近の骨を振動させることで聴覚神経に音を届ける骨伝導技術を採用した「骨で聴く」イヤホンです。日常生活での身近な例としては、歯ぎしりや咀嚼音が骨伝導を介して聞こえる音です。
音は鼓膜で聞くものと思われがちですが、その奥にある蝸牛という器官が振動を受け取り、電気信号として脳に伝えられます。振動を伝える方法が鼓膜を通してなのか、骨を通してなのかです。骨伝導は英語で「ボーン・コンダクション(Bone Conduction)」で、社名のBoCoはこの頭文字を取ったものです。
image: BoCo
鼓膜を振動させる従来のイヤホンは、耳の穴をふさぐので、そもそも周囲の音が物理的に大きく遮断されますよね。当社の最新版の骨伝導イヤホンはイヤーカフ式で、耳の外に張り出した部位にイヤーカフを引っ掛けるようなイメージです。耳の穴をふさがないので、イヤホンから流れる音楽と、周囲の音がはっきりと別々に聞こえ、「2つの音」が同時に聞こえる状態になります。イヤホンで音楽を聴いているのに、目の前の人と会話がスムーズにできる。初めて体験した方は必ずと言っていいほど、今までにない感覚に驚かれます。
現代のライフスタイルに適した「ながら聴き」
現代のライフスタイルには、「ながら聴き」が必要な場面が意外なほど多いんです。音楽を聴いていて電車で乗り過ごしたとか、ランニング中に車が接近していることに気付かずに危ない思いをしたなどの出来事は、周囲の音が聞こえていれば回避できるはずですよね。最近だと、在宅勤務が増えているのでイヤホンをつけたまま仕事をしていると家族の様子が分からなくなってしまうこともあるし、赤ちゃんがいるお母さんだと泣き声などに気付けません。骨伝導イヤホンは、音楽鑑賞に浸るためのイヤホンというわけではなく、「ながら聴き」が必要な場面で使うイヤホンという立ち位置を目指しています。
image: BoCo
この円柱状骨伝導デバイスは当社保有の特許技術で、極小サイズながらも周波数帯域が4~40kHzと高い骨伝導能力を持っている点も世界的に見て類のない技術です。これらの技術はアナログで、構造的な発明なので他社の追随を許さない強みとなっています。骨伝導技術などに関する特許は20件弱を取得済みです。
また、この骨伝導デバイスの製造には自社開発の完全自動機を導入し、全プロセスが機械化、自動化されています。わずかな誤差でさえ不具合に直結するので、手作業で組み立ては行えません。日本国内の自社工場生産なので技術漏洩が防止できますし、さらに早い段階で量産技術を確立したおかげでマーケットの成長にも追随が可能です。当社の製品を分解して調べたところで、他社も簡単には真似できない技術的な強みがここにあります。
類似製品と比べた場合、「骨伝導イヤホン」を謳う製品の中には、骨伝導と空気伝導を併用した純粋な骨伝導イヤホンとは呼べないものもあります。こうした製品は、イヤホンに小さな穴が開いていてそこから音が出せるようになっているので、構造的に音漏れが起きやすい。「骨伝導イヤホンは音漏れがする」とネガティブな評価を目にすることがありますが、そこにはこうした背景もあります。当社の製品は完全な骨伝導なので、こうした製品に比べて圧倒的に音漏れが少ないです。
―技術開発はどのように進めたのですか。
創業以前から骨伝導技術を既に有していたわけではなく、技術もない、資金もない、アイデアだけはあるという状態で、2016年6月にチームを組んでゼロから開発を始めました。億単位の資金がないと無理だということで、知人など個人の方を中心に計約2億円の資金を調達させていただき、骨伝導技術の開発と量産技術の確立を同時並行で進めました。
最初にクリップタイプの製品が発売されたのが2017年7月。2020年からは生産設備の本格的な使用を始め、2022年春頃から生産設備の運用が安定してきました。当社の技術部門には、富士通やソニー、パナソニックなど大手企業で勤めていたエンジニアも参画してくれていて、非常に頼もしい存在です。
若い世代の難聴リスク知り一念発起
―創業のきっかけを教えてください。
2015年に世界保健機関(WHO)が公表したファクトシート(科学的知見に基づく概要書)で、スマートフォンの長時間利用による難聴リスクについて言及されていたのがきっかけです。そしてもう一つ、補聴器が難聴者の問題解決になっておらず、普及も進んでいないことに対する問題意識もありました。
WHOが発表したファクトシートでは、世界中で12歳から35歳までの若い世代の11億人に難聴リスクがあると指摘されていました。これは、イヤホンやヘッドホンなどの使用で日常的に大きな音に長時間さらされていることが要因の1つとされており、スマートフォンの普及が背景にあります。私自身、若い子から「イヤホンをつけっぱなしで寝てしまう」といったエピソードを聞いていたこともあり、非常に身近で深刻な問題だと感じました。この問題を解決することは、言い換えれば若者たちの未来の聴力を守ることだという使命感がありました。
難聴者のQOL向上に貢献したい
補聴器に関しては、日本の難聴者人口は1400万人以上に上るとされる一方、補聴器保有者は約200万人にとどまると言われています。補聴器を保有していても、使用感が合わなかったり、見た目の問題で、活用している方の割合はさらに低いのが現状です。難聴で会話が困難になると、本人にとっては大きなストレスですし、難聴は認知症の危険因子の1つともされています。難聴者の人生を支えるビジネスを展開していきたいという思いもあったのです。
当社の製品に聴覚補助機能を備えた「会話用骨伝導イヤホン」があります。集音マイクが拾った周囲の音を骨伝導で聞く機能を搭載したものです。一般的な補聴器は、基本的に音を増幅、調整して鼓膜に届ける仕組みですが、これは乱暴に言えば耳元で大声を出しているようなもの。ですので、鼓膜に負担がかかってしまいます。当社の製品は骨伝導なので、やはりアプローチが異なります。
難聴の仕組みについてはまだ分かっていないことも多いですが、補聴器では効果がなかった難聴者が、当社の製品を使って音が聞こえるようになったという例は実際に何件もあります。米国のシリコンバレーで縁があった女性は、生まれつき左耳が聞こえなかったけれど、当社のイヤホンを使って人生で初めて左耳で音が聞こえたと喜びの手紙をくれました。こうした声は我々にとって、大きな励みです。
補聴器が合わないとか、補聴器を付けていると差別的な目で見られるのが嫌だとか、補聴器は高いとか、そういった理由で補聴器の普及が進まず、難聴者が割を食う世の中にはしたくない。視力が悪い人が眼鏡をかけ、眼鏡がお洒落のためのアイテムにもなるように、私は当社の製品を難聴者にとっての眼鏡のような存在にしたいんです。難聴者のクオリティー・オブ・ライフ(QOL)を高めるということも当社の重要なミッションです。
ユーザーからの手紙。「私は生まれつき全く左耳が聞こえませんでした。私がこのヘッドホンを試した時、驚きと畏敬の気持ちで一杯になりました。私が左耳でも音を聞くことができたのはこれが初めてのことでした」と感謝の気持ちが記されている。image: BoCo
―他社との協業も視野に入れていますか。
他社との協業は資本提携や業務提携などどんな形でも歓迎ですが、当社の技術の核である骨伝導デバイスを活用して、骨伝導イヤホンを販売したいという大手メーカーとOEM / ODM生産契約を結ぶという関係を究極的には考えています。
当社の骨伝導デバイスは振動のピックアップセンサーとしての機能も持ち合わせているので、IoT機器に組み込む形での活用が可能です。振動を受信するとそれを電気信号に変える非常に感度の高いピックアップセンサーで、既に他社との協業事例もあります。具体的には、土中の水道管の漏水を検知するための装置として活用されています。
当社は骨伝導技術において世界で右に出る会社はないと自負していますが、技術の会社であり、モノづくりの会社なので、マーケティングはあまり得意ではありません。また、製品を多くの方に手に取っていただくためには値段を下げていく努力も必要です。でも、我々の体力だけでは実現できないので、投資や大手との協業が必要になってくると思っています。
―最後に、今後の事業展開についてどのようにお考えですか。
「音」と「振動」の2つの領域での事業展開を考えています。「音」の領域に関しては、現在の主力製品である音楽用の骨伝導イヤホンや聴覚補助用の製品をに加え、工事現場など騒音環境下における送受信用の製品も事業化を進めています。将来的には、接客業のインカム用やコールセンターの従業員用などにも応用していきたいですね。
「振動」の領域に関しては、振動IoTとして、先ほどの振動ピックアップセンサーとしての活用はもちろん、ヘルスケア・医療機器分野でも既に病院などと連携して活用方法の模索が進んでいます。モーターなどの設備の故障予知、固体材料の非破壊検査といった用途でも将来的な応用を視野に入れています。
このように、将来的な多様な展開シナリオを検討中ではありますが、まずは音楽用と聴覚補助用の製品展開を最注力領域と定めています。現在は日本国内の販売が中心ですが、今後さらに資金調達ができれば海外でも積極的に展開する計画です。既存のベース事業を成長させた上で、将来的にはB2BビジネスやIoTデバイスなどの展開につなげていきたいと考えています。
鼓膜に負担をかけない骨伝導技術によって「人」と「音」のより良い関係を実現したい。この思いで、これからも健聴者の聴覚を守り、聞こえることを諦めていた人の聴覚を覚醒できるよう貢献していきます。