日本はもとより海外でも知られる、最高級ブランド米「南魚沼産こしひかり」の産地・新潟県南魚沼市。バイオマスレジンホールディングス(本社:東京都千代田区)は、その南魚沼に工場を構え、米を原料としたバイオマスプラスチック「RiceResin(ライスレジン)」を開発・生産し、グローバル市場へと展開を狙う。バイオマスプラスチックの原料は、米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビがメジャーとなっている中、「自分たちの強みを打ち出すためにお米を選んだ」と語る代表取締役 CEOの神谷 雄仁氏に、米どころを基点とした世界戦略とその狙いを聞いた。

目次
創業当初の挫折、マーケットインへの戦略転換
日本の米づくりが抱える根深い課題
収益構造は?競合他社との優位性は?
製造メーカーと提携して学びたいこと

創業当初の挫折、マーケットインへの戦略転換

―創業前は商社マンとして活躍されていたと伺いました。

 以前は食品商社に勤務して、缶詰を作る際に生じる魚の頭や尾など、廃棄されてしまう水産加工品の端材を、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)など新しい用途の素材として活用する事業を手がけていました。その経験と、未利用のものを活用するバイオマスプラスチックの事業には親近感がありました。

 ビジネスへの興味を覚えた大きなきっかけとなったのは、穀物メジャーのCargillと化学品大手のDow Chemicalが合弁で設立したCargill Dow(現NatureWorks)で、トウモロコシ由来のポリ乳酸という生分解性プラスチックの製造現場を視察したことです。穀物メジャーと化学品の企業が共同でトウモロコシからプラスチックを作る取り組みにとても驚き、転換点になりました。それが2003年ごろの話です。

 2005年に、環境をテーマに愛知県で開催された万博「愛・地球博」で、私の知る限りでは初めて、生分解プラスチックが日本で紹介されました。自分が数年前に知った素材が一般にも知られるようになって、環境系の事業は伸び代があるのではないかと感じました。その後、2007年にバイオマスレジンを創業しました。

神谷 雄仁
代表取締役 CEO
商業施設開発のコンサルタント、食品商社で化粧品・健康食品原料の開発などを経てバイオマス関連事業に参加し、2005年に前身となるバイオマステクノロジーを創業。2017年11月、バイオマスレジン南魚沼を設立。2020年3月、バイオマスレジンホールディングスを設立し、代表取締役 CEOとして現在に至る。

―創業時のエピソードを聞かせてください。

 最初の法人設立時は、農水省が力を入れていたこともあり、すぐにスケールできると思っていたのですが、まったくダメでした。要因となったのは、日本の製造業に求められる厳しい品質要求です。日本製品の質の高さや信頼を裏打ちするものですが、100点ではダメ、120点をクリアして初めて採用検討に入るといった具合で、ディープテック分野の新興素材企業には荷が重かったのです。

―ビジネスモデルの転換やターゲット市場の変更はありましたか。

 素材作りという面では創業当初と同じですが、戦略はプロダクトアウトからマーケットインへと大きくシフトして、製品を市場へ出していきました。創業して1〜2年の間に、大手文具メーカーのクリアファイルやレコード会社のDVDケースに採用され、バイオマスプラスチックの商品が全国展開されます。ところがまったく売れません。当初は物珍しさで店頭にも置かれましたが、数年後にはすーっと潮が引くように棚から消えていきました。

 商品を市場に出せたと大喜びしたものの、結局売れなければ話になりません。マーケティングの発想を取り入れる必要を感じ、市場が求める商品を調査しました。しかし、それが分かっても、商品開発に至るには技術が追いつかず、教科書通りにはうまくいかないことが続きました。2015年ごろの段階ではスケールのために、中国で技術供与を始めたり、タイの企業とパートナーシップを結ぼうとしたり、アジアを中心に海外展開するべく折衝を行っていた時期もありました。

image: バイオマスレジンホールディングス 「RiceResin」

―その後、南魚沼に最初の工場を建設します。その経緯を教えてください。

 紆余曲折ありましたが、グローバルマーケットへの展開を踏まえると日本のお米をプラスチックにするビジネスモデルが望ましいと考え、バイオマスレジン南魚沼を2017年に設立し、工場を建てました。「お米からプラスチックを作る」という事業を日本中に知らしめる上で、お米の名産地である南魚沼のブランドは強く意識していました。「新潟でバイオマスレジンを作っている」と言うよりも「南魚沼で…」と言ったほうが、お米とのつながりがより伝わります。その結果、非常に多くの方々に理解と共感を得られました。

 また地元の米農家の方々にも、私たちのビジネスモデルを理解いただき応援してもらっています。創業翌年の2018年に、それまで28年連続で獲得していた食味ランキング「特A」から陥落するという出来事がありました。スペックアウトした南魚沼産のお米をブレンドした商品が、無許可で南魚沼ブランドを使ったためです。ブランド毀損を防ぐため、農家はスペックアウトの南魚沼産米を絶対に販売しなくなりました。

 しかし、ブランド管理を厳格に行うと、少しでも割れたお米などの行き場がなくなってしまい、かえって農家の売り上げが減少します。そのため苦労している農家が多かったのです。売り物にならないお米や古米を使ってプラスチックを作るビジネスモデルをとてもよく理解し応援してくれて、地元の人も喜んでお米を提供してくれました。その後、熊本や福島に工場を建設しました。いずれも米どころだからです。

image: バイオマスレジンホールディングス 「南魚沼工場」

日本の米づくりが抱える根深い課題

―解決を目指す課題について教えてください。

 基本的には2つあります。1つは環境問題です。約70〜80年前に誕生した石油素材のプラスチックは素材として非常に使い勝手が良く、生活は便利になりました。その一方でプラスチック焼却で生じるCO2による地球温暖化や、分解されずに海や土壌に残るマイクロプラスチックの問題など、環境問題の要因にもなっています。環境を破壊するプラスチックを植物由来に代えることで問題解決につながります。

 もう1つは日本の農業が抱える問題です。日本の米づくりでは、米余りや減反、後継者不足といった課題を抱えていますが、これらは世界の米づくりが抱える問題とはまったく逆行しています。言いかえれば日本の米農家が、儲かっていないということです。

―日本の稲作が抱える問題の要因はどこにあるのでしょうか。

 私たちが原料として必要なお米は、食味の高さを求めません。生産性が高い、安価な米のほうがプラスチック原料には向いています。しかし、日本の米づくりは真逆で、少量多品種で食味の高さを追求するため、生産性が低く高価なのです。世界の米マーケットで流通するお米と比べて2〜3倍も高価になっています。インバウンドで来日した観光客が日本のお米のおいしさを知って、お土産に買おうとしても高すぎて売れないくらいです。

 私たちが原料として買い取りたい価格帯に近づいてくれば、海外のスーパーで販売できる価格で輸出できます。低コストのお米が日本でも量産できれば、国内向けにはプラスチックの原料として、海外向けには食品として米農家は販売できるようになります。

 生産コストが掛かるのは水の管理です。日本では水田で作付けする水稲ですが、畑で作る陸稲のほうが水の管理コストが小さく、水の管理が減るだけでもコストは3分の1になります。また海外では、菌根菌による生物活性や有機肥料の利用など科学的エビデンスに基づいた農業が行われており、収穫量の差は歴然です。日本での10a当たり収量は全国平均で500kg台、高い地域でも600kg台ですが、中国などでは1.5トンを記録するなど倍以上の収量ですから、まったく違う農業・ビジネスと言ってもいいでしょう。

 日本の米農家の未来が明るくなる農業モデルを作るには、お米を大量に生産することで利益を生む仕組みが必要だと考えています。従来の日本のお米マーケットを超えた、大きなマーケットで勝負できるようになるのが、あるべき姿だと考えています。

image: バイオマスレジンホールディングス

収益構造は?競合他社との優位性は?

―現状の収益構造はどのようになっているのでしょうか。

 バイオ素材樹脂の製造販売が収益のベースです。国内に3拠点、ベトナムに1拠点の工場を構えていますが、稼働率は微々たるものでまだ収益は上がっていません。先行しているRiceResinの普及を目指し、事業スタート段階からマーケット創成にも注力しています。量産できる体制が整い、今年から来年にかけて急激にマーケットが伸びたとき、製造事業の収益が上がってくる構造です。

 RiceResinに力を入れつつ、同じくお米を使った生分解性プラスチック「Neoryza(ネオリザ)」、昨年秋に発表したお米原料の高分子吸水ポリマーと、2つ目、3つ目の素材を展開していきます。生分解マーケットへの展開例としては、肥料のコーティング材や農業用のマルチフィルムなどです。生分解性分野では素材よりも製品を販売する必要があると認識しています。高分子ポリマーはもう少し先になってくると思いますので、先行する2つの素材が広がっていくと見込んでいます。

―同業他社と比較した際のバイオマスレジンの強みを教えてください。

 バイオマスプラスチックの原料としてメジャーなものに、米国のトウモロコシ、ブラジルのサトウキビがあります。米国のトウモロコシ由来プラスチックは生分解性市場へ、ブラジルのサトウキビ由来のプラスチックは生分解しない、既存の代替品市場へ主に展開しています。

 私たちバイオマスレジンは、非生分解性と生分解性と両方とも手がけています。高分子ポリマーと合わせて3つの素材を持っている企業は世界中でもなかなかないはずで、当社の強みとなっています。

―競合と認識している企業は国内外にあるのでしょうか?

 直接の競合企業はありませんが、ベンチマークとしている企業にブラジルの国営企業Braskemがあります。サトウキビを使ったポリエチレンを年間20万トン生産している世界有数の規模を誇る企業です。当社の生産能力は最大で1万トンで、まだまだ足元にも及びませんが、そのレベルを目指していきたいと考えています。目下の目標は国内で10万トン、海外拠点の生産を合わせて20万トンくらいの供給ができる企業に成るべく進めています。

製造メーカーと提携して学びたいこと

―これまでも、メーカーや自治体など多数の提携事例があります。今後重視する提携の形態はありますか?

 販売協力・共同研究・資本提携と、どの提携も必要だと考えています。現状のフェーズでは原材料を提供する企業であるとともに、製造業としての力を付けていきたいと思っています。よりよい素材を提供できるメーカーになるためにはものづくりの根幹を今よりも強化していく必要を感じています。そのためには製造メーカーとの資本業務提携でものづくりの遺伝子を受け継ぎ、価格・品質に優れた製造業としての力を付けたいです。

 販売・営業の面ではすでにグローバルマーケットに向けてさまざまな施策を手がけているところですので、日本品質の原料・製品を世界中に提供したり、ライセンサーとして指導を行えるような製品のクオリティーを担保できる力が重要だと認識しています。

―どのようなマインドを、提携先と共有したいでしょうか。

 スピード感です。マーケットに対して最短で結果を出したいと思う一方、素材の基礎研究には10年単位の時間を掛けることも珍しくありません。それも大切ですが、スタートアップとしては最短距離でマーケットに提供したいという思いが強いので、基礎研究を重視しつつも早く成果を出せる座組を作ることがベースになります。

 素材メーカーとして良品を作り続けることに大きな責任を感じますし、そこをないがしろにしてしまうと、次のイノベーションは生めません。ものづくり企業の土台となる基礎研究や生産管理はまだこれからなので、そこにしっかりと力を注いでいかなければならないと思っています。  



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