きっかけは「学生の手作り」 大学研究室での小型衛星との出会い
「当初は起業するとは考えていませんでしたし、もともと宇宙ビジネスをやろうとは思っていなかったんです」と語る中村氏。大学時代に偶然、小型衛星と出会ったことがきっかけで、起業の道を歩むことになった。
「当時、大学の研究室で『学生で小型衛星を作ろう』というプロジェクトがあり、手作りで小型の衛星を作れるということに非常に興味を持ちました。人工衛星を作るには何百億円もお金がかかり、優秀なエンジニアを何百人も揃えるイメージだったので、学生が手作りできるということに大きな衝撃を覚えました。実際に衛星作りの現場を見せてもらった時、『このチームに加わりたい』という思いが強くなり、参加しました」
在学中の2003年に、学生の手による世界初の人工衛星の打ち上げに成功。チームでの取り組みを通して、人工衛星を作るだけではなく、人々が喜び、感動するもの、役に立つものも世の中に届けたいと中村氏は思い始めた。
「研究室のプロジェクトでは、衛星搭載のカメラを担当していました。美しい地球の写真が撮れるのなら、いろいろな人に見てもらいたいと思い、プロジェクトの責任者に承諾をもらい、衛星画像を配信する取り組みを始めました。撮影した画像を配信すると感謝のメッセージがたくさん届くようになり、すごくはっとさせられました。自分たちの取り組みに対し、社会からポジティブなフィードバックを得られるということが新鮮な驚きだったというか、『自分たちのやっていることがこんな風に評価されるんだ』ということを生で初めて感じることができたのが大きかったですね」
この経験を機に、「自分たちが開発し、磨き上げていく技術が社会にどのような影響を与えるのか」ということを考えるようになり、もう少し研究に携わりたいという思いから博士課程に進み、6年間で合計3機の小型衛星プロジェクトに関わることになった。
Image:アクセルスペース
「やりたいことができる会社がなければ、自分で会社を作ればいい」
6年間の研究を通して、「宇宙を自分の仕事にしたい」という思いが次第に募っていったという中村氏。
だが、「宇宙を自分の仕事にしたい、と思っても当時は宇宙ビジネスをしている企業は皆無でした。研究室で国の助成金が得られたこともあり、チームで開発を続けていくうちに気づいたのです。『やりたいことができる会社がなければ、自分たちで作ればいいんだ』と。目から鱗です。以前は『起業する』という発想が全くなかったのですが、その1年半後にさまざまな偶然、運が重なり起業することになりました」
起業すると決めたのはいいが「一筋縄ではいかなかった」と中村氏は当時を振り返る。
「我々が起業に向けた準備していた2007年頃は、IT関係のスタートアップへの投資がモデルでした。そんな時代に『宇宙』をやる我々に対し、リスクも高いし、時間もかかると、資金が集まる雰囲気では全くなく、投資家の方々は話を聞いてくれませんでした」
そのため、人工衛星を使ってくれそうな企業を探し、自ら出向いて事業プランを説明したが、興味を持ってくれるもののなかなか契約には至らなかったという。危機感を募らせる中、民間気象情報会社ウェザーニューズとの出会いが大きな転機となった。2008年8月に正式に起業する運びとなり、ウェザーニューズと超小型衛星WNISAT-1の製作に係る契約を結んだ。
創業当初は東大近くにオフィスを構え、中村氏と仲間2人でスタートした。小さなプロジェクトを回していくうちに少しずつ軌道に乗り始め、現在はフルタイムで約110名の社員が在籍し、パートなどを含めると約150名の規模まで大きくなった。ミッションである「SPACE WITHIN YOUR REACH 宇宙を普通の場所に」をベースに、様々な国籍の社員が一丸となり、宇宙を身近な存在にしていこうと、革新的な超小型衛星ビジネスに挑戦している。
中村氏は意図して外国人を採用しているわけではないが、現在、外国籍の社員が4割程度を占めていると説明する。「宇宙ビジネスに興味を持ち、Webサイトから直接応募してくる人もいます。異なる文化と考えを持つ多様な社員がおりますが、会社のミッション、ビジョンがベースとなり、今抱えている課題をどうやって解決していくかと日々取り組んでいます。宇宙はまだまだ我々から遠い、宇宙を普通の場所にしたいというのが我々のミッションであり、目指すゴールは一緒です」
創業当初は衛星の開発・製造が事業の中心だったが、現在は、全地球観測プラットフォーム「AxelGlobe(アクセルグローブ)」でのデータ活用サービスと、小型衛星量産体制を活用した衛星プロジェクトに関わるワンストップソリューション「AxelLiner(アクセルライナー)」の2本柱で事業を展開している。
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データビジネスと、製造から打ち上げまでのワンストップソリューション 2本柱がシナジーを生む
自社衛星で撮影する地表の画像を提供するサービスとして2019年5月にスタートしたアクセルグローブは、世界のあらゆる地域を高頻度で観測できる次世代光学地球観測プラットフォームとして展開する。
超小型衛星GRUS(グルース)で撮影した画像は2.5mの解像度でモニタリングできるという。サービス提供開始当初は衛星1機体制だったが、5機体制に整ったのを機に、2021年6月に新サービス「AxelGlobe Tasking & Monitoring」の提供を開始した。
撮影画像は、農業や森林管理、都市計画、経済動向の把握、環境監視など、幅広い活用が見込まれる。
「アクセルグローブは昨年5機体制になりましたが、まだ始まったばかりです。今の段階では、『森林のモニタリング』『農業モニタリング』『インフラモニタリング』といった戦略が中心です。一方で、より身近に衛星画像を使えるようにしていくことも当社の使命です。次のステップとして、我々のデータをどんどん使ってくれるような仕組み作りを今後増やしていきたいと思っています」と中村氏は展望を語る。
海外の営業担当者や、アクセルスペースのデータを現地の政府や企業に対してディストリビュートする企業との連携もある。「世界に50社以上提携先があることから、近い将来は海外に営業拠点を作ることも視野に入れています」
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もう一つの事業の柱であるアクセルライナーは、超小型衛星の製造や調達、運用などをワンストップで顧客へ提供するサービスだ。衛星プロジェクトで課題となる、事業検討から開発、運用までの膨大な時間や複雑なプロセスをパッケージ化して提供していく。
「今までは、お客様がやりたいことを100%実現するフルカスタムで、どんな要求にも応えるような専用の衛星を作ることが価値でした。現在は宇宙ビジネスに関する認知が高まっており、何らかの形で『自分たちも宇宙ビジネスに関わりたい』と考える企業がすごく増えています。そうなると、フルカスタムの衛星だと時間もコストもかかります。そういった観点から、今はむしろ標準化を進めて、より安く、早くできることに大きな価値を提供できると考えています」
宇宙プロジェクトに参画するには、技術だけではなく、政府の許認可取得や周波性の利用と確保、衛星を打ち上げるためのロケットの手配、衛星の運用、保険の契約など、時間のかかる複雑なプロセスへの対応が必要になる。それらを全てパッケージにし、お客様に統一したインターフェースを提供することで「宇宙利用の敷居を下げる」という試みだ。
中村氏はアクセルライナーの需要について、こう説明する。
「現在は政府関連の開発依頼が非常に多いので、それに対応していますが、今後は宇宙スタートアップをターゲットにしていきたいと思っています。自分たちで作って打ち上げるというのは時間がかかりますから、時間のかかる複雑な部分に関しては当社が担います。お客様は自分達のやりたいことに焦点を当てることができる環境をつくりたいです。宇宙に打ち上げたい『もの』を作ってくれれば、それを我々が搭載して打ち上げて、データを提供します、という形を実現していく。小さなことから引き受けて、実績を積み上げれば、自然と世の中が動いてくると思っています」
必要なインフラを提供できる宇宙企業を目指していきたい
2008年の起業当初と比べると、世の中における宇宙に対する認知度も上がってきている。莫大なお金と時間がかかる宇宙事業はこれまでは国家主導だったが、「スペースX」や「ブルーオリジン」など、最近では企業の参入も続々と増え、ニュースになっている。一方で、宇宙スタートアップの数が拡大していけば自ずと、アクセルスペースの競合相手も増えてくるのではないか。
中村氏は「アクセルスペースは世界的にみてもかなりユニークなビジネスモデルを持つ会社です。超小型衛星を使ってデータビジネスと製造ビジネスの両方をやっているという観点からいうと、直接の競合はいないと思います」と胸を張る。
同社の一番の強みは「両事業でビジネスをやっていることによって、お互いシナジーを生む形となります。国際情勢、社会情勢によっても大きな影響を受ける業界ですから、どういう状況であっても変化に対応していける能力は大切だと思っています。ですので、データビジネスと製造ビジネス双方の展開で、データビジネスによって起きる社会の変化を次世代の衛星開発に応用していけます」と語る。
宇宙ビジネスの先端を行くアクセルスペースだが、中村氏は今後に向けてどのようなビジョンを描いているのだろうか。
「宇宙をインフラにして当たり前のものにしていきたいというのが大きな野望です。定期的にどんどん衛星が打ち上がっていく、それが知らない間に我々の暮らしを良くしていくことにつながっていく世界をつくりたいと思っています。その先には、月や火星に人が行き、ムーンベースができるなど発展していくと思います」
「そうなると、観測や通信、測位といった機能がより一層必要となってきますので、そういったところにも我々の技術を活用していけたらいいなと思います。人間が経済活動をする上で必要なインフラを提供できる宇宙企業になっていきたいと思っています」