サイバーセキュリティや電力インフラ、ヘルスケア事業を経て、EVの課題にチャレンジ
Hassounah氏は大学で電気電子工学を学び、卒業後はソフトウェア技術者として数年過ごしたのち、2002年にメッセージングやネットワーク分野でのサイバーセキュリティ企業のIMlogicを創業する(2006年にSymantecが買収)。その後「One Laptop Per Child」という非営利団体(米マサチューセッツ州)で、アフリカのインフラストラクチャが整備されていない地域にノートパソコンを導入する支援事業を行う。Hassounah氏はここで、メッシュネットワーク機能などの技術面から取り組んでいたが、課題は現場にあると気づき、アフリカに1年半ほど移住する。さまざまな国の政府と協力し、どのように電力供給ネットワークを構築するかという課題に取り組んだ。
2007年にはサンフランシスコにて、ヘルスケアプラットフォーム企業であるMedHelpを創業し、モバイルアプリによるオンラインでのヘルストラッキングサービスを提供。2014年にはMerck(ドイツ)が同社を買収している。Hassounah氏はその後、サイバーセキュリティ、電力インフラ、教育、健康などこれまで携わってきたものより困難なものは何かと考え、多くの自動車をEVに移行させるチャレンジを選択し、Ampleを2014年に創業する。
EVには、充電インフラの課題がある。大量の電力を素早く供給する充電ステーションを、ガソリンスタンドのようにあちこちに整備しなければならない。だが、送電網や保護剤、大量のコンクリートなど、充電ステーションを建設するコストは安くはない。急速充電といってもガソリン車を満タンにするより時間がかかるのも課題だ。Teslaの急速充電設備の場合でも、最大125km分の充電に約30分と、ガソリン給油に比べると時間がかかる印象だ。
Hassounah氏は「私たちが解決しようとしている課題は、迅速かつガソリンよりも安くEVに電力を供給することです。バッテリー交換はそのための一つの手法ですが、従来の手法では対応する自動車が少なく、ステーションを作るのにも多大なコストがかかっていました。そこで私たちはバッテリーをより小さなモジュールに分割することで、より多くのステーションをより安価に展開できるようにしたのです」と説明した。
Ampleでは、バッテリーをモジュール化することでさまざまな車種(2022年4月時点では18種)に対応しており、バッテリー交換ステーションでは、およそ10分でEVのバッテリー交換ができる。2022年が終わる頃には5分で交換できるよう開発研究を進めている。なお、競合についてHassounah氏は、バッテリー交換型EVのアイデアは、中国などで盛んであるものの、Ampleのように、車両の改造を最小限に抑えたモジュール化を実現した企業はまだ存在しないと語った。
Image: Ample
バッテリー交換型なら、コストや環境負荷の課題も解消できる
Hassounah氏によると、Ampleのバッテリー交換コストはガソリン給油よりも20%安く供給できている。ガソリン価格が高騰してもAmpleは影響を受けないため、さらに価格差は広がるだろう。EVのための急速充電が必要なステーションの場合はより多くの電力が必要だが、バッテリー交換のステーションなら、バッテリー自体の充電を急ぐ必要がないため、電力使用を増やす必要はない。このため、ソーラーパネルなどを併設して、再生可能エネルギーによる供給も可能となり、より安価な電力供給が可能となる。
「東京のように人口が多い場所では、多くの電力が必要な充電ステーションをたくさん確保するのは難しいでしょう。送電網が大量の電力をサポートできないからです。一方、ほとんどのビルは、50kWか100kWの電力を供給できますので、通常の電力でバッテリー交換ステーションを設置可能です。しかも、ソーラーパネルなど、再生可能エネルギーへの転換もより簡単に、速やかにできるのです」
EVの利用は必ずしも再生エネルギーへの移行を意味するものではない。電力そのものは石油やガスから発電される場合が多く、急速充電ならほとんどの場合でより一層の電力が必要になるとHassounah氏は指摘した。
ベイエリアでの成功によって資金調達をし、日本やスペインにも展開へ
Ampleでは2021年からサンフランシスコのベイエリアで実証実験を始めた際、Uberと提携した。この実証実験は成功し、ガソリンよりも安いコストで電力を供給できることが証明された。2021年8月のシリーズCラウンドでは1億6000万ドル(約210億円)を調達し、その中にはENEOSグループも出資者として名を連ねた。さらに同年11月に5000万ドル(約67億円)を調達。今後はアメリカだけでなく、日本やスペインにもビジネスを展開していく予定だ。日本ではENEOSとともに2022年中に京都で、新しく改良したバッテリー交換ステーションの実証を開始する計画だという。
Image: Ample
「次の12カ月の間に、新しい市場の都市単位で1000台以上のEVを走らせるようにしたいです。ベイエリアで始めたときも1000台を超えた時点でこのモデルがうまく機能すると実証できたからです。そのためには、パートナーと効率的に連携して迅速に展開することが必要です。さまざまな自動車メーカーとの連携も重要になります」
Ampleがパートナーシップを求めているのは、ENEOSやShellのようなエネルギー企業や、自動車メーカー、バッテリーのサプライヤーに加え、バッテリー交換ステーションのスペースを提供する事業者も含まれる。スペースの提供は既存のガソリンスタンドからの移行でもいいが、駐車場などさまざまな場所で展開できる。Hassounah氏は、「ステーションを簡単に設置できる技術を開発しています。2台分の駐車スペースががあれば、2〜3日で充電ステーションを設置できるようなステーション設置技術を1年以内に実現したいと考えています」と説明した。
現在、さらに効率的なバッテリーやバッテリー交換技術を開発しており、バッテリー交換インフラを急速かつ広範囲に展開しながら、幅広い車種への対応も目指していくというAmple。Hassounah氏はこれからの日本市場でのビジネス展望について次のようにコメントした。
「私は大学で日本語の授業を受けて感動したことがあります。日本がいかに技術志向・未来志向で、なおかつ思慮深いかに魅了されたのです。日本は高い技術力を持っていますが、新しい技術を取り入れるのは少し遅い気がします。ですから現在は、新たな創造のチャンスだと考えています。日本の人々は感受性が強く、オープンでありながら、問題の解決策を確実に実現しようとします。私は、この分野で日本がリードする余地はたくさんあると考えています。日本の社会で私たちの技術を発展させることは、世界のほかの場所で人々が求めることを飛躍させるチャンスでもあるのです」