製造業界では熟練技術者の「経験と勘」への依存度がいまだに高い。そこに新たな変革をもたらそうとしているのが、名古屋大学発のスタートアップ「AIxtal(アイクリスタル)」だ。同社は、プロセス設計にAIを活用する「PI(プロセスインフォマティクス)技術」を駆使し、開発・製造プロセスの最適化を追求。クライアント企業と伴走し、生産性の大幅な向上や製品・装置開発の迅速化を実現。さらに、製造業の技術者のPI活用リテラシーを高めるための教育サービス「アイクリスタル寺子屋」なども展開する。その優位性やビジョンについて、髙石将輝代表取締役CEOに聞いた。

目次
「量産で負ける日本」をなんとかしたい
プロセスインフォマティクスとは?
自動車業界からの引き合いが急増
日本で実績を積み、将来的な世界進出にらむ

「量産で負ける日本」をなんとかしたい

―アイクリスタルを起業された経緯をお聞かせください。

 名古屋大学に入学後、工学部のマテリアル工学科でさまざまな材料について学び、4年次に半導体を専攻しました。当時は囲碁・将棋の棋士とAIとの対局が盛んに行われていた頃で、興味をそそられて、自分でもパソコンにAIを実装して学習させるといったことを独学でやるようになりました。そのうちに、AIを活用して半導体の材料合成ができないかと考えるようになり、たまたま半導体とAIを扱っている研究室が学内にあったので、そこに入り、最短のプロセスで材料合成を行う研究を始めました。

 その時代、そのような研究を手掛けているところは国内にはほとんどなかったので、大企業の方にも興味を持っていただき、共同研究を行うようになりました。研究案件は次々に増えて、6件ほど並行して動いていたと思います。自分が手掛けている研究が、世の中の役に立つ瞬間がそれほど早く来るとは思っていませんでしたので、タイミングに恵まれていると感じましたし、会社を興して事業を立ち上げるチャンスではないかと思い、学部の卒業式の直後に「起業します」と周りの人に伝えました。いったん宣言した手前、もう後戻りできなくなりまして(笑)、大学院1年目の11月にアイクリスタルを起業することになり、卒業まで二足の草鞋を履く形になりました。

―経営を成り立たせるだけのニーズは十分にあると考えて、起業されたわけですね?

 日本の製造業に対する問題意識も抱いていました。日本は基礎研究も強いし、製品の品質も高いのですが、量産段階になると他国に追い抜かれてしまいます。太陽電池はかつて日本のメーカーがトップシェアを占めていましたが、今では中国メーカーが90%以上のシェアを取っている状況です。ディスプレイも元は日本が強かったのに、中国、韓国、台湾などのメーカーに勝てなくなってしまっている。私が研究を手掛けてきた半導体先端材料のSiC(シリコンカーバイド)も、やがて同じ道をたどるのではないかと言われています。

 基礎研究や製品開発では強いのに、量産で負けてしまうというこの状況を何とかして変えたい、SiCはもちろんのこと日本が強みを持っている材料や製品の競争優位性を高めるために役立つことができればという想いがあったのも、起業に至った一つの要因になったと思っています。

髙石 将輝
代表取締役CEO
名古屋大学工学部に入学し、2018年から2021年にかけて、半導体製造のプロセス条件の効率的な最適化手法の確立を目的として、数値シミュレーションと深層学習を駆使した研究に従事。半導体に留まらない幅広い製造プロセスの最適化を目指し、2019年にアイクリスタルを設立。名古屋大学大学院工学研究科在学中も、多くの企業との共同研究を手掛け、修士修了後の2021年3月に代表取締役に就任。

プロセスインフォマティクスとは?

―御社が手掛けるプロセスインフォマティクスについて、詳しく教えてください。

 プロセスインフォマティクス(PI)は、データ解析や物理シミュレーション、AI技術などを駆使して、生産プロセスを最適化し、効率性や品質を向上させる情報技術です。同じような名称の技術に「マテリアルズインフォマティクス」というものがありますが、これは材料開発の物質探索において分子シミュレーションやAIなどを活用し、「何を作るか」を最適化するものです。一方、プロセスインフォマティクスは、製造業などのプロセス開発において、「どう作るか」を最適化します。

 身近でイメージできるもので言うと、例えば料理をしている時に強火で長い時間加熱したら焦げてしまったとか、逆に火が弱かったり加熱時間が短すぎたりして中まで火が通っていなかったといった失敗はよくありますよね。​そして、何度もトライ&エラーを繰り返すうちに、どのように料理を作れば上手くいくのかがだんだん分かってくるわけです。

 生産プロセスは、それをもっと複雑にした感じで、その日の気温、加熱方法、装置の構造、装置内で起きる流体の動きや化学反応など、様々な現象を最適に制御できる条件を見出して、安定的・効率的な生産を実現しなければなりません。しかし、それらの条件を導き出すのは簡単なことではなく、生産プロセスを確立するまでに長い時間がかかったり、熟練技術者の経験や勘に頼らなければならなかったりする状況が生まれてしまいます。

 それに対し、我々はPIを活用した独自のアプローチにより、製造現場のデータを基に製造プロセスの「デジタルツイン」を構築し、仮想空間上で大量の実験を行うことで最適な製造条件を探索します。デジタルツインとは、現実世界の物体や環境から収集したデータを使い、シミュレーションやAIを用いて仮想空間にまったく同じ環境を双子のように再現するテクノロジーです。収集するデータは、ビッグデータでなく、過去に蓄積された限られたデータでも構いません。

 実際に実験を行わなくても、コンピュータ上に再現した製造装置を用い、実験条件などを入力すれば、ものの一瞬で結果を予測できるため、製品開発や生産プロセス改善の期間とコストを大幅にカットすることが可能です。それは、生産性の向上やオペレーターの負荷軽減にもつながるでしょう。

―日本ガイシとのプロジェクトでも大きな成果を上げられたそうですね。

 そちらのプロジェクトは、日本ガイシさんの主力事業の自動車排ガス浄化用セラミック製品の評価に、当社の技術を適用したものです。同製品は、車から排出されるガスを濾過し、残った煤を燃やして浄化する装置ですが、燃焼する際に熱ムラが起きて、その温度差から装置が損傷し、品質不良につながってしまうというリスクがありました。それを改善するために、同社は実験とシミュレーションの両方を駆使した高精度な解析を行ってきましたが、解析が完了するまでに従来1~2週間を要していました。しかし、今回我々の技術を導入したことにより、その期間を最短1日に短縮でき、信頼性の高い製品を迅速に設計・開発することが可能になりました。

―御社が展開されている教育サービス「アイクリスタル寺子屋」についてはいかがですか?

「アイクリスタル寺子屋」は、一般的なAI教育ではなく、自社にPIを導入するという目的に沿ったカリキュラムです。製造業界でPI活用が進んでいない要因の一つが、製造技術の知識とデータサイエンスの知識を併せ持ったエンジニアが不足していることです。このギャップを埋めるために、製造業の技術者にPIに必要な技術体系を学んでもらおうと立ち上げたのがアイクリスタル寺子屋で、企業の各部署から5名まで参加いただき、3カ月間グループ学習を行うコースなどをご提供しています。

 これまでに計20名以上の方が受講を終えた企業もあり、その方たちがそれぞれの職場で大きな成果を上げられていると伺っています。

―御社の他にPI関連の事業を展開している競合はいますか?

 国内に2、3社ありますが、いずれも汎用的なソフトウェアを手掛けている会社で、当社のように個別の案件に対応しているわけではありません。製造業というのは、生産プロセスがまったく異なる多種多様な現場がありますし、蓄積されているデータの量や質もまちまちです。それに対応するソフトウェアを作るのはとても大変で、ある程度範囲を絞ったものにするしかなく、お客様の課題にすべて応えるのは難しい。その点、我々は課題解決ファーストで考えていますので、お客様からしっかりお話を聞いて現場の課題を見極め、場合によってはAIを使わないソリューションを提示することもあります。お客様からは、「そこまで一緒に考えてくれるのか」といった評価の声もいただいていますね。

image : アイクリスタル HP

自動車業界からの引き合いが急増

―収益モデルはどのようになっていますか?

 受託解析・コンサルティング事業に関しては、案件ごとに対価をいただいていて、お見積りをお出しして契約を結ぶ形になっています。また、アイクリスタル寺子屋の方は1コース当たりの料金が決まっていますので、受講された分だけお支払いいただいています。

―創業から約5年経過していますが、その間、御社の事業はどのような形で成長してきているのでしょう?

 案件数は着実に増えています。世界的に見ても、PIによる最適化プロジェクトを私たちのように手掛けている会社はいないのではないでしょうか。

 受託のルートは主に3つあり、その一つが名古屋大学経由のものです。名大とは創業時から様々な共同研究を行ってきており、その流れで当社のことを知った企業から仕事をいただいていますし、昨年10月には共同で「アイクリスタル半導体プロセスインフォマティクス産学協同研究部門」を立ち上げ、本社も大学内の産学融合オープンイノベーション拠点「Tokai Open Innovation Complex名古屋サイト」に移転しました。

 一方、当社の中にもセールス部隊がいて、展示会などで営業を行っています。もう一つのルートが金融機関さんで、お客様からご相談があった時に、当社を紹介していただいたりしています。

―2024年2月には総額2.7億円の資金調達も発表されていますが、どんな影響がありましたか?

 資金面はもちろん、事業展開においても大きなプラスになりましたね。資金調達を機に、投資いただいた方々からいろいろなお客様をご紹介いただいたり、イベントなどに呼んでいただく機会も増え、当社の認知度が上がってきていると実感しています。

―顧客はどのような分野の企業が多いのでしょう?

 半導体の研究室発のスタートアップということもあって、当初は半導体関係の企業がほとんどでしたが、昨年あたりから自動車関係の企業が急激に増えました。愛知県に拠点を置いているということも影響しているのだと思いますが、車体の金属加工や内装部品、ガラス、電池など様々な引き合いが来ています。

―今後1~2年の目標についてお聞かせください。

 自動車関係の案件が増えた分、相対的に半導体案件の割合が減少してはいますが、半導体は当社にとって今後とも重要なターゲット領域になるでしょう。半導体は成長著しい産業ですし、どんどん高精度化が進んでいて、どのお客様に聞いても、ものづくりの限界に挑むような設計を追求しているような状況です。ですので、そこに当社のPI技術を活かして、ものづくりを支援できるようなサービスを作っていきたいですね。

 また、それとともに工場の全体最適化を実現する技術開発やサービス提供にも注力しなければなりません。これまで当社が主に手掛けてきたのは、単独の製造工程の最適化でしたが、それが工場全体の最適化と合致するかと言えば、そうではないケースもあります。製造工程には、前工程や後工程もあり、それらをセットで考えないといけないという難しさがあります。今後は複数の装置を同時に最適化するようなプロジェクトに取り組み、工場全体の最適化に寄与していきたいと考えています。

image : アイクリスタル HPから抜粋

日本で実績を積み、将来的な世界進出にらむ

―事業展開を進めていく上で、何か課題はありますか?

 製造経験のある人材の拡充を図っていかなければなりません。生産プロセスの解析をするにしても、闇雲にデータを集めればいいというわけではなく、製造現場のことをきちんと理解した上で、そのデータにどんな意味があるのかを考え、解析を行うことで、初めて改善につながるような成果を出すことができます。生産技術や製造の現場を経験した優秀な人材をどんどん採用していかなければと思っています。

―今後、どんな企業とどのような形でパートナーシップを組んでいかれるお考えですか?

 セールス面では、製造業のお客様とお付き合いのある金融機関の他に、製造装置を扱っている商社さんとも連携していきたいですね。製造装置は一つひとつ単独で販売されるものではなく、複数の装置が上手く連動するような形で生産ラインが組まれます。ですので、工場に新しいラインを作るといった時などに、全体最適化に必要なデータを蓄積できるような仕組みを入れるとか、あるいは既存ラインのデータを基に全体最適化を実現できるような装置の組み合わせ・操作条件を提案するとか、様々なソリューションを提供できるのではないかと思っています。

 一方、テクノロジーパートナーとしては、装置メーカーはもとより、センサーメーカーとの共同研究も重要なテーマになります。現場から収集したデータの活用を考える際、どんなセンサーを使ってどのようなデータを取ればいいのかが問題になりますので、センサー開発などに関してお互いにメリットが得られるパートナーシップを組めるのではないでしょうか。

―将来のビジョンをお聞かせください。

 まずは国内メーカーの案件をしっかりこなし、その実績を持って将来は海外にも進出していきたいと考えています。日本メーカーのシェアが下がっているとは言え、トヨタさんをはじめ、日本ブランドへの信頼感はまだまだ健在だと思います。そのようなメーカーに広く導入いただくことで、当社のPIが日本の製造業における生産プロセス最適化のスタンダードなのだということを示し、世界に事業を展開していきます。

―ものづくりに進化をもたらそうとしている御社に興味をお持ちの企業の皆さんに、改めてメッセージをお願いします。

 製造データを使った生産プロセスの最適化というのは、目新しい取り組みだと思いますが、当社はすでに多様な産業でそれを実践し、着実に成果も上げてきています。今後、製造データの活用はさらに進展し、将来大きく花開くことになるでしょう。製造データは日々更新されていきますので、データを取り始めるのが早ければ早いほど、優位な立場に立てます。一つの現場や装置から始めるのでも結構ですので、PIの導入に着手されることをお勧めしたいと思います。



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