「内視鏡検査は画像認識そのもの」 患者のリスクと医師の負荷を軽減
―内視鏡画像診断支援AIの研究開発を手掛けるようになったきっかけを聞かせてください。
以前から世界最高水準の医療を提供したいという思いがあり、さいたま市の日本最大級のメディカルモールに胃腸科肛門科の専門クリニックを開業しました。また、最新の経鼻胃内視鏡の導入や、苦痛の少ない腸内視鏡挿入法を体系化するなど、より安全で質の高い内視鏡検査方法を追求してきました。
そんな折、人工知能研究の第一人者である、東大の松尾豊教授が2016年に行った講演会で「AIの画像認識能力が人間を上回り始めた」という話を聞いたんです。そこで「内視鏡検査は画像認識そのものだ」「AIを活用すれば医療現場のペインを解決できるのではないか」と思い立ち、内視鏡画像診断支援AIの研究開発をスタートさせました。
―内視鏡検査の現場には、どのような課題やペインがあったのですか?
最初に内視鏡検査の現状についてお話ししますと、がんの検査法は様々ありますが、胃がんや大腸がん、食道がんなどの消化器系のがんを早期に発見・確定できるのは内視鏡検査だけです。近頃よく耳にする線虫がん検査は、がんの場所までは特定できませんし、CTはある程度進行したがんしか見つけられません。がんは早期発見が非常に重要な病気で、胃がんなどは早期に発見・治療すれば97%の人が完治します。
実際、胃がんの罹患率と死亡率を見ると、日本では胃がんにかかる人が多いのに、亡くなるのは2、3割です。一方、アメリカなどでは、罹患した8~9割の方が亡くなっています。これはどういうことかというと、日本は「内視鏡大国」で、オリンパスさん、富士フイルムさん、リコーイメージングさんなどの内視鏡メーカーが世界シェアの98%を握っていますし、内視鏡医の数も世界一で、どこでも内視鏡検査が受けられるため、胃がんを早期に発見することができるからなんです。
しかし、胃がんを初期段階で発見するのはとても難しく、残念ながら受診しても2割以上が見逃されているケースもあります。これは患者さんにとって大きなリスクとなります。一方、市町村が行う対策型の胃がん内視鏡検診などでは、見逃し防止のための画像のダブルチェックが必須とされていて、医師はクリニックの診療時間後に、何千枚もの画像チェックをしなければなりません。このような業務の負荷と、見逃しをするのではないかという精神的負荷を軽減する上でも、AIによるサポートは大きな意味を持っているのです。
―内視鏡画像診断支援AIの開発経緯をお聞かせください。
世界に先駆けてプロトタイプを開発し、2018年にシリーズAラウンドで10億円を調達しました。2019年に本格的な製品化に向けたシリーズBラウンドで46億円を調達し、2021年に薬事承認申請を行って、現在承認を待っているところです。2022年には、SoftBank Vision Fund 2をリード投資家とし、既存投資家のグロービス・キャピタル・パートナーズ、WiL、インキュベイトファンドが参加するシリーズCラウンドで、総額80億円の資金調達を行いました。
この間に、50本近い論文を発表しており、内視鏡AI分野の世界の論文数の約3分の1を当社が占めている状態ですし、論文の引用件数では世界一となっています。2023年1月には、オープンイノベーションのロールモデルを選出する「日本オープンイノベーション大賞」の日本学術会議会長賞もいただきました。皆さんからは「ベンチャーとは思えないほど論文や研究開発にこだわってますね」とよく言われますが、世界で評価される論文を数多く発表していることが、当社の信頼性を高めているのだと思います。
高い検出感度 AIがリアルタイムで病変をマークし、腫瘍の確率も表示
―御社のプロダクトの特徴を教えてください。
非常にシンプルで、AIを搭載したパソコンを内視鏡の画像モニターに映像ケーブルでつなぐだけで使えます。動画も解析できますので、検査中に映し出された内視鏡の画像を瞬時に解析し、病変があれば、その位置をマークして表示するとともに、腫瘍性病変であるかどうかの確信度をパーセンテージで表示します。
早期胃がん動画で病変検出感度を検証したところ、腫瘍性病変のある68の動画のうち64、つまり94%の感度で胃がんを検出しました。AIと人間の読影精度を比較したデータもありますが、AIは世界最高レベルと言われる日本の内視鏡医に対しても、がんを見つける感度において有意差をもって上回るという結果が出ています。AIを活用すれば、がんの見逃しが半減し、究極的には見逃しをゼロにできるでしょう。
Image:AIメディカルサービス 研究開発用
―がんの診断はAIに任せればいいということになるのでしょうか?
そこが誤解されやすい点なのですが、AIだけで正確な診断ができるわけではありません。確かにAIはがんを検出する感度は高いのですが、例えば内視鏡の光の反射などにより、腫瘍性病変ではない部位を腫瘍と判定してしまうケースがあります。この偽陽性(病変の誤検知)の判定に関しては、人間の能力の方が優れています。
ですから、「人間対AI」の戦いではなく、「人間とAIがタッグ」を組んでお互いの強味弱味を補完し合うのがあるべき姿です。内視鏡医が、AIという優秀なアシスタントとともに検査に臨めば、従来より格段に正確な診断が実現できるはずです。
―御社のプロダクトをどのような形で提供されていくのですか?
病院の内視鏡検査室に1室1台設置し、ご利用いただきます。使用料はサブスクリプション方式で、ソフトウェアのバージョンアップ込みで月額20万円程度を予定しています。内視鏡のハードウエアのオプションとして画像診断支援AIソフトを提供されている内視鏡メーカーさんもいますが、ソフトの価格が数百万円、バージョンアップのたびに百万円以上の高額投資が必要になるため、内視鏡の買い替えに合わせてソフトを更新しようというユーザーも出てきます。そうなると、内視鏡のモデルチェンジは6年~8年サイクルですので、その間最新のソフトを使った検査が患者さんに提供されないというリスクが生まれます。
一方、当社は、がん研有明病院、大阪国際がんセンター、東京大学医学部附属病院、慶應義塾大学病院をはじめ、100以上の医療機関と共同研究を行い、世界最高水準のデータをいただきながら日々AIを進化させており、1年~1年半の間に少なくとも5回ほどのペースでソフトウェアのバージョンアップを実施してきています。
ソフトウェアに特化して、クオリティの高い製品を創り上げてきたのが当社の強味ですし、患者さんに常に最新の体制で検査を受けていただくためにも、サブスクリプションでのサービス提供が適しているのではないかと考えています。
―プロダクトの開発に当たっては、どのようなご苦労がありましたか?
AIが学習するためのデータを集めるのは大変でしたね。先ほど申し上げたように、日本は内視鏡大国であり、質・量ともに世界最高の教師データを手に入れられたことが、当社のプロダクト開発の大きな推進力にもなっているのですが、映像技術はどんどん進化していくので、それに対応するのに苦心しました。
最初は、AIの教師データとして病変部位を様々な角度から撮影した静止画を何十万枚も集めていたのですが、2018年のプロトタイプ完成に合わせて、ハイビジョン動画の収集に切り替え、さらに2020年以降はより高精細の4K動画を無劣化で収集する方式にしています。
また、前人未到の領域での開発ですので、動画の録画機に始まり、匿名化ソフト、症例の管理システムなども自前で構築しなければならず、「山に登るためにまず登山道具を作る」というような生みの苦しみがありました。現在、当社の社員64名中、3分の1がエンジニアですが、優秀なエンジニアの力がなければ、このプロジェクトは軌道に乗っていなかったでしょう。
そんな苦労をしたので、プロトタイプが完成した時には、これで製品を世に出せると喜びましたが、見込みが甘かったです(笑)。医療機器の申請にどれだけ時間がかかるかを痛感させられています。承認が下りることを今か今かと心待ちにしているところです。
Image:AIメディカルサービス 研究開発用
プログラム医療機器開発を国も後押し グローバル展開で世界の患者を救う
―社会的にも意義のある御社のプロダクトですが、今後どのようなビジネス展開をお考えですか?
申請が承認されたらという前提でのお話ですが、まずは先端医療機器に関心を持っていらっしゃるイノベーターやアーリーアダプターの方に当社製品を購入・ご利用いただいて、そのフィードバックを得ながら製品の改良・拡販に向かいたいと思います。
今、日本には内視鏡検査室が3万室ほどあり、数%のイノベーター層に買っていただくとして、500台以上の初期需要は見込めます。また、グローバル展開も視野に入れており、シンガポールやブラジルでの発売を計画中です。アメリカに関しても、アメリカ消化器内視鏡学会のAI研究委員長のプラティーク・シャーマ先生と一緒に、アメリカ進出計画を進めているところです。
―御社の将来のビジョンを聞かせてください。
AI医療機器の社会実装はまだ始まったばかりですが、今後市場は急拡大し、2030年には25兆円市場になるとも言われています。また、当社のプロダクトもこのカテゴリーに入るのですが、デジタル技術を利活用して診断や治療を支援するソフトウエアやデバイスは「プログラム医療機器(SaMD)」と呼ばれており、その開発・市場投入の促進が内閣府の規制改革のトップテーマに上げられています。
これまで、CTやMRIなどの医療機器については、日本は大幅な輸入超過だったのですが、プログラム医療機器の新規製品に関しては、現在、日本製品が半数以上を占めている状況です。
この分野を、世界をリードする産業に育てていこうと国を挙げて後押ししてくれていますし、これまでハードの医療機器に合わせて定められていた保険診療点数などについても、プログラム医療機器を含めた形での新たな枠組み作りが検討されています。
AIは消化器内視鏡だけでなく、様々な検査や治療の支援において重要な役割を担っていくでしょうし、今から10年後の子供たちは「昔はAIを使ってなかったの?それじゃあ診断ミスや医療事故が起きていたのも当然だよね」と笑い話のように話しているかもしれません。当社はそのような未来の実現に向けて、先陣を切って進んでいきたいと思っています。
―御社の技術やプロダクトに注目されている方々に向けて、改めてメッセージをお願いします。
内視鏡AIが活用されるようになれば、患者さんのリスクや医療現場の負荷を大幅に軽減できます。また、世界には内視鏡による早期発見ができないために、がんによる死亡率が高い国もたくさんあります。内視鏡のハードや技術とAIがコラボしてグローバル展開すれば、世界中の患者さんを救うことができますので、当社と一緒にビジネスを推進できるのではないかとお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。