新規事業を創出する有効な方法の一つとして、スタートアップと協力するオープンイノベーションが日本企業にも浸透しつつある。ただ、シリコンバレーのエコシステムに精通した櫛田健児氏は、日本企業はスタートアップとの協業に不必要な上下関係を持ち込んだり、必要以上に失敗を恐れることで、落とし穴に陥っているケースが見られると指摘する。「新規事業」に焦点を当てた前編に続き、後編では「オープンイノベーション」に焦点を当て、日本企業が陥る5つのワーストプラクティスをまとめた。

―新規事業を創出する方法の一つとして、スタートアップと協力するオープンイノベーションが日本企業にも浸透しつつあります。オープンイノベーションでの落とし穴についても是非お聞かせください。

 大企業がスタートアップをサプライヤー扱いする、あるいはそのように考えるケースがある点です。スタートアップに投資することは、スタートアップを伸ばすことですが、上下関係が存在するサプライヤー思考でいると、相手に対して極限まで値切りを要求したり、何か面白いことをやっていたらアイデアを模倣したりするということが起きます。

 既存事業部はサプライヤーとの取引には、取引相手の原価を独自に計算したり、原価に基づいて値段交渉をすることも多いわけですが、スタートアップはまるで別の生き物なので、急成長しようとしている時に原価という考え方はしていません。特にソフトウエアやITサービスなどは成熟企業のような原価に上乗せした利益分の調整というロジックではなく、とにかく成長をするための投資と人材確保、顧客確保、協業を通して自らのプロダクト・サービスをレベルアップ、顧客と一緒に成長することに全力を挙げています。

 既存事業部が既存のサプライヤーに対して原価の予想を含めた価格交渉を行うのとはまるで異なります。ただ、既存事業部マインドの決裁権を持つ人が、オープンイノベーションの協業相手であるスタートアップに払う価格や投資額の根拠となる数字を原価で求めてくることがあります。スタートアップとのコラボレーションを進めている新規事業部が若くリソースが無いメンバーで、既存事業部のロジックに引っ張られてコラボがうまく行かない場合、トップが判断しなければいけない。新規事業部がまとめて複数社とコラボレーションができるようにあらかじめトップと既存事業部など、組織としてのサポートが必要であるということは意外と理解されていません。

櫛田 健児
シニアフェロー
1978年生まれ、日本育ち。スタンフォード大学卒、経済学、東アジア研究専攻。カリフォルニア大学バークレー博士号修了。スタンフォード大学アジア太平洋研究所でポスドク修了後、2011年から2022年までスタンフォード大学アジア太平洋研究所日本プログラムリサーチスカラーを務めた。カーネギー国際平和財団シニアフェローで日本プログラムディレクター。シリコンバレーと日本を結ぶJapan – Silicon Valley Innovation Initiative @ Carnegieプロジェクトリーダー。キヤノングローバル戦略研究所インターナショナルリサーチフェロー。東京財団政策研究所上席研究員(客員)。スタンフォード大学非常勤講師(2022年春学期、2023年冬学期)。

―対等な関係性でのオープンイノベーションは外から見ていても気持ちが良いものです。しかしながら、大企業の「勘違い」は他にもあるとか。

「うちでもできます症候群」ですね。大企業がスタートアップの活動を見て、「こんな完成度が低いことは、うちがやったらもっといいのができる」となる考え方です。確かにそうなんですが、スピードが圧倒的に違う。スタートアップと組むということは、今すぐ外から調達する、あるいは、今すぐ一緒に作っていくというスピード感に大きな価値があるのです。

 スピードだけではなく、「うちでもできます」と言いながら、既存のフレームで見ているので、実は新しい価値を作っている部分が見えていないという場合もあります。

 例えば、日本ではライドシェアを解禁するかどうかという議論がまた盛り上がってきましたけど、ライドシェアの本質を分かっていないと感じます。ライドシェアの本質は双方向レーティングで、客側がドライバーを評価するのはもちろんですが、ドライバーを守るために、ドライバー側も客を評価して、クレーマーのような客を排除する。こうした側面が日本では全然議論されていないんですよね。この部分を理解していないと、ライドシェアの本質が分からずに、うちでもできます症候群になりやすいです。こういう類の話がさまざまな分野で発生するのです。

 また、スタートアップの評価軸についてですけれども、丁寧に対応してくれるスタートアップを良しとする傾向が結構あります。「このスタートアップはうちの色んな要求に丁寧に対応してくれるからいいスタートアップだ」となるわけです。

 これは実は、スタートアップにものすごい負担をかけていて、スタートアップ自体のスケール成功を阻害している可能性が十分あります。すごく丁寧に対応してるから、そこにリソースを取られてスケールできなくて結局負けちゃうというシナリオもたくさんある。丁寧な対応で評価するというのは、サプライヤー関係の仕事をやっている人だと陥りやすいトラップです。

「丁寧な対応を求めることはスタートアップにものすごい負担をかけている」と指摘する櫛田氏

―スタートアップ投資の正しい評価軸を持つためにはどうしたら良いですか。

 ポートフォリオの考え方を、新規事業部だけじゃなくて、新規事業部をマネージしている評価担当の部署が分かっていないと駄目ですね。

 複数のスタートアップと付き合って複数の新しい事業をやる場合、ほとんどはうまくいかないものです。ただ、それは失敗じゃなくてラーニングであり、その経験を再定義しなくてはいけない。

 野球で例えると、打者にはイチローのようなヒットを量産する打率の高いバッターと、当たれば一発が大きいホームランバッターがいます。こと野球においては、もちろんどちらのタイプにも重要な役割がありますが、新規事業で目指すべきは特大ホームランが打てるかどうかです。100やって80が何となくうまくいきました、という結果よりも、1本か2本がものすごくうまくいって、98はうまくいかなかったという結果の方がいいんです。ワンベースヒットだけだと既存事業に比べていつまでも小さいままなので。

 大企業は新規事業に取り組む中で、「うまくいかない確率を下げる」というやり方を選びがちです。しかし、ポートフォリオ的な考え方というのは、新規事業でやっていること全体を見て、ある程度のタイムスパンで大きくなりそうなものが1つ、2つ出るか否か、ということが大切です。

 ポートフォリオというと投資を思い浮かべがちですが、新規事業にも当てはまるわけです。スタートアップとのコラボ案件が結果的にうまくいかなかったとして、それを失敗と見なされると、スピード感が失われてしまう。スピード感が失われると、機会損失になってしまう。多少失敗があったとしても、そこから何を学んだかを共有しなきゃいけない。

image: Eugene Onischenko / Shutterstock

―スタートアップの選定基準は技術の新規性や革新性、優れたアイデアなどさまざまですが、大企業が見落としがちなポイントがあれば教えてください。

 スタートアップのフェーズを考慮しなければなりません。カニの例えを思い出していただきたいのですが、大きなはさみは既存事業であり、テーマはオプティマイゼーションです。ですからオープンイノベーションの相手は、比較的成熟したスタートアップである必要があります。逆に、小さいはさみはまだこれから新しい価値を作り出す段階ですから、方向性も変わるかもしれませんし、成熟度が低いスタートアップと付き合うことで一緒に伸びることができます。

 多くのオープンイノベーションがうまくいかなくなる理由は、大きなはさみの考え方を小さなはさみやオープンイノベーションで付き合うスタートアップに当てはめてしまうからです。

―スタートアップとお付き合いする前段階の「ご作法」は良く理解できました。実際にスタートアップと付き合っていく中で注意する点はありますか?

 良いスタートアップと巡り合えたとしても、スタートアップに対する過剰な期待は禁物です。エクスペクテーション・マネジメント(期待値管理)を適切に行ってください。

 オープンイノベーションが「絶対うまくいく」と周りを説得して、出資や共同開発を進めていくわけですが、自社の努力とは関係ないところ、スタートアップ側の失敗でうまくいかなくなることもあるわけです。スタートアップが潰れるとか、技術開発が頓挫したとか。そうすると、周囲の期待値を高めすぎたせいで、「やっぱりオープンイノベーションとか新規事業は駄目じゃないか」と逆方向にぶれてしまいます。

image: Khosro / Shutterstock

―恋愛と同じで、お付き合いが必ずしもうまくいくわけではないということですね。別れ方のご作法のようなものもあるのでしょうか?

 重要なことは、身を引くタイミングです。提携先のスタートアップとの付き合いや、新規事業をどのタイミングで諦めるかですね。

 もう駄目だと明らかに分かる場合でも、次に乗り換えることが「失敗」と見なされるのが怖くてやめられない。ベンチャーキャピタル(VC)や投資家だと比較的サクッと投資中断の判断ができますが、事業会社の場合は、担当者をアサインするなど、既にリソースをコミットしているので、途中での中断は失敗の色しか出てこない。なので、やめるタイミングを逃しやすいんですね。

 引き際は非常に見極めが難しいものですが、担当部署がそのペインポイントの解消や、やり方に対して熱量が下がった時は引き際の目安と言えるでしょう。数値化しにくいですが、社内の求心力、指揮力、熱量が下がった時。ここで大事なポイントは、事業として途中で止めたものについての詳細を社内で共有することです。少なくともチーム内で共有すること。あれは失敗だったと検証しないで隠す、あるいはみっともないからとタブーのような扱いにすることはしないでください。

 勇気付けになるのは、GoogleやAppleのような世界的企業も大失敗をたくさんやっているんです。Amazonだって新しい領域にガンガン取り組む。けれども、引き際を見極めてスッとやめるんですね。「Fire Phone」というスマートフォンをやってみたけれど、これは市場受けしないと判断して1年でサッと販売を中止しました。

 ベストの引き際というのは、そういう積み重ねで分かります。ちょっと辛抱強く続ける企業、早めに止めちゃう企業など、それぞれ社風で違いはあってもいいと思うんです。

 もう一つ大事なポイントですが、領域に対してコミットすることと、個別のスタートアップ、個別の事業にコミットすることは異なります。例えばライドシェアだったら、Uber、LyftやGRABが大きく育ったわけですが、途中で数々の競争相手を淘汰した結果でした。もし、淘汰されたところとコラボが進んでいたら、領域として諦めるのではなく、勝ちそうなところに乗り換えるという考え方です。

 一度コミットしたら絶対にやめないというのは誠実な心構えかもしれませんが、実はスタートアップとして競争に負けそうでありながらも良い技術や人材がいたら、勝ち組に買収してもらう手もあるわけです。引き際が早すぎると、ただブームに乗って、早めにやめて、結局大きな価値になった時にはすでにその領域を早々と諦めていた、となりかねない。そういうシナリオとの違いは、領域に張るのか、個別企業・事業に張るのかということです。

「個別のスタートアップ・事業ではなく、領域に対してコミットを」と説く櫛田氏

―日本企業の場合は人事制度にも問題があると指摘されていますね。

 ウルトラマンには3分間が活動限界の「ウルトラマンタイマー」というのがありますが、サラリーマンにも3年任期の「サラリーマンタイマー」があります。

 日本企業の人事ローテーションは3年任期が普通なので、その3年間に何かしら成果を上げる必要がある。任期が残り半年ぐらいで人事異動になりそうだという場合、そこから仕込みに1年をかけることはできない。なので、オープンイノベーションとか新規事業とか、長期的視点に立った活動ができないんですね。

 短期間で黒字化できる小さなヒット案件を狙うインセンティブが働きますが、そんなに早くから黒字化できるような案件は、リスクも小さい分だけ事業インパクトも小さくなりがちです。これらは、オープンイノベーションにどういうタイムスパンで取り組むか、オープンイノベーションに携わる人材をどのように評価するかという企業の姿勢が問われる課題です。

―最後に、今後の展望を伺わせてください。パンデミック後の新しい時代を迎えた今、シリコンバレーのスタートアップにとって日本企業との付き合いは可能性を感じさせるものですか?

 今は「再起動モード」です。パンデミックの最中、日本は「鎖国」したので論外となり、日本企業としてもシリコンバレーで実施した実証実験などを日本に持ち帰ってオープンイノベーションを進めるというような体制にはなっていませんでした。現在は門戸が再び開放され、円安も重なり、観光面での日本の注目は高まっていますが、ビジネス相手としてのプレゼンスは低いです。

 これには他の要因もあり、世界的な不確実性の高まりや欧米の金融引き締めなどを背景にVC投資のレイターステージ投資とIPOが減速し、スタートアップ側は次のラウンドの資金調達が急務となっている。シリコンバレーバンク(SVB)の破綻もあり、ブリッジローンを受けにくくなったことでなおさら早めに黒字化しなくてはいけないというプレッシャーにさらされているんですね。こうしたタイミングなので、動きが遅い日本企業は、手を組む相手としてちょっと難しいという見方は少なからずあります。

 5年前と比べて、世界は大きく変化しました。米国はトランプ前政権でグローバリズムなどから大きく逆行したかと思えば、バイデン政権でまた逆に振れて、超大型の産業政策として気候テック(ClimateTech)やEV化推進など様々な技術の方向性を変えました。米中対立は常態化してデカップリングが進められ、欧州はカーボンニュートラルで突っ走っています。ロシアのウクライナ侵攻による原油価格高騰やインフレ加速は生活に大きな影響を与えていますし、イスラエルとパレスチナ問題が突然激しい衝突となりました。

 5年前、今に比べたら基本的に世界は安定していました。トランプ政権によるグローバリズムへの揺さぶりはありましたが、それでもコロナ前でした。既存事業のオプティマイゼーションというのは環境が安定していると非常に力が強く、既存事業だけでも結構大丈夫な時代で、そこにプラスアルファでシリコンバレーから何か面白いものがくるかもしれないというマインドで良かった。

 ただし、環境が激変すると方向性が定まっていないので、向かうべき先が見えないわけです。日本企業以上に部分最適化が上手なプレイヤーはいません。ただ、目的、行き先、方向性が定まっていない時は部分最適化じゃあ無理なんです。環境が著しく変化すると何をどこにどうやって最適化するべきなのかが分かるはずもないからです。  

 だからこそ、日本は新規事業で新しい価値を生み出し、ペインポイントをどんどん潰していくことをやっていかないと駄目です。日本が外貨を稼ぐためにも、新しいビジネスを海外で展開することは不可欠です。新規事業はかつてないほど重要性を増しています。



RELATED ARTICLES
【調査レポート】ディープテック・スタートアップへの期待と課題
【調査レポート】ディープテック・スタートアップへの期待と課題
【調査レポート】ディープテック・スタートアップへの期待と課題の詳細を見る
【インド × スタートアップ】2023年の年間概況調査レポート
【インド × スタートアップ】2023年の年間概況調査レポート
【インド × スタートアップ】2023年の年間概況調査レポートの詳細を見る
【物流 × テクノロジー】物流関連の見逃せないスタートアップ50社を紹介
【物流 × テクノロジー】物流関連の見逃せないスタートアップ50社を紹介
【物流 × テクノロジー】物流関連の見逃せないスタートアップ50社を紹介の詳細を見る
イスラエルのスタートアップ資金調達額トップ20【2024年1月〜3月】
イスラエルのスタートアップ資金調達額トップ20【2024年1月〜3月】
イスラエルのスタートアップ資金調達額トップ20【2024年1月〜3月】の詳細を見る
AIカメラが見抜いた、百貨店の“思い込み” そごう・西武×Idein
AIカメラが見抜いた、百貨店の“思い込み” そごう・西武×Idein
AIカメラが見抜いた、百貨店の“思い込み” そごう・西武×Ideinの詳細を見る
浜松市はいかにしてスタートアップ支援の「聖地」になったのか
浜松市はいかにしてスタートアップ支援の「聖地」になったのか
浜松市はいかにしてスタートアップ支援の「聖地」になったのかの詳細を見る

NEWS LETTER

世界のイノベーション、イベント、
お役立ち情報をお届け
「グローバルオープンイノベーションインサイト」
もプレゼント



Copyright © 2024 Ishin Co., Ltd. All Rights Reserved.